232 / 247
第六章
油揚げは、鳶にさらわれるか?⑴
しおりを挟む(side ローズ)
お祭りで賑わう街並み。
幸せそうに笑い合う人々。
私たちは、その空気を存分に楽しんでいた。
隣を歩いているリリアさんは、先程エミリオ様から買って貰ったガーネットのペンダントを、早速その胸元に飾ってご満悦。
前を歩いているエミリオ様とジェフ様は、和やかな雰囲気で言葉を交わしている。
こういう空気、なんだか楽しいな。
特に、高位貴族や王族の二人と、こんなフランクな感じで街歩きなんて、今後一生あるかどうか分からない。
そう思うから余計、この時間が大切に思えるのかな?
いつもの街並みが、色鮮やかに輝いて見える。
「あの露店はどうです?」
「ああ。悪くない」
気になる露店を見つけたのか、前を歩く二人はこちらを振り返った。
「ローズちゃん、あの店に行ってみよう」
「あ、はい!」
わたしは、笑みを浮かべてそちらに向かう。
コレは、先ほどから何度も交わされている会話なのだけど、回を増すごと、わたしはじわじわと追い詰められていた。
露店を冷やかして歩くのは楽しいし、お二人の気持ちはとても嬉しい。
それは本心。
でも、ここまで来ると、なかなか決めにくいわ。
現在、お二人が、『アクセサリーを買ってあげる』と申し出てくれている状況で、わたしは、どちらも選べずにいる。
はぁ。
優柔不断すぎて、自分が嫌いになりそう。
それでも悩んでしまうのは、コレが結構大きな人生の分かれ道なのかもしれないと、考えてしまうから。
元小説の通りならば、ここで起こるべきイベントは、エミリオ様とのお忍びデート。
つまり、エミリオ様カラーの赤い指輪を買ってもらう、この一択だったはず。
最初にアクセサリーをお勧めして下さったのがエミリオ様だったなら、これほど悩まずそれを選んで、互いの想いを深め合っていたのかな?
でも、今日最初に声をかけてくれたのはジェフ様で、勧められたのは、彼の瞳の色の青いブレスレット。
ほら。何だかこの状況……。
どちらを選ぶかで、今後の展開に少なからず影響が出そうな予感がするでしょう?
『もう少しだけ考えたい』と言って、お店を離れること三回目。
リリアさんは呆れながら、『この際だから、二人から一つづつ買って貰えば?』と、わたしの耳元で囁いた。
それは、とても魅力的な提案に聞こえたけれど、流石に不誠実な気もして。
これってもしかして、『今ここで、どちらを選ぶか決断しなさい!』という、女神様からのお告げなのかしら……?
露店の前で迎えてくれている二人の顔を交互に見て、わたしはごくりと唾を飲み込んだ。
そのお店は、天然石を目玉にしていて、今まで見てきた中では、商品の価格に幅がある。
「この指輪はどうだ?マリー」
その中から、エミリオ様が手にしたルビーの指輪は、繊細でとても可愛らしい。
お花?ううん、違う。
もしかして、太陽のモチーフかな?
この国において、太陽は黄色でイメージされがちだから、こういうのは珍しい。
赤はエミリオ様のお色だし、太陽は快活で明るい彼のイメージにぴったりだわ。
これを買って頂いたなら、きっと手を見る度にエミリオ様のことを思い浮かべる。
うん。
ヒロインが受け取るのに。これほどぴったりくるものもないかも?
「素敵なデザインですね。つけてみても?」
そういうと、エミリオ様は店主に確認し、そっと指にはめてくれた。
わ。あつらえたみたいにぴったりです!
……何だか『当然これを選ぶでしょう?』って、何者かに圧をかけられている気すらしてくるよね?
「流石にセンスが良いですね! 指に赤い花が咲いたようだ。そしたら、僕は……これはどうかな?」
そう言いながら、ジェフ様はわたしの腕に、ブレスレットをつけてくれた。
わわ。これも素敵!
ところどころにドロップ型の小粒なアクアマリンが散りばめられられたそれは、華奢なデザインで、腕をほっそり綺麗に見せてくれる。
ジェフ様の瞳の色に似たそれを受け取ったら、やはり、それをみる度に、彼のことを思い浮かべるに違いない。
そして、これもまた、専用に作られたようにぴったりサイズ。
わたし、この国では小柄な方なので、市販のアクセサリーとか、結構ぶかぶか率高いのですが、一体どういった原理なの?
どちらかのサイズが合わなければ……なんて、ちょっとだけ考えてしまっていた、わたし。
そんなずるいこと、女神様は許してくれない、か。
きちんと自分の気持ちに向き合わないと。
二人の顔を交互に眺めて、わたしは小さく息を吐いた。
……いや。無理ですってば!
二人とも、全く別の方向で魅力的なんですもの。
そもそも、わたしがどちらかを選ぶとか、烏滸がましいにも程があるというか?
助けを求めて、ついついお兄様に視線を向ける。
そしたら、何と!
別の露店に立ち寄っていたらしいお兄様が、タチアナさんに小さな包みを手渡しているじゃない!
おずおずと、それを受け取ったタチアナさんは、顔を真っ赤にしながら俯いている。
うっきゃ~っ!
ちょっとっ!
お兄様ったら、いつの間に良い雰囲気作っているの?
あぁ、もう。
タチアナさんが、滅茶苦茶可愛い顔をしているし。
え?本当に?
いえ。
奥手同士、二人はとってもお似合いだけど、ジュリーさんのことは、もう良いのかな?
ちらりとジュリーさんに視線をながすと、彼女は硬い表情で二人を見ていた。
あら?あらら?
何だかこちらも、恋の予感なの?
お兄様は、ジュリーさんの視線に気付かないのかな?
もう一度お兄様に視線を戻すと、お兄様は、何故かとんでもない方向を見ていた。
ちょ……。
乙女の視線に気付かないとか、相変わらず、脳筋。
と言うか、見ている場所が明後日の方向すぎるでしょ。
一体何を見ているのかな?
視線の先を追うと、軒先でうずくまっている浮浪者風の男性を見ているみたい。
不審者センサーに引っかかったのかな?
と、お兄様は徐にジュリーさんの元へ歩み寄り、小声で何か告げた。
ジュリーさんは、何か考えるように口元に手を当て、やがて一つ頷き、幾つか言葉を返している。
二人の視線は、浮浪者風の男性から、反対方向へとうつった。
まだ少し距離がある、そこに、見知った顔の集団を見つけて、わたしは目を瞬く。
あれって……。
「やぁ。君たち。奇遇だな」
ジュリーさんに声をかけられて、その集団の後ろを歩いていたレンさんとユーリーさんは、すぐさまその場に立ち止まり、ほぼ同時に頭を下げた。
ちなみに、前を歩いていたラルフさんとジャンカルロさん。
二人はキョトンとして、その場に立ち尽くしていたんだけど、直後、少しだけ上体を起こしたレンさんに後頭部を押されて、後ろの二人と同様に頭を下げた。
……レンさん、流石です。
「ああ、良い。頭をあげて、こちらに来たまえ。君たちも散策かな?」
「あーいえ。昼食の帰りです。彼らは、明日に備えて武器の整備も……」
頭を上げてこちらに歩み寄ると、苦笑い気味に返答したのは、ユーリーさん。
「ああ、ユリシーズ。昨晩はご苦労。どんな具合だ?」
「現状、これと言った問題は無いですね」
そう言いながら、ユーリーさんは、後頭部を掻く。
そこに、エミリオ様がスタスタと歩み寄った。
「おい!ユーリー! 貴様っ、以前マリーに食事をご馳走したらしいが、昨晩聖堂に残ったのは、まさか下心があってのことでは無いだろうな?」
「滅相もないです。少し前のことですし、ご馳走したってほどのことは……。それに、あの時は、ラルフ君も一緒でしたし……」
額にかいた汗を手の甲で拭いつつ、ユーリーさんは顔を引き攣らせながら、弁解している。
そこに、ジェフ様まで歩み寄って来た。
「そうらしいですね。僕も、まさかユーリーさんが下心で動くなんて思ってませんよ。
でも、ラルフさんに関しては、そこまで信用できないなぁ」
「ほう。ラルフというのも、ここにいるのか。どいつだ?」
エミリオ様の言葉に、ラルフさんはタジタジしながら右手を上げた。
「ほう。貴様か。よし。しばし顔を貸してもらおう。
どういった経緯でそうなったのか、詳しく聞かねばならんからな」
え?
まさか、先ほどの話、まだ尾を引いていたんです?
「いえ。あの時は、本当に偶然で! 成り行きでそうなっただけでして……」
「まぁ、良いから。こちらで少しお話しをしましょう?」
弁解を始めたユーリーさんと、完全に巻き込まれた形のラルフさんは、エミリオ様とジェフ様に押されて、わたしたちと少し距離を取った。
ああ。二人ともごめんなさい。
わたしが、うっかり失言したばかりに……。
一方、取り残されたレンさんとジャンカルロさんは、こちらに留まるみたい。
レンさんは、ジュリーさんとお兄様の前に立つと、丁寧に会釈し、何故ここに居たのか、かいつまんで説明している。
その説明を聞いて納得。
連日連夜の激務でお疲れだと思うのに、武器の整備は怠らないのね。流石だわ。
ほんと。感心してしまうよね。
それに比べて、すっかり浮ついていたわたし……なんだか恥ずかしいわ。
わたしは、手にしていたアクセサリーを外し、店主さんにお返しした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
43
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる