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第六章
出来る部下ほど、ホウレンソウは欠かさない
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第三の城壁北門では、仮設の検問所が増設され、続々と人々が都内に入場していた。
明日開かれる降臨祭は、国をあげたビックイベントで、毎年、王国内外から、たくさんの観光客が訪れる。
よって、各城門では、例年通り、平常時以上の警戒体制となっているのだった。
中でも、殊更賑やかなのは、この北門。
祭りのメイン会場である聖堂の裏手にあり、前日までに到着した者は、下見がてら、この門から入場することが多い。
夕刻を過ぎてなお、この賑わい。
これは、全世界的に女神信仰が浸透していることの現れでもあった。
その賑やかな通りを抜け、一台の高級な馬車が、城門横の馬車停めに停車した。
中から出て来た、高身長痩身の美しい騎士に、周囲の視線は釘付けになる。
何処からともなく歓声があがると、騎士は、長い金色のウェービーロングヘアーを掻き上げ、一つウィンク。
片手を上げて挨拶すると、そのまま颯爽と城門横にある騎士の詰め所へと入っていった。
残された観衆らが、一泊遅れて悲鳴混じりの大歓声を上げたのは、無理からぬことだろう。
そして、その喧騒の最中ゆえか、大観衆の間を縫うように抜けて、小柄な王国騎士が詰所に入っていったことに、気付いた者はいなかった。
「す……スティーブン隊長」
詰所内、事務室手前で、後方から かけられた声に、金髪の王国騎士、スティーブンは、柔らかな笑みを浮かべて振り返ると、人差し指で奥の応接を指差す。
小柄な騎士は小さく頷き、スティーブンの後に続いて応接室に入った。
スティーブンは、騎士が中に入ると直ぐに扉を閉める。
「時間通りね。ご苦労さま」
「ぃぃい、いえ。あの程度の び、尾行など、お安いご用です」
「まぁ、頼もしい。そしたらソファーにかけて?
とり急ぎで悪いけど、今日の対象の動きを聞かせてちょうだい」
小柄な騎士は、ごくりと唾を飲み込んだ後、指定された扉側のソファーにかけて、一つ頷く。
「たた……ターゲットは、昼前、後輩等を引き連れ、聖堂を出発。ぶっ武器屋を訪れました。そこに昼過ぎまで滞在し、その後は彼らと露店を散策。
そ、その際、散策中の王子殿下御一行と接触がありました。そのまま全員で、聖堂へ帰還。
その後は、ぅう動きなしです」
「ああ。殿下たちの件は耳に入ってるわ。
それより、武器屋では、妙な動きは無かったかしら?」
「外から み、見た限り、普通だったかと……。
た、ただ、彼奴等が店に入ってから程なくして、あぁ、他国の男が……肌の黒い、それが店から出て来ました」
「そう。接触があったと思う?」
「わっっ、そ…れは、わかりませんっがっ。一応、その者の後を追い、店から少し離れた場所で、し、身辺と、もも、持ち物の調査を……」
「あら。気が効くわね」
スティーブンに笑顔で褒められて、騎士は、ぱぁっと表情を明るくした。
「はっはい!
で……でも、ここコレと言って怪しいところは。
王国騎士を名乗ると、快く荷物も見せてくれましたし、不審な物も、もも持っていませんでした。
男は、な南方アズール国の商人『マヌ=ンガバ』。
ぉお王国に来た理由は、降臨祭を含めた王都の観光で、にゅっ入国の申請は半年前、承認は三ヶ月前に下りています」
それを聞き、スティーブンは驚いたように目を丸くする。
「え? あの、ンガバ氏?
あら。彼は、有名なバイヤーよ。
各国を自らの足で歩いて、本当に良いものだけを厳選し仕入れ。彼の商会は、それを各地の小売商に卸しているの。
滅多にお会いできないんだけど、彼、今、王都に?」
「は……はい。いい一週間ほど滞在予定。平民街南東の、ええと、や宿はここに控えました」
騎士は、ポケットから取り出したメモをスティーブンに手渡した。
「よくやったわ。レオパドール。
引き続き、聖堂の外での対象の監視は、貴方たちに任せるわね。
長丁場だから、程よく休憩しながら、交代で頼むわ」
「サー、イエッサー」
小柄な騎士、コードネーム『トカゲ』こと、レオパドールは、嬉しそうに微笑みながら敬礼し、うきうきと応接から去っていく。
直後、応接室の片隅にあるパテーションの影から、男が一人姿を表し、スティーブンの座るソファーの前に腰掛けた。
「神出鬼没って、貴方のこと言うのね? ユーリー」
「元城門勤務員ですよ? 抜け道の二つ三つ、当然知っています。それより、愛しの隊長に褒められて、嬉しそうでしたね。彼」
「ええ。可愛いでしょう。あの子の尾行は、どうだった?」
「及第点ですね。
対象が彼でなければ、十分な能力です。
ってか、監視がつくこと、貴方、対象に伝えたでしょ」
「ええ。スキルアップを兼ねているから内緒だけど、今回のトカゲの本当の仕事は、監視ではなくて、抑止だから」
「尾行がつくの知ってるわけだから、対象が下手な動きをするわきゃないですもんね。
どころか、トカゲ君がちゃんとついて来られるように、細かい路地に入る時は、ワザと歩調を緩めるまでしてましたよ。対象。
おれの印象をぼかすために、つけられていることを話題に出したら、『私は疑られているので、スティーブン様からの信用を得られるまで、彼にはしばらくお世話になる』なーんて、しれっと言ってましたし」
不満げに言うユリシーズに、スティーブンはころころと笑った。
「あら。貴方、対象から随分と信用されているのね?」
「あ~~。
そん時は、おれも、そう思ったんですけどね?
後でよくよく考えてみると、つりだったとも取れます。
あそこでは『何で君が疑られるのさ』等、ツッコミを入れるなり、茶化すなりするべきでした。
少なくとも、おれが彼の出自の情報を持っていることを、気付かれたはずです」
「まぁ。失着? 貴方にしては、珍しいわね?」
意外そうに、目を丸くする スティーブン。
ユリシーズは、深くため息を落とす。
「はぁ~~。
彼は普段、本当に天然で。自分の感情や、相手から向けられる好意には、恐ろしく鈍感で。
だから、何と言うか弟みたいで、こちらもついつい、気が緩んでしまいますが……」
「そうね。
あの子、こちらが考えているより、ずっとクレバーだから、うっかりすると足元を掬われるわよ?」
「気をつけます。
さて、で、件の商人ですが、対象と接触しました。
対象は、この商人から店を通して、クローブオイルを定期的に仕入れているそうです。
こちらはサンプルです」
「香料?甘い香りがするのね」
「剣の整備用とのことですが、とり急ぎ成分を調べさせたところ、実際は椿油のようですね。そこに、クローブで香りをつけたのでしょう。
それなりに、高額であるようですが……」
「まさか、ぼったくられている? 」
「それはなんとも。他の整備油と比べれば割高ですが、輸送費を考えれば妥当でしょう。『護身用の剣との相性を考えて』と言ってましたし、別にオリーブオイルも買っていましたから、使い分けているのでしょう」
「……そう」
スティーブンは視線を左下に下げ、しばし押し黙る。
「その辺は、ラルフ君や店主の反応からして、対象の普段通りの行動です。情報を外部に流すのは、まず無理でしょう。
と言うか、情報を得たのは、寧ろ対象の方です。
クローブオイルの生産者から頼まれたとかで、その商人、縁談の話を持って来ていましたよ」
「……縁談?」
「身上書は暗記していますので、後で書面でお渡しします」
スティーブンは、身を乗り出した。
「待って。それ、対象は何て?」
「前向きに検討すると」
「はぁぁっ⁈ 本気なの?」
「さぁ。ただ、動揺はしてなかったですね」
「まぁ。あの子のことだから、拍子抜けなほどあっさりと、了承しそうではあるわね」
スティーブンは、人差し指でコメカミを押し、ユーリーは苦笑いを浮かべた。
「他国のお嬢さんですから、聖堂側がどう判断するのか分かりませんが、聖騎士の規定によれば、問題ないそうです」
「あらまぁ。それで他国に引き抜かれでもしたら、聖堂側はどうする気かしらね」
「そうですね。神官長あたりは、いなくなれば清々する程度に考えて、案外許可しちゃうかも?」
「だったら、うちが引き抜きたいわ。こちらからも縁談持ちかけようかしら」
スティーブンが言うと、ユリシーズは、表情を曇らせる。
「おれは、彼が後悔しなければ良いと。
自覚してなさそうだけど、多分、好いているでしょう?ローズさんのこと」
「この国にいる以上、例え両思いでも、あの二人が結ばれる未来などないのだから、自覚しないまま見合い結婚した方が、彼にとっては幸せかもしれないわよ?」
「そんなものですかね?」
「そんなものよ」
ユリシーズは小さく頷くと、立ち上がった。
「では、おれはこれで。引き続き、聖堂内での対象の監視に戻ります」
「気に入っているんだろうけど、あまり感情挟まないようにね」
「了解」
素直に返答して、ユリシーズは、再びパテーションの後方へ戻っていった。
スティーブンは、扉の外へ声をかける。
「お入りなさい。城門周辺の状況を聞かせて?」
明日開かれる降臨祭は、国をあげたビックイベントで、毎年、王国内外から、たくさんの観光客が訪れる。
よって、各城門では、例年通り、平常時以上の警戒体制となっているのだった。
中でも、殊更賑やかなのは、この北門。
祭りのメイン会場である聖堂の裏手にあり、前日までに到着した者は、下見がてら、この門から入場することが多い。
夕刻を過ぎてなお、この賑わい。
これは、全世界的に女神信仰が浸透していることの現れでもあった。
その賑やかな通りを抜け、一台の高級な馬車が、城門横の馬車停めに停車した。
中から出て来た、高身長痩身の美しい騎士に、周囲の視線は釘付けになる。
何処からともなく歓声があがると、騎士は、長い金色のウェービーロングヘアーを掻き上げ、一つウィンク。
片手を上げて挨拶すると、そのまま颯爽と城門横にある騎士の詰め所へと入っていった。
残された観衆らが、一泊遅れて悲鳴混じりの大歓声を上げたのは、無理からぬことだろう。
そして、その喧騒の最中ゆえか、大観衆の間を縫うように抜けて、小柄な王国騎士が詰所に入っていったことに、気付いた者はいなかった。
「す……スティーブン隊長」
詰所内、事務室手前で、後方から かけられた声に、金髪の王国騎士、スティーブンは、柔らかな笑みを浮かべて振り返ると、人差し指で奥の応接を指差す。
小柄な騎士は小さく頷き、スティーブンの後に続いて応接室に入った。
スティーブンは、騎士が中に入ると直ぐに扉を閉める。
「時間通りね。ご苦労さま」
「ぃぃい、いえ。あの程度の び、尾行など、お安いご用です」
「まぁ、頼もしい。そしたらソファーにかけて?
とり急ぎで悪いけど、今日の対象の動きを聞かせてちょうだい」
小柄な騎士は、ごくりと唾を飲み込んだ後、指定された扉側のソファーにかけて、一つ頷く。
「たた……ターゲットは、昼前、後輩等を引き連れ、聖堂を出発。ぶっ武器屋を訪れました。そこに昼過ぎまで滞在し、その後は彼らと露店を散策。
そ、その際、散策中の王子殿下御一行と接触がありました。そのまま全員で、聖堂へ帰還。
その後は、ぅう動きなしです」
「ああ。殿下たちの件は耳に入ってるわ。
それより、武器屋では、妙な動きは無かったかしら?」
「外から み、見た限り、普通だったかと……。
た、ただ、彼奴等が店に入ってから程なくして、あぁ、他国の男が……肌の黒い、それが店から出て来ました」
「そう。接触があったと思う?」
「わっっ、そ…れは、わかりませんっがっ。一応、その者の後を追い、店から少し離れた場所で、し、身辺と、もも、持ち物の調査を……」
「あら。気が効くわね」
スティーブンに笑顔で褒められて、騎士は、ぱぁっと表情を明るくした。
「はっはい!
で……でも、ここコレと言って怪しいところは。
王国騎士を名乗ると、快く荷物も見せてくれましたし、不審な物も、もも持っていませんでした。
男は、な南方アズール国の商人『マヌ=ンガバ』。
ぉお王国に来た理由は、降臨祭を含めた王都の観光で、にゅっ入国の申請は半年前、承認は三ヶ月前に下りています」
それを聞き、スティーブンは驚いたように目を丸くする。
「え? あの、ンガバ氏?
あら。彼は、有名なバイヤーよ。
各国を自らの足で歩いて、本当に良いものだけを厳選し仕入れ。彼の商会は、それを各地の小売商に卸しているの。
滅多にお会いできないんだけど、彼、今、王都に?」
「は……はい。いい一週間ほど滞在予定。平民街南東の、ええと、や宿はここに控えました」
騎士は、ポケットから取り出したメモをスティーブンに手渡した。
「よくやったわ。レオパドール。
引き続き、聖堂の外での対象の監視は、貴方たちに任せるわね。
長丁場だから、程よく休憩しながら、交代で頼むわ」
「サー、イエッサー」
小柄な騎士、コードネーム『トカゲ』こと、レオパドールは、嬉しそうに微笑みながら敬礼し、うきうきと応接から去っていく。
直後、応接室の片隅にあるパテーションの影から、男が一人姿を表し、スティーブンの座るソファーの前に腰掛けた。
「神出鬼没って、貴方のこと言うのね? ユーリー」
「元城門勤務員ですよ? 抜け道の二つ三つ、当然知っています。それより、愛しの隊長に褒められて、嬉しそうでしたね。彼」
「ええ。可愛いでしょう。あの子の尾行は、どうだった?」
「及第点ですね。
対象が彼でなければ、十分な能力です。
ってか、監視がつくこと、貴方、対象に伝えたでしょ」
「ええ。スキルアップを兼ねているから内緒だけど、今回のトカゲの本当の仕事は、監視ではなくて、抑止だから」
「尾行がつくの知ってるわけだから、対象が下手な動きをするわきゃないですもんね。
どころか、トカゲ君がちゃんとついて来られるように、細かい路地に入る時は、ワザと歩調を緩めるまでしてましたよ。対象。
おれの印象をぼかすために、つけられていることを話題に出したら、『私は疑られているので、スティーブン様からの信用を得られるまで、彼にはしばらくお世話になる』なーんて、しれっと言ってましたし」
不満げに言うユリシーズに、スティーブンはころころと笑った。
「あら。貴方、対象から随分と信用されているのね?」
「あ~~。
そん時は、おれも、そう思ったんですけどね?
後でよくよく考えてみると、つりだったとも取れます。
あそこでは『何で君が疑られるのさ』等、ツッコミを入れるなり、茶化すなりするべきでした。
少なくとも、おれが彼の出自の情報を持っていることを、気付かれたはずです」
「まぁ。失着? 貴方にしては、珍しいわね?」
意外そうに、目を丸くする スティーブン。
ユリシーズは、深くため息を落とす。
「はぁ~~。
彼は普段、本当に天然で。自分の感情や、相手から向けられる好意には、恐ろしく鈍感で。
だから、何と言うか弟みたいで、こちらもついつい、気が緩んでしまいますが……」
「そうね。
あの子、こちらが考えているより、ずっとクレバーだから、うっかりすると足元を掬われるわよ?」
「気をつけます。
さて、で、件の商人ですが、対象と接触しました。
対象は、この商人から店を通して、クローブオイルを定期的に仕入れているそうです。
こちらはサンプルです」
「香料?甘い香りがするのね」
「剣の整備用とのことですが、とり急ぎ成分を調べさせたところ、実際は椿油のようですね。そこに、クローブで香りをつけたのでしょう。
それなりに、高額であるようですが……」
「まさか、ぼったくられている? 」
「それはなんとも。他の整備油と比べれば割高ですが、輸送費を考えれば妥当でしょう。『護身用の剣との相性を考えて』と言ってましたし、別にオリーブオイルも買っていましたから、使い分けているのでしょう」
「……そう」
スティーブンは視線を左下に下げ、しばし押し黙る。
「その辺は、ラルフ君や店主の反応からして、対象の普段通りの行動です。情報を外部に流すのは、まず無理でしょう。
と言うか、情報を得たのは、寧ろ対象の方です。
クローブオイルの生産者から頼まれたとかで、その商人、縁談の話を持って来ていましたよ」
「……縁談?」
「身上書は暗記していますので、後で書面でお渡しします」
スティーブンは、身を乗り出した。
「待って。それ、対象は何て?」
「前向きに検討すると」
「はぁぁっ⁈ 本気なの?」
「さぁ。ただ、動揺はしてなかったですね」
「まぁ。あの子のことだから、拍子抜けなほどあっさりと、了承しそうではあるわね」
スティーブンは、人差し指でコメカミを押し、ユーリーは苦笑いを浮かべた。
「他国のお嬢さんですから、聖堂側がどう判断するのか分かりませんが、聖騎士の規定によれば、問題ないそうです」
「あらまぁ。それで他国に引き抜かれでもしたら、聖堂側はどうする気かしらね」
「そうですね。神官長あたりは、いなくなれば清々する程度に考えて、案外許可しちゃうかも?」
「だったら、うちが引き抜きたいわ。こちらからも縁談持ちかけようかしら」
スティーブンが言うと、ユリシーズは、表情を曇らせる。
「おれは、彼が後悔しなければ良いと。
自覚してなさそうだけど、多分、好いているでしょう?ローズさんのこと」
「この国にいる以上、例え両思いでも、あの二人が結ばれる未来などないのだから、自覚しないまま見合い結婚した方が、彼にとっては幸せかもしれないわよ?」
「そんなものですかね?」
「そんなものよ」
ユリシーズは小さく頷くと、立ち上がった。
「では、おれはこれで。引き続き、聖堂内での対象の監視に戻ります」
「気に入っているんだろうけど、あまり感情挟まないようにね」
「了解」
素直に返答して、ユリシーズは、再びパテーションの後方へ戻っていった。
スティーブンは、扉の外へ声をかける。
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