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第六章
事前調査を兼ねているのを知った上でも、お忍びの街歩きは楽しい? ⑵
しおりを挟む(side オレガノ)
聖堂前公園を出発してからずっと、キリキリと胃が痛む。
もちろん、こうなるだろうことは最初から分かっていた。
公爵夫人のサロンの時から、王子殿下は、ローズに何かを伝えたがっていたからな。
全ては、今朝殿下が発した鶴の一声から始まった。
曰く、
『上級貴族たちが王宮に逃げ込んでいる、この状況であっても、王都の一番外周にあり、この国の要である聖堂の職員らは、明日の降臨祭のための準備を行うことになっている!
大した護衛も無しにだ!
せめて、外で作業している間くらい、護衛をつけてやれないのか?』
……まぁ、正確には、付いている。
昨晩から、第六と第七旅団の中小隊長クラスが、交代で聖堂内に駐屯することになっているから。
でも、それはあくまで騎士団内での情報で、殿下には知らされていない。
それに、彼らとて、作業をする聖堂職員一人一人を守ることなど不可能。
どうするんだ……これ。
その日集まっていた殿下付きの騎士らが、全員白目になった時、ジュリーさんが笑顔で提案した。
「ならば、せめて女性職員の作業を見守りますか?」
そんなわけで、現在、このような事態になっている。
無茶を言い出したのは殿下で、それを嬉々として受け入れたのはジュリーさん。
それなのに、殿下がその無茶を言い出した原因が、妹のローズであることが明白だから、何故か自分が悪い気分になる。
同僚の皆さん。
これは不可抗力なんです!と、大声で叫びたくなるのは、仕方ないよな?
恨めしく思いつつ、先頭を歩いているジュリーさんに視線を向ける。
はぁ。
パンツスーツ姿も麗しいな。
……細身のスラックスから覗く、ほっそりとした足首、華奢なヒールで颯爽と歩く姿も綺麗だ……。
……って!そうじゃない!
普通に見惚れてどうする!
……あの人。
その上、護衛対象の人数増えるの、絶対気づいていただろうっ。
おかしいと思っていた。
お忍びでの街歩きを想定した場合、王子殿下とローズ二人の護衛……普段なら十人以下で足りる。
それが、今日は同行するだけで二十人以上。
つまり、同じ方向に向かう人間は、実は全て王国騎士みたいな状況。更に、行く先々で警戒にあたっている一般の騎士らを含めるなら、百人前後が動いている。
降臨祭前日の、混み合った聖堂付近を歩いてまわるわけだから、まぁ、そう言うことなのだろう……程度に思っていたが、ジェファーソン様やリリア嬢まで加わるとか、聞いてない……。
そして現在。
グループ交際宜しく、思い思いに動き回っている妹たちを、すぐ後ろで見守らなければならないって、どんな罰ゲームなんだろうか。
というか、なんだか楽しそうだな……ローズ。
考えて見れば、あいつがハッキリしないところが、一番の問題なのではなかろうか?
母様も言っていたが、いつまでも遊んでいないで、そろそろ一人に絞るべきだよな。
殿下とジェファーソン様の二択で迷っているのかと思いきや、ラルフ君やユーリーさんとも食事をしていたり、そうかと思えば、レイブン殿のことも気になっていそうだし。
ぐちぐち考えつつも、職務はこなさねばならないから、周囲の警戒は怠れない。
聖堂が護衛で付けてくれた聖騎士三人は、どことなくぼんやりしていて不安だし。
こういう時こそ、レン君あたりがいてくれると頼もしいのだが、昨晩当直だと言っていたから、今日は休みだろう。
小さくため息を落としていると、ジュリーさんが小綺麗な飲食店へと誘導を始めた。
今日は、ここで食事をとることになっている。
店のテーブルは全て四人掛けだったので、ローズたちは、そのまま四人で座るようだ。
散々協議した結果、ローズの横はリリアさんになったようで、そこは一安心。
しかし、そうすると、タチアナさんは、どうするつもりだろうか?
「タチアナ嬢は、こちらへどうぞ」
隣の席の椅子を引いて、ジュリーさんは、なぜか良い笑顔を浮かべている。
恐縮しながら、タチアナ嬢がそこに座ると、ジュリーさんは、さっさと彼女の横に座った。
ん?
基本、護衛の騎士はその場で食べず、別室や別店舗などで、交代で食べたりするものだが?
「オレガノ君、君もそこにかけたまえ!」
「……え?いえ。自分はっ」
「掛けたまえ!」
有無を言わさぬ語り口調で、綺麗な笑顔を浮かべるジュリーさん。
これはどうやら、逆らえないようだ。
致し方無しに席に着くと、一緒に護衛をしていた私服の騎士らも、続々店に入って来るようだ。
なるほど。
一般の客が間違えて店の中に入れぬよう、空いている席を、すべて騎士で埋め尽くすつもりらしい。
「失礼します」
ジュリーさんの正面の椅子を引くと、ジュリーさんが何やらウインクしてくる。
は?
相変わらず、唐突にチャーミングな方だな。
眉を寄せると、今度は咳払いをして、視線で何やら訴えてくる。
可愛いだけで、さっぱり分からないのだが。
遂には諦めたのか、大袈裟にため息をついた。
「はぁ。君も大概だな。オレガノ君。
タチアナ嬢の正面に座るよう、言っているのだが?」
「え? いえ。ですが」
流石に護衛対象の正面とか、問題あるだろう?
「すまんな。タチアナ嬢。いかんせん、堅物な上、空気が読めない男でな」
「は?意味が分かりません」
妹のグループ交際の護衛につけられて、そうじゃなくても精神をすり減らしているというのに、その上自分に何を求めているのだ。この人は!
「いいえ。その。実直で……素敵です」
タチアナ嬢は、顔を俯けて、そう呟いた。
あれ?
なんか、ジュリーさんの周りくどくてよく分からない口撃の後だからかな?
素朴というか。
タチアナ嬢、あまり話したことはない……というより、前回は会話が続かなかったが、案外良い子っぽいな。
それなら。
そちらに座るよう指示されたのだし、従おうではないか。
引き出し掛けていた椅子を元に戻して、タチアナ嬢の前の椅子を引く。
と、華奢な肩が、ぴくりと反応した。
ふぅん。なんか……。
小動物のようで可愛らしいな。
笑みを浮かべて、その場で一礼。
「正面に座らせて頂く名誉を賜わり、光栄です。タチアナ嬢」
席に座ると、タチアナ嬢は、湯気が出そうなほど顔を赤らめた。
まさか、熱でもあるんじゃ?大丈夫なのか?
少々不安になり、顔を覗き込むと、益々俯いてしまう。
うーむ。
どうしたものかと、ジュリーさんに視線を向け、思わず固まった。
どうせニヤニヤ見守っているのだろうと思っていたのだが、ジュリーさんは、何故か心細そうな表情をして、こちらを見ている。
一体、どういう状況なんだ。これは。
と、そこに料理が運ばれて来て、ホッとした。
これで、この謎な状況から、何とか逃れられそうだ。
◆
結局、何となく気まずくて、こちらのテーブルは終始静かに食事を終えた。
ローズたちのテーブルは、お茶会をした時のように和やかな雰囲気だったが、どことなく、リリア嬢が必死に、殿下にむかって話しかけており、残る二人は、穏やかに見守っている印象だった。
やっぱり、リリア嬢は、どこそこ幼く感じる。
それと比較すると、三人は年齢の割りに落ち着いているな。
全員の食事が終わり店を出ると、ローズたちは、またしても、露店に引き寄せられていくようだ。
先ほどから、王子殿下が赤色の、ジェファーソン様が青色のアクセサリーを、しきりにローズに勧めている。
食事中は、お互い気を使っていたのに、ここでは引くつもりは無いようだ。
流石のローズも困り顔。
折角だから、よく悩んで、さっさとどちらかに決めれば良いのだが、そう簡単にはいかないか。
片や、リリア嬢は、殿下に買ってもらった、赤いネックレスを首にかけて、ご満悦。
そろそろ土産物屋も減って来ているから、買ってもらうなら決めないと……って、いやいや。
何を、どちらかに決めさせるつもりでいるんだ。
そもそも、兄にそんなこと言われるなど、余計なお世話というものだろう。
ため息を吐きつつ、警戒に戻る。
これまで、特におかしな挙動の者もいないから、この分なら無事に帰れそうではあるが。
「あ。可愛い」
ぽそっと、隣にいたタチアナ嬢が呟いたので、そちらに視線を向ける。
そういえば、彼女はずっと大人しく自分の横を歩いており、露店など見れていなかった。
悪いことをしたな。
「何か、気になる物がありましたか?」
声をかけると、驚いたように目を瞬き、恥ずかしそうに俯いた。
彼女の視線の先には、桜貝の耳飾り。
「似合いそうですね。店主、これを包んでください。あぁ。それから、これも」
鮮やかなラピスラズリを四角く切り出した、小ぶりなペンダントを見つけ、店主に頼んで両方包んで貰うと、代金を支払い、耳飾りの入った包みをタチアナ嬢に手渡した。
付き合わせておいて、一人だけ何もお土産なしでは、さすがに気の毒だ。
ペンダントの方は胸ポケットにしまい、引き続き、周囲を警戒する。
その時、怪しげな動きをしている男を、視界の隅にとらえた。
物陰に隠れて、通りの方を覗き見ているようだが、その対象は殿下ではない。
いったい何を?
視線の先を追って、そこに見知った顔の集団を見つけた。
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