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第五章
昼下がりの胸騒ぎ ⑴
しおりを挟む貴賓用迎賓棟のダンスフロア周辺は、公爵令嬢ヴェロニカの企画が終了した後も、大勢の招待客で賑わっていた。
人混みは、ダンスフロアと、その脇にある広々とした団欒スペースで二分されており、その中心には、それぞれ別の人物がいる。
団欒スペースで、広報やご婦人方に囲まれているのは、今回の企画の中心、マグダレーン男爵夫妻。
夫人は人好きのする綺麗な笑顔で、様々な質問に丁寧に返答している。
その後方、彼女を見守るように佇む男爵。
二人の装いは、こなれているのに何処か目新しく、流行に敏感なマダムたちは、次々に周囲に集まり、しばらく引きそうも無い。
ただ、現在の状況は、主催であるヴェロニカの思惑からは、外れてしまっていた。
本来であれば、この場で話されていたのは、殿下とヴェロニカの新しい衣装のことだったはずであり、男爵家の長女ローズマリーの婚約内定についてだったはず。
しかし、ジェファーソンとリリアーナの相次ぐ乱入で真相がぼやけてしまったことと、王子殿下とヴェロニカが一度控え室に下がってしまったため、広報やマダムは、その話題を出すことを控えた。
結果、ローズの王子殿下第二夫人内定の話は、何となく有耶無耶になってしまったのだった。
一方、ダンスフロアで注目を浴びているのは、言わずもがなの侯爵令息ジェファーソン。
彼と踊るために、フロア後方をぐるりと囲むように、ご令嬢方が列をなしている。
その外周には、逆方向に列を作っているご令息たち。
ジェフは、きっちり一曲ずつパートナーを変えているため、踊り終えたご令嬢方にダンスを申し込みたい者たちもまた、その場に集まっているのだった。
ミュラーソン公爵夫人が作り出したこの状況は、そこに集まった人たちにとって、誰も損をしない結果となった。
ご令嬢方は、『あわよくば、ジェファーソン様と親しくなりたい!』と考えてはいるものの、ライバルが多すぎて、実際に自身が選ばれる可能性が低いことも理解していたから。
ようは、滅多に踊らないジェフと、記念に一曲踊れればラッキー。
よって、ご令息方が誘いやすい状況下で次々に相手が変わるこのダンス企画は、彼女たちにとってプラスとなる。
当然男性側も、ドレスのカーテンを形成しているご令嬢方に声をかけて、フロアの外からエスコートしてくるというのはハードルが高すぎるので、ダンスフロアに勝手に入ってきてくれるこの状況は、好都合。
そして、約束したご令嬢全員と踊らねばならないジェフにとっても、他のご令息方が、踊り終わったご令嬢を引き受けてくれるので、有り難かった。
笑顔は崩さず、あくまで丁寧に踊りながらも、渦中の人、ジェフは、情報収集に余念が無い。
というのも、周囲は人だかりで、彼の想い人、ローズマリーの所在を目で確認することができないから。
(何だか、ローズちゃんとリリアーナさんが軽食をとりに行ったワゴンの方が、少し騒がしかったようだけど、何かあったかな?
まぁ、アメリが様子を見に行ってくれたようだから、何かあったなら、直ぐに知らせてくれるだろうけど)
考えてはみるものの、ジェフとのダンスを待つご令嬢の列は まだ三分の一も進んでおらず、例えメイドが情報を仕入れてきたとしても、それを聞くのはまだ後のことになりそうだった。
曲が変わるタイミングで、ジェフは小さく息を落とし、再び笑顔を作り直すと、次のご令嬢をダンスフロアに招き入れた。
その頃、ジェフの配下である、アメリと数人の使用人たちは、先ほど起こった小競り合いの情報を集めていた。
騒ぎが起こってから収束するまでの時間が短く、アメリたちが辿り着いた頃には、既におさまった状態だったから。
(主が心配していた、ローズマリー様とリリアーナ嬢のお二人は、庭園に置かれたテーブル席で、スイーツを楽しんでいるご様子。騒ぎに巻き込まれた様子は無いですし、報告の必要は無さそうです)
二人に存在を気取られないよう気配を消して、やや離れた場所から様子を伺うアメリの元に、情報を集めていた強面の使用人が近寄って来た。
強面は、アメリの背後にある椅子に背中合わせに座ると、声をひそめて話し出す。
「先ほどの小競り合い、周囲にいた多くの人間の話によると、スティーブン様とプリシラ嬢が起こしたものだそうだ。『彼の方の愛人の平民に対し、プリシラ様が色目を使って飲み物を渡そうとした折り、迂闊にも手を滑らせて、ぶちまけてしまった』ってのが大筋だそうだが……」
「愛人……。あら、まぁ、それは良い気味ですこと。
ですが、あれだけ我が主人にまとわりついていたプリシラ様が、あのサド眼鏡に色目を使ったなんて、妙ですね?」
「それだ。
そこで、方々細かく聞き取りをしていたら、ワゴンでタルトをサーブしていたパーラーメイドが、気になることを言っていた。
実際は、『プリシラ嬢がローズマリー様にぶどうジュースをぶちまけようとしたところに、スティーブン様の愛人が割り込んで庇った』のだと」
「……アレが?」
アメリは唇に人差し指を当てて考える。
「あの男が女性を庇うような繊細さを持っているなど、俄かに信じがたいですね。
ま、一応主人に報告は入れますが、ぼーっとしていて、うっかり間を通ってしまい、偶然かけられたのでは?」
「無いとは言えんな」
くつくつと笑いながらそう答えると、強面は立ち上がって、次の情報収集場所へ移動するようだった。
アメリは、再度ローズに視線を戻し、慌てて立ち上がった。
人数が増えていたから。
テーブルの横に立ったまま、親しげな様子で二人に声をかけていたのは、エミリオ王子殿下付きの女性騎士、ジュリー。
(一人? いえ、先に場所の確保と安全対策に来たのでしょうね。ということは、しばらく後に殿下がここにいらっしゃる)
アメリは、比較的近くにいる使用人に、その場に残るよう視線で指示を出し、ごった返す人の間を縫うように歩きながら、ダンスフロアへ戻った。
◆
迎賓館の奥まった場所にある控室の一室。
所々赤紫色に染まった白いタキシードをタオルで押さえつつ、レンは、部屋に戻って来たスティーブンに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「何が?」
「つい、状況で動いてしまい、貴方様に多方面でご面倒をおかけしましたので。
それから、その、服も……」
「……ふ~~~っ」
スティーブンは、深く深くため息を落とした。
「全く持って、面倒なこと、この上ないわよね。
騎士の性分というものは……」
「…………?」
キツイ言葉で、自分に対しての罵声を浴びせられる覚悟をしていたので、微妙な言い回しをしたスティーブンに対し、レンは首を傾げる。
「意外?
だって、私、これでも騎士の端くれなの。
貴方がそうせざるを得なかった理由くらい、ちゃんと理解していてよ?
あの時、貴方が瞬時に考えたのは、あの葡萄ジュースが、毒物或いは劇薬だった場合のこと、でしょ?
しかも、よりにもよって、事件の当事者たちは聖女候補の三人。
今後のことを考えれば、あの時貴方は、ああするしか無かった」
「そこまでは……」
「またボンクラぶりっ子? まぁ良いわ。
私これでも、部下の仕事を正当に評価出来る上司だから、貴方を責めるような愚行はしない」
腕を組みつつ、ふふんと鼻を鳴らしたスティーブンに、レンはもう一度、深く頭を下げる。
「とりあえず、そっちは脱いで、こちらの服にお着替えなさい」
スティーブンがソファーに置いたタキシードは、形状や装飾、布の質感からも、平民には手の届かない最高級品であることが知れた。
レンは俯いて頭を横に振る。
「このような高価なお品は、お借りできません。
また汚さないとも限りませんので」
「処分するものだから、くれるって言ってたわよ?
今ね。実は、ベルにプリシラ様がしでかしたことを、一部始終話して来たの。
そしたら、良くやってくれたって。
もし、未遂で済まなかったら、親しい友人を一人無くしていたところだった、ってね。
これは、彼女の父君が若い頃に来ていた服らしいから、もらっておくと良いわ」
「……宰相様の⁈ ……ますます恐れ多いです」
「気持ちは分かるけど、まだマグダレーン男爵ご夫妻への挨拶も済んで無いし、取りあえず、着て!」
「…………。了解しました。
それから、こちらの服は、弁償させて頂きたく……」
「いらないわ」
「そういうわけには……」
「大丈夫。ジェフから取り立てるから。プリシラ様が壊れちゃった原因は 多分あの子のせいだし、貴方のレンタル料、きっちり回収するんだから!」
しばし考えるように沈黙すると、握り拳で息巻いているスティーブンに対し、一つ頷いて立ち上がり、レンはその場でさっさと衣類の着替えを終えた。
そして最後に、テーブルの上に置かれていた黒真珠のハットピンを手に取る。
プリシラから手渡されたハンカチをつかって、直ぐ様丁寧に拭いとったのが功を奏したのか、真珠も金属も痛みが見られないことに安堵しつつ、レンは再び襟元にピンを刺した。
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