投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

ベタな嫌がらせと言ったらやっぱりコレ★よね? ⑵

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 (side ローズ)


 ジェフ様とのダンスは、夢見心地だった。

 スラリと整った長い手足が、わたしの体をしっかり支えてくれるから、『ステップしっかり!』とか、『体重を預けすぎないように!』といった心配をあまりせずに、安心して身を任せられる感じなのよね。
 タイミングが多少ずれても、ジェフ様が先回りして合わせて下さるし。

 その上、見上げれば間近に綺麗なお顔が……‼︎
 うう。目に映る景色が贅沢すぎる。

 身長差があるから、私の視線はジェフ様の左頬あたりに来るんだけど、ポジションが変わるたびに視線が合う。

 長い金色の睫毛に縁取られた、海の色の澄んだ瞳に目を奪われていると、彼は優しげに微笑んでくれた。


 視線が合うのは、次の進行方向なんかを示してくれるアイコンタクトなんだけど……それは分かっているんだけど、いや、もう何これ。

 映画のワンシーンか何かなの?
 ……この世界に、映画はないけれど。

 うっとりしてしまうのに、心拍数は上がりまくるしで、終始ふわふわしたような感覚だった。

 そして、あっという間に曲はもう終盤。
 名残惜しい気分になっていることに気付いて、急に気恥ずかしくなった。

 これは、ご令嬢の皆さんが彼に憧れてしまうの、分かるなぁ。

 
 それにしても、ジェフ様に 纏まつわるあの噂は、やっぱり嘘だったのね。

 彼はこれまで、社交の場で踊らない人だったから、『ダンスだけは苦手で、踊るのを避けている』的な噂があったのだ。
 作中でも、ヒロインがエミリオ様にベッタリなせいもあるけど、ジェフ様が踊るシーンは描かれていないのよね。

 でも、何でも出来る彼が踊れない訳がなかった。
 どころか、かなり上手な部類だわ。

 彼が踊り出した途端、周囲で見ていた御令息方が一斉に舌打ちする音が聞こえて来たもの。
 自身が勝てると思っていた分野で、こんな完璧なものを見せつけられたら、それはもう、妬ましいよね。


 踊り終えて笑顔でお辞儀をすると、ジェフ様はお辞儀を返し、手を差し出してくれた。
 ちゃんと、ダンスフロアの外までエスコートしてくれるみたい。
 

「君と踊れて嬉しかったよ」


 手を取ると、彼は小声でそう囁く。


「あの……わたしも! 嬉しかったです。
 お誘い頂きまして、有難うございました。
 ……あと、髪飾りも。とても素敵で……」


 慌てて返事を返したけど、何だか、しどろもどろ。
 だって、嬉しいと思って頂けたことが嬉しくて、何だか浮き足立ってしまって。

 ジェフ様は、ふふっと笑うと、僅か目を細めながら、こちらに視線を投げる。

 出ました!
 妖艶な流し目です!

 いや、そんなセクシーな笑顔頂いたら、赤面待ったなしですが?


「良かった。もしかしたら、邪魔者扱いされてしまうかもと、少し不安だったんだ」

「ジェフ様を邪魔者だなんて、あり得ません」

「うん。安心した。これで、こちらも心置きなく攻めに出られるよ」


 ん?
 攻め?
 
 疑問符を頭の上に浮かべていると、


「お前な。幾らなんでも、やり過ぎだと思うぞ?
 ヴェロニカも、何か、弱ってたし。
 仲が悪くなったら、お前だって困るだろうに」


 口を挟んできたのは、同じタイミングでダンスを終えたエミリオ様。
 リリアさんが腕にしがみつこうとするのを、右手でおでこを抑えて、制止している。


「それは、 従姉ねえ様の機嫌を損ねるのは怖いですけど、僕にだって譲れないものはあるわけで。
 そもそも、先手を打ったのは従姉様の方ですから、別に険悪にはならないと思いますよ?」

「どうだか」


 エミリオ様は、苦虫を噛み潰したような顔。
 ちょっと不機嫌です?

 あ、もしかして!

 足元を見ると、エミリオ様の黒い革靴が、白っぽく汚れている。

 うわわ。
 何回踏まれたの?

 リリアさんたら!
 そろそろ真面目にダンスレッスンをしないと、エミリオ様の足が壊れちゃうと思う。


「殿下もね。
 従姉様のはかりごとに乗るのは結構ですけど、今回は些か強引すぎると思いますよ?
 らしくないんじゃないですか?」

「っぐ。 お前、もしかして怒ってるのか?」

「滅相もない。
 僕としましては、策を巡らすのはお互い様ですし、正々堂々なんて綺麗事を、言うつもりは無いです。
 でも、レディーの気持ちを置き去りにするのは、如何な物でしょうね?」

「……やっぱり、滅茶苦茶怒っているじゃないか」


 おっと。
 エミリオ様の足の心配をしている間に、いつの間にか攻守が交代しているわ。
 
 ジェフ様は良い笑顔なんだけど、何となく目が笑ってない。 
 逆に、エミリオ様は困ったように視線を揺らしている。

 ええと。
 なんだかピリピリしているんだけど、二人の間で何かあったんです?
 
 あれ?
 わたし、何もまずいこととかしてないよね?

 微妙な空気でフロアの外に向かうと、ベンチに掛けていたヴェロニカ様が、疲れた顔で立ち上がった。

 さっき リリアさんに、嫌なことでも言われたのかしら……。


「さて。それでは、紳士淑女の皆さま。
 引き続き、サロンをお楽しみ下さいませ」
 

 ヴェロニカ様が招待客に会釈すると、ダンスフロアを取り巻いていた人たちは、思い思いに動き出した。

 それを見て小さく息を落とすと、ヴェロニカ様はエミリオ様の前へ歩み寄る。


「エミリオ様、私 少々疲れましたわ」

「そうか。では、部屋へ送ろう」


 ヴェロニカ様に手を差し出したエミリオ様。
 その左腕を、リリアさんが引っ張った。


「えぇっ? リリア、もう一曲踊りたいですぅっ!」


 いやいや。
 それは流石に……。

 止めに入ったほうが良いかと、一歩前に足を踏み出そうとした時、エミリオ様がキッパリと首を横に振った。


「リリア。ダメだ」


 リリアさんは、一瞬固まっていたけど、今日は珍しく、すぐに聞き分けた。


「分かったよ。リリア、エミリオ様と一緒に踊れただけで嬉しかったから、我慢します」


 その場にいた、普段のリリアさんを知っている人たちは、みんな目を見張ったよね。

 リリアさんも、少しずつ成長しているのかな?

 エミリオ様は、目を数回瞬かせたあと、微笑んで頷いた。
 そして、ヴェロニカ様の手をとり、歩き出す。

 それと入れ替わる形で、こちらに詰めかけて来たのは、後方、四阿付近に集合していたご令嬢たち。
 先程ドレスのカーテンを形成していた皆さんだ。

 わたしの隣に立っていたジェフ様が、小さく息を落とすのが聞こえた。


「僕も、正直ローズちゃんとずっと踊っていたいけど、こうしてダンスできたのは、彼女たちが融通を利かせてくれたおかげだから、ちゃんとお礼をしないとね」


 そこで、はたと気づく。

 もしかして、ご令嬢方全員と踊る約束をしたから、ジェフ様はドレスの囲いの中から、一時的に出られたの?

 それってやっぱり、彼の今日一番最初のダンスを、わたしと踊るため?
 わたしは、先にエミリオ様と踊ってしまったのに、それでも一番をわたしに下さったの?

 そう考えると、胸の高鳴りが戻ってくる気がした。
 

「あらあら。ジェフは相変わらずの人気ね。
 でも、ご令嬢方。二番手は私に譲って頂くわ。
 私に続く方は、こちらに並んでお待ちになって?
 さぁさぁ、私や、こちらのうら若きご令嬢方と踊りたい紳士諸君は、疾くダンスフロアへいらして?」


 そう、明るい口調で仰って、ジェフ様の前に手を差し出したのは、ミュラーソン公爵夫人。
 流石、切れ者で名高い方は違うわ!
 たったそれだけのことで、混乱していた場の雰囲気を、一気に和ませてしまった。

 招待客がダンスフロアに集まってくるのを横目に、公爵夫人はジェフ様に対して、ちゃめっ気たっぷりにウインクした。


「全く、好き勝手やってくれちゃって!
 でも、貴方じゃ怒れやしないわ。息子みたいなものですもの」


 ジェフ様は、苦笑い。
 
 公爵夫人は、ジェフ様の母方の叔母にあたるから、当然普段から親交があって、可愛がられているんだろうな。


「少しお待ち下さい。彼女のエスコートを、誰か安心できる人にお願いしないと……」


 そう言ってジェフ様が視線を送った先、わたしの両親は、広報や招待客に囲まれてしまっている。


「だったらマリーさん!
 私と一緒に、軽食のワゴンを見に行こうよ。
 さっき、美味しそうなスイーツが一杯並んでいたの!
 それなら良い?ジェファーソン様」


 提案してくれたのは、リリアさん。
 それはそれで、なんだか楽しそう!


「そう言うことなら。でも、ナンパには、重々気をつけて」

「任せといて? さっきの恩は、ちゃんと返すから」

「期待していますよ。それじゃ、ローズちゃん、またあとで」

「はい」


 わたしは、ジェフ様に笑顔で会釈して、リリアさんと一緒にその場を離れた。


 それにしても、リリアさんが機転を利かせてくれて、助かったかも。

 エミリオ様やジェフ様とダンスできたのは嬉しかったけど、お手伝いでモデルの真似事をしただけのはずが、あまりに注目されすぎて、息苦しさも感じていたから。

 出番まで緊張しっぱなしで、殆ど飲まず食わずだったし、甘いものの誘惑には勝てないよね。

 ほくほくと、リリアさんの横を歩いていると、それまで黙っていた彼女が、神妙な顔で口を開いた。


「ええと。気を悪くしたよね? でも、私も譲れないから、謝らない」


 ん?
 
 ええと、わたし、特に不機嫌になったりしてないんだけど、エミリオ様絡みかな?
 彼女が『譲れない』対象と言ったら、他に思い浮かばない。
 『謝らない』って、逆に謝られても困るし。


「それは、ヴェロニカ様に言った方が……。
 わたしは、ドレスのモデルを手伝っただけだし、リリアさんに対して怒る理由がないわ」

「っ…………はぁ?」

 
 いや、そんな全力で聞き返されても……。

 唖然とした表情のリリアさんだけど、暫くして、くすくす笑い出した。
 

「あ~。マリーさんのそういうとこ、ほんと可愛いよね。だから、嫌いになれないよ」

「え? 本当は嫌いたい方向?」

「そうじゃなくてっ!ま、良いじゃん。
 とりあえず、甘いもの食べよ!何が良いかな~」


 どうして思い詰めた顔をしていたのか分からないけど、普段通りのフランクな口調に戻ったリリアさんを見て、わたしは どこか ほっとした。

 色々思うことも有るけれど、わたしも彼女のこと、結構気に入っているのよね。
 
 とりあえず、今は余計なことは考えずに、甘味を堪能しよう!


 二人で、美味しそうなスイーツが所狭しと並べられたワゴンを物色していると、果物をびっしり敷き詰めた、宝石みたいなタルトを発見した。
 何これ、最早芸術品の域では?


「綺麗! わたしは、タルトを頂こうかしら」

「やっぱりそう思った? 
 市販されているタルトって、こんなにフルーツのってないよね。美味しそう!
 どれにしようかな……」

「どれも美味しそうで、選べないわね」


 同じことを考えていたのが嬉しくて、わたしたちは顔を見合わせて微笑み合った。
 
 今が旬の桃は王道だけど、杏やチェリーのシロップ漬けも捨てがたいし……わ!流石、公爵家!パイナップルなんて、この世界に生まれてから 初めて見たわ。
 メロンにマスカットも美味しそう。

 あー、も、決まらない。

 よし!
 思い切って三つくらい頼んでしまっても良いかな?

 小ぶりにカットして貰えば……。


「少し小さめに、三種類とか出来ますか?」

「構いませんよ」
 
「では、桃とパイナップルと、チェリーにします」

「私は、マスカットを大きく一切れにする!」

 
 ぐ。

 リリアさんの注文を聞いて、自分の優柔不断さに、ちょっと凹んだ。
 彼女、食に関しても、一直線なのね。
 見習いたいわ。

 ともあれ、パーラーメイドさんが、ホールからカットしてくれるのを、わくわくしながら待っていると、やがて希望通りの品を手渡してくれた。

 うわぁっ!
 綺麗すぎて、食べるのがもったいないレベルなんですけど?


「すごく美味しそう!」

「ねね。あそこのテーブルに行こっか」

「良いわね。お茶も頂きたいし」


 わたしがリリアさんに同意した時、背後から、聞き覚えのある声がした。


「ローズマリーさん、ごきげんよう」


 無機質に響いたその声に、何故か鳥肌が立つ。
 
 ジェフ様に拒絶されてしまったから、てっきり今日はもう お帰りになったと思っていたんだけど、大丈夫なのかな?

 声の主はプリシラさん。

 とりあえず、お顔に笑みを貼り付けて向き直り、挨拶をしようと口を開いたところで硬直した。

 彼女は、右手を高々とあげている。
 その手には、赤紫色の飲み物が入ったグラス。

 何が起こっているのか、全く考えられない状況で、呆然と、そのグラスを見上げる わたし。

 次の瞬間、右手がゆっくりと振り下ろされた。


「っえ?」


ーーぱしゃん


 躊躇いなく、わたしに向かって浴びせかけられた、真っ赤な飲み物。

 頭から被りそうな勢いだったから、思わず目を閉じてしまったんだけど、一向に衝撃が訪れないので恐る恐る目を開けた。

 すると、眼前には わたしとプリシラさんの間に割り込んだらしい紳士の背中が。

 背が高い。
 お兄様と同じくらいかな?

 銀灰の髪は、肩にかかる長さで……って!まさか彼は!


「光の……騎士様?」

 
 え?  待って?
 今日、サロンに来ていたの?って、そうじゃなくて、まさか、今、わたしを庇って下さった?
 
 こちらから見えるアッシュグレーの横髪から、赤い雫がぽたりと落ちるのを見て、わたしは青ざめた。

 待って?

 彼が着ているのは、銀色に金糸の刺繍が入ったベストと白いシャツ、真っ白なトラウザーズ。
 想像しただけで、衣類はかなり酷い状態なのでは……?


「っっひっ!」


 その時、プリシラさんが、引き攣った悲鳴をあげるのが聞こえた。


「ちっちがっ!これは、私……違いますの! ワザとではなく……」
 

 そこで、ようやくわたしの頭が働き出した。
 
 そうだわ。
 作中では、今日のサロンでヒロインは、嫉妬した御令嬢方から嫌がらせを受けるって話だった。
 だから、これはシナリオ通り?
 
 それにしても、ブドウジュース(推定)をかけるなんて、プリシラさん、何てベタな嫌がらせを……。

 と、そこに、険のある声音が響く。


「違くなくてよ。
 幾ら、私とレインがお揃い衣類で羨ましいからって、酷いわ!」


 眉間に皺を寄せて、スティーブン様は光の騎士様の横に立った。
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