投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

内緒の仕事/新作ドレスには仕掛けがあった!

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(side レン)



「レイーン! こっちこっち!待ってたわ」


  第一の城壁、王宮正門手前にあるロータリーに到着すると、正門奥にある職員通用口の前で、手を振るスティーブン様を見つけた。

 それと同時に、第二の城壁南門あたりから ずっと後をつけてきていた気配が遠ざかる。
 尾行に気付いた時は二人だったが、程なくして一人になった、その気配。
 つまり、彼らはスティーブン様の手の者だったのだろう。

 登城時間はあらかじめ決められていたが、それより やや早い時間に到着している。
 にも関わらず、王女殿下付きで多忙だろうスティーブン様が 門で待っているのは、普通に考えてあり得ない。
 先に消えた気配の主が、到着時刻を先行して伝えたと考えるのが妥当だ。

 そして、常にこちらを警戒するような視線をむけてきた追跡者。
 その様子から、護衛であろうはずもない。
 貴族の生活域である第二の城壁内で、私が不審な動きをしないか、監視するために付けられたと見て間違い無い。

 その上、スティーブン様自らのお出迎え。

 何ら後ろ暗いことのない者であれば、上司に目をかけて貰っていると素直に喜ぶところだろうが、私の場合、これは当てはまらない。
 ようは、王城内の監視を他者に任せられないほど、警戒されているということだろう。

 私の出自を知るスティーブン様なら、これらの対応は当然か。

 だが、だからこそ理解できない。

 そんなに警戒しなければならない対象を、敢えて懐に入れるような真似をする必要性が、何処にあるのか。

 こちらが、そう仕向けた訳でもないのに。

 そもそも、お詫びのリストを受け取った時、冗談半分で『最もやりたくない物はどれか?』と問われ、これを選んだのだ。

 変装で正体を隠したばかりか、偽名まで使って王宮に入り込むなど、王宮の影に気付かれたら、私の場合まず間違いなく、周囲を巻き込んでの極刑が下る。
 そして、その範囲には、スティーブン様本人や、弟のダミアン様まで含まれるだろう。

 結局、何を考えているのか。
 その思考を理解するのは不可能に思えたし、また、理解したいとも思えなかった。


 馬から下りて、王国騎士の規定にあった上官に対する礼、二十五度の角度に頭を下げる。
 
 スティーブン様は、機嫌良さげにこちらに歩み寄ると、正面からするりと私の腰に手を回し、右手で顎を持ち上げた。

 ああ。
 そう言えば、『愛人のふりをする』までが条件だった。

 内心げんなりしつつ、近づいてくる顔を見上げた。

 どうせ、これも前回と同様、伝言のためのだろうし、最悪触れたとしても、魔導師の男同士の場合、魔力供給ツール程度の意味合いしか感じない。

 と、その時、一度遠ざかっていた追跡者の気配と、それとは異なるもう一人の気配が、瞬時にこちらに接近した。

 私の後方に現れた人物は、小柄な男性。
 私の帯革を掴むと、力任せに後方へ引っ張り、私をスティーブン様から引き剥がした。

 もう一人は、スティーブン様の後ろ。
 二メートルを越す長身に、鍛え上げられた立派な体躯のその男は、スティーブン様を後方から抱きしめている格好。

 二人とも、王国騎士の制服を着ており、こちらに向けられる視線からは、明確な敵意が感じられる。


 ……殺気でなくて良かった。

 二人とも、相当な手練れであろうことは疑いようもなく、うっかり斬りかかられでもしたら、反射的に反撃していたかもしれない。


「んぉおおっおまえ。んな……何を自然に、ふふ、副官の寵愛を受けようと?」


 力任せに私の胸ぐらを掴んで、悪態をついたのは、小柄な騎士。
 巨漢の騎士は、鼻息荒く、それに相槌をうっている。

 ああ。そういうことか。

 つまり彼らは、ここでの私の同僚になる人たちで、しかも、スティーブン様を心から敬愛、或いは崇拝している。

 これほど従順な影を飼っているのに、こちらの意思を無視して、無理矢理そこに捩じ込む意図とは何なのか。益々分からない。

 だが、これは好機。
 私がスティーブン様の愛人と周囲に認知されているならば、この状況でとるべき行動は一択。
 しかも、上手くいけば、このままこの仕事を放棄できる。


 私はスティーブン様の前で膝をおり、腰の剣を外して、捧げ渡す姿勢をとった。
 後方から抱きしめられたままのスティーブン様が、虚をつかれた顔をしている間に、受け取れない状況と判断し、剣を静かに地面に置く。

 そして、立ち上がり踵を返した。


「オシアワセニ?」


 僅か振り返りながら棒読みでそう告げ、馬に乗ったところで、残念ながら、我に帰ったらしいスティーブン様に制止された。
 
 あと少し呆けていてくれれば、立ち去れたものを……。


 スティーブン様は、笑いを必死に堪えながら、私を王城に招き入れた。


「あっはぁっっ。嫉妬したってわけ? も、あざとすぎっ! っんんっっふぅっ。真面目そうな顔でそういうとこ、ホントたまらないわぁっ! ふっくくっっ」


 どうやら この人にだけは、私の冗談も、そこそこ理解されるようだ。
 どうでも良いことではあるが。

 ご機嫌なスティーブン様とは対称的に、配下らしき凸凹コンビは、現在、意気消沈して項垂れたまま、後方について来ている。
 

「状況を理解した上で、私にとっての貴方の立ち位置を、同僚に示すことまで考えての行動ならば、大したものね」
 

 後ろに一瞬視線を向けた後、ニヤニヤしながらスティーブン様は続けた。

 スティーブン様が、立ち去ろうとした私を制止し、ご機嫌取りに動いたことで、どうやらこの凸凹コンビは、私においそれと難癖をつけられなくなったようだ。

 無論、そんなことまで視野に入れてなどいない。あくまで偶然の産物だが、それには答えなかった。
 部下の二人を含む周囲の人間に、声を記憶されることは、極力避けたかったから。


 そのまま、王国騎士の詰所らしき建物の一角に案内され、事務室の中に入ると、再び敵意溢れる複数の視線にさらされた。
 それを、スティーブン様は右手を上げて制する。


「はい。貴方達、そこまでよ。今日配属、この子はレイブン=クロスフォード。諜報伝達特化だから、ここには殆ど顔を出さないけど、宜しくね」


 室内は静まり返っているが、敵意のこもる視線は変わらない。

 私は無言で頭を下げた。


「そしたら、こちらにいらっしゃい」


 スティーブン様に呼ばれて、私は続きの部屋に向かう。

 中には誰もいない。
 およそ、その部署を統括する役職の部屋だろう。
 この場合、スティーブン様本人か。

 室内に足を踏み入れると、後から入ってきたスティーブン様が、大きな音を立てて部屋の鍵を閉めた。

 




(side ローズ)


 今日のヘアスタイルは、高い位置でのまとめ髪。

 美容師のお姉さんは、薔薇の花を模した金細工の髪飾りを私に見せてくれた後、右耳の後ろの髪の束に差し込んだ。
 この髪飾り、ルビーが使われているんだけど、もしかしたらこのあたりが、エミリオ様とリンクするのかしら。

 ドレスの色に合わせたお化粧は、ライラックの淡いアイシャドウに、幾らか青みのあるピンクの口紅。
 涼しげに見えて、これも可愛い!

 とても気に入ったけど、強いていうなら もう少しだけそばかすを隠して欲しいとお願いしてみた。

 でも、まだ隠さない方が可愛いらしいと、却下されてしまったのよね。

 えー。何故?
 だって、陶器のように真っ白な肌の、ヴェロニカ様の横に侍らせて頂くんですけど?

 そう思ったけど、お母様が微笑みながら頷いていらっしゃるから、それ以上は言えなかった。


 支度が整うと、私は再度姿見の前に立って、ドレスの仕上がりをながめた。

 細かな紫水晶と、淡い紫色のレースで飾られたバルーンドレスの下には、銀色のシルクを何重にも重ねた、柔らかなパニエ。

 パニエは、スカートを膨らませるための物で、木型や針金などを使うことも多いのに、今回は、高級なシルクをふんだんに使って、布だけで厚みを出している。
 流石、王宮御用達のドレスメーカー縫製よね。

 そして、その下に縫い付けられた、繊細な銀糸のレース編み!

 オーバースカートにあたるバルーンスカートの下から、それらのフリルが幾重にも重なって見えている。

 本来のドレスは、アンダードレス部分がもっとずっと長くて、足が見えない仕様なんだけど、最近庶民の若者の間で足を大胆に出すスタイルが流行り始めているらしく、令嬢たちの間で、少しずつ丈を短くする動きがあるんですって。

 ただ、やっぱり生足は破廉恥ということで、二の足を踏む人 多数。

 そこに、彗星の如く現れたのが、絹で編まれたストッキング!
 貴重なそれは、本来わたしのような者には到底手が届くはずもない。

 でも、今回は履けてしまうのよね!
 公爵家と王室のパワーすごい!

 我ながら素敵に見える仕上がりに感動して、鼻を鳴らしていると、着替えを終えたお母様が、くすくす笑いながらこちらにやってきた。

 お母様は、グレイッシュベージュのドレス。
 マグダレーン産の純白のパールと、柔らかなシフォン地を使った、大人っぽいのに、どこか可愛らしさも感じさせるデザイン。
 よくあるAラインドレスも、ビスチェのデザインや、タックの入れ方が独創的なら、こんなにも新鮮になるのね!
 素直に感動してしまう。


「お母様、とてもお似合いですね」

「ありがとう。折角ヴェロニカ様にご紹介頂けるのだからと、つい奮発してしまったのよ」


 お母様は、悪戯っぽくお父様にウインクを贈った。
 それに対し、お父様は満足げに微笑んでいる。
 
 何だかご満悦ですね。
 『多少お金がかかったって、愛しの妻が美しく輝いているなら、構わない』といったところかな?
 相変わらず、仲が良くていらっしゃるわ。

 ほっこりしていると、


「そうしたら、一度、このオーバースカートを捲り上げてね?」


 わたしの前に立ったお母様が、突然、わたしのドレスのバルーン部分を捲り上げた。

 そしてそれを肩甲骨付近まで持ち上げると、肩のあたりに丁度出て来た紐を蝶結びにしている。

 何事⁈

 それだと、パニエが全開なのですが?
 パニエって、つまりは下着なわけで……!

 焦ってドレスを見ると、なんということでしょう!
 いつの間にか、紫のバルーンドレスは、シルバーのAラインワンピースに変化。

 え?ええ?
 これはどうなっているの? 


「面白いでしょう? 
 裏地の生地を工夫して、短時間で、別の服に着替えたのかと思うほど印象を変えられるか、試してみたのよ。
 ほら、最初から最後まで、婚約しているお二人とお揃いのデザインのドレスを着ているだなんて、非常識に思われるかもしれないでしょう?」

「確かに、お母様の仰る通りですわ」


 『お揃い感のあるドレスを!』と、指定したのはヴェロニカ様だから、ずっと着ていても、きっと彼女は文句をいわないと思う。

 でも、何というか、やっぱり、でしゃばっている感が有るよね。

 勲章授与式で、エミリオ様に合わせようとしたのか、真っ赤なドレスを着ていたリリアさんを思い出す。

 殿下のお色である赤を着て、横に並んだ時、ワンセットに見えるって、まるで『私は殿下の特別よ!』と、周囲にアピールしているかのようだった。

 今回は、赤色では無いけれど、周囲の人たちが邪推することもあるだろうから、デザイン発表の時以外は、お揃いに見えない方が、確かに良いかも。

 それに、このシルバーのドレスならば、グレー系で統一された、お母様のドレスやお父様のタキシードの色味と似ているから、家族でセット感があってちょうど良い。

 お母様のことだから、きっとそこまで計算済みなんだろうな。


「それに、貴女……まだ迷っているようだったから」


 お母様が、考えるように呟いたので、わたしは小首を傾げる。


「?」

「優柔不断で困るということよ? 『エミリオ王子殿下に決めた!』ということならば、お揃いのままでも良いけれど?」


 あ。
 そっか。
 今日のサロンには、ジェフ様も出席される予定だものね。

 ずっとエミリオ様とお揃いの服を着ていては、ジェフ様としては、あまり気分が良く無いのかもしれない。

 納得して、頷いた。


「なるほど! 流石お母様。そこまで気を配って、デザインして下さったなんて……」

「ヨイショしてもダメよ。ふらふらせずに、自分でキチンと決めなくてはね?」


 痛いところを突かれて、私は身を縮めた。

 それは分かっているけれど、二人とも本当に魅力的だし……それに。

 不意に、レンさんの柔らかく目を細めた表情が脳裏に浮かんで、わたしは混乱する。

 待って!待って!
 増やしてどうするの?

 でも、この世界、素敵な人が多すぎると思うの。

 そ、そうよ!
 ラルフさんだって、子犬みたいで可愛らしいし、ユーリーさんは、賢くてセクシーだし!
 あまり接点は無いけど、セディーさんは雰囲気天使だし?
 それに、そう!光の騎士様は全力で推せるしっ!

 って……ああ。
 優柔不断に拍車がかかっている。

 というか、エミリオ様とジェフ様以外の皆様は、わたし如き小娘に、興味なんて無いってば。

 全く。
 思い上がりも甚だしいよね。
 最近周辺で告白が続いたから、良い気になっているんだわ。深く反省して、キチンと決めないと。

 
「とりあえず、思い悩むのは、無事今日のイベントがすんでからで良いわ。今は、このドレスの着脱方法を覚えて頂戴。控室もお借りしているし、ちゃんと私がフォローするつもりだけど、一人で出来るに越したことはないから」

「分かりました」


 お母様に言われて、わたしは素直に頷いた。

 よく考えてみたら、これって前世で見た、アイドル早着替えに少し似ている。

 わー!一度やってみたかったのよね。
 ちょっとわくわくして来ちゃった。

 悩み事は尽きないけれど、まずはこれを出来るようにならないと!


 その後、数十分の練習を経て、わたしは、早着替えを習得した!

 全ての準備を終えて、私たちが宿をたったのは、当初の予定時刻より、やや早い時間。

 サロンは正午過ぎに開場予定になっているから、時間的にはかなり余裕があるけれど、簡単な打ち合わせもあるそうなので、先触れだけだして、直ぐに向かうことになった。
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