投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

昼下がりの胸騒ぎ ⑶

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 (side ジェフ)


 ダンスフロア横に並ぶご令嬢の列が、半分ほどになった頃、次に踊るご令嬢の横にアメリが立っていることに気付いた。

 ……すると、先ほどの騒ぎ、やっぱりローズちゃんに何かあったのかな?


 曲が終わる直前、踊っていたご令嬢に恭しくお辞儀をすると、彼女は頬を染めつつお辞儀を返す。

 曲と曲を繋ぐ室内楽の演奏を聞きながら 順番を待つ列の先頭へ戻ると、アメリがご令嬢方に頭を下げた。


「恐れながら、主人の体調管理のため、短時間お休みを頂きたく」


 その声に合わせ、アメリの後方にスタンバイしていた公爵家の使用人たちが、ダンスフロア横にソファーやローテーブルを並べていき、パーラーメイドとウエイターが、次々に飲み物や軽食をサーブしていく。

 楽器演奏もダンス用のワルツから、しっとりと落ち着いたものに変わった。


「皆様のお心遣いに感謝します。今いらっしゃる皆様のことは、こちらで順番を把握しておりますので、席を外されていても必ず踊れるよう、手配致します」


 アメリが一礼すると、ご令嬢方は思い思いに散らばった。

 流石の機転だ。


「助かるよ。アメリ。それで?」


 アメリから手渡された厚手のハンカチで額の汗を拭いつつ、周囲を見渡す。
 人混みに紛れてしまって、ここからローズちゃんの姿を見つけることは出来なさそうだ。


「はい。殿下に動きがありそうでしたので、取り急ぎ。ジュリー副官が、ローズ様の元に」

「やっぱりそうなるか。殿下の立場なら、僕だってそうする。
 でも、思っていたより動きが速いかな」


 殿下にとって邪魔なのは、この迎賓館に置いては僕だけだから、僕がご令嬢方にかかりきりになっている今が、絶好のチャンス。

 先ほど、怒りにまかせて『らしくない』などと言ってしまったことが、悔やまれる。

 彼は基本、王族の子どもらしく傍若無人。

 自分の思った通り、心のまま、真っ直ぐ自由に行動するのが、僕の良く知る殿下だ。

 まぁ、ここ数年の間は、それが悪い方に出てしまっていたから、悪評ばかり立っていたわけだけど、なりたい自分を見つけた今、その行動力と持ち前の頭の良さで、理想の王子様に近付きつつある。

 そんな殿下のことだから、休憩室で僕の言葉の意味をしっかり考えて、次は、彼らしい行動を起こすはず。
 そして、そんな殿下の背中を、ベル従姉様は押すだろう。

 想いを打ち明ける決断を下すことなど、殿下にとっては、きっと容易い。

 一方、こちらの手駒はリリアーナさんだけど、本気の殿下を何処まで止められるか。
 一人では心許ないが、他にコマがないからな。

 さて、どうする。

 邪魔をしに行きたいところだけど、僕はここから動けないし、使用人を送り込んだとしても、見守る程度が関の山。
 
 いよいよ手詰まりなら、時間差でこちらも告白して、どちらかを選んで貰うくらいしか手がないが……。


 考えていると、アメリが独り言のように吐き捨てた。


「こんなことなら、先ほどプリシラ様からジュースをかけられていた方が、こちらとしては都合が良かったかもしれないですね。ドレスが汚れていては、ローズ様も一度お下がりになったでしょうし。
 あのサド眼鏡。余計なことを……」

「待った。今のはどういう意味だい?」

「はい。ローズ様は被害をまぬがれたので、伝令を後回しにしたのですが、実は……」


 アメリの説明に、僕は頭を抱えた。
 
 何てことをしてくれたのだろうか。
 ここのところは、『教養に多少の漏れがある』程度に認識していたけど、想像以上に残念な思考の持ち主だ。
 気に入らない令嬢に対し、自分が上手くいかない腹いせに、嫌がらせをするような女性だったとは。
 僕は、プリシラ様の評価を、更に下方修正した。

 彼女への今後の対応は、おいおい考えることして、そんなことより面倒なのは、ステファニー様とベル従姉様だな。
 絶対僕に、矛先を向けてくるに違いない。

 でも、それって結構理不尽じゃないか?
 従姉様が安易にプリシラ様をけしかけるから、こんな事態になったわけで。

 ステファニー様は、場を納めるのに一役買ってくれたみたいだから、後でお礼はするけれど。

 それから、レンさん。

 アメリは『偶々通りかかった』と考えているようだけど、その状況なら偶然はあり得ない。
 今、どんな格好をしていようが、彼は聖騎士だ。
 危険を察知したなら、聖女候補を咄嗟に庇ってしまうのは、さもありなん。
 それに、ステファニー様曰く『彼は無自覚ながらローズちゃんに好感を持っている』らしいし?

 ……面倒だから、願わくばそのまま一生、自分の気持ちに気づかずいて欲しいものだ。

 
 遠い目になっていると、ちょうど渦中の人物が視界に飛び込んできた。

 ……服が変わっている。
 あのデザイン、場合によっては、宰相閣下の若い時の物かな?
 時代を感じさせる袖口のフリルは一見似合わなそうなのに、カツラが長いせいか、妙に似合っている。
 胸元も、先ほどは細めのタイをしていたけど、今は白いシンプルなクラヴァット。
 少し前まで、ジャボのように ひらひらっと結ぶのが流行っていた それを、シンプルに結んで、先をベストにしまっている。
 すっきりとして男らしくて、あれはあれで……なんか小洒落て見えるな。
 なんだか……何となくモヤっとする。


「これはこれは、マグダレーン男爵、ジゼル夫人。先日は、どぉも~」


 すいている部分を縫うように通って、人混みの中心へ進みでると、甲高い声で挨拶をするステファニー様。
 レンさんは、きっちり彼の斜め後方に付いている。

 男爵は、丁寧に騎士の礼をした。
 ああ。そうか。
 二人は同職だから。


「スティーブン様。こちらが、ご挨拶に伺うべきところを……」

「まぁ。良いんですのよ? メインキャストはお忙しいのですから。
 マダム。本当に素敵なデザインでしたわ。今度、私と、この子の分もお願いしたいくらい!」

「お褒めいただき光栄ですわ。そちらの方の衣装は、リバイバルですのね?
 伝統の良きものを、若い方がしゅっと着こなしてらして、そこがまた新鮮で、創作意欲が湧きますわ」

「リサイクルですのよ。ふふっ。実は、先程ちょっとありましてね?
 ほら。横にいらっしゃい。
 この度は、この子の分まで素敵な贈り物を下さり、有り難うございました」

「ああ。彼がその、屋上まで跳んだという……?
 そうか。その節はありがとう!」


 握手を求めて手を差し出す男爵閣下。

 レンさんは、膝を付いた騎士の礼の後、すっと立ちあがると、手袋を左手に持ち替え、右手を差し出した。

 本当に、何をやらせても、そつなくこなす男だ。
 先程から、ちょっと癪に触る。

 握手を交わす二人を見ながら、思わず眉根を寄せた、その時、男爵が考えるように眉を寄せ、首を傾げた。


「はて。君とは以前、何処かで会ったかな?」


 ん?
 二人は、面識があるのか?

 レンさんは、俯き加減のまま硬直しているように見える。


「まぁ。素敵な口説き文句ですこと。
 私も言われてみたいわ。
 この子は閣下のファンですから、以前英雄の講演会でお会いしたのかしら?」

「ああ。講演会の最後の握手会かい?
 ……ふーむ。
 だが、これほどの手の持ち主、ファンなら尚更、その場でうちの私設兵に誘っていそうなもんだが……」


 眉を寄せながら、覗き込むように視線を下げる男爵。
 レンさんは俯いたまま……若干青ざめているだろうか?

 二、三秒の沈黙の後、返事をするべくレンさんが口を開いた、ちょうどその時、ひどく慌てた様子で迎賓館から出てきたメイドの女性が、男爵に走り寄った。

 男爵家のメイドだろうか?
 彼女は男爵に、何やら耳打ちをしている。
 話を聞いていた男爵の表情が、みるみる曇っていったから、良くない知らせかもしれない。

 直後、男爵はステファニー様に小声で幾つか告げたようだ。
 ステファニー様の顔が、一瞬で、仕事をしている時の顔に変わる。

 ステファニー様はすぐに周囲を見回し、僕を見つけると、指で来るよう合図した。

 え?
 僕も、巻き込まれる感じかな?

 迎賓館側のガーデンにいるだろうローズちゃんに後ろ髪を引かれつつ、僕は渋々指示に従った。


「では、閣下は一度領地に?」

「ええ。直接この目で確認を。なに、往復五日ほどで戻ります」

「では、私はこれから国王に」

「有難い。手間が省けます。イレギュラーが無ければ、五日後王城でお会いしましょう」

「了解しました。どうかお気をつけて」


 ステファニー様の元に辿り着き、矢継ぎ早に小声で交わされる会話を聞いて、僕は眉を寄せた。

 マグダレーン領内で何かあったのか?
 

「ジゼルは、とりあえず王都で待機していてくれ。この後は、折角の催しだ。このまま……」

「いいえ。一緒に宿舎に帰りますわ。
 旦那様の旅支度をするのも、妻の勤めですもの」

「だが……」

「重要な催しも終わりましたし、良いのですわ。さて。ローズにも声をかけなければね」
 

 ん? 
 まさかこれは、マグダレーン家は、ここで帰る流れか?
 

「ジェフ。急に呼んで悪かったわね。
 私はこれから王宮に戻る。
 一応、殿下もご一緒するつもりよ。
 多分、今日はここに戻れないから、ベルに宜しく伝えてくれるかしら。
 閣下が確認を終えるまで、情報は出せないのだけど」
 
「良いですよ。他に何か出来ますか?」

「今は、それで十分よ。
 それに、貴方はまだ、ダンスが半分残っているでしょう?」


 仰る通りだな。
 受けた恩は返すべきだから、彼女たちとは、きちんと最後まで踊らないとね。

 まぁ、でも。
 ひょんなことから、ローズちゃんのみならず、殿下の帰宅まで早まりそうだし? 不謹慎だけど好都合だったな。

 ここまでの短い時間で、殿下がどこまでおしたのかは、僕の従者が、殿下とローズちゃんたちの会話を聞いているだろうから、後で確認すれば良い。

 動き出した人たちを笑顔で見送って、僕は自分のやるべきことをするために、ひとまず ダンスフロアに戻った。


 ◆

 (side ローズ)


「やぁ、二人が良ければ、俺も仲間に入れてくれ」


 のんびりタルトを食べながら、ガールズトークをしていた私たちの前に、唐突に現れた明るい笑顔のエミリオ様。

 リリアさんは思わず悲鳴をあげた後、放心状態に陥り、わたしもまた、そわそわと落ち着かない気持ちになっていた。

 心情としては、素直に嬉しい。
 こんな大きなイベントで、王子様と同じテーブルでお話できる機会なんて、滅多にないものね。

 ヴェロニカ様は、大丈夫なのかしら?
 大分ご心痛のようだったけど、側にいなくて良いのかしら?

 そう考えると、安易にこの状況を喜ぶのはいけない気もするけど、これもヒロイン補正かな?
 それなら、有り難く楽しませて頂こう!

 わたしは心中で、こっそりと手を合わせた。


「さ。さ。どうぞ!こっち!空いてます!」


 鼻息荒く、席を勧めるリリアさん。
 興奮からか頬が紅潮して、青い瞳はうるキラ。
 やっぱり、本当は彼女がヒロインじゃないかな?って疑いたくなるくらい、その様子は可愛らしい。

 わたしも、もっと天真爛漫に振る舞うべきなのかな?
 でも、これまで生真面目に生きてきたから、そんなに簡単にキャラ変更出来ないよね。
 そんなわけで、色々考えたのに思いついた言葉はありきたりのものだった。


「エミリオ様とお話し出来るなんて、とても光栄です」
 
「はは。そんな、かしこまらなくて良いんだぞ?
 気を使わず、タルトを食べると良い。俺も食べる!」


 そう言いながら、目の前に用意された桃のタルトを切り分けるエミリオ様。
 エメラルドの瞳をキラキラさせながら、嬉しそうにそれを口に運び、幸せそうに微笑む姿は、年相応で可愛らしい。

 甘いもの、結構お好きなのかな?
 そう言えば、わたしたちが手作りしたお菓子も、美味しそうに食べてくれたっけ。


「で?さっきは何の話をしていたのか、聞いても良いか? ジュリーまで楽しそうにしてたから、気になってな」

「エミリオ様が、かっこいいって話をしてました!」


 即答するリリアさん。
 ええと、まぁ、そういった話も十数分前にしたかもしれないけど、そんな堂々と本人に。

 いやでも、これくらい、わたしもやるべきなの?
 なんて悩んでいたら、エミリオ様はわたしをじっと見て尋ねた。


「そうなのか? マリー」

「は、はい。随分身長が伸びて、ますます素敵になられたと……」


 わわ。
 言っちゃった。

 だって、そんな子猫みたいな瞳で見つめられたら、賛辞が溢れちゃうよね。

 自分で言って、自分で恥ずかしくなってしまい、思わずうつむいていると、エミリオ様が小さく咳払いをしたので、視線だけ上向ける。
 
 あれ? 
 エミリオ様も、お顔が赤いわ。
 もしかして、照れてらっしゃる?
 か、可愛い!


「マリーに褒められるのは悪くないな。有難う」

「ああん。リリアも褒めてますよ?エミリオ様!」


 すかさず割って入る、リリアさんの反射神経には感服してしまう。
 エミリオ様は、今度はリリアさんに向かって、優しく微笑む。


「ああ。リリアもありがとう。だけど、違うんだ。二人は……」


 そう言ったあと、エミリオ様は椅子ごと体をこちらに向けた。

 え?何?


「マリー。聞いて欲しい話があるんだ」

「はい」

「俺は……」


 そこで、言葉を切ったエミリオ様。
 小さく深呼吸する姿を見て、心臓が痛いくらいバクバクしてくる。

 何かを真摯に伝えようとしてくれている。
 だったら、わたしも誠実に受け止めなければ。
 目を合わせると、エミリオ様は柔らかく微笑んだ。


「俺は、マリーが……」

「エミリオ様、ご歓談中申し訳ない事ですが、何分有事につき、ご無礼をお許し下さい」


 そこに突如割り込んだ声は、まさかのスティーブン様。

 ええ?
 それ、今じゃないとダメだったです?
 折角エミリオ様が真剣に。

 つい唖然としてしまったけど、有事なら仕方ないのかな?

 何かを感じ取ったらしいエミリオ様は、熱心にスティーブン様のお話しに耳を傾けている。


「ローズ、我々もこれでお暇する。ご挨拶なさい」


 お父様の声に振り向けば、わたしの後ろにも両親がやってきていた。

 随分と唐突なのね。
 もしかして、何かあったのかな?
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