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第六章
降臨祭前打ち合わせ会 ⑸ 他愛のない会話の中の、ほんのわずかなひっかかり
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偶然、ジェフ様が通りがかってくれたおかげで、お礼のお茶の包みを渡せて、ラッキーだったわ。
……本当は、もう少しお話ししていたいけど、先ほどからパラパラと、休憩していた人たちが会議室に戻って来ている。
あまり長居をしていて、後で妙な噂を流されても困るしね。
レンさんの前に立って、少し強引めに両手を前に差し出すと、レンさんはわずか逡巡しつつも、そっとトレーをさしだしてくれた。
「お手数を おかけして……」
「ついでですから、気にしないで下さい。ラルフさんも、持っていきますよ?」
「マジですか? やたっ!ありがとうございます」
こちらは、何の躊躇いもなく、既に持っていたトレーの上にのせてくれた。
いつもポジティブなお礼が返ってくるから、ラルフさん、ちゃっかりしてるけど、ほんと憎めないよね。
回収したトレーを持って部屋の外に出ると、踵を返して一礼。
「それでは、わたしはこれで」
その後、もう一度 踵を返そうとしたのだけど……。
え?
なんか、わたしの真後ろに、やたら迫力のある気配が近づいて来ている。
誰?
振り返る間もなく、気配の主、スティーブン様は、わたしの横をすり抜けた。
「見つけたわっ!心の癒し!ラルフくーんっ」
「ぎゃーっっっ!」
両腕を開いて、ラルフさんに向かって突進するスティーブン様。
その様は、まるで、そう、バイソンのよう!
でも、ラルフさんも、その場で固まっていたわけじゃなかった。
突進してくるスティーブン様に気づき、悲鳴をあげた直後、慌ててレンさんの後方に移動したものだから、そのままの勢いで突っ込んできたスティーブン様は、軌道をやや修正するも、結局、レンさんに激突する格好になってしまったみたい。
ぶつかった反動で、たたらを踏むレンさん。
後ろにいたラルフさんが、倒れないように背中を押していたりする。
ちょ。
流石に、先輩を盾にしちゃ駄目だと思うの。
ラルフさんにかわされてしまったスティーブン様だけど、転んでもただでは起きない。
構わず、レンさんを腕の中に抱き込んでしまった。
あら。
何だか、良い身長差。
瞬間の情報量の多さに、脳がついていけなかったわたしは、現実逃避なのか、思わず意味不明なことを考える。
会議室内は、突然の騒ぎに一瞬静まり返ったけど、みんなが皆、一斉に視線を逸らし、示し合わせたように会話を再開した。
えぇっ?
全員、見て見ぬふり?
もしかして、スティーブン様に置かれては、この奇行、よくあることなのかしら?
斜め前方にいるジェフ様は、何故か良い笑顔で微笑んでいらっしゃるし。
ぎゅーぎゅーと顔面を胸板に押し付けられているらしいレンさんは、角度的にその表情は見えないので分からないけど、そのまま動けず、されるままになっている。
あ、今、アクションしました。
ゆっくり左腕をスティーブン様の背中に回すと、帯革の腰付近を、数回叩く。
息ができなかったのか、はたまた口が開けられなかったのか。
まさかの、『ロープロープ!』状態に、思わず頬が緩んでしまった。
か、可愛すぎる。
それに気づいたスティーブン様が、幾分力を緩めてくれたのか、レンさんは、ようやく会話ができる程度、顔をあげられたみたい。
「スティーブン様。抱きつく相手を間違えています」
「あら、貴方いたの? 見えなかったわ」
周囲の視線が、一瞬こちらに集まった。
先ほどと同様、その視線は直ぐにそらされたけど、それらの目は、雄弁に語っているように見えた。
そんなわけあるか……! と。
当事者たちだって、きっとそう思っている。
ラルフさんなんかは、ドン引きした顔で、二、三歩 後ずさっているし。
一瞬沈黙した後、レンさんは無機質な声音で答えた。
普段顔に表情が出ない彼は、その分、声の表情が豊かだから、感情のこもらないその声は、いつもよりもずっと冷たく室内に響いた。
「そこまで背は低くないつもりでしたが、貴方様とラルフの目線からだと、そうなるわけですか」
「いやだっ。んふふ。ジョークに決まってるわ」
笑い含みに答えるスティーブン様に対し、レンさんは引き続き淡々と告げた。
「左様ですか。
では、そろそろ離していただけますか?
顎がきまっていて、苦しいので」
「わざときめてるに決まってるでしょ?
間違いに気づいた時、直ぐに突き飛ばそうかとも思ったけど、貴方、思ったより、ずっと抱き心地が良いんだもの」
あらら。
これは完全に、反応を楽しんでるわ。
スティーブン様、やっぱり最強かな?
これにはレンさん、打つ手なしか? と思った矢先、後攻、レンさんの痛烈な一撃。
「なるほど。スティーブン様は、結局、体だけが目当てなのですね」
「……ちょっと。人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
流石のスティーブン様も、引き攣り笑いをしながら、腕を下ろして一歩分下がった。
「ジョークです」
「ブラックすぎよ! 」
体が離れたところで、ようやくレンさんの顔が見えたんだけど、珍しく半眼になっている。
あれ?
何ていうか、本当に珍しい。
からかってくるラルフさんたちに対して、ごく稀にする顔ではあるけれど、目の下にクマがあるせいか、いつもより険のある表情。
それに、語り口調は相変わらず落ち着いていて丁寧だけど、紡がれる言葉は、棘のある皮肉を交えたジョーク。
普段、どんな酷いことを言われても、低姿勢を崩さない人が、公爵令息に対してこれって、一体どうしちゃったの?
もしかして、寝不足すぎて、壊れてます?
「最近 貴方、私に対して生意気じゃない?」
両手を腰に置いて、ぷんすこ怒った仕草のスティーブン様。
レンさんは、態度を一変、立礼をする。
「それは、大変ご無礼を致しました。
いつも懐の広いスティーブン様のことですから、この程度のこと、歯牙にも掛けないだろうと、甘えていたようです」
あらら。
今度は、甘言?
絶妙に皮肉が混じった言い方だけど、形式上、謝罪と賛辞を受けたスティーブン様は、鼻を鳴らした。
「あーら、そういうこと?
好きな気持ちの裏返し。つまり、ツンデレなの?
確かに、貴方の身体能力を持ってすれば、私が飛び込んできたって、普通に避けられるものね?
ラルフ君を庇うふりまでして、そんなに私に抱きしめられたかったの?
だったら、そうと、早く言ったら良かったのに」
「せ……先輩?」
ラルフさんが、タジタジしながらレンさんの顔色をうかがっている。
レンさんは、変わらぬ声音で応じた。
「私に、ラルフを庇う意図は有りませんでした。
スティーブン様の身体能力を持ってすれば、障害物の存在に気付いた段階で、止まる、もしくは、迂回なさると考えましたので、余計な動きをせず、この場に留まったまでです」
「まぁ、可愛くないわ」
「残念ながら、愛嬌は、元より持ち合わせておりませんので」
先ほどから、すらすら出てくるレンさんの受け答えに、目を見張っていたわたし。
いつも、丁寧で優しくて、穏やかな印象しかない彼が、こんな、お互いの本心を探り合うような、クレバーな会話もできるなんて……。
しかも、スティーブン様は、唇を噛んでいるみたい?
もしかして、言い負かしちゃったのかな。
などと、驚いていた、その時。
スティーブン様は、ニヤリと口角をあげ、再度レンさんとの距離を詰めた。
「ほんと可愛くない。
で、も。そこが、ほんのちょっとだけ、気に入ってもいるの」
「っ!……っぅ」
レンさんの口から、小さく息がもれた。
見ると、スティーブン様は、レンさんの左腕を、強い力で握りしめている。
あ!そうだわ!
レンさん、今、左腕を痛めてて……。
っ?!
まさか、スティーブン様、そのことを知っていた?
だって、握りしめられている部分は、まさに、昨日青あざが出来ていた場所、ピンポイントで。
その直後、二人の顔と顔が近づいたかと思ったら……スティーブン様は、左手で耳たぶにそっと触れながら、その唇をレンさんの耳元に寄せた。
その仕草は、とても色っぽくて、色々な意味でドキドキしてしまう。
ん?
今、何か、囁いた?
疑問に思うのと、ほぼ同時に、レンさんの肩が跳ねる。
……あ!耳?
スティーブン様は、直ぐに体を離すと、鮮やかに微笑み、レンさんの顎を指先で上向けた。
やっぱり、お耳が真っ赤になってる。
本当に苦手なのね。
「ねぇ。痛みと刺激を同時に与えられると、エクスタシー感じちゃう子って、いるそうじゃない? 貴方はどうだった?」
「……鈍痛と羞恥と憤怒を同時に感じると、殺意に近い感情が芽生えることが分かりました」
「あらやだ。目の下がクマで真っ黒だと、人相が悪く見えるから、全然冗談に聞こえないわね。
さっさと部屋に戻って、寝た方が良いのではなくて?」
「生憎、今晩は当直です」
「あら。そうなの?
それなら、帰りに冷やかしに行こうかしら?」
「……ラルフの寝顔をご所望ならば、日付が変わる時間が良いかもしれません」
「あら。良いわね!」
「っっちょ⁈ 先輩?」
急に矛先が向いて、ラルフさんは狼狽えるように声をあげた。
「さて。ご褒美も決まったことだし、さっさと会議を終わらせましょう。
それじゃぁ、あとでね? ラルフ君」
妖艶な流し目をラルフさんにおくりながら、スティーブン様は、配置図の方に戻って行った。
ラルフさんは、引きつり笑いで、レンさんをみている。
「あんなこと言っちゃって、先輩ちゃんと守って下さいよ」
「善処する」
「それ、一番不安になるやつ……。」
ラルフさんは項垂れていたけど、わたしはどこかほっとした。
レンさんの声音が、いつも通りの穏やかなトーンに戻っていたから。
さて。
会を取り仕切るスティーブン様が、中央に戻ったわけだから、そろそろ会議が再開されるよね。
良い加減、わたしは帰らないと。
「それでは、失礼します」
小声で言うと、近くにいたジェフ様が、笑顔で手を振ってくれた。
笑顔でお辞儀をしてから、わたしは、女子寮に帰ることにした。
◆
夕食を済ませて、大浴場へ。
明日も仕事はあるけれど、今日は何だか疲れたし、癒されたい気分。
一緒に入っていたヨハンナたちには先に帰ってもらい、現在、一人のんびりと温泉を堪能しています。
広い浴場、さいっこー!
それにしても、今日はあの後、どこに行っても、騎士様や魔導士様の話で持ちきりだったわ。
女の子がこれだけ集まっているわけだから、当然と言えば当然だけど、やっぱり恋話は盛り上がる。
みんな、楽しそうでなによりよね。
お兄様の話を思い出せば、不安を感じないこともないけれど、物語を思い出せば、降臨祭は、恋愛イベントしか無かった気がするし。
降臨祭と言えば、庶民の服を着て、エミリオ様とこっそり街へ遊びに向かうお忍びイベント。
護衛もつけずに、二人きりで手を取り合って逃げ出し、お祭りの屋台を見て回る。
毒味も無しに、屋台の食べ物を食べたり、雑貨の屋台で指輪を買って、お互いに贈りあったり、そしてラストは、庶民に混じってのダンス。
ほんと何も考えずに行動してるよね。
このヒロイン。
何かあったら、どうするつもりだったのかな?
いえ。
何も無ければ良いってわけじゃないけど。
つまり、殿下付きの騎士団や聖堂に、どれほどの迷惑と心配をかけると思ってるのよ!って話。
その上今回は、魔物が入るかもしれないと、警護要員を増やすような緊急事態。
なし!
絶対無しだわ。
例え、真面目すぎるとか、フラグ回収しろと、罵倒されようとも。
そうでなくても、聖女候補の仕事とか忙しいし。
もちろん、エミリオ様にお会い出来るのは、嬉しい。
昨日はバタバタで、大切なお話を聞きそびれてしまったから。
降臨祭では絡まない予定だったジェフ様とも、この感じだとお会いできそうだし、当然、レンさんとも…………。
あ、れ?
わたしは固まった。
今、すごく自然に、メインヒーローの二人と同等の感覚で、レンさんのことを思い出していた。
考え出したら、今日あった色々なことを思い出して、何故だか顔が熱くなる。
のぼせちゃったのかな。
もう、でよう。
ゆっくり浴槽から出て、服を着ながら考える。
結局のところ、リリアさんに上手く誘導されてしまったのかもしれない。
そう言われなければ、こんなに意識しなかったと思うのよね。
でも……。
否定も出来ない。
気になっている。それは間違い無くて。
「可愛かったな。耳」
ふと そんなことを考えて、頭を振る。
そうじゃない。
それを考えるにしても、別のことを考えよう。
例えば、急接近していたスティーブン様とレンさんの関係とか。
部屋に戻って、灯りを灯すと、わたしはベッドに腰掛けた。
前回二人とお話ししたのは、ホテルのエントランス。
そういえば、あの時も冗談を言い合っていた。
そして、今日はそれ以上に濃密。
スティーブン様の、レンさんに対するボディタッチが増えていたし、レンさんはレンさんで、言いたいことが言えている空気感があった。
それから、気になったことが幾つか。
最近、耳に執拗な嫌がらせを受けていると嘆いていたレンさん。
あの時、スティーブン様は、わざわざ耳元で話しをしていたし、レンさんの腕の怪我のことも、多分知っていて掴んだ。
「すると、あの鬱血を作ったのも、耳に嫌がらせをしてくるのも、スティーブン様だったりして……」
思いついたら、それ以上の答えはない気がしてきた。
それから、もう一つ。
あの二人の間に流れる空気感、何処かで見たことある気がするのよね。
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