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第六章
油揚げは、鳶にさらわれるか?⑵
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「つまり、レンを誘いに来て、偶々アテが外れたから、その場にいたマリーを食事に誘ったわけか?」
鋭く睨みつけながら、エミリオ様。
ユーリーさんは、苦笑いでタジタジと返答する。
「そうですよ。あの時は、彼女がたまたま聖堂で読書なさっていて、そこでのレン君との話に巻き込む形になったから、お詫びもかねて……」
「へぇ。王国騎士の方って、そんな気軽に、女性を食事に誘うのですか?」
そこに、氷の微笑を浮かべたジェフ様参戦。
ユーリーさんは項垂れている。
「それに関しては、すみません。軽率でした。
話を聞けば、英雄のお嬢さんということでしたので、親近感が湧きまして?
お兄さんのオレガノさんも、わたしと同職ですし、親しくして損はないと……」
「損っ?」
「へ? あぁ、いやいや。今のは言葉のアヤでっ」
うわぁ。
ユーリーさん、二人に完全にやり込められてしまっているわ。
「でも、ちゃんと弁えてますから! だから、お目付け役として、聖騎士を同行させたわけですし!」
「だから、そのラルフさんが、イマイチ信用できないんですけど?」
「……ちょっ。それは、いくらなんでも酷く無いです?
オレ、ご令息様にそこまで言われるほど、勤務態度 酷く無いですし!」
あ。ラルフさんが怒った。
確かに彼は、勤務態度は真面目だし、聖騎士としても かなりきちんとしている部類だ。
指導担当員がレンさんだから、その辺りは折り紙付。
でも、ジェフ様が仰っているのは、多分そういう意味ではなくて……。
「今、勤務態度の話はしていませんよ。
『貴方も、ローズちゃんに下心があって、一緒に食事に行ったのではないか?』と、訝しんでいるだけで」
「んなっ……オレはっ、べ、別に……」
「その辺りを、もう少し詳しく聞かせて貰おうか。その時何を話したのかなど、詳細もな?」
ああ。今度は矛先がラルフさんにっ!
普段は、ちゃめっ気たっぷりに嫌味や冗談の中間あたりでうまく誤魔化すラルフさんなんだけど、二人の圧が強すぎるのか、上手く返せずもごもごと口籠っている。
ええと。
ラルフさんが、あの時ついて行ったのは、多分腹ペコだったからで、ご飯を奢ってもらえる方向に下心があったのだと思うのよね……?
でも、二人は、きっちり話を聞き終わるまで、尋問を止める気はなさそう。
これは、誤解が解けるまで、少し時間がかかるかも?
二人とも、わたしが余計なことを言ってしまったせいで、ごめんなさい。
わたしは、心の中で平謝りする。
その一方で、こちら側では、非常に和やかな雰囲気で情報交換が行われていた。
「なるほど。降臨祭のために剣の調整まで行うとは、うちの騎士らに爪の垢でも煎じて飲ませなきゃならんな」
「恐縮です」
「こちらは、明日の下調べでな」
「そうでしたか」
笑顔を向けるジュリーさんに、丁寧に頷くレンさん。
その横にいるジャンカルロさんは、どことなく所在なさげに、視線を彷徨わせている。
話が一区切りすると、ジュリーさんは唇に人差し指を当てた。
「ところで君たち。これから私が言う方向を見ずに、聞いてくれたまえ。
南西、薬屋の前にうずくまる浮浪者風の男、先ほどから、君たちの動きに合わせて、何度も位置を変えているのだが、知り合いかな?
知らなければ、これから行って切り捨ててくるが?」
「へ? っんっむぐぅっ」
それを聞いて、驚いたらしいジャンカルロさんが、声をあげなからそちらを振り向こうとしたところ、スッと横移動したレンさんが、後方から抱き込むようにして口を覆った。
「ふむ。やはり、君は気付いていたようだな」
悪戯っぽく微笑むジュリーさんは、とても魅力的。
かたや レンさんは、顔を真っ赤にして身震いしているジャンカルロさんの動きを 完全に押さえ込んだまま、目を細めた。
「知り合いというほどの間柄では無いのですが、切り捨てられると少々問題が生じますので」
「それはまた、随分意味深なことを言う。
君も……昨日の会議で、それなりに情報を得た立場だ。場合によっては、君を切り捨てなければならなくなるが?」
「いえ。問題が生ずるのは、私では有りません。
部署が違っても、同士討ちは後味が悪いかと思いまして」
「ほう……アレが、か?」
ジュリーさんは、口元に笑みを浮かべたまま、目を細めた。
あれ?
ついさっきまで和やかだったのに、急激に空気が冷え込んだのですが?
でも、次のレンさんの言葉で、一気に雪解けとなった。
「ええ。あの方は、以前、王宮で拝見したことが有りますから。
私どものような一般の聖騎士にまで、護衛をつけて頂けるのですから、ありがたいことです」
「ああ。スティーブン様がつけた護衛か。そう言えば、君たちは、随分彼に 気に入られているようだったな。なるほど。
君においては護衛など必要なかろうが、まぁ、若年の二人を心配してのことか」
「おそらく」
レンさんは一つ頷くと、大人しくなったジャンカルロさんから手を離して、そのまま一歩後退した。
こちらのお話しは、どうやら、これで終わりかな?
お兄様を見ると、安心したように小さく息を吐き出していた。
さて。そうなると、あちらの決着が着き次第、今日はこのまま帰路につく感じよね。
アクセサリー系の露店は、今見ていたところが最後だし。
はぁ。
結局、悩んだ末に、結論を出せなかったわ。
本来だったら、エミリオ様に買ってもらう予定だった赤い指輪。
現在、リリアさんの胸元で、真っ赤なハート型のガーネットが輝いている。
わたしが、いつまでもはっきりしないから、女神様も呆れて、リリアさんをヒロインに切り替えちゃったのかも。
ちょっとだけ、とほほ~な気分で息を落としていたら、隣にいたリリアさんが、素っ頓狂な声を上げた。
「あ!ねぇ。ちょっと、アンタ。
レンさんだっけ?
こっち来て、アクセ選ぶの手伝ってよ」
「っえ?」
突然のことに、戸惑うわたし。
それを見て、わる~い笑みを浮かべるリリアさん。
いや。絶対、何か企んでるんですけど?
すると、それまで硬直していたジャンカルロさんが、不愉快そうに振り返った。
「はぁ? 何で、クルスさんが、君のアクセサリーを選ばなきゃならないんだ?
勝手に自分で、好きなものを買えば良い」
あれ?
ついさっきまで、乙女のように頬に手を当ててた様な気がしたのだけど、急に辛辣な態度に……。
そして、そういう態度に黙っていられないところが、実にリリアさん。
「はぁ? アンタに言ってないし!私のじゃなくて、マリーさんのだし!
ってか、アンタ、まじムカつくから、先に帰って、どうぞ」
「はぁっ?」
顔を突き合わせて、睨み合う二人。
ああ。そうでした。
この二人、晩餐会の時から、滅茶苦茶仲悪かったんだわ。 どうしよう……。
と、静かにその場に佇んでいたレンさんが、ジャンカルロさん側から、こちらに歩み寄った。
「ジャン。 私は構わない。
ただ、私では、あまりお役に立てないかと思いますが……」
その声音は、若干憂い含み。
いえ。相変わらず無表情なんだけどね?
「いえ!その。『絶対に買わなければいけない!』というものでも、ありませんので……」
と、そこまで言っておきつつ、彼が何を選ぶのか、正直興味を持ってしまった わたし。
「……でも、その。もし、ご意見を頂けるのならば?」
我ながら、あざとい上目遣いになってしまう。
いや、だって、身長差がねっ?
「どういった種類を、お探しですか?」
「それが、特に決めてなくてですね?」
「はぁっ? 女って、どうしてそういうっ」
「……ジャン」
「はい」
すごい。
やんわりと名前を呼ばれただけで、黙りましたよ?
ジャンカルロさん。
完全に、飼い慣らされた小型犬と化しているんですけど。
「エミリオ様はこの指輪を、ジェフ様はこちらのブレスレットを薦めて下さってまして……」
そこまで言って、わたしは言葉を止めた。
よく考えると、そんなこと言われても困るよね?
色を見れば、それぞれを象徴するカラーだとわかるもの。
どちらを選ぶべきかの選択を、レンさんに委ねるなんて、お門違いも良いところだわ。
レンさんに視線を向けると、丁度、ゆっくり瞬きをしたところだった。
「ええと。やっぱり……」
「なるほど。それで、悩まれていたのですか」
ん?
これは、意外にも、何か意見を下さる感じ?
レンさんは、わずかに目を細めている。
あ。これは、笑顔っぽい例の表情?
「どちらかを選ぶのが難しいのなら、別の色を選択肢に入れては如何です?」
「別の……?」
なるほど。
この露店は、天然石が豊富だから、黄色や緑ピンクとかでも良いわけで。
というか、なんなら、レンさんカラーの黒、黒曜石の指輪まである。
似合う似合わないは、別として。
「或いは、中間ならば、お二方の喧嘩を防げるかもしれません」
そう言って、レンさんが手のひらで示したのは、アメジストのイヤリング。
紫!
「丁度、ローズさんの瞳の色ですし、先日のドレスにも……」
そこまで言って、レンさんは一度口を閉ざし、もう一度言い直した。
「その。お似合いになるかと。あまり、参考になりませんね」
「そんなことないです!ありがとうございます」
わたしは、微笑んでお礼を言った。
打算的では有るけれど、確かにこれなら、余計な喧嘩は回避できるよね。
わたしは小さく息を落とす。
乙女ゲームなどの分岐点イベントみたいな状況だったから、漠然と、全員が自分のカラーを薦めてくるものと思っていた 。
でも、この人は『今のわたしに似合う色』を薦めてくれるんだ。
そう考えたら、なんだか胸が、ぽかぽかと温かい気がした。
密かにほっこりしていると、横からジャンカルロさん。
「それじゃ、クルスさん! 僕は? 僕はどうですかね? この、黒い指輪なんか、ゴツくてカッコいいなぁ」
「……同じデザインなら……ジャンには、こちらの明るい色の方が?」
「ターコイズ!へぇ。クルスさんて、意外とセンス良いんですね?」
ちゃんと答えてくれたのに、何故ほんのりデスるのかな?
「じゃぁ、お揃いで買いませんか? 明日は降臨祭ですから、装飾オッケーですし。クルスさんは、やっぱり黒が似合うかな……」
「いや。私はいらない。体の重心が狂う」
「え? 重心ですか?そんな、繊細な。それじゃ、僕はどうしようかな……」
ジャンカルロさんは、二つの指輪を上げ下げしていたけど、結局ターコイズに決めたみたい。
それじゃ、わたしも、これに決めちゃおうかな。
小粒の石が、細いチェーンのところどころに散りばめられたそれは、ちょっとした動きでゆらゆら揺れて、陽光にキラキラ輝いている。
改めてよく見ると、大きめのパーツは、スミレの形? その、繊細な形状にきゅんきゅんする。
あれ。
これ、かなり可愛いかも!
ジャンカルロさんに同調するわけじゃないけれど、レンさんて、実際、かなりセンス良いと思う。
『私では役に立たない』なんて、謙遜していたけれど、全然そんなことないよね。
店主さんに手渡そうとすると、レンさんはこちらを向き直る。
「決まりましたか?」
「はい。これにします」
手にとって見せると、レンさんは、目元を和らげた。
肩にかけたバッグからお財布を出そうとすると、レンさんが先に店主に銀貨を手渡していた。
「それと、彼の指輪、あと、そのブローチも。代金は、これで足りますか?」
「まいど。別々にお包みするんで良いですね?」
「お願いします」
うわわ。
滅茶苦茶スマートに買って頂いてしまったわ。
しかも、他の人の分も一緒だから、あまり気を使いすぎなくて済むかんじ?
何か……なんだか。
このイヤリングは、レンさんをイメージさせる色ではないのだけど……。
ジャンカルロさんと二人でお礼を言った後も、わたしの鼓動は騒がしいままだった。
その後、とっちめられているユーリーさんとラルフさんの見物をして、ふわふわした気分のまま、聖堂に戻って来た。
◆
その日の夕方、エミリオ様、ジェフ様の使者が、ルビーの指輪と、アクアマリンのブレスレットを届けに来たのは、流石の強制力だったよね……。
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