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第五章

王宮内緊急会議 ⑵

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 (side エミリオ)


「なぜ今頃になって……」

「全くだ。何百年も放っておいたくせに、今更……」


 呼び出されていた王家に連なる貴族たちが、眉を顰めながら囁き合っている。


「それを言うなら、我が国とて同じだろう。
 だから私は反対したのだ。
 これまで飼っていて何の問題もなかったを、ここに来て突然処刑するなど……。
 首を落としてしまっては、返せと言われても返せないではないか」

「そうだそうだ!」


 おっと。
 同じ王家筋でも、魔王の息子の処刑に関しては、意見が割れていたのか?

 俺は、その時の会議に出席していなかったから詳しくは知らないが、確か、意見を出したと言われていたのは……。


「オークウッド辺境伯。
 斬首刑にするべきと声高に宣ったのは、確か君のところだったかな?
 一体、どのように落とし前をつけるつもりか?」


 そうだ。
 オークウッド辺境伯。


 オークウッド領は、今回魔物の被害を受けたマグダレーンと同様、この国の東の沿岸から内陸に広い領土を持ち、南方、グランドルドと呼ばれる山脈を挟んで、他国と接している。

 数百年前、魔界軍と女神率いる人間軍との戦いの舞台となった エステラス島があるのがここで、辺境伯家は、その時王家を支えた勇者の末裔にあたる。

 ようは、件の魔王の息子を捕らえた張本人の子孫ってことだ。

 この領は、それ以降も 王国の防波堤として、ちょくちょく魔物の襲来にあっていることから、魔に属するモノたちに対しての悪感情は 人一倍。
 そう考えれば、辺境伯が元凶である魔王の息子の死刑を求めるのは、当然の成り行きだろう。


 大人しく話を聞きつつ、俺は、先日学んだばかりの知識を引っ張り出して、考えていた。

 何で、丁度そんなことを学んだかって……まぁ、ジェフの兄 フランがオークウッド伯のご令嬢と結婚することになったから、一応知識として、どういった家柄なのかを叩き込まれたってところだな。
 
 因みに、辺境伯がこの会に呼ばれているのは、大戦以降、王家と結びつきが深いから。
 俺の知っている限りでも、大叔母様があの家に嫁いでいるし、現伯爵夫人は何代か前の聖女だったりする。


「おやおや。イングリッド公爵は、お嬢様の婚約やらで、随分とお忙しいようだ。
 あの時、私抜きで話しを進めたことを、すっかり忘れていらっしゃる」


 皮肉っぽい口調で返事をしたのは、丸々と肥え太った 背の低い中年の男。
 脂肪を蓄えた太い腕には、黄金の鎖状のブレスレットを何本も巻いていて、動くたびにジャラジャラ音がする様は、いかにも成金風。

 言っては悪いが、過去最強と謳われる英雄の末裔には、とても見えない。

 まぁ、オークウッドは豊からしいからな。
 領地を治めるといった分野で、才能を発揮しているのかもしれない。詳しくは知らないが。


「あの時の私は、我が領内のエウレトで起こった大規模な盗賊団掃討作戦の後始末に追われ、お国のために動き回っていた。
 第六第七旅団を出したのだから、王宮はそれを知っていたはず。
 だのに、急な呼び出し。
 あの時は、やむなく王都領館にいた弟のサルヴァドールに代理出席を頼んだのだ。
 単細胞の我が愚弟が口走った戯言を、そのまま判決としたのは、こちらの皆様では無かったのか?」

「それは……だが」


 会議室が、ざわざわざしはじめたから、俺はため息を吐き出した。

 おいおい。
 相手さん、『王子を返さないと、この国滅ぼすぞ』って言ってきているのに、まさかこれから責任の押し付け合いを始めるのか?
 時間の無駄だろう?


「おい。何で、その、サルヴァドールとやらの意見に、みんなが賛同したんだ?」


 口元を隠し小声で団長に尋ねると、彼奴は不愉快そうに顔をしかめながら、耳元で返事を返す。


「王族とは、王家の傍系血族であり、婿養子でなく王家から出る際、公爵或いは侯爵の位を与えられます。ただ、その……代を重ねるごとに増えるものですから、領地や税収が不足する家も多く、豊かな辺境伯から援助を受けている者も多いと聞きます」

「ええと?つまりアレか?
 辺境伯から普段金を分けてもらってるから、王族連中は逆らえないってことか?」

「乱暴な言い方ですが、大体それで合っています」


 ふーん。
 オークウッド辺境伯。
 随分と権力を握っているんだな。

 普通の状況なら、代理の弟の意見なんざスルーしただろうに、従った人間が王族の過半数を超えるって、なかなか不味いんじゃないか?

 半眼になりつつ周囲の大人を眺めていると、オークウッド辺境伯は、巨体を揺すって立ち上がった。


「そうは申しましたが、王子の処刑に関しては、私も賛成でしたからね。
 まぁ、何も与えず船に乗せて、海から流す程度にすれば良いとは思っていましたが……。
 ふむ。
 では、この際、こう言うのはどうでしょう?
 発案者のサルヴァドールに責任を取らせて、魔界に送り、斬首してしまった旨を詫びさせるのは?」

「馬鹿な。殺されてしまうぞ!」

「王子の代わりに送るのだぞ?格が違いすぎる。
 そうでなくとも、相手は野蛮で低劣な魔族だ!
 説得出来るわけがない。
 無駄死にさせるようなものだ」

「例え、殺されることになったとしても、国や民を守ることが出来るなら弟も本望でしょう。
 それに、肩書きは神官長なのだから、分は、そう悪くないと思うが……」


 ニタリと、口元を歪めて笑うオークウッド辺境伯。
 そこには、弟の対する愛情なんて、かけらもないように見えた。

 いわゆる、貴族が良くやるらしい『トカゲの尻尾切り』ってやつなんだろうけど、自分の弟まで切るとか、怖いな。

 周囲は顔を見合わせつつ、引き続きざわめいている。

 と、そこに、先ほどから唇に人差し指を当て、何か考えていた風だったスティーブンが口を挟んだ。


「或いは、最終的にその手段をとる可能性もありましょうが、まずはみなさま、落ち着いて下さいませ」


 全員の視線がスティーブンに集まると、彼奴はひとつ咳払いをする。


「先に申しましたけど、この件に関しては、マグダレーン男爵が確認作業を行なっている最中ですのよ。
 作業を終えるまでは、どなた様も、何卒軽率な行動はお控え下さいますよう。
 辺境伯におかれましては、サルヴァドール殿……マヌエル神官長に、今日のこと、ゆめゆめお伝えすることのないよう、お願い致しますわ」

「何故です?」

「最終手段として、それをとる可能性があると申しました。神官長がその話を聞いて、聖堂から逃げ出さないとも限りませんもの」


 抑揚なく言うスティーブンに、辺境伯はカラカラと笑った。


「ああ。仰る通りだな。アレは酷く臆病者だから。
 了解した」


 二人の会話を聞いていて、背筋に冷たいものが流れる感覚がした。

 こわっ!
 
 え。
 つまり、今後の緊急会議で『神官長を魔界に送る!』って決まったら、突然言われて、その日のうちに、船で送られるってことか?魔界に?
 ほぼ確実に殺されるのが分かっているのに?

 ってか、マヌエル神官長って、あの神官長だよな?
 道理で今日ここにいないわけだ。
 
 聖堂から招かれた補佐の二人は、考えるように眉を寄せているものの、反論する素振りはない。
 慈悲と慈愛の象徴である聖女様に至っては、全くの無反応だ。

 うぉー。マジか。
 聖堂的にも、やむ無しって感じなのか? 

 真剣にドン引きしていると、マルコ補佐が口を開いた。
 
 
「降臨祭は、どういたしますか?」


 ああ。そうか。
 降臨祭まで、あと三日。
 こんな何が起こるかわからない緊急時に、盛大に祭りなんか開いて、本当に何かあったら困るわけで。

 父様と宰相は視線を合わせた後、考えるように俯き、やがて父様が口を開いた。


「こんな時だからこそ、開催するべきだろう。
 来年は出来るか分からない。
 ならば、女神様並びに聖女様の存在が、これからの民の心の支えになるように」

「私は、正直危ないかと思います。祭りの喧騒に紛れて、魔の者が侵入しないとも限りませんし……国王並びに聖女様の御身に何かあっては……」


 宰相様は反対意見か。
 不安げに父様を見る顔は、心から心配してくれているのが分かる。
 他の大人が怖いくらいクールなのに、王と宰相は、互いを思い合う仲良し兄弟って、ちょっとだけほっとした。

 と、そこにスティーブン。

 
「私としましては、普段どおり開催して頂きたいですわ」

「何故だ?」

「はい、陛下。説明させて頂きます。
 まず、この度の騒動が、本当に魔界によるものなのか半信半疑だから、です」


 スティーブンは頬をかく。


「状況だけみれば、まだイタズラや嫌がらせの可能性も否定できません。過剰反応しては、犯人らが喜ぶだけです。
 また、本物であった場合、反応すれば、私どもがこの石板を受け取ったことを、魔界側に知らせることになりましょう。そうなると、一気にせめこんでくるやも?」

「なるほど。ステフの言う通りだ。では、例年どおり開催とする!」


 父様が決めて、会議場の面々はうなづいた。

 会議は、一旦そこでお開きになったんだが、男爵が戻り次第再開するそうで、参加者たちは数日間王宮内に足止めされることになるそうだ。

 イタズラだった!ってなると良いなぁ……。

 優しく微笑むマリーの顔を思い浮かべながら、俺はようやく寝室へ辿り着き、ベッドに向かってダイブしたのだった。

 

 


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