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第五章

王宮内緊急会議 ⑴

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(side エミリオ)


 タイミングが悪いにも、程がある。

 今日勝負を決める覚悟で 告白に臨んだというのに、時間経ってから仕切り直しとか、ちょっとだけ 決意が揺らぐだろうが……。


 手際よく連れ戻された部屋の中で、俺は頭を抱え、盛大なため息をついていた。


 こんなことなら、甘い物などに気を取られていないで、さっさと告白してしまえば良かった。

 思い返せば、『場を和ませてから』などと考えて、うっかり用意されたタルトに口をつけ、あまりの美味さに本気喰いしてしまったのが、失敗の始まりだった。

 だが、しかしだな。
 あのタルトは反則だと思うんだ。

 ミュラーソン公爵家の食事は、基本何を食べても美味いんだが、特にスイーツにかけては、言い方は悪いが、悪魔的と言える美味さ。

 あの家の住人は全員甘味が好きらしく、公爵夫人が嫁いでくる際、ドウェイン領から高待遇でパティシエを引き抜いてきたんだとか何だとか。

 その腕利きの職人が、金に糸目をつけず、勢の限りを尽くして作ったタルト。
 夢中にならずには、いられないだろう?

 それにっ……スティーブンもスティーブンだ。

 何も! 
 あの場面で割り込まずとも!

 そうだよ。
 俺が想いを伝えた後だって、大して問題無かったんじゃないか?
 たった数秒のことだぞ?

 歯軋りしながら拳を握りしめて、悔しがってみるものの、俺は、それらを口に出して言うことはしなかった。


 分かっている。
 どうしようもないことだった。

 パティシエは自分の仕事を精一杯こなしただけだし、スティーブンは、騎士の役割を全うしただけ。
 それに文句をつけるのは、ただの逆恨みだ。


 あの時、スティーブンが伝えて来たのは、単語と数字の羅列。


 『警戒レベル三。コード零四 壱三 壱二 零零 マグダレーン沖』


 聞いた瞬間、周辺の空気が凍りついたのが分かった。


 警戒レベルは、王国に迫る危機の度合いを表していて、最大が五。
 三以上の場合、王族は一度、王城に集合することになっている。

 その後の数字は危機の種類。
 零四は魔獣の発生を意味し、その後の数字は個体数と討伐数、こちらの死者数。
 最後に、発生場所が添えられる。

 だからこの場合、『マグダレーン沖に、魔獣十三頭が現れ、十二頭を討伐、死者数ゼロ』ってことになる。


 無用なパニックを避けるため、とりあえずのところ、ホストであるヴェロニカたちを置いて領館を出て来たが、情報は共有されているだろうから、三人は予定を切り上げて、この後、比較的はやい段階で王城に来るはずだ。


 『何故、王城に集まるか?』と問われれば、『対策を立てるための会議が開かれるから』ということになるのだが、子どもの俺など役に立つわけがないから、回収されたのは、安全確保の意味合いが大きいのだと思う。
 魔獣が発生した場所は、王都からは離れているとはいえ、一頭逃げているようだしな。

 それを考えると、マリーを城に連れて来たくて仕方がなかった。
 他のどこよりも、第一の城壁の中が、一番安全だろうから。

 でも、それが許されないことも分かっていた。
  男爵令嬢マリー一人を特別扱いすれば、他の貴族たちが黙っていない。

 さっさと婚約者にしておけば、それを口実に使えたのに。

 もう一つ、小さくため息を落としたところに、バタバタと靴音を鳴らしながら、団長が室内に入って来た。


「エミリオ様。大会議室へお願い致します」


 おっと。
 役にたつ、役に立たないは関係なく、どうやら俺も会議に呼ばれるようだ。





「以上が、マグダレーン閣下の手元に届けられた情報です。現在、真偽を確認するため、閣下は領地へと立たれました」


 スティーブンの説明を聞き、父様と宰相であるミュラーソン公爵は、顔を見合わせて眉を顰めた。

 知らせを受けて集まっていた、王族、主要高位貴族、行政官、王宮魔導士、聖堂からは聖女様と二人の神官長補佐。
 その全員が神妙な面持ちで口を閉ざしている。
 まぁ、俺も似たような顔をしているんだろうけど。


 事態は、俺が想像していたよりずっと深刻だった。

 スティーブンの説明を要約すると、こうなる。


 三日ほど前の早朝、マグダレーン領北東の沖合にて、見張りの騎士が複数の魚影らしきものを発見。
 直ちに確認したところ、海洋に住まう魚型の魔獣であることがわかったため、直ちに討伐部隊を編成した。

 発生したのが、貝類の養殖を行っていた湾だったため、多少の損害は出たものの、人的被害はなし。
 騎士たちも、よく訓練されていたことから、怪我を負った者も軽傷で済んだ。


 と、ここまでだったら、そう珍しいことではない。
 普段ならば、わざわざ休暇中のマグダレーン男爵に連絡するまでも無かった。

 問題はここからだ。


 因みに、魔獣とは、魔物に比べて知能指数が低いものを指し、基本、本能のまま生きている。
 種族によって、群れを作るものもあるようだが、そこに意思の疎通があるかは怪しい。


 ところがである。
 マグダレーンに現れたその魔獣らは、何故かやたらと統率の取れた動きをしていたらしい。

 奇妙に思った私設騎士団の団長が、死体を切り開いてみた。
 すると、中から青く光る石が出て来たというのだ。

 これはいよいよおかしいと、海から運び出すことが出来た魔獣を、全て切ってみたところ、その個体全てから同様の石が出た。
 しかも、種族関係なく全く同じものが。


 そこで、『これらの魔獣は、何者かが操っていたのではないか?』といった仮説が立てられた。

 そうすると、『操っていたのは何者か?』って話になるわけだけど、魔導士長が言うには『現在のところ、王国において、魔物を操るようば魔術は存在しない』そうだ。
 この世界で文明が一番進んでいるとされる我が国に無いのなら、他国とて同様だろう。

 現場の騎士らもまた、『魔獣を操っていたのは、人に敵対する勢力である可能性が高い』と考えた。
 状況から考えるなら、魔物か魔族……。

 その痕跡を見つけるために、私設騎士団は、倒した魔獣を隅々まで調べあげ、結果、口の中からとんでもない物を発見した。

 それは、小ぶりな石板。
 書かれていた文章に、騎士らはおおいに震撼し、翌日、急遽男爵へ遣いを走らせるに至った。


『王の子を返せ。さもなくば、人の子の王国は滅びるであろう』


 石板に書かれていた文章を、スティーブンが読み上げた瞬間、会議室内の温度、あからさまに下がったよな。

 つまり、条件付きの宣戦布告。
 王子ってのは、もちろん俺のことじゃない。
 数百年の長きに渡り、王宮の何処かに幽閉されていたという、魔界の王子のことだろう。

 そして、その王子は、半年ほど前に処刑されている。
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