上 下
198 / 247
第五章

公爵令嬢ヴェロニカの 愉快なはかりごと⑵

しおりを挟む

(side ローズ)


 今回のサロンは、前回とは別の会場で開かれている。

 
 時間を少し遡って、お昼前。
 わたしたちが公爵家の門に入ると、手前側ロータリーで一度馬車を下ろされ、公爵家の馬車に乗り換えるよう指示された。
 辿り着いた先は、敷地内の丘の上に佇む迎賓館。

 『丘が丸ごと一つ領邸の中に入ってしまうって、どれだけ広大な敷地面積なの? 』なんて驚いてしまったけれど、『王弟のお屋敷だもの、そういうものなのよ』と、無理矢理自分を納得させてみた。

 因みに、我が家の領地にある屋敷の総面積が、この迎賓館にすっぽり入ってしまうサイズ。

 多分、小説のヒロインだったら、『このお屋敷に、ゆくゆくは住めるんだ~!』なんて、図々しくもテンションが上がるところかもしれない。
 でも、何故かやたらと現実主義に育った、下級貴族の娘であるわたしの目には『管理だけでも莫大な費用がかかりそうだな……』と、うつった。
 
 領邸にある建物全てを管理して、なお余りある財を年間稼ぎ出す公爵様の手腕は、相当なものなんだろうな。
 それだけ、国にとって責任のある仕事をなさっているのね。

 そして、順当にいけば、その職をエミリオ様が継承する。

 ……なるほど。
 あの作品において、悪役令嬢が婚約破棄されなかった理由は、現実を見れば一目瞭然だわ。
 
 自己主張が激しくお花畑脳のヒロインに、『国の大局を見極め、宰相を影ながら支える』なんて立場が、務まるはずもない。

 つまり、そのポジションは正妻のヴェロニカ様に任せっきりで、自分はただ天真爛漫に、殿下に愛され甘やかされて、愉快に暮らしていく感じなのかな?

 あれ?
 貴族の立場から見ると、ヒロイン、結構タチが悪くない?

 『聖女様だから、絶対正義!』というのは、所詮イメージであり、物語の都合よね。
 聖女だからといって全て正しいことをするとは限らない。人間だもの。


 ともあれ、わたしがエミリオ様を選ぶのなら、ヴェロニカ様だけに重荷を背負わせないように、もっと国家運営とか学ばないといけない。

 っう。

 聖女候補としての学びの合間に、護国とか軍策を学んで、結果国を守りきれても、その後 更に勉強。
 わたしの両肩には、少々荷が重すぎる気がするけど、そこは、愛があれば乗り越えられるものなのかな?

 少しナーバスになりつつ、従者の方に案内されるまま控室へ移動した。

 
 その後、エミリオ様とヴェロニカ様のお二人にご挨拶させて頂き、直前の簡単な打ち合わせ。

 新作ドレスを発表するステージは、迎賓館の外にあるダンスフロアである旨、説明を受けた。

 こんなに華美なホールでサロンを行うのに、発表会は外で行うの? それだと、一部の人にしか、ドレスが見えないのでは?

 室内から、丘を見下ろす広々としたダンスフロアを眺めて、そう考えていたのだけど、これが大きな間違いだったと、わたしは後に、痛感することになる。
 
 
 打ち合わせを終えて直ぐ、ヴェロニカ様は、お客様のお出迎えに向かわれたので、わたしたち家族は、一度控室に戻って来た。
 
 話し合いの結果、やはり、新作ドレスの発表までは、シルバーのドレスの方が良いということになったので、それに合わせてドレスを整えていると、エミリオ様が控室に訪ねていらっしゃった。

 曰く、『ヴェロニカから、迎賓館を案内するよう頼まれた』とのこと。

 ……うん。ええと。
 ヴェロニカ様は、わたしに対して、どうしてこんなに寛容なのかな?
 意地悪にとるなら、それは『正妻の余裕』といったところなんだろうけど、それにしては、全く悪意を感じないのよね。
 まぁ、関係が円滑な方が良いに決まっているから、こちらとしては有り難いけれど。

 ちなみに、明るい笑顔のエミリオ様の後方には、渋い顔のお兄様と、苦笑いのユーリーさんが控えている。

 両親としては、色々思うこともあったと思うけど、ほんの僅かな時間考えただけで、直ぐに私を送り出してくれた。
 身内が警護についているほど、安心なことって無いものね。
 

 と、言うことで、エミリオ様にエスコートして頂き、わたし、今、屋外のダンスフロアにやって来ています。

 外はじわじわと暑くなってきているけれど、丘の上は風があるから比較的過ごしやすいし、眺めは最高!
 丘の斜面に沿って広がるガーデンには、夏の鮮やかな花々が咲き乱れ、別の迎賓館らしき建物も見えるから、絵画にして飾りたいほど綺麗だわ。

 それにしても、この領邸。
 迎賓館いくつあるの?


「広いだろ。今日は、この丘から下、見えるところ全部サロン会場になるからな。相当賑やかだぞ」


 エミリオ様が目を細めながら説明してくれたので、にこやかにうなずき、その直後、わたしは固まった。

 え?
 ちょっと待って?
 見えるところ全部会場って、それは一体、どういった……?

 言われてよく見てみると、丘の中腹付近にある迎賓館から、斜面のガーデンに向かって、招待客らしい一団が出てくるのが見えた。
 同様に、更にその一段下の迎賓館周辺でも、人が動いているのが見える。

 これってまさか……。
 
 
「その……もしかして、下に見える迎賓館も……?」

「ああ。この丘丸ごとで、一つの迎賓棟だ。庭は全て繋がっていて、一応行き来は出来るぞ?
 足元は芝だし、結構ななめになってるから、登ってくるやつは余りいないけどな」

「!!」


 絶句した。
 
 あ。それで、ドレスの発表が、屋外にあるダンスフロアなんだわ。
 頂上の迎賓館に、招待客の全員が集まるわけではないから、下からも見えるように、ということ?

 ちょっと待って?
 あまりの規模の大きさに、足が震えた。
 すると、今日のサロン、招待客は千人規模ということに、なるんじゃないかな?


「びっくりしたか?」

「はい。今更ながら緊張してきました」

「みたいだな。指が冷たくなってる」


 指先に触れて、温めるような仕草をするエミリオ様。

 あの。
 それはそれで、別の意味で心拍数が上がってしまうのですが……。

 ここのところ最近の、ヒロイン補正が強烈すぎて、心臓に悪すぎる。

 頬が熱い気がして、慌てて顔を俯けた。


「やはり、わたしでは役不足な気がします」

「大丈夫。心配しなくても、マリーは俺の横で にこにこしていれば良い。
 それより、足が治って良かったな。今日はようやく一緒に踊れるから、楽しみだ」


 キラキラした笑顔で、そんなことを仰るエミリオ様。
 ちょ。滅茶苦茶可愛いんですが?

 王宮での舞踏会で果たせなかった約束を、ずっと楽しみに覚えていてくれたと思うと、胸が高鳴る。


「とても光栄ですわ」


 笑顔で答えると、エミリオ様は頬を淡いピンクに染めて、大きく頷いた。




 
 それからしばらく。

 周辺のお庭の花を愛でたりして、エミリオ様と、のんびり時間を過ごしているうちに、迎賓館の中が少しずつ賑やかになって来た。

 随分、お客様が増えたみたいだけど……。

 わたしは、違和感に首を傾げた。

 あれ?
 今年は、イエローが流行なのかな?

 夏だから、『ビタミンカラーで元気よく明るい印象に!』というのは、あるあるなのかもしれないけど、前回に比べて、黄色系のドレスを着た若い女性がやけに多い気がする。
 しかも、どういうわけか、ホール入口付近に集合していて、一向に動かない。

 もしかして、誰かが来るのを待っているの?
 ふと、そう考えた時、室内で俄かに騒めきが起こるのが聞こえて来た。

 思わずそちらに注目していると、執事のハロルドさんが前に立って、わたしたちの視界を遮った。


「王子殿下、そろそろ戻りましょう。指定の時間になりましたので」

「なに?もうか」

「はい」


 残念そうに眉を下げるその顔は、年相応で可愛らしい。
 
 もう少しだけ、二人でとりとめなくお話をしていたい気分だったけど、エミリオ様がヴェロニカ様をエスコートする時間を、遅らせるわけにはいかないよね。

 わたしはエミリオ様の後ろに続いて、移動を開始した。

 その時だった。
 入り口方向の扉がゆっくりと開く。
 優雅な所作で、中に入って来たのは……あれ?ジェフ様?

 白いタキシードに、黄色系のタイやチーフを纏う姿は、金色の髪の毛と良く合って、ほれぼれするほど素敵だけど……。
 まさか、ご令嬢の皆様、ジェフ様のお洋服に合わせたのかしら?

 いやいや。
 当日着用する衣類の情報なんて、基本外に漏れる訳がない。

 黄色いドレスの波が、さわさわと彼を取り囲むように動いていく。

 あ。
 もしかして、これが噂のドレスのカーテン?

 完全に周囲を取り囲まれてしまったジェフ様を横目に見ながら、ゆっくりとその脇を通り抜けたとき、よく見知った人をみつけて、わたしはつい立ち止まった。

 ジェフ様の正面、ちょっとむくれたように頬を膨らませたあざとい表情。
 
 普段彼女が着ないような、豪華なシャーベットイエローのドレスに身を包み、優雅にお辞儀をしたのは、聖女候補の先輩、プリシラ様だった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔法学院の階級外魔術師

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:280

王子様と朝チュンしたら……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:26,591pt お気に入り:208

JC聖女とおっさん勇者(?)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:24

お探しの聖女は見つかりませんでした。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:23

呪術師フィオナの冷酷な結婚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,866pt お気に入り:67

目標:撤収

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:575

私の夫が未亡人に懸想しているので、離婚してあげようと思います

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:91,201pt お気に入り:1,420

国一番の淑女結婚事情〜政略結婚は波乱の始まり〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,092pt お気に入り:776

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:111,393pt お気に入り:5,660

本物に憧れた貴方とわたし

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:9,082pt お気に入り:259

処理中です...