投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

想定外の断罪劇

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(side ローズ)


「ちっちがっ!これは、私……違いますの! ワザとではなく……」

「違くなくてよ。
 幾ら、私とレインがお揃い衣類で羨ましいからって、酷いわ!」


 たじろいで、一、二歩後ずさるプリシラさん。

 苛立ちを隠さない声音でそう告げると、スティーブン様は、光の騎士様の横に立つ。

 光の騎士様は二人の様子を伺った後、スティーブン様の手にご自身の手を伸ばし……今、一瞬触れたかしら?


 あ。
 そうよね。

 光の騎士様ことレイブン様は、スティーブン様の愛人のようなお立場で……だから、今日はスティーブン様をエスコートなさっていたのかな?
 そういうことなら、騎士職の彼が、ここにいるのも納得だけど。


「いえ! 決してそのような。その……手! そう、手が滑ってしまっただけですのよ。 わっ……わたくしはただ、飲み物を渡してさし上げようと……」


 震える声でそう言いながらも、プリシラさんは挙動不審に視線を動かしている。

 逃げ道を探しているのかな?

 彼女の狙いは、多分、わたしにジュースをぶちまけて、周囲の笑い物にすることだった。

 階級が彼女より下のわたしが相手なら、手が滑ったなどの理由で適当に謝罪するだけで、お咎め無しな部分があるし、わたしを貶めたい他のご令嬢からのフォローも入って、この場から立ち去ることも簡単だと考えたのだと思う。

 でも、今回はどうしたわけか、公爵令息スティーブン様の愛人である紳士が間に入り、プリシラさんは、彼の衣類を汚してしまった。
 
 この会場に、『スティーブン様を敵に回してもプリシラ様を助けたい!』なんて奇特な方がいるわけもないから、状況は絶対絶命。

 原作でも、ヒロインをいじめたご令嬢たちが、エミリオ様とジェフ様からキツく罵られるシーンがあったし、これは断罪あるのかな……?
 

 でも、でもね?
 このままいくと、恐らく賠償請求と慰謝料請求……プリシラさんのみならず、オルセー伯爵家まで、吹き飛んでしまいかねないよね?
 
 もちろん、わたしは悪意を受けた側な訳で、彼女に対して、全く思うところが無いわけではないけど、流石にそこまでの罰を望んではいない。

 何とか断罪を止められないかしら。

 焦っている間にも、スティーブン様とプリシラさんの会話は続く。


「まぁ。この状況で良く言えたわ。
 つまり、こういうこと?
 この子があまりにも可愛いから、飲み物を手渡すふりをして、粉をかけに来た、と?」
 
「ちがっ!」

「違う? 貴女!この子が可愛くないっていうの?」

「へ?……い……いいえ!とても素敵ですわ!もちろん!」


 ん?

 何だか、微妙に風向きが変わった?


「そうでしょう? 素敵でしょう? 
 でも、これは私のものなの。お分かり?」

「重々承知致しておりますわ」

「結構。
 それなら、私がこれ以上腹を立てないうちに、貴女はサッサと立ち去ることね」

「は、はい!
 その、衣類を汚して申し訳なかったですわ。
 それでは、ごめん遊ばせ」


 プリシラさんは、小声でレイブン様に謝罪すると、ハンカチを強引に押し付け、そそくさと立ち去った。

 うわぁ。
 脱兎の如くって、こんな感じ?

 でも、話がコンパクトにまとまったからかしら。
 周囲は少しざわついているけれど、全てを見ていた人間はごく少数だったし、今は情報が錯綜しているみたい。
 形としては、『スティーブン様の愛人とは知らずに、紳士をナンパしてしまった残念なご令嬢がいたらしい』といった、笑い話程度に落ち着いた?

 これはもしかして……。


「マリーさん、大丈夫だった?」


 固まったまま、脳みそだけフル回転していたら、後ろからリリアさんに声をかけられ、ようやく息が吸えた。


「ありがとう。わたしは大丈夫。でも、レイブン様が……」

 
 そう。
 根本的な問題は、まだ解決していない。

 わたしの身代わりに、レイブン様をジュースまみれにしてしまったもの。

 それにしても、どうして彼は、また、わたしを助けてくれたのかな?

 前方一メートル以内に立っている、ほんのわずか猫背な彼の背中に視線を向けると、その横にいたスティーブン様が彼の耳たぶを、そっと引っ張るのが見えた。


「ねぇ? これで良かったかしら?」


 レイブン様の耳元で囁かれた、何処か色気を含んだ吐息混じりのスティーブン様の声音は、近くにいたわたしの耳にも届いた。

 瞬間、レイブン様の肩が小さく跳ね、耳がみるみる赤く色付いていく。


 うわわわ。
 何だか、見てはいけないものを見てしまったような、なんとも気恥ずかしい気分なんですが!


 そう言えば、さきほどスティーブン様が隣に並んだ時、レイブン様が彼の手に触れたように見えた。
 ほんの一瞬だったけど、あのタイミングから、話の方向が変わったのよね。

 つまり、プリシラさんのお咎めが軽くて済んだのは、スティーブン様がレイブン様の意図を汲み取った結果なの?

 それだと、この二人の関係。
 どちらかと言うと、スティーブン様がレイブン様にゾッコンな感じかな。


「で? 
 ここまで派手に汚されて、貴方、まさか、わざとなの? もしかして、私にこの場で脱がされたいとか?
 随分、斬新なお誘いだこと」


 耳に触れていたスティーブン様の人差し指が、今度はレイブン様の顎から首筋を伝って、襟元のタイをするりと緩める。

 わ。わわ。
 色々な意味で、いちいちアダルティーで、ちょっと刺激が強すぎるのですが?

 つい、その美しい指先が辿る先を凝視してしまい、わたしは赤面した。
 レイブン様のくっきりと浮き出た顎や喉仏は、男らしい色気が感じられて……はっきり言って、好みのど真ん中すぎて。

 って、こらこら。

 今、彼はスティーブン様のものだと釘を刺されたばかりなのに、わたしは何を考えているの?
 というか、そんなことより何より、お礼とお詫びをするタイミングを完全に逃しました!

 でも、こんな状態じゃ、話に割り込めないし、かといって、何も言わずにこの場を立ち去るのは、絶対駄目よね?
 
 どうするべきか悩んでいると、わたしの横までやって来たリリアさんが、藪から棒に声を上げた。


「げぇっ! 誰がマリーさんをかばってくれたのかと思ったら、『山賊鬼畜どエスメガネ』じゃん。やっだ~」

「っっ⁈ さん……どえっ……ぇえ?」


 リリアさんの発言があまりに不躾すぎて、思わず口をぱくぱくさせていると、流石に聞き咎めたのか、スティーブン様が引き攣り笑顔をこちらに向けた。


「随分と、不名誉なあだ名を付けられたものね。
 全く、無礼な小娘だこと」

「え~? ぴったりな通り名だと思うんだけど?」


 リリアさんは、そう宣ったあと、レイブン様に対して、ベーッと舌をだした。

 っって、何て無作法者なのっ?

 そんな不遜な態度とったら、その場で切り捨てられたって、普通は文句言えないんですけど?


「リリアさん! 言って良いことと悪いことが!」

「乙女の扱いが雑な男は、それくらい言われて当然」

「ええ? そんなはず……」


 無いと……思うんだけど、よく考えてみたら、わたし、レイブン様のことを何も知らないのよね。

 ちらりと見上げて様子を伺う。

 彼は『我関せず』と言った様子で、スティーブン様に向けていた顔を、元に戻してしまった。
 つまり、完全にこちらに背を向けて立っている格好ね。

 彼は、手の中にある、プリシラさんから押し付けられたハンカチで、彼の胸元から何かを抜き取り、丁寧に拭いはじめた。
 もしかしたら、大切なものが汚れてしまったのかもしれない。


「かばって下さり、ありがとうございました」


 自然と、口からお礼の言葉がもれ出した。
 

 彼の行動には、意味など無かったのかもしれない。

 例えば、偶然その場に居合わせて、思わず体を投げ入れてしまっただけかもしれないし、或いは、本当にうっかりそこを通りかかっただけなのかも。

 でも、結果として、わたしは頭からジュースを被らずに済んだもの。
 お礼を言うのは当然。

 ……例え返事がなかったとしてもね。


 すると、レイブン様は顔を上げ、こちらをわずか振り返り、軽く頭を下げてくれた。

 それだけで、わたしの胸の鼓動は大騒ぎ。

 これって、つまり、意図して助けてくれたと解釈して良いのかな?本当に?


「ローズマリー様? 
 思い上がらないで欲しいのだけど、その子は正義感が強く、優しい子なの。
 今回のことは、目の前で起きている理不尽を止めるため。
 つまり、対象が貴女でなくても、当然この子は動いたってことよ」


 テンションが上がっていたら、スティーブン様から、再度きっちり釘をさされてしまった。

 それはもう、彼にとっては大事な愛人のことですもの。
 当然よね。


「心得ております。スティーブン様」

「結構」


 返事を返すと、スティーブン様から、憮然とした返答が返ってきた。


「さて。いつまでもそんな格好をさせておくわけにはいかないから、一度下がるわよ。レイン、エスコートなさい」


 レイブン様は、スティーブン様の前で膝をつくと、手を差し出した。
 スティーブン様がそこに手を重ねると、立ち上がり、二人は一緒に歩き出す。

 一歩進んだところで、スティーブン様は、何か思い出したかのように立ち止まり、視線をリリアさんに向けた。


「そうそう。そこのおバカな小娘に、言っておかなければいけないと思っていたのだったわ。
 貴女、良識があるならば、直ちに小細工をやめ、聖女候補を辞するべきよ」

「は? 何言ってるか、分かんないんだけど?」

「警告よ。さもなくば、最悪、命に関わる事態に発展するやも?」


 そう言いながら、スティーブン様はリリアさんの横髪を、そっと耳にかけた。


「ちょっ、勝手に触らないでよ。きもっ」


 のけぞるリリアさんに対して、口元を歪めて鼻で笑うと、スティーブン様はレイブン様のエスコートで、迎賓館の中に戻って行った。





 空いているテーブル席を陣取り、切り分けてもらったタルトを二人で食べながら、わたしは先ほどのことを思い出していた。

 プリシラさん。
 無事に聖堂へ帰ったかしら。
 
 これからも一緒に生活していかなきゃいけないわけで、結構気を使うな。


 考えていたら憂鬱な気分になったので、思考を別に切り替える。


 レイブン様は、お洋服、どうしたかしら?

 せめて、直ぐに拭っていた大切なものだけでも、綺麗になると良いのだけど。
 

「あれ、何だったのかしら。もし、傷んでしまったのなら、お詫びの品を贈るべきよね」

「何の話?」

「あ、ごめんなさい。
 考え事をしていたら声に出していたみたい。
 その、レイブン様が、大切そうに汚れを落としていたものが何だったのか、気になっていたの。
 胸につけていた、飾りだと思うのだけど」


 うっかり声に出してしまったようだから、ついでにリリアさんにも尋ねてみる。
 何か覚えているかもしれないし。


「鬼畜メガネの胸飾り? 
 あーー。
 ああいうの、使っている人珍しいから覚えてるよ。『黒いパールのピン飾り』!」


 言われて、わたしは思わず、口を開けたまま呆けてしまった。

 それって、まさか、先日我が家からお礼に贈った品では?


「黒ってほら、王都では、基本使わないでしょ?
  なんか知らないけど、不吉みたいな。
 でも、名前聞いて納得しちゃったよ。
 それなら、アクセ黒くても、今更感?
 名前がワタリガラスだもんねぇ。あはは」


 一人で納得しているリリアさんをよそに、わたしからの贈り物を丁寧に扱ってくれていたらしいレイブン様のことを考えて、わたしもまた一人、妙にふわふわと、落ち着かない気分になっていた。


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