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第五章

公爵令嬢ヴェロニカの 愉快なはかりごと⑴

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(side リリア)


「あ~~~。もう。最悪っ」


 エミリオ様が来るっていうから、今日のサロン会場が 大っ嫌いなヴェロニカ様の邸宅でも、我慢して来たのに!

 ってかさぁ。
 私、一応聖女候補じゃん。

 なのに、扱いが 先に入ったプリシラさんと全然違うんだけど?
 これが、お貴族様の選民意識とかいうヤツ? 
 ある程度わかっていたけど、何なの?

 まじ、うざぁ~。

 たまたま、そこに生まれただけのくせに、貴族ってだけで偉そうにしちゃってさ。


 『こちらの招待状をお持ちの方は、あちらの門にお周り下さい』って。
 『庶民は入り口が違います』ってわけ?

 ってか、あちらの門までが遠っ!
 結局馬車移動で、先に来ていた馬車の後ろに並ばされてさ。

 ホント。貴族のそういうとこっ!

 私が王妃様になったら、貴族だけを優遇する制度なんか全部取っ払って、庶民に優しい自由な国にしてやるんだから!


「リリー。感情がストレートなのは、貴方の良いところだけど、口を尖らせたそのお顔は、あまり可愛くないから おやめなさい」


 隣に座っていたお母さんに言われて、私は手鏡を見た。

 う。確かに、この顔は可愛くないかも。
 同じ口を尖らせるでも、もう少し可愛い感じに。こうかな?


「あら。そうすると可愛いわね」

「でしょ でしょ~!えへへっ」


 あざとい仕草は、毎日鏡を見ながら練習してるもん!
 あとは、『どういうのがエミリオ様に刺さるか』なんだけど、まだクリティカルは取れてないんだよね。
 男友だちとかなら、一発なんだけどなぁ。

 なーんて考えてたら、前の席に座っていたパパが、汗を拭き拭きしながら言った。

 
「二人とも、余裕があってすごいなぁ。
 僕にはこんな晴れがましいところ……恐れ多くて、神経が擦り減りそうだよ」

「あらやだ。どんな貴族よりも、貴方が一番素敵よ。どーんと構えてくださいな、旦那様」
 
「ありがとう。僕のミューズ」


 うちの両親は、結構仲良し。

 私はお母さんの連れ子で、パパと血のつながりは無いんだけど、パパは私たちにすっごく良くしてくれるから、私はこの人が大好き。
 イケメンではないけど、包容力があるっていうか。

 
「ところで、リリー。今日は、新しく用意させた薄紫色のドレスにするよう、手紙に書いておいたと思ったけど?」

「え? そうだった?」

「困った子。この分だと、一緒に送ったマナーブックにも、目を通してないわね」

「ゔ。あー。一応見たよ?ぱらぱら~っと」


 だって、あんな分厚いの、読むだけで数年とか かかりそうだし、覚えるなんてムリじゃない?

 
「でもさ。紫より赤の方が、いかにもエミリオ様カラーだしぃ」

「原作通りだったら、そうなのだけど」

「原作?」

「随分ズレているのよね。
 本当だったらヒロインは、イングリッド公爵夫人のサロンで王子殿下からプロポーズされて、今回のサロンのために 上品な赤いドレスを、殿下から贈って頂くのよ。
 婚約者を差し置いて、殿下とお揃いのドレスで現れたヒロインに、ヴェロニカ様の取巻きが怒髪天で 嫌がらせをする、みたいな内容だったはず」

「すご~い!ときめく~。
 その後、ヒロインはどうなっちゃうの?」

「確か、ジェファーソン様が 取り巻きの子を、王子殿下が 悪役令嬢を、厳しく糾弾するのよね。
 それで、ヒロインの社交界での地位が上がって、第二婦人としての地位を揺るぎないものにしていくの」

「第二夫人のままなんだ」

「愛されているのはヒロインだから、そこは」

「ふーん」


 どうせだから、大勢の前で糾弾ついでに、婚約破棄でもしてくれれば良いのに。
 そうすれば、私だけがエミリオ様の妻になれるじゃない?


「でもね。今回、王家御用達のドレスメーカーが、目の色を変えて探していたのは、質の良い小粒のアメジストだったの。
 それも相当な数よ。数が足りなくて、うちにまで依頼が来たくらいだもの。
 だから、今回の衣装は紫だと思う」

「げ。それならそうと、先に言ってよ!」

「だから、先に言っておいたのに」

「ああ、そっか。ごめ~ん」

「もう変えられないもの。今回は仕方ないわ。
 それに、赤は王子殿下のお色だから、今回もどこかに身につけているでしょうし。
 とりあえず、胸に、このシルクフラワーを飾れば」

「わぁっ!大人っぽい紫」

「うん。お揃いは無理でも、それなりに馴染むと思うわ」

「さっすが、お母さん!」

「もう。この子ったら、調子が良いんだから」


 なんだかんだ言いながら、お母さんは私に甘い。
 私は、家族との会話で、ちょっとだけ気分を持ち直した。


 それにしても、まだ待たされる感じなのかな?

 馬車の外を見てみたら、やっと半分くらい進んだ?
 時間かかりすぎー。
 入場した頃には、日が暮れちゃうよ。


「今回は、商会の伝手で招待されたから、どこまでも対商人向けの待遇ね」


 お母さんが小さくため息をついた時、馬車の外から執事みたいなおじさんが、窓を叩いた。
 御者さんが下りてきて、こちらを見る。
 パパが頷いたから、御者さんが扉を開けた。


「失礼。ローレン准男爵の馬車と、お見受けいたします。
 門番に手違いがありまして、長らくお待たせしてしまい、申し訳ないことでございます。今すぐ、ご入場の手配を致しますので」


 あれぇ?
 ここにきて、いきなり特別待遇?


「まぁ。宜しいのですか?」


 お母さんが首を傾げたら、執事のおじさんは頭を下げた。


「主人より、案内を仰せつかっております。これより馬車の誘導を致しますので、今しばらく座ったままお待ち下さい」






(side ジェフ)



 久しぶりの大規模な企画に、公爵邸の一角にある迎賓棟は、大勢の客人で賑わっていた。

 今回の会場は、公爵家領邸に幾つかある迎賓棟の中でも、随一の敷地面積と収容人数を誇る。
 王室や、国賓クラスを招いた、広報なんかも入る 大きな企画に使われる棟で、普段はそう滅多に使用されない。

 ここ最近で使用されたのは、王子殿下とベル従姉ねえ様の婚約が発表された時で、その前はベル従姉様の成人の時だから、五年ほど前。

 この企画を 従姉様が如何に重要視しているか。
 それを、来場者に知らしめるには、ここほど似つかわしい会場もない。


 因みに、この会場。
 公爵家領邸の中にある 低い丘を利用してつくられているんだけど、その周囲は鬱蒼とした林になっていて、普段使用されている領館や各施設とは完全に隔離されている。
 流石の僕も 行ってみたことは無いけれど、境界に当たる林の中央付近には、幅広な池を含む湿地帯が広がっており、そこに橋などは一切かかっておらず、無理に通り抜けようとすると、遭難することもあるとか。

 一般庶民が入る可能性のある棟を、他と分けてある理由はお察しだけど、初めてここに招かれた客人たちの中には、『公爵邸のサロンに庶民が入れるなんて、公爵様は、何と心の広い方だろう!』などと、胸を躍らせる人もいることだろう。

 まぁ、所詮幻想だ。
 
 何故なら、この迎賓棟は、正に選民意識を具現化したような作りになっているから。

 
 なだらかな丘のてっぺんにある、荘厳な作りの迎賓館前。
 僕は、そこで馬車を下りた。

 この一番高い位置にある迎賓館の入り口から 会場の中に案内されるのは、王家、国賓、聖女並びに神官長、高位貴族、それから、主人に招かれた特定の客人のみ。
 
 では他の客人たちはどこから入るかというと、これまた更に、二つのグループに分類される。

 丘の中腹付近。
 ここに立つ迎賓館から中に入れるのは、爵位のある者、貴族出身の騎士、また、公爵家の息のかかった広報の人間や商人連。
 そして、丘の下に立つ迎賓館から中に入るのは、その他広報や、商業関連の庶民、といった具合だ。

 これら全ての迎賓館は、段々に作られた中庭で繋がっていて、最下層からでも、丘の上、屋外に作られたダンスフロアの様子を見ることが出来る。

 眺めることが出来るというだけで、交流するのは、かなり難しいけど。

 何せ、サロンでは全員、準正装での参加が義務付けられている。
 そういった格好で、そこそこ勾配のある丘を登り上がるのは、あまりお勧め出来ないし、普通しない。


 つまるところ、上層からは下界を見下ろし、下層からは、正に雲の上を仰ぎ見る構造。

 かつてここを建設させたという傲慢な公爵が、権力闘争で没落させた高位貴族を招き、最下層から入場させて晒し者にしたとかいう、いわく付きの迎賓棟。

 それを、ベル従姉様が目的を持って活用する。
 一体、どんな愉快なはかりごとを目論んでいるのか、想像するだけで怖いなぁ。
 

 迎賓館にゆっくり足を向けると、戸口には招待客を出迎えているベル従姉様。
 彼女は上機嫌に、自分の前に並ぶ客人たちと挨拶を交わしていた。

 製作初期の段階で、既に箝口令が敷かれていた彼女の今日のドレスは、淡い青紫色をメインに臙脂色の飾りを合わせた、女性的なラインが美しいマーメイドドレス。

 ここのところ、下半身にボリュームのあるドレスが流行っていたから、ベル従姉様もそれに合わせていたみたいだったけど、背が高くて足が長い、エレガントな印象の彼女には、こういったものも良く似合う。

 マグダレーン男爵夫人は、良く分かってらっしゃるなぁ。

 内心称賛していると、執事に他の客人と同様、列に並ぶよう案内を受けた。

 へぇ?

 普段は顔パスみたいな感覚で、特に挨拶の列に並ぶことなく 中に通されるんだけど、今日は随分辛口な対応だね? 従姉様。

 イングリッド公爵夫人のサロンで僕がした お茶目な策のこと、案外根に持っているのかな?
 でも、先手を打ってきたのは従姉様の方だし、あれくらいのこと、お互い様だよね?
 お詫びのティーパーティーだって、ちゃんと開いたし。

 まぁ。特に急いでいるわけでも無いから、別に良いけどさ。
 どうせ、ローズちゃんは別室に囲われているだろうから、慌てて会場入りする必要もない。
 
 そう考えたから、のんびり構えていたんだけど、列は あっという間に進み、直ぐに挨拶の順番が回ってきた。

 
「ご招待、ありがとうございます。ベル従姉様?」 

「よく来たわね、ジェフ。今日は楽しみだわ」

「従姉様に置かれましては、そうでしょうとも。本当に美しい装いで、良くお似合いですね」

「ふふ。今日は決戦だもの。衣装に気合が入ってしまうのは当然よ」

「『お手柔らかに』とお願いしたのに、早すぎるチェックメイトに、こちらは最早、虫の息ですよ」

「そう言う割に、余裕があるように見えるのは、私の気のせいかしら?」

「……そう見えますか?」


 ここまでは一気に会話をして、双方笑顔のまま、しばし、互いの出方を伺う。

 ベル従姉様の視線は、僕の衣類に向いているようだ。


 今日の僕のタキシードは白。
 ベストやタイ、ポケットチーフは若干オレンジがかった黄色で統一。
 ワイシャツの色は、紫みを帯びた暗い青色。シャツのカフスボタンは、トパーズを加工して使用。
 タキシードの襟元には、先日マグダレーン男爵閣下からお礼代わりに頂いた、ブルーパールのハットピンを飾った。

 因みに、僕の衣類に関しては、制作過程でリサーチがかかった旨を、テイラーから確認している。
 本来、守秘義務があるテイラーだけど、我が家と同程度以上の出資を行っている貴族からの頼みを、おいそれと断れるわけがない。
 故に、板挟みになったテイラーからこちらに、情報提供して良いか、確認があったのだ。

 腕の良いそのテイラー、紹介してくれたのはミュラーソン公爵家だから、調べたのは、ベル従姉様で間違いない。
 多分、こちらにどの程度、彼女らのお揃い衣装の情報が漏れているか、知りたかったんだろう。

 僕が持っていた情報なんて、ローズちゃんにその日のうち聞いた、大雑把な色の情報だけ。
 そこから、似た雰囲気に揃えるなんて、ほぼ不可能なんだから、わざわざ調べる必要は無いと思うんだけど?

 しばらくして、ベル従姉様は満足そうに頷いた。

 どう見ても、ローズちゃんとセットにはならないといった判断かな?

 そう思ってくれていた方が、こちらとしては動きやすいから、ラッキーだ。


「気を落とさないで? 貴方はモテるから、選びたい放題でしょう? きっと、もっとお似合いのレディーがいるわよ」

「おだてたり慰めたりされると、何だか悔しいですね?」

「そうかしら?でも、これは本心よ。年頃のレディーたちの多くは、貴方に興味津々のようだし、今日は楽しんでね?」


 そう言って、ベル従姉様は僕に迎賓館に入るよう勧めた。

 何だ?
 最後のセリフが、ちょっと引っかかる。

 今日のところも、マダム連や、少し遅れてくるステファニー様を止まり木にして、出来るだけドレスの輪に捕まらないように、動き回るつもりではいるんだけど。

 さて、まずは誰から挨拶しようか。

 考えながら周囲を見渡して、僕は固まった。

 やられた。
 
 参ったな。
 従姉様の性格上、守りには入らないと思っていたけど、まさかここまで攻めて来るとは。

 迎賓館の中では、ビタミンカラーのドレスを着た、年若い御令嬢が集合していた。
 多少色合いにばらつきはあるが、明るい黄色系のドレスが目立つ。

 流行色?
 いや。
 ここまで揃うのは、いくら何でも異常だ。

 事前に、僕の衣類が黄色系統であると、アナウンスされていたと考える方が自然。

 しかも、僕がここに入るタイミングを狙って、取り囲めるようにスタンバイしていたような、連携を感じる動き。


「ジェファーソン様、ごきげんよう」

「お会いできて嬉しいですわ」

「これはこれは。美しいご令嬢の皆様にご挨拶できて光栄です」


 僕は、ひとまず普段通りの笑顔をつくって、無難に挨拶。
 しばらく抜けられそうに無いけど、そうだな。
 最悪、あの方が来たタイミングで、うまく逃げ出す算段を立てよう。

 頭をフル回転させている最中、目の前に、高級な装いのご令嬢が立った。

 顔を上げると、そこにはむくれた顔のプリシラ様。

 そういえば、ティーパーティーの時『乙女を泣かせた』とか、二人から散々文句を言われたっけ。


 それにしても、ここまでするのか……。

 僕は心中で、項垂れた。
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