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第六章
お祭り準備で忙しいのに、何やら色々で全然集中出来ないわ!⑵
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「じぇじぇっジェファーソン様!」
「あれあれっ⁈ どうしてエミリオ様が?」
プリシラさんとリリアさんは、ほぼ同時に素っ頓狂な声を上げたあと、慌てて自身の身なりを整え出した。
……わかりやすっ。
わたしは笑顔を引き攣らせる。
恋する乙女は可愛い……とか、最近素直に思えなくなって来ちゃったよね。
リリアさんの方は、我儘であざといだけだから、まだ許せるとして、プリシラさんの、ジュースをぶちまけようとした時の無機質な顔を思いだすと、震えがくるわ。
恋する乙女、怖すぎる。
固まっていると、箱からランプを出していたマデリーンさんが、おっとりと口を開いた。
「まぁまぁ。先ほど、リリアさんが言っていた通りに、なったのねぇ?」
「私、何か言ったかな?」
「ローズマリーさんが運んでいれば、きっと誰かが手伝ってくれるって。
街の人たちや、見回りの聖騎士さんのことを言っているのかと思っていたけど、まさか、王子殿下や侯爵令息様のことだったなんて、本当にびっくり!」
「私だって、びっくりだよ。来るって知ってたら、私も一緒に……」
リリアさんは頬を染めながら、口の中で もごもご言っている。
そうよね。
私だってびっくりしたもの。
文句を言わず、一緒に箱の運搬をしていれば、頑張っているところを見せられたのにね?
なーんて。
こういう考え方は、流石に意地悪かしら?
でも、仕事を押し付けられたこちらとしては、少しスカッとしてしまった。
「王子殿下、ジェファーソン様。ご機嫌よう」
「プリシラ嬢」
静々と立ち上がり、その場で淑女らしくお辞儀をしようとした、プリシラさん。
直後、後ろからやって来たジュリーさんが、首を振る動作でその行動を制止する。
「この度は、お忍び故。周囲にそれと気づかれるような動作は、慎んで頂きたい」
「まぁ。それは、ごめんあそばせ」
プリシラさんは、眉を下げて項垂れる。
「さて。あとは、何処にどれくらい運べば良いのかな?」
ジュリーさんが周囲を見回すので、わたしは小さく手を上げた。
「はい。この公園の外周と、中央の女神像の周りにランタンの配置を予定していますので、ここに運んだのと同じ量を、旗の立ててある八箇所に運べば、運搬は終わりです」
「的確な指示を有難う。では、我々はタチアナ嬢の指示の元、あちら側から運ぶとしよう。良いな?オレガノ君」
「了解です」
「そちらは、ローズさんに指揮して頂くので宜しいですね? 殿下」
「ああ。それで良い」
エミリオ様が答えると、ジェフ様も頷いた。
あれ?
ジェフ様はこれから、書類の提出なのでは?
こちらを手伝っていて良いのかな?
「ジェフ様は、お仕事でこちらにいらっしゃったのでは?」
首を傾げながら尋ねると、柔らかな微笑みが返って来た。
「ついさっき、事務局に出してきたよ。時間が空いたから、ローズちゃんのお手伝いがしたいな?」
はわわ。
そんな優しげにお願いされたら、遠慮するのが、逆に無粋に感じられてしまうよね?
「お前は、明日忙しいんだろう? 帰って休んでおいた方が良いんじゃないか?」
「おや? 明日お忙しいのは、殿下の方では?
それに、僕としましては、煌びやかな王宮に詰めているのは、落ち着かなくて」
「ちっ。よく言う」
……ええと?
今日も二人は、仲良しさんでいらっしゃるわ。
「じゃぁ~、リリアもマリーさんと一緒に運ぶね? えへへっ」
キュるんっと微笑んで、リリアさんはわたしの元へ走りより、エミリオ様とわたしの間に、きっちり割って入った。
『運ぶの疲れた』とか言っていたのは、忘却の彼方ですね?
と、それを見ていたプリシラさんが、チラチラとジェフ様に熱視線を送る。
「それだと、運ぶ人数が多くて、飾りつけが間に合いません……。
あっ、そうですわ!
ジェファーソン様はセンスが良くていらっしゃいますから、飾り付けの担当はいかがでしょう?」
上目遣いにジェフ様を覗き込んだプリシラさんは、次の瞬間、その場で硬直した。
ジェフ様は、いつものように軽薄に微笑んでいらっしゃるけれど、目元は全然笑っていない。
「もしかして、僕に指図するつもりなのかな? オルセー伯爵令嬢」
「いい……い、いえ、そんなつもりは……」
「『そんなつもりは』?
はて。何処かで聞いたような……?
ああ、そうそう。
サロンでローズちゃんに嫌がらせをしようとしたご令嬢が、誤って粗相した相手に、そう言ったらしいね?」
プリシラさんは、みるみる青ざめていく。
ところでジェフ様、一体何処からその情報を?
「実は、その衣装代全額、うちに請求が回って来たんだよ。苦情と一緒にね。あれには参ったなぁ」
後頭部を撫でつつ、ジェフ様は言う。
なるほど!
つまり、スティーブン様から、直に連絡がいったのね。
でも、何故ジェフ様に請求が?
「まぁ、因果関係を辿れば、僕が発端では無いにしても、一因ではあるからね。支払いは、済ませたよ。
それにしても、僕はそのご令嬢が気に入らない。
幾ら自分より階級が下だからって、気に入らなければ虐めるなんて、さもしいことだと思わないかい?」
「お……仰る通りですわ」
今やガタガタと震えながら、プリシラさんは答える。
そこに、まさかのエミリオ様参戦。
「何だ? 誰か、マリーに嫌がらせをしたのか?
それは、許せないな!
今度そういうことがあったら、直ぐに俺に言うんだぞ? いいな? マリー!」
まさか、プリシラさんが、そのご令嬢本人とは思っていないから、エミリオ様の口調は結構厳しめだ。
プリシラさんは、脂汗を流している。
気せずして、シナリオ通り、プチ断罪の流れになるのだから、物語の強制力、恐ろしいわ。
……でも、まぁ、公爵夫人のサロンで断罪されなかっただけ随分マシよね?
そう考え直して、わたしはエミリオ様に笑顔を向けた。
「……はい。過分なお心遣い、痛み入ります」
頭を下げると、エミリオ様から溌剌とした笑みが返って来た。
本当に、頼もしくていらっしゃるわ。
「それでは、早速運びましょうか。ローズちゃん、行こう」
「待て待て!何だこの手は!」
「何って、エスコートですが?」
「ひっこめろ。俺がやる」
「ええ~?」
話がおさまったと思ったら、今度は、仲の良い言い合いが始まった。
わたしは慌てて二人を止める。
「あの。目立ちますし、制服ですので大丈夫です。
お気持ちだけ、ありがとうございます。
では、移動しましょうか」
「え?ちょっと、マリーさん?」
とりあえず、隣にいたリリアさんの腕を引っ張って、箱の積んである場所へと移動を始める。
エミリオ様とジェフ様は、顔を見合わせていたけれど、二人同時に苦笑いをして、後をついて来てくれた。
その後は、荷物の運搬もスムーズに進み、遅れていた飾りつけも、プリシラさんたちの飾り付けを参考にしながらみんなで飾ったので、予定していた正午までに、全て片付いてしまった。
「聖堂の中までお手伝い頂いて、本当に有難うございました」
手伝ってくれた皆さんに感謝を伝えると、ジュリーさんがにっこりと微笑んだ。
「なぁに。こちらが好きでやったこと。ですよね? 殿下」
「あ、ああ」
エミリオ様は、何処となく気恥ずかしそう。
「それで、ローズマリー嬢。手伝った礼をこちらから請求するようで悪いのだが、この後時間を貰えるだろうか?」
「これで、点灯式まで手が空きましたし、マルコさんから許可がおりれば、大丈夫ですが……」
「許可は先にとってある。聖堂周辺の状況を把握したい故、案内を頼みたいのだ」
「そういうことでしたら、構いませんよ」
平静を装って答えたけれど、内心わたしのテンションは上がっていた。
まさか、ジュリーさんの方から、お忍び街歩きの提案があるなんて!
これなら、王宮公認で護衛もつくから、安全にデートが出来るということに……って、デート⁈⁈
ちがっっ違うったら!
今、『案内を頼む』って、言われたばかりでしょ?
わたしったら、何を調子に乗っているの!
……でも。
物語のように、『お祭り当日二人きりでこっそり抜け出すのは、多方面に迷惑をかけるから、絶対ダメ!』と、諦めていただけに、この申し出は、かなり嬉しいかも。
そこに、リリアさんが元気一杯挙手をする
「はいはいっ!私の方が、街の中のこと、詳しいんだから!」
「折角ですから、僕もお供しようかな」
微笑みながら、ジェフ様も参加を表明。
エミリオ様は苦虫を噛み潰したような顔をしているけれど、ジェフ様は涼しい顔だ。
「魔導師が付いてくれるなら、より安全だな。それから、タチアナ嬢。君も良ければ来たまえ」
突然声をかけられて、目を白黒させているタチアナさん。
少し考えて、ちらりと視線をお兄様に送ったあと、ジュリーさんに向かって、一つ頷いた。
「はい。ご一緒させて下さい」
タチアナさん、本当に?
きゃーっ!お兄様、どうするの?
って、あの。もしもーし。
あー。コレダメだわ。
警戒に集中していて、タチアナさんの視線に全然気付いてない。
まあ、仕方ないよね。お兄様だもの。
街の中を一緒に歩いていれば、何らか心境の変化もあるかもしれないしね?
二人きりで無いことは、原作とは異なるけど、何だかグループデートみたいで、わくわくしてきた!
◆
お出かけの準備をするため、わたしとリリアさんとタチアナさんは、一度寮に戻った。
その間に、ジュリーさんは、わたしたち三人の外出手続きをしてくれたみたい。
私服の王国騎士さんが、十人近くついているのに、聖堂側も、聖騎士さんを三人つけてくれるそう。
流石に警備が厳重だわ。
うきうきしながら、三人で広場に向かい、待っていてくれたエミリオ様たちと合流した。
その様子を、プリシラさんが冷たい目で眺めていたことに、わたしたちは全く気付かなかった。
応援ありがとうございます!
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