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第六章

降臨祭前打ち合わせ会⑶ 休憩中の珍事

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 (side ローズ)


 聖騎士のお二人が会議室に入っていくのを目で追っていると、お兄様は後頭部を掻きながら、小さく息を落とした。


「はぁ。今日は、長くなりそうだ」

「配置変更、随分手間取っているようですね。警護人数が増えたせいですか?」

「それもあるが、それ以上に、人員が増えたことを気取られないようにしたいから、難しいんだと」

「え……気取られないようにって、ですか? 」

「大雑把に言えば、敵に、だな。
 特に、王宮は、祭りに乗じて 人ならざるものが王都に紛れ込むのではないかと、懸念しているそうだ」


 わたしは首を傾げる。
 

「何故です? 
 敵が入り込まないように、人員を増やすのでしょう?
 それに、多く見えた方が、牽制の効果も期待できそうですけど……」

「自分もそう思うが、上の見解は違うようだ。
 まぁ、我々には考えも及ばない次元のことまで 考えていらっしゃる方々の決めたことだ。
 下々は、ご要望に沿うよう知恵を出すより他ない」


 ええと。
 つまり、詳しい説明もなしに『こう出来るよう何とかしろ!』ってこと? 
 それって、結構な無茶振りじゃない?
 
 そして、それをすんなり受け入れて、サービス残業にため息を落としているお兄様は、やっぱり若干脳筋だ。
 まぁ、騎士職は、基本上官に絶対服従だから、仕方がないのでしょうけども。


「ソレハ、大変ですね?」

「そう、残念そうな目で見るなよ。
 自分だって、思うところがないわけじゃない。
 ただ、今回の件は、スティーブン様が主軸になっているから、信頼度はかなり高い」

「スティーブン様が?」

「ああ。それに、顔見知りだからかな?
 昨日、王宮に戻る途中で、少し情報も貰えたし」

「あ。そう言えば、馬で並走されていましたね。
 アレは、情報を頂いていたのですか。
 馬をかなり寄せていたので、てっきり、口説かれていたのかと」

「冗談で、そんなことも言っていたけどな。
 愛人がいるのに、自分なんかを本気で口説いたりしないさ。
 何でも、彼を手に入れるために、手間も金も、相当注ぎ込んだらしいぞ。
 まぁ、そんなことは、どうでも良い。
 今回は、倒した魔獣から出て来たのが、問題だったそうだ。父様は、それの確認と回収に行ったと」

「なるほど。何が出て来たかは、お父様の報告待ちということですか?」

「そういうこと」


 何だか、随分と、きな臭くなって来たわ。

 魔王軍のマグダレーン強襲は、確か、ヒロインが聖女になってから起こるイベント。
 順当にいけば、あと二年半ほど先のはずだけど、それより以前のこんな時期に、こんなことが起きていたなんて。

 こういうことがあると、ヒロインのお花畑脳を呪っちゃうよね。

 この頃のヒロインと言えば、エミリオ様と婚約の約束を取り付けたり、メンズに悪役令嬢たちをプチ断罪してもらったりと、ハッピーオーラ全開だったと思う。

 彼女の一人称で物語が進んでいるから、純粋に知らなかった可能性もあるけれど、我が家の領地が度々魔獣の攻撃を受けている描写なんて、一切無かった。

 或いは、天真爛漫なヒロインのことを想い、両親やお兄様が、あえて怖いことから遠ざけてくれていたのかもしれない。
 でも、現実主義で生真面目なわたしにだったら、普通に話すわよね。あはは。


「もちろん、このことも内緒だぞ。
 ま、わざわざ顔を見せに来てくれて、ありがとうな。
 もう、仕事あがりだったんだろう?」

「そんな。
 たった二人の兄妹ですもの。
 どうか、お気になさらないで?
 わたしも、お兄様にお会いできて嬉しかったですし、情報を頂けて有り難かったです」


 芝居がかった台詞を口に乗せ、やんわりと微笑みつつ、わたしは、若干の後ろめたさに胸をおさえた。

 ごめんなさい。

 偶然、良い形でお話しが出来て、そのことは本当にラッキーだったけど、今回のことは、お兄様に会うのが主目的では無かったの。

 でも、そんなことを敢えて言う必要もないから、誤魔化しました。


 そんなわたしの気持ちなど知らないお兄様は、何だか嬉しそうな笑顔で手を振って、会議室の中に戻って行った。


 ん~~~。ええと……。
 タチアナさん!

 なんか、お兄様、結構ちょろいかも?
 




 休憩で外に出ていた人たちが、会議室内にぱらぱらと戻って来る頃。

 丁度、お茶を配り終えたらしいレンさんが、トレーを持って会議室の後方、戸口付近に戻って来た。
 ラルフさんは……まだ、もう少し残っているみたいかな?

 とりあえず!

 わたしは、目立たないようにレンさんに近よると、横に並んで声をかけた。


「お疲れ様です!
 ええと。
 そのトレー、給湯室に一旦下げるようでしたら、持っていきましょうか? 
 わたしは、これで部屋に戻りますので」


 レンさんは、こちらに顔だけ向けると、小さくお辞儀をした。


「お気遣いは嬉しいのですが、申し訳ないので……」

「いえ。戻るついでですから、どうぞお気になさらず。重いものでも無いですし。
 お二人は、この後、会に出席されるんですよね?」

「はい」


 レンさんが頷いたので、わたしは頷き返した。


「先程兄が、会が長引きそうだと項垂れてました。
 この後、ずっとそれを持って立っているのは、地味に疲れそうです」
 

 苦笑いして見せると、レンさんは、やんわりと目元を緩めた。
 最近、運が良いと 稀に見ることができる、微笑んでいるような、この表情。

 欲を言えば、少しだけで良いから口角が上がって、あとほんの僅か唇が開けば、きっと、もっと綺麗な笑顔になる。

 一瞬、そんなことを考えて、『この欲張りさんめ!』と、自制する。

 このお顔を向けて貰えるだけでも、十分嬉しいもの!


「お仕事は、終わっていましたよね? 
 何か、こちらに御用があったのでは? お兄様とは、お話しできましたか?」

「ええ。兄とは先程。
 用事の方は、今から済ませますので」


 優しい声音で紡がれた質問に、丁寧に答えて、わたしは周囲を見まわした。
 多分、誰もこちらを見ていないけど、聞き耳を立てていないとも限らないから……やっぱりこれかな?

 わたしは、唇を読まれないように、自分の口元を左手で隠すと、爪先立ちになり、レンさんの耳元で小声で告げた。


「実は、昨日のお礼にお夜食を用意したのですけど……レンさんたちの組の分しか作らなかったので、こっそりお伝えしようと思って。
 一階給湯室の棚に入れてあります。
 宜しければ、落ち着いた頃に、ラルフさんたちと召し上がって下さいね」


 よし!言えた!
 任務完了したわ。

 あとは、二人からトレーを回収して、って、アレ? 
 何故かしら?

 気付けば、レンさんは、左手で顔の左半分を覆っていて、その表情が全然見えない。

 微笑。
 もう一度見られそうとか、甘かったかしら。

 少し残念に想っていたところに、丁度戻って来たらしいラルフさんが、賑やかに話しかけて来た。


「あれ? なになに?
 先輩、顔真っ赤ですけど、どうかしたんすか? 
 暑いです?それとも、熱?」


 え?
 顔が赤い?
 あの、いつも無表情なレンさんが?

 興味本意で下から覗き込むと、レンさんは、今度は片手で隠す範囲を顔全体に広げた。

 えー?
 見えないじゃ無いですか!

 でも、指の隙間から僅かに見える頬が、ピンク色に蒸気しているのだけ、確認できました。

 その時、慌てたようにラルフさん。


「っっと!え? ローズさんっ!いたの?
 あ。すいません。オレお邪魔虫?」


 そっか。
 レンさんの影になって、わたし、見えてなかったのね。


「え? いえいえ!お邪魔だなんて!」
「構わない。話を聞いていただけで……」


 わたしとレンさんの声がかぶり、二人ともそこで言葉を止める。
 その全部が被ってしまい、何となく気恥ずかしくて、わたしはうつむいた。

  ラルフさんは困り顔を一変、ニマニマ笑いになる。


「いや、照れなくても。
 そういうことなら、オレ、ニコさんのとこ行くし、どうぞごゆっくり」

「そういうこと、とは?」


 レンさんは、躊躇いがちに尋ねる。


「いやいや。流石にオレも、そこまで野暮じゃないって言うか?」

「我々の組に関しての、伝言を預かっていただけだが?」

「は? あんな、顔、真っ赤にして?」

「それはっ。反射で……」


 そこまで言って、レンさんは一度言葉を切ると、耳に触れながらうつむき、小さく息を落とした。


「その、恥ずかしながら……耳が……少し、くすぐったかっただけで」


 わたしが、言われた言葉を理解するまで、たっぷり一秒間はあったと思う。
 
 っっっっっ‼︎‼︎
 あああっ!なるほどっ!
 耳が敏感なのですね?


「あっ!ごめんなさい。嫌だったですよね! 
 わたしが、急に耳元でお話ししたから」

「いえ。そうされた理由も、こちらへの配慮だと分かっていますし、嫌だったわけでは無く……。
 その。ここのところ、耳に執拗な嫌がらせを受けていたので、少々過敏になっていたようで。
 こちらこそ、失礼しました」


 俯き加減でお詫びを言う、レンさん。
 顔も僅かに朱が残っていたけど、確かにお耳の方が赤くなっている。

 その姿を見て、何だか胸がきゅーっとした。

 えー! すごく可愛いのですが?


 そうこう考えているうちに、ラルフさんは、ニヤニヤ笑いながら、揶揄いモード。


「耳に執拗な嫌がらせって。誰にそんなことされるんですか? 今度オレもやって良い?」

「……嫌がらせをすると?」

「今、嫌だったわけじゃないって言いましたよね?
 それともそれは、ローズさん限定?」

「そうとは知らずに善意でするのと、それを知りながら悪意でするのとでは、受ける側の印象が全く違うと思わないか?」

「えーっ?」


 レンさんは、淡々と苦言を述べた後、視線を逸らした。
 ラルフさんは、舌を出して、そっぽを向いている。


 それ以上、レンさんは何も言わなかったけど、彼にそんなイタズラが出来る人って、誰なんだろう?

 そう考えたら、少しだけ息苦しくなった気がした。

 さっきから、気持ちが行ったり来たり。
 何かしら?
 この感じ。

 自分の感情が分からなくて固まっていると、不意に、後ろから声をかけられた。


「やぁ。ローズちゃん。運良く、また、会えたみたいだ」


 キラキラひかる金糸の髪。
 海の色の鮮やかな瞳が綺麗に弧を描いていく。


「ジェフ様!」
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