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第五章
公爵令嬢ヴェロニカの 愉快なはかりごと⑶
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しかしまぁ。
随分と分かりやすく着飾って来たものだ。
僕の目の前に、可愛らしさを意識したような わざとらしいむくれ顔で立ち、それでも丁寧な所作でお辞儀をするプリシラ様に、僕は笑みを引き攣らせる。
驚くべきは、その豪華なドレス。
どう考えたって、財政破綻の危機に瀕している彼女の家に、用意出来る代物ではない。
宝石を模した 大粒なガラス球を散りばめた、成金趣味の無駄に派手なドレスなどとは一線を画す、手作業で作られた繊細な刺繍やレース、丁寧に織られた手触りの良さそうな生地をふんだんに使った最高級の一品。
ここのところ流行の、大きく胸元を開いた プリンセスラインのドレスを着た彼女は、周囲の男性の目に、それなりに魅力的にうつるだろう。
ただ……胸元は、少し詰めた方が良かったかもしれない。
これでは、目の肥えた人間には、誰かから譲り受けたのがバレバレだ。
まぁ、ベル従姉様の女神の彫像のような美しい体型に合わせて作られたものだろうし、技術が伴わない針子が迂闊に手直ししたら、柄の合わせがずれたり形状が崩れたり、色々あるんだろうけど。
…………。
そんなことは、僕に取ってどうでも良い。
気に入らないのは、ベル従姉様がプリシラ様を利用して、真綿で締めるようにこちらの首を締めつけて来ている事実。
このドレスのデザイン。
モチーフはカーネーションだと思う。
ドレスの裾の重なり具合なんかは、まさにそれだし、そもそも、そのものの刺繍がなされている。
黄色のカーネーションの花言葉は、確か『嫉妬・軽蔑』。
この場には、教養の深い高位貴族が揃っているわけだから、『このドレスを着て、僕の前でこの態度』となると、事実はどうあれ、周囲に意味深と受け取られても仕方がない。
これだからレディーは恐ろしい。
自分の思いを遂げるためなら、恥をかくことも厭わないということか。
もっとも、プリシラ様がそのことを知っていたかどうかも怪しいかな?
オルセー家は、その財政難から、家庭教師も碌に雇えなかったというし。
仮に知らなくても、ベル従姉様がわざわざそのことを、助言などするはずもない。
案外『ヴェロニカ様から、お揃いカラーのドレスをプレゼントして頂いた!=応援されている』程度の認識でいるのかもしれない。
周囲のご令嬢も同系色が多いから、余計に。
僕は、気づかれない程度に嘆息した。
「ジェファーソン様。お話を聞いて下さいな」
「私が先よ!」
「あら。最初に来たのは、私ですわっ」
思考している間にも、いよいよ人数が増えて、僕を置き去りに 歪み合いがヒートアップしていく。
流石に、これでは逃げられないか。
でも、入り口付近を封鎖するわけにはいかないから……。
「待って下さい。折角の、皆様の可愛らしいさえずりを、聞き逃してはもったいないなぁ。お話しは、あちらに席を設けて、ゆっくりお聞きしますよ?」
バルコニーの手前にある、小さめな空間を示すと、ご令嬢たちは、一様に目を輝かせて、そちらにむかってくれるようだ。
とりあえず胸を撫で下ろし、足を踏み出そうとした矢先、横からプリシラ様に静止された。
「お待ち下さい。ジェファーソン様。私……」
「……? ここにいては、入場する方の邪魔になりますから、一度移動しませんか?」
「いいえ……いいえ!私は、お話よりもダンスをお願いしたいのですわっ!」
「……はっ?」
ダンス?
プリシラ様と?
しかも、ファーストダンスを?
冗談じゃない。
僕が今日、ファーストダンスを捧げたいのは、ローズちゃんだけなのだから。
「それは……」
思わず僕が言葉を濁すと、移動を始めていたご令嬢方が戻って来て、口々に罵り始めた。
「嫌ですわ。伯爵令嬢ごときが、ジェファーソン様をダンスに誘うなど、何と無礼な!」
「そうですわ。それに、そのドレス、採寸が合っていなくてよ? 折角素敵なドレスなのに、見苦しいですわ」
「あらぁ。どなたから頂いたの? 羨ましいですわ。
オルセー家は財政が随分厳しいそうですから、物乞いはお手のものなのね?」
「ちがっ 私は……」
御令嬢方の辛辣な口撃に、プリシラ様は、一瞬狼狽えたようだ。
彼女が僕を追い詰めようとしたのが、この一斉砲火の原因だから、助けてあげる言われもないのだけど、流石にそこまで言うのは、やりすぎな気がして、止めに入る。
「まぁまぁ。とりあえず、一度あちらに腰を据えて……」
「いいえ!」
フォローしてあげるつもりだったのに、再度それをプリシラ様本人に遮られて、僕は眉を寄せた。
糾弾されて、縮こまっていたはずのプリシラ様は、強い目でこちらを見ている。
「どうか、皆様もお聞きになって?
ジェファーソン様。貴方は私たちのことを、一体どう思っていらっしゃるの?」
何を唐突に?
「いつも私たちに 周囲を囲わせていたのに、ここに来て急にそれをおやめになるだなんて、あまりに誠意がないと思いますわ。
先日は、ご挨拶も叶わず遠ざけられ、私がどれほど切ない想いをしたと思っていますの?
きっと、ここにいるご令嬢方も同じ気持ちですわ」
一体、何を言っている?
『囲わせていた』?
それは、根本的に間違っている。
そもそも、ドレスのカーテンは、自然発生するもので、僕が依頼して作っているわけじゃない。
自発的に周囲を囲ってくるレディーたちに関しては、あくまで、兄からの保護を目的として、僕の近く置いておいただけのことだ。
ようやく兄の脅威が無くなったのだから、ご令嬢方は、蝶のように自由に遊び回れば良い。
こちらは彼女たちに一切興味がないのに、周辺に足止めする方が、よっぽど誠意が無いんじゃないかな?
それは確かに、僕だって最初は、ドレスのカーテンを楽しんでいた。
たくさんの女性にちやほやされて、嬉しくない男なんて、いないだろう。
でも、ローズちゃんに出会って、変わった。
僕は、不特定多数の女性からモテたいわけでも、ハーレムを作りたいわけでもない。
最近ではこの状況を、寧ろ煩わしいとすら感じていた。
僕は一人の女性を深く愛し、愛されたい。
「このままでは、周囲に侍る令嬢も減っていくことでしょう。それは、貴方様もお困りになるのでは?」
なお言い募るプリシラ様に、僕はやんわりと笑顔を返した。
彼女の言いたいことを要約すると、つまりこういうことかな?
『私の言うことを聞かないと、ご令嬢たち全員から嫌われる!』
……脅迫かな?
でも、うーん……。
なんとなくだけど、煩わしくなくて、いっそ清々するんじゃないか?
良い機会だから、そう、キッパリ言い切ってやりたい気分になる。
「ですから、私と踊ってくださいませ」
自信満々に、筋の通らない理論を言い募るプリシラ様と、困惑気味に視線を揺らすご令嬢たちを見ながら、僕は喉元まで出かかっていた悪態を飲み込んだ。
今日は大切な企画だから、イメージダウンは避けたい。
ご令嬢の皆さんは、今日、ベル従姉様の手のひらの上で、思い通りに踊らされたのだろう。
だったら、僕もここは、演技力で勝負しようかな。
「なるほど。今後、お美しいご令嬢の皆様は、真実の恋を見つけ、僕の元から去っていくのでしょうね。
それを寂しく思いますが、僕はいつも皆様の幸せを願っています」
直訳すると、『お好きにどうぞ』になるんだけど、受け取り方は、きっと人それぞれ。
それから。
僕は、もう一度プリシラ様に向かって微笑みかける。
「勇気を出してダンスに誘って下さったこと、嬉しく思います。
でも、ごめんなさい。お受けできません。
実は、僕も最近気になるレディーがいるので、ファーストダンスは彼女に申し込もうと思っているんです。
もちろん、断られる可能性も十分あって。
彼女は愛され気質なので」
俯き加減で、自信なさげ微笑みを浮かべ、周囲のご令嬢たちに視線を流す。
「もしその後で良ければ、お相手させていただきますね!」
最後は、渾身の笑みを浮かべて締め括った。
ご令嬢方が、一様に惚けた隙をついて、丁寧に一礼。
避難場所を探して、素早く視線を巡らすと、銀色のワンピースを着た、妖精のように可愛らしいローズちゃんと目が合った。
直ぐに駆け寄りたい衝動に駆られたけど、彼女は王子殿下とマグダレーン男爵夫妻の間にいたので、とりあえず我慢。
どうやら、一度会場から退席するみたいだ。
そろそろベル従姉様たちが入場してくるのかもしれない。
応援ありがとうございます!
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