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第六章
降臨祭前打ち合わせ会⑷ 嫉妬心を抑え込むのは難しい
しおりを挟む(sideジェフ)
時は少し遡り、聖堂内大会議室。
「いやぁ。ダメっしょ。ばれますって」
「同感じゃ。
変装では、一般の人は騙せても、魔力持ちや、魔物、魔族は、騙せませんわぃなぁ」
「そうなると、全員魔力を封じます?」
「それで、有事の時には外すと?
投げ捨てれば、タイムラグはさほど無いでしょうけど、外した封印石に、運悪く一般人が触れたら、大ごとになりますわ」
「そもそも、魔のものが都内に入らなければ良いのでしょう?
ならば、四つの門に集中して人員を置けば……」
「それこそ、『何かあった』と言っているようなもの。却下である」
配置図を指し示しながら、ああでも無い こうでもないと、議論を交わす魔導士たち。
男女を問わず、老いも若きも。
幹部がこういう顔ぶれになるのって、王国のために戦う集団においては、きっと魔導士くらいのものだろう。
まぁ。魔力量は性別関係ないし、魔力の容量は、個人差はあれど、基本年々増えるらしいから、こうなるのは当然なのかな?
問題は、僕なんかが、この重要な会に出席して良いのかな?って話。
昨晩、急遽、降臨祭の警護要員に駆り出されて、昨日の今日で、リハーサル参加。
そこまでは、他の王宮魔導士たちと一緒に動いていたんだけど、先ほど訓練を終えた直後、不意に顔を出した魔導士長様に、ここまで引っ張って来られてしまった。
思慮深い魔導士長様のことだから、きっと何かお考えがあってのことなのだろうけど……。
紛糾する議論の内容を胸に落としつつも、僕はその意図を測りかねていた。
「君はどう思うね。 ジェファーソン君? 」
唐突に質問がとんできて、僕は眉を寄せる。
彼らは僕に、何を求めているのだろうか?
僕程度に考えつく範囲の方法なら、きっと幹部が既に思いついている。
或いは、若輩を揶揄って、一息ついているのかもしれないけど。
ちらりと魔導士長様に視線を向けると、彼は長い髭を撫でながら、僕に優しく微笑みかけた。
「君のように、組織に染まりきっていない人間の、別角度の視点から見た意見が欲しいのだ。
そう気構えず、思うままに言ってみてほしい」
なるほど。
そういうことなら。
僕は、もう一度配置図に視線を向けた。
ようは、『降臨祭を例年通りに行いたい』ってだけなんだよな。
ただ、数日前にマグダレーンに魔獣が出たから、警備は強化したい。
そこで、人員を増やした。
ここまでは、当たり前だ。
問題は、魔のものが王都に侵入し、探りを入れるのでは無いかといった点。
王国側は、浮き足立っていないことを示したいがために、人員を増強したことを、敵対勢力に隠しておきたいのだそうだ。
でもさ。
魔獣が出たのだから、いつも通りのが不自然じゃ無いか?
それに……。
僕は顔を上げる。
「まず、仮に敵対勢力がこの王都に侵入するとして、それは果たして、降臨祭の当日でしょうか?
僕なら、絶対前乗りします。
であれば、今日の演習を見ていた可能性も……」
「そんなことを考えるオツムが、魔物にあるかな?」
「無ければ、それこそ、人員を増やしたなんて気付かないのでは? 前年比という概念すら無いでしょう」
「ああ。そうか」
「逆に知能が高ければ、先んじて行動しているでしょう。ならば、今日と当日の配置をあまり変えない方が、違和感は少ない気もします」
「ふむふむ。言われてみれば、もっともかもしれん」
老齢の魔導士が頷いてくれたので、僕は気を良くして、話を続けた。
「また、敵が当日のみ侵入した場合、魔導士の人数を少なく見積もらせたいならば……ええと。
魔導士は基本三人一組ですから、一人は私服で封印石を持つようにすれば、三割ほど削れますね」
「それでも、例年より三割増しだけど……」
眉を寄せて、少し考えるように、女性の魔導士が呟くと、魔導士長様が後を引き継いだ。
「三割程度なら、増えて当たり前と言えなくは無いかの? 魔獣の強襲を受けているのだから」
「はい。そう思います。
また、有事の際は、石を持たない二人が初動で動けば、封印石を遮断ケースにしまう時間も取れますよね?」
「ほう。君、なかなか賢いな」
「期待通りね」
「恐縮です」
幹部たちからお褒めの言葉を頂き、僕は会釈をした。
全て僕の言った通りには ならないだろうけど、多少なりとも役に立てたならば、良かった。
「よし。皆の意見が聞けたから、しばし休憩とする」
魔導士長様が話をまとめて、幹部たちは思い思いに動き始めた。
僅かに疲労を感じた僕は、元の席に戻って頬杖をつく。
やれやれ。
ローズちゃんに『また後で』って言ったのに、こんなことに付き合わされていたら、今日会うことは難しそうだな。
同じ敷地の中にいるのだと思えば、今すぐ会いに行きたくてうずうずしてしまうけど、流石に叱られるかな。
ここは聖堂だし。
「お疲れ様です」
コトりと、目の前のテーブルに淹れたての紅茶を置かれて、僕は声の主を仰ぎ見た。
労うような優しい声なのに、無表情なのは相変わらず……いや、今日はどうしたのだろうか?
目の下が、クマで真っ黒だ。
「どうも。そちらも、お疲れのようですね?」
「恐れ入ります」
会釈して、すぐに隣の席へと移動していったレンさん。
お茶を配る作業を続ける彼を、何となく目で追いつつ、湯気の立ち昇るお茶に口をつけた。
「……美味しい」
こんなことまで上手いのか。あの人は。
器用貧乏……そんな言葉が脳裏に浮かんで、少し同情。
彼は、全てのお茶を配り終えて、会議室の戸口付近へと戻るようだ。
その時、僕の目に飛び込んで来たのは、鮮やかな赤。
ふわりと室内に入ってきたかと思ったら、レンさんの横に並び、柔らかな笑みを浮かべたまま、言葉を交わしている。
鈍い痛みを感じて、僕は思わず胸を押さえた。
まさか、レンさんに会いに来たわけじゃ無いよね?
そうだ。
同じ職場なのだから、別に今でなくても良いはず。
きっと別の要件が……。
と、反対の戸口から室内に入ってきたオレガノ様が、目の前を横切って、ジュリーさんの元に戻って行くのが見えた。
「妹君と、ちゃんと話ができたか?」
「ええ。わざわざ会いに来てくれたので、しっかり説明出来ました」
「それは良かった。ところで、先ほどから、部下らが、妹君を紹介しろと五月蝿いのだが?」
「大却下です」
なるほど。
オレガノ様に用事だったのか。
それなら、あれは、ついで?
半ば安堵して視線を戻した先、目に映った光景に、心臓が嫌な音を立てた。
レンさんの耳元で、何かを伝えていた?
話終わったのか、つま先立ちになっていた踵を元に戻して、やんわりと微笑んでいるローズちゃん。
視線をレンさんに移して、僕は目を見開く。
ローズちゃんから見えないように、左手で顔を隠しているけど、あの常に無表情な人の顔が、明らかに紅潮していたから。
一体何の話を?
僕は、思わず立ち上がる。
いつの間に、ここまで距離が縮んでいた?
アメリの報告によると、普段二人は、殆ど接点がないはずなのに。
すぐさま駆けつけて、二人を引き離したい衝動にかられるけど、なけなしの理性を総動員して、何とか堪えた。
幸い、ラルフさんが合流したおかげで、二人きりではなくなったし。
正面からズカズカと踏み込んでは、何となく貴族としての矜持に傷がつく気がして、僕は一度反対の扉から外に出て、背後から近づくことにした。
これなら、あたかも休憩で外に出ていて、今、丁度戻ってきた風を装えるだろう。
部屋の外で、レンさんとラルフさんの会話がひと段落するタイミングを見計らい、僕は室内へ一歩踏み出す。
「やぁ。ローズちゃん。運良く、また、会えたみたいだ」
驚いたように振り返り、輝きを増した紫水晶の瞳が柔らかに細められて行く。
「ジェフ様!」
くるりと体をこちらに向けると、ローズちゃんはこちらに一歩踏み出した。
「良かった。お忙しそうにしていらしたので、お声かけするのも、ご迷惑かと……」
僕にも声をかけてくれるつもりだった?
それを知れば嬉しくて、先ほどまで感じていた心の中のモヤモヤが、嘘みたいに晴れて行く。
「迷惑なわけないよ」
首を横に振ると、ローズちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「凄いですね!もう王宮魔導士の皆さんに溶けこんで、意見をはっきりと伝えていらっしゃって」
「ああ。見ていてくれたんだ? 皆さん優しいからね。
意見と言っても、役に立つかわからないような、僕の個人的見解を伝えただけだよ?」
「それは、誰にでも出来ることでは無いと思います。
ジェフ様は素晴らしい人です」
瞳をキラキラさせながら、力説するローズちゃん。
その笑顔と優しい言葉に、どれだけの男たちが骨抜きにされているか、人たらしな君は、全く気づいて無いんだろうな。
まったく、心配だよ。
「あ、そうでした。これ」
こちらの心配をよそに、ローズちゃんは自身の肩かけ鞄の中から、淡い黄色のちいさな包みを取り出した。
「これは?」
「カモミールティーです。この間、お茶屋さんで見かけて、ジェフ様は、昨日から、たくさんお疲れになったと思うので、よく眠れるように」
「僕に?」
「はい。ご迷惑でなければ」
「嬉しいな。早速今晩頂くよ」
これは、聖騎士の二人には悪いけど、優越感を感じてしまうな。
ローズちゃんの後方、見守るように立っている二人。
レンさんは相変わらず無表情だけど、ラルフさんは幾分顔を顰めている。
「ふふ。お渡しできて良かったです。それでは皆さん、会議、頑張ってくださいね」
ふわっと微笑むと、彼女は会釈した。
そして、レンさんとラルフさんの前に戻ると、彼らが手にしているトレーを回収する。
ああ。トレーを片付けてくれるとか、そういう話だったのかな?
だとしたら、ほんと何の心配も無かった。
聖騎士二人の先程の会話から、レンさんの顔が赤かったのは、耳が苦手だっただけのようだし?
僕はこっそりほくそ笑む。
「それでは、わたしはこれで」
部屋の外に出たローズちゃん。
その後ろに、のそりと巨大な影が立ったので、僕は一瞬身構え、すぐに緊張を解いた。
僕のよく知っている人物だったから。
「見つけたわっ!心の癒し!ラルフくーんっ!!」
彼、ステファニー様は、勢いを殺すことなくお目当ての彼の元に突進した。
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