231 / 274
第六章
事前調査を兼ねているのを知った上でも、お忍びの街歩きは楽しい? ⑵
しおりを挟む(side オレガノ)
聖堂前公園を出発してからずっと、キリキリと胃が痛む。
もちろん、こうなるだろうことは最初から分かっていた。
公爵夫人のサロンの時から、王子殿下は、ローズに何かを伝えたがっていたからな。
全ては、今朝殿下が発した鶴の一声から始まった。
曰く、
『上級貴族たちが王宮に逃げ込んでいる、この状況であっても、王都の一番外周にあり、この国の要である聖堂の職員らは、明日の降臨祭のための準備を行うことになっている!
大した護衛も無しにだ!
せめて、外で作業している間くらい、護衛をつけてやれないのか?』
……まぁ、正確には、付いている。
昨晩から、第六と第七旅団の中小隊長クラスが、交代で聖堂内に駐屯することになっているから。
でも、それはあくまで騎士団内での情報で、殿下には知らされていない。
それに、彼らとて、作業をする聖堂職員一人一人を守ることなど不可能。
どうするんだ……これ。
その日集まっていた殿下付きの騎士らが、全員白目になった時、ジュリーさんが笑顔で提案した。
「ならば、せめて女性職員の作業を見守りますか?」
そんなわけで、現在、このような事態になっている。
無茶を言い出したのは殿下で、それを嬉々として受け入れたのはジュリーさん。
それなのに、殿下がその無茶を言い出した原因が、妹のローズであることが明白だから、何故か自分が悪い気分になる。
同僚の皆さん。
これは不可抗力なんです!と、大声で叫びたくなるのは、仕方ないよな?
恨めしく思いつつ、先頭を歩いているジュリーさんに視線を向ける。
はぁ。
パンツスーツ姿も麗しいな。
……細身のスラックスから覗く、ほっそりとした足首、華奢なヒールで颯爽と歩く姿も綺麗だ……。
……って!そうじゃない!
普通に見惚れてどうする!
……あの人。
その上、護衛対象の人数増えるの、絶対気づいていただろうっ。
おかしいと思っていた。
お忍びでの街歩きを想定した場合、王子殿下とローズ二人の護衛……普段なら十人以下で足りる。
それが、今日は同行するだけで二十人以上。
つまり、同じ方向に向かう人間は、実は全て王国騎士みたいな状況。更に、行く先々で警戒にあたっている一般の騎士らを含めるなら、百人前後が動いている。
降臨祭前日の、混み合った聖堂付近を歩いてまわるわけだから、まぁ、そう言うことなのだろう……程度に思っていたが、ジェファーソン様やリリア嬢まで加わるとか、聞いてない……。
そして現在。
グループ交際宜しく、思い思いに動き回っている妹たちを、すぐ後ろで見守らなければならないって、どんな罰ゲームなんだろうか。
というか、なんだか楽しそうだな……ローズ。
考えて見れば、あいつがハッキリしないところが、一番の問題なのではなかろうか?
母様も言っていたが、いつまでも遊んでいないで、そろそろ一人に絞るべきだよな。
殿下とジェファーソン様の二択で迷っているのかと思いきや、ラルフ君やユーリーさんとも食事をしていたり、そうかと思えば、レイブン殿のことも気になっていそうだし。
ぐちぐち考えつつも、職務はこなさねばならないから、周囲の警戒は怠れない。
聖堂が護衛で付けてくれた聖騎士三人は、どことなくぼんやりしていて不安だし。
こういう時こそ、レン君あたりがいてくれると頼もしいのだが、昨晩当直だと言っていたから、今日は休みだろう。
小さくため息を落としていると、ジュリーさんが小綺麗な飲食店へと誘導を始めた。
今日は、ここで食事をとることになっている。
店のテーブルは全て四人掛けだったので、ローズたちは、そのまま四人で座るようだ。
散々協議した結果、ローズの横はリリアさんになったようで、そこは一安心。
しかし、そうすると、タチアナさんは、どうするつもりだろうか?
「タチアナ嬢は、こちらへどうぞ」
隣の席の椅子を引いて、ジュリーさんは、なぜか良い笑顔を浮かべている。
恐縮しながら、タチアナ嬢がそこに座ると、ジュリーさんは、さっさと彼女の横に座った。
ん?
基本、護衛の騎士はその場で食べず、別室や別店舗などで、交代で食べたりするものだが?
「オレガノ君、君もそこにかけたまえ!」
「……え?いえ。自分はっ」
「掛けたまえ!」
有無を言わさぬ語り口調で、綺麗な笑顔を浮かべるジュリーさん。
これはどうやら、逆らえないようだ。
致し方無しに席に着くと、一緒に護衛をしていた私服の騎士らも、続々店に入って来るようだ。
なるほど。
一般の客が間違えて店の中に入れぬよう、空いている席を、すべて騎士で埋め尽くすつもりらしい。
「失礼します」
ジュリーさんの正面の椅子を引くと、ジュリーさんが何やらウインクしてくる。
は?
相変わらず、唐突にチャーミングな方だな。
眉を寄せると、今度は咳払いをして、視線で何やら訴えてくる。
可愛いだけで、さっぱり分からないのだが。
遂には諦めたのか、大袈裟にため息をついた。
「はぁ。君も大概だな。オレガノ君。
タチアナ嬢の正面に座るよう、言っているのだが?」
「え? いえ。ですが」
流石に護衛対象の正面とか、問題あるだろう?
「すまんな。タチアナ嬢。いかんせん、堅物な上、空気が読めない男でな」
「は?意味が分かりません」
妹のグループ交際の護衛につけられて、そうじゃなくても精神をすり減らしているというのに、その上自分に何を求めているのだ。この人は!
「いいえ。その。実直で……素敵です」
タチアナ嬢は、顔を俯けて、そう呟いた。
あれ?
なんか、ジュリーさんの周りくどくてよく分からない口撃の後だからかな?
素朴というか。
タチアナ嬢、あまり話したことはない……というより、前回は会話が続かなかったが、案外良い子っぽいな。
それなら。
そちらに座るよう指示されたのだし、従おうではないか。
引き出し掛けていた椅子を元に戻して、タチアナ嬢の前の椅子を引く。
と、華奢な肩が、ぴくりと反応した。
ふぅん。なんか……。
小動物のようで可愛らしいな。
笑みを浮かべて、その場で一礼。
「正面に座らせて頂く名誉を賜わり、光栄です。タチアナ嬢」
席に座ると、タチアナ嬢は、湯気が出そうなほど顔を赤らめた。
まさか、熱でもあるんじゃ?大丈夫なのか?
少々不安になり、顔を覗き込むと、益々俯いてしまう。
うーむ。
どうしたものかと、ジュリーさんに視線を向け、思わず固まった。
どうせニヤニヤ見守っているのだろうと思っていたのだが、ジュリーさんは、何故か心細そうな表情をして、こちらを見ている。
一体、どういう状況なんだ。これは。
と、そこに料理が運ばれて来て、ホッとした。
これで、この謎な状況から、何とか逃れられそうだ。
◆
結局、何となく気まずくて、こちらのテーブルは終始静かに食事を終えた。
ローズたちのテーブルは、お茶会をした時のように和やかな雰囲気だったが、どことなく、リリア嬢が必死に、殿下にむかって話しかけており、残る二人は、穏やかに見守っている印象だった。
やっぱり、リリア嬢は、どこそこ幼く感じる。
それと比較すると、三人は年齢の割りに落ち着いているな。
全員の食事が終わり店を出ると、ローズたちは、またしても、露店に引き寄せられていくようだ。
先ほどから、王子殿下が赤色の、ジェファーソン様が青色のアクセサリーを、しきりにローズに勧めている。
食事中は、お互い気を使っていたのに、ここでは引くつもりは無いようだ。
流石のローズも困り顔。
折角だから、よく悩んで、さっさとどちらかに決めれば良いのだが、そう簡単にはいかないか。
片や、リリア嬢は、殿下に買ってもらった、赤いネックレスを首にかけて、ご満悦。
そろそろ土産物屋も減って来ているから、買ってもらうなら決めないと……って、いやいや。
何を、どちらかに決めさせるつもりでいるんだ。
そもそも、兄にそんなこと言われるなど、余計なお世話というものだろう。
ため息を吐きつつ、警戒に戻る。
これまで、特におかしな挙動の者もいないから、この分なら無事に帰れそうではあるが。
「あ。可愛い」
ぽそっと、隣にいたタチアナ嬢が呟いたので、そちらに視線を向ける。
そういえば、彼女はずっと大人しく自分の横を歩いており、露店など見れていなかった。
悪いことをしたな。
「何か、気になる物がありましたか?」
声をかけると、驚いたように目を瞬き、恥ずかしそうに俯いた。
彼女の視線の先には、桜貝の耳飾り。
「似合いそうですね。店主、これを包んでください。あぁ。それから、これも」
鮮やかなラピスラズリを四角く切り出した、小ぶりなペンダントを見つけ、店主に頼んで両方包んで貰うと、代金を支払い、耳飾りの入った包みをタチアナ嬢に手渡した。
付き合わせておいて、一人だけ何もお土産なしでは、さすがに気の毒だ。
ペンダントの方は胸ポケットにしまい、引き続き、周囲を警戒する。
その時、怪しげな動きをしている男を、視界の隅にとらえた。
物陰に隠れて、通りの方を覗き見ているようだが、その対象は殿下ではない。
いったい何を?
視線の先を追って、そこに見知った顔の集団を見つけた。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる