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第六章
降臨祭前打ち合わせ会⑴ 暗躍を始めた天使と 乙女たちのから騒ぎ
しおりを挟む(side ローズ)
三人でお茶をいただいた後、茶器類を下げるために給湯室へ。
お昼ご飯の時間になるから、リリアさんに声をかけて……などと考えていたら、ぱたぱたと階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。
「あっ!ローズマリーさん!こんにちはっ!」
「まぁ。こんにちは、セディーさん」
息せき切って駆け上がって来たらしい彼は、きららかな微笑みを浮かべ会釈した。
相変わらず、何てアイドル然とした……!
可愛いが過ぎて、男性比率の高い聖堂に置いておくのが、少し心配になるレベル。
実はこの間も、昼食の時、聖騎士の皆さんが噂していたのよね。
『気位の高い女性神官や、手出しできない聖女候補より、可愛くて気が効くセディー君の方が、可能性があるんじゃないか?』とか、何だとか。
当然の如く、女性神官や神官見習いの女の子たちからも、絶大な人気を誇っているし。
聖堂に来てから、まだ数ヶ月しか経っていない、しかもダミアン様のオマケで入った使用人なのに、これほど人気が有るって、さすがはメインキャラだわ。
噂によると、『何を言われても、めげない、折れない、素直』なセディー君に、聖女様もすっかり骨抜きになっているそう。
うん。
順調に、小説通り進んでいるわね。
このまま行くと、秋の試験で神官見習い、ほぼ確定じゃないかな。
彼の役どころは、聖女の癒し。
ええと。
……この際はっきり言ってしまうと、愛人枠だったりする。
作中では、滅茶苦茶ふわふわっと描かれていた。
でも、想像すると、多分そう言うこと。
もちろん、ヒロインの想いは、一途にエミリオ様に向けられていただろうと思うの。
でも、職務柄、聖女候補も聖女も完全な禁欲状態。
しかも、思春期の一番多感な時期に、一番長い人で十年も。
だからって、身近なところで発散してオッケーかと言うと、そんなわけがないわけなんだけど、このヒロインの場合、セディー君と出会う前に、既にエミリオ様とアレコレしてそうなのよね。
この辺りも、ふわふわ書かれているから確実じゃないんだけど、キスシーンは、確かあったし。
つまり、結局のところ、バレなければオッケーってこと?
そういうの、なんか嫌なんだけど、ヒロインは結構なお花畑脳だったから……って、人ごとみたいに話しているけど、そのヒロイン、わたしなのよね。
そんなわけで、何故か後ろめたさみたいなものを感じてしまい、わたしは ここのところ距離を置き気味だった。
「あの!もしかして、クルスさんを知りませんか?
僕、さっきから何度もこっちに来てるんですけど、何度来ても聖騎士事務室にいなくて、他の聖騎士に聞いても、『仕事で出てる』って、居場所も教えてくれないし」
「あ……」
答えかけて、思わず言い淀んだ。
セディーさんが探しに来たということは、聖女様関連よね。
お急ぎの仕事なのかもしれないけど、つい十数分前に仮眠室に行った人を、このタイミングで起こすというのは気が引ける。
「知っているんですね! お願いします。教えてください!
聖女様が、朝からずっとむずがっていて、今いる人員の手に負えないんです。
マルコ補佐は午前休みですし、エンリケ様は指揮系統の会議で出てますし……」
「う。そうですか」
……ええと。
だからって、『レンさんにどうにかしてくれ』というのは、お門違いじゃない?
ここで働き始めてから ずっと気になっていたんだけど、ここの職員のほとんどが、『困ったことがあったら、とりあえずクルス君に頼もう!きっと何とかしてくれる』みたいな風潮がある。
普段は、どことなく距離を置いているくせに。
正直、腹立たしい。
とは言え、この後の打ち合わせに、聖女様の参加は必須ということを考えると、他に手がないのかな……。
当たり前だけど、わたしにどうにか出来る問題ではないし。
それでも、『仮眠室にいる』とは、何となく言いたくなかった。
タイミングが悪かっただけなのに、さぼっていたと思われたら堪らないわ。
「ええと、つい先程まで、一緒に大会議室で書類の作成をしていたのですけど……」
「今日は、何をむずがっておいでですか?」
突如割って入ったその声は、わたしの後方から聞こえた。
って、そうでした。
ここ、仮眠室の前でした。
見上げたレンさんの目の下には、ニコさんが言っていた通り、真っ黒なクマがくっきりと。
「クルスさん。こんなところに、いらっしゃったんですか?」
冷たい響きを帯びた声が聞こえて、わたしは慌てて視線を戻した。
え? 今の、セディー君の声?
顔は、相変わらずキラキラした笑顔だけど……。
「この忙しい時に、随分と余裕ですね。こちらは、全員作業が頓挫して困っていたというのに」
「そうでしたか。それでは、今から一緒に参りますので、十秒下さい。髪が乱れていると、注意を受けますから」
そう言って、レンさんが仮眠室に戻ると、セディー君は、ふぅっとため息をついて、わたしに小声でこう言った。
「仕事中仮眠って、噂で聞くより、あの人、随分適当なんですね」
「そっ!そんなこと無いです!
レンさんは、昨晩から、ほとんど寝ずにお仕事をしていて!今だって、同僚の方が休憩している間、ほんの数分だけ席を外しただけです。
仮眠に行ったのだって、先輩に勧められて……」
反射的に否定していた。
セディー君、レンさんの顔を見なかったのかな?
セディー君は、瞬きをすると、いつも通り天使のようにきららかに微笑んだ。
「おっと。そうなんですか?
ふふ。お二人は、本当に仲良しなんですね?」
「そういうわけでは……」
「お待たせしました。事情は、道すがら うかがいます」
本当に直ぐに戻ってきたレンさんは、わたしに会釈すると、セディー君に移動するよう促した。
何となく、セディー君のレンさんに対する態度が悪かった気がするんだけど、やっぱり神官長とかに、色々吹き込まれているのかしら。
彼は純粋そうだから、そのまま鵜呑みにしてしまいそうだし。
僅かな憤りを感じつつ、わたしはリリアさんの元へ向かった。
◇
「失礼します」
「遅いわよっ!いつまで待たせるの!」
「申し訳ありません」
聖女様の居室に入ると、膝をつくレンを横目に、セディーは聖女アンジェリカの元へ歩み寄った。
そこで、レンが仮眠室にいた事実だけを彼女に耳打ちし、さっさと踵を返して扉へと向かう。
聖女付き聖騎士最年長の老獪が、訝しげに眉をよせているのを、見て見ぬふりで通り過ぎ、彼は天使の微笑みを浮かべたまま退室した。
そのままの足で、聖女居住棟 給湯室へ。
セディーは手帳を引っ張り出して、先ほどの出来事をメモする。
「くふふ。燃料は投下してやったし、聖女様、アイツにやつあたりすれば、少しは機嫌が直るかな?
……それにしても、ローズマリーさん。
ちょっとばかり扱いづらいや。
頭ゆるゆるの 他の候補たちが聖女になった方が、操縦は簡単だろうから……アイツと一緒に、排除しちゃう?
でも、容姿は一番好みだから、ちょっともったいないんだよなぁ」
セディーは、それまでの綺麗な笑顔を、悪意のある笑みで歪ませた。
◆
(side ローズ)
午後から始まった打ち合わせ会は、予定されていた人員の他に、王宮魔導士長様や、現王家付きの騎士団長と副長が全員集合するという、かつて無い規模になっていた。
ここまで大所帯になるのは初めてだそうで、神官長補佐たちは、緊張の面持ち。
神官長だけは、意味不明なことに、ウキウキしていたようだけど。
良かったことは、参加された聖女様が、ご機嫌だったこと。
多分、あの後、レンさんが、きっちり宥めたということよね?
さすがだわ。
そのレンさんだけど、現在、聖女様の後方、老齢の聖女様付き聖騎士ラチェット様の横に並んで、控えている。
本当はニコさんやラルフさん達と一緒に、会場後方に集合して話を聞くことになっていたはずだけど、聖女様の意向なのかな?
会議は、当日の流れの大まかな説明だけで、小一時間ほどで終了した。
この後、当日配置される騎士の皆さんが、当日の流れに合わせて実際に動いてみて、警備に手薄な点は無いかなどの確認を行うことになっている。
で、この後、わたしたちのお仕事は、騎士の皆さんへのお茶だしです!
『ケトルにお茶を準備して、あちこち動き回ってから戻ってくる騎士様たちの水筒に、お茶を補給する』というだけの、簡単なお仕事なんだけどね。
聖堂前公園には、各隊の騎士様たちが、それぞれの団旗を掲げて整列している。
昨日になって、そこに王宮魔導士団も加わったそうだから、国王様が如何に警戒しているかが伝わってくるよね。
皆さん、暑い中、長袖の制服に、簡易的なものとは言え防具を纏った状態で聖堂周辺を動き回るのだから、本当に大変だわ。
しっかりとサポートして差し上げないと!
騎士団の隊列が動き出してからは、予定の場所で待機。
因みに、配置場所は、聖堂中央階段手前にプリシラさん、公園右彫像前にリリアさん、公園左噴水前にわたしとなっている。
何となく話し難いから、プリシラさんと配置場所が離れていたのは、ラッキーだったかも。
しばらくして、戻って来た騎士様たちが、わたしの前に列を作りはじめた。
よーし! 頑張るぞ!
がんがんお茶を注いでいると、
「ローズちゃん!」
不意に、よく知った声が聞こえて顔を上げた。
そこには、鮮やかに微笑む美しい海色の瞳。
「ジェフ様!参加されていたんですか? お疲れ様です」
思いがけずお会いできたことが嬉しくて、わたしは微笑んだ。
「うん。魔導士長様に、昨日急に言われてね。
聖堂では、特に変わったことはない?」
「そうですね。急に警備の人員が増えたので、少し慌ただしかったですが」
「君が安全に過ごせているなら、良かったよ」
「ご心配いただき、ありがとうございます」
お礼を言いながら、お茶を注ぎ終えた水筒を差し出すと、ジェフ様は柔らかく微笑んでくれた。
「ありがとう。もし不安なことがあったら、遠慮せず言ってね? 出来るだけ近くにいるから。
さて。残念だけど、後ろがつかえているから、またあとで」
名残惜しそうに微笑むジェフ様に、わたしは丁寧に会釈。
お父様のことや、故郷の有事のことを、心配してくださったのね。
本当に、優しくていらっしゃる。
そうだわ!
もし、本当に後でお会いできたら、カモミールティーを差し上げようかな。
先日丁度、素敵なパッケージのものを見つけて、自分用に奮発して買ったのよね。
運良く、まだ開封してないし。
昨日は色々大変だっただろうから、今日はゆっくり休めるように。
お花のお礼もしたかったから、丁度良いわ。それに……そう。お借りしていたハンカチも返さなきゃ、
午前中は、何だかモヤモヤして、気分が落ち込む感じだったけど、午後は運気が回復傾向?
嬉しい気分のまま、笑顔で次の方の水筒を受け取ると、そこにいたのは渋い顔のお兄様と、その後ろに、苦笑いのユーリーさん。
あら。
お二人も来ていたのね。
「ローズ。お前は……‼︎
少しは笑顔を出し惜しみしてくれ」
げんなりとしながら言われて、わたしは頬をかく。
え~?
笑顔の出し惜しみって、どんなのよ。
顔を強張らせてお茶を渡されるとか、嫌がらせなの?
「普通ですよ?お兄様」
「普通じゃない……」
「まぁまぁ」
二人に水筒を手渡すと、お兄様は項垂れながら、ユーリーさんはそれを宥めながら、団の列に戻って行った。
◇
就業時間終わりの鐘が鳴った頃、『聖女候補は仕事を終えるように』と、ミゲルさんから連絡が来た。
まだ、騎士さんたちは動き回っていたから、先に終わらせるなんて申し訳ない気持ちで一杯。
でも、『暗くなると危ないから』と、女性に配慮してくれているのもわかるので、有難く指示に従う。
聖堂入口付近まで戻ると、女性神官や神官見習いの女の子、更には、今日お休みだったタチアナさんまでもが、そこから訓練の様子を眺めていた。
あー。
騎士さんたちはやっぱり精悍で素敵だし、今日は滅多にお目にかかれない魔導士さんたちも来ているから、目の保養に来ていたのね。
分かる~!
彼女たちは、まだ眺めたそうにしていたけど、カタリナ女史に注意されて、わたしたちと一緒に聖堂の中へ戻った。
さて。そしたら、今度はお夜食作り!
手持ちのお菓子や食材を持ちに行って、ついでに、ジェフ様に渡すお茶も、持ってこようっと。
急いで一度部屋に戻ってから、寮内のキッチンに向かうと、丁度戻ってきたリリアさんとタチアナさんと、ばったり会った。
キッチンの中にある休憩スペースで、お茶をするつもりだったそうなので、わたしも一緒に向かうことにする。
今日はホットドックを作ってみようかな。
まるパンしかないから、ソーセージがかなりはみ出してしまうけど、それも見ようによってはオシャレよね?
夕食の準備が始まる少しだけ前の時間だから、丁度オーブンに火を入れてくれてあって、短時間なら使って良いと許可も下りた。良かった!
作業しながら、後ろでお茶菓子を片手に楽しそうに語らっている二人の会話に耳を傾けてみると、どうやら、今日参加していた騎士さんたちの話。
そこに、神官見習いの女の子やプリシラさんまでやって来て、いよいよガールズトークは大盛り上がり。
それぞれ推し騎士がいるらしく、その良さを力説している。
因みに、先ほどから、スティーブン様とユーリーさんの名前はちょくちょく出ている。
色気があるからなぁ。
「皆さん素敵だけど、やっぱり、オレガノ様が素敵だったわ!」
やったね!お兄様。
タチアナさんから、イチオシ貰えましたよ!
微笑ましく聞いていると、リリアさんがこちらに話をふって来た。
「マリーさんは? 王国騎士は誰が良い?」
「そうね。やっぱり、お兄様が頼りになるかしら」
「兄弟は抜きでしょ」
「えー。そうね。それなら……」
ふと思い浮かんだのは、背の高い後ろ姿。
今日は、いらしてなかったな。
「王宮魔導士でも良いよ!今日は来てたよね!ジェフ様が!」
「何ですって!」
わたしが答える前に、プリシラさんが立ち上がり、そのまましおしおと座った。
そっか。
リリアさんは、プリシラさんがジェフ様に振られたの知らないんだ。
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