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第五章
公爵令嬢ヴェロニカの 愉快なはかりごと⑵
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今回のサロンは、前回とは別の会場で開かれている。
時間を少し遡って、お昼前。
わたしたちが公爵家の門に入ると、手前側ロータリーで一度馬車を下ろされ、公爵家の馬車に乗り換えるよう指示された。
辿り着いた先は、敷地内の丘の上に佇む迎賓館。
『丘が丸ごと一つ領邸の中に入ってしまうって、どれだけ広大な敷地面積なの? 』なんて驚いてしまったけれど、『王弟のお屋敷だもの、そういうものなのよ』と、無理矢理自分を納得させてみた。
因みに、我が家の領地にある屋敷の総面積が、この迎賓館にすっぽり入ってしまうサイズ。
多分、小説のヒロインだったら、『このお屋敷に、ゆくゆくは住めるんだ~!』なんて、図々しくもテンションが上がるところかもしれない。
でも、何故かやたらと現実主義に育った、下級貴族の娘であるわたしの目には『管理だけでも莫大な費用がかかりそうだな……』と、うつった。
領邸にある建物全てを管理して、なお余りある財を年間稼ぎ出す公爵様の手腕は、相当なものなんだろうな。
それだけ、国にとって責任のある仕事をなさっているのね。
そして、順当にいけば、その職をエミリオ様が継承する。
……なるほど。
あの作品において、悪役令嬢が婚約破棄されなかった理由は、現実を見れば一目瞭然だわ。
自己主張が激しくお花畑脳のヒロインに、『国の大局を見極め、宰相を影ながら支える』なんて立場が、務まるはずもない。
つまり、そのポジションは正妻のヴェロニカ様に任せっきりで、自分はただ天真爛漫に、殿下に愛され甘やかされて、愉快に暮らしていく感じなのかな?
あれ?
貴族の立場から見ると、ヒロイン、結構タチが悪くない?
『聖女様だから、絶対正義!』というのは、所詮イメージであり、物語の都合よね。
聖女だからといって全て正しいことをするとは限らない。人間だもの。
ともあれ、わたしがエミリオ様を選ぶのなら、ヴェロニカ様だけに重荷を背負わせないように、もっと国家運営とか学ばないといけない。
っう。
聖女候補としての学びの合間に、護国とか軍策を学んで、結果国を守りきれても、その後 更に勉強。
わたしの両肩には、少々荷が重すぎる気がするけど、そこは、愛があれば乗り越えられるものなのかな?
少しナーバスになりつつ、従者の方に案内されるまま控室へ移動した。
その後、エミリオ様とヴェロニカ様のお二人にご挨拶させて頂き、直前の簡単な打ち合わせ。
新作ドレスを発表するステージは、迎賓館の外にあるダンスフロアである旨、説明を受けた。
こんなに華美なホールでサロンを行うのに、発表会は外で行うの? それだと、一部の人にしか、ドレスが見えないのでは?
室内から、丘を見下ろす広々としたダンスフロアを眺めて、そう考えていたのだけど、これが大きな間違いだったと、わたしは後に、痛感することになる。
打ち合わせを終えて直ぐ、ヴェロニカ様は、お客様のお出迎えに向かわれたので、わたしたち家族は、一度控室に戻って来た。
話し合いの結果、やはり、新作ドレスの発表までは、シルバーのドレスの方が良いということになったので、それに合わせてドレスを整えていると、エミリオ様が控室に訪ねていらっしゃった。
曰く、『ヴェロニカから、迎賓館を案内するよう頼まれた』とのこと。
……うん。ええと。
ヴェロニカ様は、わたしに対して、どうしてこんなに寛容なのかな?
意地悪にとるなら、それは『正妻の余裕』といったところなんだろうけど、それにしては、全く悪意を感じないのよね。
まぁ、関係が円滑な方が良いに決まっているから、こちらとしては有り難いけれど。
ちなみに、明るい笑顔のエミリオ様の後方には、渋い顔のお兄様と、苦笑いのユーリーさんが控えている。
両親としては、色々思うこともあったと思うけど、ほんの僅かな時間考えただけで、直ぐに私を送り出してくれた。
身内が警護についているほど、安心なことって無いものね。
と、言うことで、エミリオ様にエスコートして頂き、わたし、今、屋外のダンスフロアにやって来ています。
外はじわじわと暑くなってきているけれど、丘の上は風があるから比較的過ごしやすいし、眺めは最高!
丘の斜面に沿って広がるガーデンには、夏の鮮やかな花々が咲き乱れ、別の迎賓館らしき建物も見えるから、絵画にして飾りたいほど綺麗だわ。
それにしても、この領邸。
迎賓館いくつあるの?
「広いだろ。今日は、この丘から下、見えるところ全部サロン会場になるからな。相当賑やかだぞ」
エミリオ様が目を細めながら説明してくれたので、にこやかにうなずき、その直後、わたしは固まった。
え?
ちょっと待って?
見えるところ全部会場って、それは一体、どういった……?
言われてよく見てみると、丘の中腹付近にある迎賓館から、斜面のガーデンに向かって、招待客らしい一団が出てくるのが見えた。
同様に、更にその一段下の迎賓館周辺でも、人が動いているのが見える。
これってまさか……。
「その……もしかして、下に見える迎賓館も……?」
「ああ。この丘丸ごとで、一つの迎賓棟だ。庭は全て繋がっていて、一応行き来は出来るぞ?
足元は芝だし、結構ななめになってるから、登ってくるやつは余りいないけどな」
「!!」
絶句した。
あ。それで、ドレスの発表が、屋外にあるダンスフロアなんだわ。
頂上の迎賓館に、招待客の全員が集まるわけではないから、下からも見えるように、ということ?
ちょっと待って?
あまりの規模の大きさに、足が震えた。
すると、今日のサロン、招待客は千人規模ということに、なるんじゃないかな?
「びっくりしたか?」
「はい。今更ながら緊張してきました」
「みたいだな。指が冷たくなってる」
指先に触れて、温めるような仕草をするエミリオ様。
あの。
それはそれで、別の意味で心拍数が上がってしまうのですが……。
ここのところ最近の、ヒロイン補正が強烈すぎて、心臓に悪すぎる。
頬が熱い気がして、慌てて顔を俯けた。
「やはり、わたしでは役不足な気がします」
「大丈夫。心配しなくても、マリーは俺の横で にこにこしていれば良い。
それより、足が治って良かったな。今日はようやく一緒に踊れるから、楽しみだ」
キラキラした笑顔で、そんなことを仰るエミリオ様。
ちょ。滅茶苦茶可愛いんですが?
王宮での舞踏会で果たせなかった約束を、ずっと楽しみに覚えていてくれたと思うと、胸が高鳴る。
「とても光栄ですわ」
笑顔で答えると、エミリオ様は頬を淡いピンクに染めて、大きく頷いた。
◆
それからしばらく。
周辺のお庭の花を愛でたりして、エミリオ様と、のんびり時間を過ごしているうちに、迎賓館の中が少しずつ賑やかになって来た。
随分、お客様が増えたみたいだけど……。
わたしは、違和感に首を傾げた。
あれ?
今年は、イエローが流行なのかな?
夏だから、『ビタミンカラーで元気よく明るい印象に!』というのは、あるあるなのかもしれないけど、前回に比べて、黄色系のドレスを着た若い女性がやけに多い気がする。
しかも、どういうわけか、ホール入口付近に集合していて、一向に動かない。
もしかして、誰かが来るのを待っているの?
ふと、そう考えた時、室内で俄かに騒めきが起こるのが聞こえて来た。
思わずそちらに注目していると、執事のハロルドさんが前に立って、わたしたちの視界を遮った。
「王子殿下、そろそろ戻りましょう。指定の時間になりましたので」
「なに?もうか」
「はい」
残念そうに眉を下げるその顔は、年相応で可愛らしい。
もう少しだけ、二人でとりとめなくお話をしていたい気分だったけど、エミリオ様がヴェロニカ様をエスコートする時間を、遅らせるわけにはいかないよね。
わたしはエミリオ様の後ろに続いて、移動を開始した。
その時だった。
入り口方向の扉がゆっくりと開く。
優雅な所作で、中に入って来たのは……あれ?ジェフ様?
白いタキシードに、黄色系のタイやチーフを纏う姿は、金色の髪の毛と良く合って、ほれぼれするほど素敵だけど……。
まさか、ご令嬢の皆様、ジェフ様のお洋服に合わせたのかしら?
いやいや。
当日着用する衣類の情報なんて、基本外に漏れる訳がない。
黄色いドレスの波が、さわさわと彼を取り囲むように動いていく。
あ。
もしかして、これが噂のドレスのカーテン?
完全に周囲を取り囲まれてしまったジェフ様を横目に見ながら、ゆっくりとその脇を通り抜けたとき、よく見知った人をみつけて、わたしはつい立ち止まった。
ジェフ様の正面、ちょっとむくれたように頬を膨らませたあざとい表情。
普段彼女が着ないような、豪華なシャーベットイエローのドレスに身を包み、優雅にお辞儀をしたのは、聖女候補の先輩、プリシラ様だった。
応援ありがとうございます!
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