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第六章

事前調査を兼ねているのを知った上でも、お忍びの街歩きは楽しい♪ ⑴

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(side ローズ)


 降臨祭のメイン会場は聖堂前の公園なので、公園前を東西に伸びる街道の交通は、明日は規制されることになっている。

 今日は一応いつも通りのはずなんだけど……お祭り好きな住民や、祭りに前乗りした観光客が、その前日に大人しくしているわけがないよね。

 そんなわけで、公園前の道路は、ひとヒト人の波。
 
 そして、それ目当ての露店がそこかしこに立ち並び始めれば、更に露店目当ての人がやって来る。

 悪循環……とも言えないのよね。
 これによって、王都の経済は潤うわけで。

 それ故に、聖堂守護の任にある聖騎士も、周辺を警戒している王国所属の騎士たちも、揉め事がない限りは、黙認する構えだ。


「エミリオさまぁ♡ 
 まず、何処からご案内しましょうか? 
 食べ歩き? それとも、露天を見てまわりますか?」


 と、まぁ、周辺の状況把握に努めていたわたしの横で、甘えた声をあげているのは、言わずもがなのリリアさん。

 腕にしがみつこうとしたところに、苦笑いのジュリーさんがしっかり割って入っているのも、ここのところ随分見慣れてきた光景ね。

 ジュリーさんは、頬を掻きながら口を開く。


「大分混雑しているようですから、はぐれぬよう、二列で行くこととします。宜しいですね? リオ様」


 リオ様?
 一瞬、誰か分からず首を傾げる。
 隣にいたリリアさんも、同様の表情。

 と、頬を少し紅潮させつつ、エミリオ様が小声で告げた。


「ああ。お忍びだからな。名前を呼ばれるのは都合が悪いんだ。悪いが、今日はそのように呼んでくれ」


 ああ!
 そう言えば、作中でもそんな設定があったわ。

 お忍びでの散策だから、『王子殿下』と呼ぶわけにはいかないし、『エミリオ様』と呼べるのは、特別な許可を受けた相手のみ。

 それ故に、名前の一部から、そんなような名前が付けられていたような?


「わぁっ。ニックネームですか? リリア、これからずっと、リオ様って呼んじゃおうかなぁっ?」

「それは遠慮願おう。不敬に当たる」


 ジュリーさん、一分の隙もなく、バッサリと切り捨てました。お見事。

 あらら。
 リリアさんは膨れっ面に、エミリオ様は苦笑いになっているわ。

 それらには一切お構いなしで、ジュリーさんは話を続ける。


「この後の行程ですが、明日最も賑やかになると予想される武器屋街を、散策しながら北上。聖堂を半周して、裏門から戻ります」


「えぇ? それ、何が面白いんですかぁ? 東側ルートより西側を回った方が賑やかだし、屋台や露店がたくさんあると思うっ!」


 これには、リリアさん、反対意見みたい。

 うーん。

 確かに、聖堂に住んでいると、西回りルートの方が馴染みがあるのよね。

 まず、大衆食堂から小洒落た雰囲気の軽食屋さんまで、様々な種類の飲食店が軒連ねる飲食店街があるし、王都南西部ほどではないけれど、そこそこの規模の食品市場もある。
 女性向けの雑貨や小物販売店があるのも、西側だ。

 だから、リリアさんがこう言い出すのも、分からなくはない……かな。
 全然自分の思い通りにならないから、イライラしているだけの可能性も否定できないけど。
 
 ただ、聖堂の予想でも、混雑するのは東回りルートとのことだった。
 何故って、大通りは武器屋街とは名ばかりで、実際は聖堂関連の土産物売り場通りだもの。

 今回の目的は街の視察だから、ここはやっぱり、ジュリーさんの意見に従うべきかな。
 多分、安全を担保するために、先行して騎士を配置したりしているだろうし、急な予定変更は良くないよね。
 

「リリアさん。武器屋街を見て回ったことある?」

「え? ……別に、女の子が行く必要なくない?」

「わたしもそう思っていたんだけど、この間ラルフさんに案内して貰ったら、お土産とかたくさん置かれていて、結構面白かったよ」


 多少誘導できれば良いな、くらいの気持ちで言ったつもりだったんだけど……。


「ラルフさんに案内して貰った?」
「ラルフって誰だ?」


 ジェフ様とエミリオ様が、低めの声でボソッと呟いたのが聞こえて、わたしは自分の失言を呪った。
 その時、お兄様が、ツカツカこちらにやって来て、わたしの両肩を掴む。
 

「ラルフ君にっ? 二人きりでか? どうなんだ、ローズ!」


 えぇ……。
 何故に、お兄様が一番動揺なさっているんですか……。
 でも、これは、弁解する良い機会かも。


「いえいえ。ユーリーさんも一緒でした。模擬戦の少し前に。その、ユーリーさんがランチご馳走してくれると言うので……」
 
「ランチをご馳走……」
「ユリシーズ……アイツ」


 再びつぶやく、ジェフ様とエミリオ様。

 きゃー。墓穴。


「ああ。そう言えば、模擬戦の時に、そんなこと言ってたか。
 まぁ、二人とも信頼できる人たちだから今回は叱らないが、ちょっとワキが甘いぞ?」

「はい。今後は、お兄様が一緒の時にします」

「うん。そうしてくれ」


 良かった。
 お兄様からは、なんとなくお許し頂けました。


「ま、僕だって学校で……」
「俺だって、一緒に食事くらい……晩餐会の時に」
 

 うう。
 お二人は、まだ何かぶつぶつ言ってらっしゃる。
 

「まぁまぁ、お二方とも。今日は、ランチをご一緒出来ますから。武器屋街にある、雰囲気の良い店をおさえましたし」

「そうか」
「それは嬉しいですね」


 ジュリーさんがフォローを入れてくれて、何とかその場はおさまった。
 援護しようと思って、逆に助けられてしまうなんて、情け無い。

 小さく頭を下げて謝意を示すと、気にしなくて良いと、首を振る。

 やっぱりジュリーさんは、格好良いなぁ。

 こんな具合で、出だしはドタバタしつつも、リリアさんには何とか承諾してもらい、東回りで散策を始めた。


 二列で歩くって、なんだか遠足みたいだな、なんて。少しワクワクしながら道を歩く。
 実際は、一般人の服を着た騎士さんたちが周囲を囲っているから、四列くらいになっているはずなのだけど、王国騎士の皆さんは、街の空気に溶け込んでいて、驚くほど存在感が薄い。

 いても気にならないってすごいな。
 おかげで、わたし達は、本当に仲良しグループで街歩きを楽しんでいる感覚で過ごせている。

 ちょっと、リリアさんは奔放すぎるけどね。


「あ!あれ見て!リオさまぁっ」

「わっ。こら、ひっぱるな!」


 わたしの横を歩いていたエミリオ様の腕を引っ張って、気になる露店に凸している。

 さっき、『この通りイヤ』とか言ってなかったかしら?
 一番楽しんでいるように見えるけど。


「ローズちゃんは、気になるものはないの?」


 後ろから、ジェフ様が声をかけてくれたので、わたしは歩調を緩めて、彼に並んだ。


「そうですね。お祭り限定で、アクセサリーなどもたくさん売っているので、あれこれ気にはなるんですけど、目移りしてしまってとても選べそうにないです」


 本心を伝えると、『それじゃぁ』と、手を引かれた。

 あわわ。
 そんな自然に?

 やっぱり、ジェフ様はエスコート慣れしていらっしゃる。
 こちらは、ドギマギしてしまうけど。

 連れて来てくれたのは、他と比べて、どこそこ品の良い露店。
 小ぶりの宝石を使用した、華奢な印象のブレスレットが目に入り、思わず見入ってしまった。

 コレ、すごく可愛らしいわ。


「これ、ローズちゃんに似合いそうだね」


 今まさに見ていたブレスレットを、ジェフ様の手が掬い上げる。


「ガーネット……いや、ルビーかな? 髪の色と合うから合わせやすそうだ。でも、僕個人としては、こちらを薦めたいかも?」


 そう言って、別のブレスレットを摘み上げる。


「淡いブルー?綺麗ですね!」


 まるで、ジェフ様の瞳の色みたい。


「付けてみて? 気にいるようなら、是非プレゼントしたいな」

「それは嬉しいですが……」


 良いのかな?
 本来なら、エミリオ様に指輪を買っていただくシーンなわけで……。
 そのエミリオ様は、リリアさんに装飾品をねだられている最中で……。
 悩んでいたら、ひょっこりとエミリオ様が顔を出した。


「マリー、無理してジェフに付き合う必要はないぞ?
気に入ったのが有れば、俺に言え!
ちなみに、ブレスレットは赤のが似合いそうだと思う」

「えっと。その。素敵ですけど、買っていただくわけには……」


「遠慮するな」
「遠慮はいらないよ」


 わわ。
 息ぴったりですね?


「ふふっ」


 可愛らしくて、思わず笑みが溢れる。
 何だかふわふわして落ち着かないんだけど、すごく楽しいな。

 そこに、別の露店で店員に捕まっていたリリアさんが、やって来た。

 
「マリーさん、ずるーい! リオさま、私にもー!」

「あー。まぁ。一個ずつな」


 困ったように眉根を寄せるエミリオ様と、軽薄に微笑むジェフ様、可愛いを体現しているリリアさん。

 周囲で護衛の騎士さん達がピリピリしているの、分かっているんだけど、あまりに楽しくて、『あとしばらくの間だけで良いから、はしゃがせて下さい』と、心の中で、そっと手を合わせてみた。

 
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