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第五章

公爵令嬢ヴェロニカの誤算⑴

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 (side ローズ)


 修羅場を目撃してしまったわっ‼︎

 
 ドレスをお揃い仕様に戻すため、両親に連れられ、一度控室に戻って来たわたし。
 ホールでの出来事を思い出しながら、頭を抱えていた。


 ジェフ様は、おモテになる。
 それは分かっていたし、ドレスのカーテンのことも知っていた。
 プリシラ様が、ジェフ様をお好きなことも。

 予想外だったのは、基本どの御令嬢に対しても、分け隔てなく優しいジェフ様が、はっきりとプリシラ様を拒絶したこと。


 ジェフ様が その他大勢の御令嬢方に囲まれながら バルコニー手前のスペースに移動した後も、彼女はその場に凍りついたまま動けずにいた。
 しばらくして、顔を手で覆いながら会場を後にしたんだけど、あの時の会場の雰囲気を思い出すと、背中が冷たくなる。

 侮蔑、嘲り、失笑。
 それから、上から目線の憐れみ。

 そこにあったのは負の感情だけで、救いの手は一切差し出されなかった。


「ローズ。大丈夫?」


 お母様が、小首を傾げながら心配そうに尋ねて来たので、微笑みを返したんだけど、どうも上手く笑えていなかったみたい。


「先程の件かしら? 確か、聖女候補の一人だったわね? オルセー伯の御令嬢の」

「はい」

「あれは、どう見ても あの御令嬢が悪いわ」


 きっぱり言い切るお母様に、わたしは目を瞬く。
 それを見て、お母様は眉間に皺を寄せた。
 

「まぁまぁ。もしかして同情していたの?
 だとしたら、ジェファーソン様の方が可哀想よ」

「ですが、人前であんなにハッキリと振られては……」

「状況を作り出したのは、御令嬢の方ですもの…………あら?貴女。
 もしかして、先程のやりとりの裏の意味、気付いてないでしょう!」

「裏の意味、ですか?」


 私が首を傾げると、お母様はぷくっと頬を膨らませた。

 ええと。
 その年齢になっても可愛いって、羨ましすぎるんですが?

 と、そうじゃなかった。
 裏の意味!

 プリシラ様のミスは、自分からジェフ様をダンスに誘ったこと。
 それは分かっている。

 ダンスの誘いは男性からが基本。
 女性からアプローチする場合は、目配せをしたり態度で示したりして、誘ってくれるのを待つしかない。

 でも、ジェフ様は、女性とダンスをしないことでも有名なのよね……。
 まぁ、あれだけの人数全員を相手にしていたら、日付が変わるまで帰れないから、当然かな?

 そんな風だから、思い切って誘っちゃう御令嬢がいたとしても、『少々非常識だけど、これが若さ?』で、済んでしまう気がしないでもない。

 リリアさんなんて、王子であるエミリオ様を相手に、体当たりで誘っているもの。

 あれこれ悩んでいると、お母様はため息をついた。


「まず、今日、御令嬢方のドレスが、ジェファーソン様の服の色に合わせられていたことには、気づいていたかしら?」

「それは、はい」


 多少の色味の違いはあったけれど、黄色、オレンジ、黄緑色系統のドレスを着た御令嬢が多かったのは、流石のわたしも気づいた。


「結構。それについて、貴女はどう考察したの?」

「ジェファーソン様の衣類に関する情報が漏れていて、それを知った 彼に関心のある御令嬢方が、色合いを合わせたのかと」


 お母様は頷く。


「その通りだと思うわ。
 どうやら、その情報を流したは、何か企んでいらっしゃるようね。
 では、その誰かが、黄色の集団と同化する様にこの場に配置した、オルセー伯爵令嬢。
 彼女のドレスが貰いもので、そのモチーフが黄色のカーネーションだったことには気付いた?」


 わたしは首を横に振る。


「いえ。言われてみればそうですね」

「全く、貴女ときたら、これだから!
 いいこと?
 黄色のカーネーションといえば、花言葉は嫉妬よ?
 それをイメージしたドレスを着て、ジェファーソン様の前でむくれて見せるなんて、まるで恋人気取りだわ。
 そして、女性から男性をダンスに誘って良いとされる例外は、女性の方が位が高いか、婚約者の場合。
 つまり、彼女はジェファーソン様の婚約者であるかのように振る舞った。
 周囲の御令嬢方が彼女を邪険にするのは、当然のことだわ」

「なるほど。そんな意味が……」

「或いは、それすら誰かの入れ知恵?
 ……いいえ。あれほどのドレスを贈ったのですもの。悪意があるわけが無いわね。
 きっと、彼女が勝手に暴走したんだわ。
 いつも通り、にこにこ微笑んで周囲を囲っていれば、『意味深』と とられて、別の意味で噂になったかもしれないのに。
 前に出て必死にアピールして、フォローしようとしてくれた ジェファーソン様の逃げ場を奪うような真似をするんですもの。
 それは、切り捨てられても仕方が無いわ」

「逃げ場を奪う、ですか?」

「貴女。あの場でジェファーソン様がダンスの誘いを受けたら、周囲はどういう意味に受けとると思うの?」

「ええと。……好意がある、でしょうか?」

「そんな甘いものじゃ無いわ。普通に『婚約する』ととられて、今頃ゴシップが大騒ぎでしょうね」

「っ‼︎」


 そんな緊迫感のあるやりとりだったの?


「だから、今回はっきりと、彼は彼女をふったのよ。
 『彼女は、恋人でも婚約者でも無い』と、周囲にしっかり分からせるためにね。
 『ファーストダンスは、気になっている女性を誘いたい』だなんて、とてもロマンチストでいらっしゃるのね。 ジャケットには、こちらが贈ったパールのハットピンを、しっかり付けて下さっているし。
 私、気に入ってしまったわ」


 あの。お母様?
 急に ニマニマ笑いで こちらに視線を送ってくるの、やめて下さい。

 顔に熱が集まってきたのが分かったから、わたしは慌てて俯いた。

 幾ら わたしでも、会うたび あんなにはっきり態度で示されて、気づけないほど鈍くない。

 つまり、今日、わたしをダンスに誘ってくださる、ということよね?

 普段は誰とも踊らないのに……?
 

 うわわわわ。

 すごい特別待遇じゃない?
 わたしなんかで、本当に良いのかな?
 そこまで大切に考えて頂けるなんて、光栄すぎて鼻血が出そうなんですが?

 わたしは、先程とは別の意味で頭を抱えた。



 ◆


 一方その頃、ミュラーソン公爵邸内、迎賓館貴賓棟エントランスにて。


「ごきげんよう、ステファニー様。
 遅くなると聞いていたのですけど、メインイベントに間に合うよう来て下さるなんて、嬉しいわ」

「ごきげんよう。ベル。
 そうなのよ。山書類を片付けてからだから、絶対遅刻だと思っていたんだけど、愛しい子が近くにいたおかげか、やたらと捗っちゃったのよね」


 にこやかに微笑みかける公爵令嬢ヴェロニカに対し、スティーブンは挨拶を返しながら、隣に立つ黒縁眼鏡にアッシュブロンド の男……変装したレンの腰に、腕を回した。


「あら。彼が噂の恋人かしら?」

「ええ。可愛いでしょう。レイブンというの。
 ほら、ご挨拶なさい」

「……はじめまして。マイ レディ。
 ご挨拶させて頂ける栄誉を賜り、恐悦に存じます」


 美しい所作で、片膝をついた王国騎士の礼をするレンに、ヴェロニカは目を細めた。


「ええ。ごきげんよう。
 ……ステフ様、綺麗な子ね。これまでは、もっとたくましい子を連れ歩いていた気がしましたけど?」

「こう見えて、案外逞しいのよ? ちょっとだけ着痩せしちゃうだけで」

「まぁ、素敵!それで有能と言うのだから、従者に欲しいくらい」

「あら? 私、有能なんて言ったかしら?」

「そこに存在するだけで仕事が捗るなんて、凡才であるわけが無いわ」

「あら、気付いちゃった? 実は、そうなの!
 今日が初仕事だし、私の仕事で彼に出来ることはないから、『そこに座ってなさい』と言ったのだけどね? 
 丁度疲れてきたタイミングで、熱々のお茶に、持参した美味しい茶菓子を添えて出してくるし、処理を終えた書類をファイリングしようとしたら、すっと手を出して綴ってくれるし。他にも他にも!
 あーっ!もっと早く、側に置けば良かったわ。
 もちろん、あげないわよ⁈」

「はいはい。とても仲睦まじいようで、ご馳走様。
 そういう間柄なら、パートナーとして正規に招待したのに、使用人の扱いで良かったのかしら?」

「平民だし良いのよ。今日も、恐縮して尻込みしているところを、無理矢理首輪をつけて連れてきたんだもの。招待状なんて貰ったら、恥ずかしがって隠れてしまいそう。困るわ」

「まぁっ。可愛らしいこと」


 こちらを見てクスクスと微笑む二人に対し、レンは一礼して、一歩下がった。

 『あまり自分の印象を残したくない』というのもあったが、先程から 迎賓館の中が俄に騒がしくなったので、二人の話題がそちらに移行すると踏み、自らは引いた格好。

 
「ところで、まだ重大発表前だと言うのに、会場は随分と盛り上がっているようじゃない?」


 案の定、スティーブンが話題を変えたので、レンは更に一歩下がり、気配を消した。


「ええ。折角の楽しい催しですもの。
 待ち時間の間も楽しめるように、罠猟の企画を少々」


 楽しげに答えるヴェロニカに、スティーブンは大げさな仕草で頭を振った。


「まぁ、可哀想! 狩られた可愛い獲物は誰かしらね?」

「私の可愛い 従弟おとうとですわ。
 今頃ビタミンカラーのドレスの檻で、ハーレムを満喫中じゃないかしら?」

「おお、怖い。ジェフがドレスの檻から抜け出すこと、貴女は賛同していたのではなかった?」

「賛成ですわ? でも、今回だけは、絶対に邪魔されるわけには、まいりませんので」

「貴女の計画は、もう殆ど詰みの状態じゃない? それなのに、一体何をそんなに心配しているのかしらね?」

「だって、最近のジェフは、誰かさんに似て、ちっとも甘くないんですもの! 念には念を入れなければ?」

「まぁ。もしかして今、私、褒められたのかしら?」

「勿論ですわ」


 ヴェロニカとスティーブンは、向かい合ったまま微笑み合う。
 
 場に一瞬の沈黙が下りた時、迎賓館のホールの扉が重々しく開き、中から、豪華な黄色のドレスを着た令嬢が一人、駆け出して来た。

 ヴェロニカは眉を寄せた。

 そのドレスは、彼女が贈ったもの。
 顔を両手で覆うその姿は、遠目に見ても泣いている。


「行ってみましょう」


 すぐさまスティーブンが動き、ヴェロニカもそれに続いた。
 

 ホールとエントランスを繋ぐ通路で、二人は泣いている令嬢、プリシラを捕まえることが出来た。

 何があったのか、優しい声音でヴェニカが尋ねると、今にも消え入りそうな声で、プリシラは 、ぽつりぽつりと語り出し、最後には涙を落としながら謝罪の言葉を述べた。


「っずびばせん。せ……折角、ヴェロニカ様に、素敵なドレスを贈って頂いて。背中を押して貰ったのに……、わ……ワタクシ」


 そのあまりの内容に、ヴェロニカは思わず額を抑え、スティーブンは困惑のあまり眉根を寄せた。

 それは、明らかに短慮、かつ、やりすぎだったから。


「プリシラ様。貴女、心が参っているのではなくて?少し休んだ方が良いわ」


 スティーブンの優しい言葉に、しかし彼女は頭を振る。


「私、どうしてもジェファーソン様とダンスを……それなのに……ふっっひっく」


 いよいよ泣き出したプリシラに対し、ヴェロニカは小さく息を吐くと微笑んだ。


「私はね、プリシラ様。そんなつもりで、貴女にドレスを贈ったわけでは無いのよ?
 『貴女が、いつも通り、ジェフの周りで微笑んでいられる時を、お揃いカラーのドレスで過ごせたなら』それだけだったの」


 そうしてさえいれば、少なくとも、完全に振られることは無かった。
 状況によっては『二人の雰囲気が、何だか意味深だった』といった噂が流れたかもしれなかったのに。

 ヴェロニカは内心唇を噛む。

 一方のプリシラは、ハラハラと涙を落とした。


「そんな。でも……だって……あ……あぁ」


 ヴェロニカのドレスを着ていると、まるで自分の格が上がったかのような気がして、これならジェファーソンから好まれるだろうと、プリシラは思い込んでしまっていた。
 だから、何故ジェファーソンから拒まれたのか、プリシラには理解ができなかったし、ヴェロニカの言葉も、まるで梯子を外されたように感じた。


 半狂乱で泣き始めたプリシラを、その場に置いておくことはできず、ヴェロニカは 使用人を呼んで、彼女を控室に案内させた。


「恋とは、ここまで人をダメにするものかしらね?」


 プリシラを見送りつつ、遠い目でポツリと呟くスティーブン。
 ヴェロニカは深くため息をつく。


「彼女があんなに激しい気性だったなんて、誤算でしたわ」
 

 二人からやや距離をあけ、気配を希薄にして佇んでいたレン。
 彼は、とぼとぼと立ち去るプリシラの後ろ姿をしばし眺めた後、眉を寄せた。
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