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第五章
お揃い
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「それでは、手前共はこれで」
「ええ。急な依頼にも関わらず、丁寧で想像以上の仕上がりでした。これからも、贔屓にさせて頂きますよ」
僕が礼を言うと、テーラーと服飾担当の女性は、恭しくお辞儀をして、部屋から出ていった。
今日は、今後、王国を大いに賑わすだろうビッグイベントの日。
主催は公爵夫人の名目だけど、今回のサロンは、エミリオ王子殿下の婚約者であり、次期ミュラーソン公爵夫人となることが確定しているベル従姉様の企画だ。
そして、招待客のほぼ全員が、このことに気付いているはず。
そのための仕掛けが、招待状に施してあったから。
ミュラーソン公爵家の紋章は、王冠の下に鷲。
そして、現公爵夫人の印は、鷲の足元に金木犀の花が描かれている。
普段の招待状は、差出人がベル従姉様であっても、全てこの印で封じてあるんだけど、今回は印が違っていた。
印に描かれていた花は、ジャスミン。
ジャスミンは、ベル従姉様お気に入りの香水に使われているから、彼女が使っている印を知らない者でも、これがベル従姉様のものと分かる仕様だ。
これを見た多くの貴族らは、こう思うはず。
つまり、『公爵令嬢ヴェロニカ様から、何かしらか重大な発表がある』と。
発表の内容が、従姉様が新たに投資を決めた、ドレスデザイナーに関することらしい、という話題は、既に方々の社交の場で噂に上っている。
『そのデザイナーが誰で、どう言ったデザインをするのか』それが、今日のサロンで確定するわけだから、世間の注目度は、かなり高い。
それは、女性にとっては当然だよな。
ファッションリーダーであるベル従姉様が、どう言ったデザインのドレスを着るのかによって、今後作らせるべき服飾が一気に変わるわけだから。
でも、興味を持っているのは、男性も同じこと。
こう言った情報は、何も意中の相手へのプレゼントを選ぶ時ばかりに、有用なわけではない。
というか、大半の貴族が考えるのは、まず投資だ。
そのデザイナーが、今後投資を募る可能性があるならば、何としても一枚噛みたいと考えるのは、当たり前。
だって、その腕前を、公爵家が保証しているようなものなのだから。
かく言う僕も、既に一口乗らせて貰った。
ベル従姉様から、あらかじめ、デザインの情報を一切貰えないことを、条件にされてしまったけど。
あとは、使われる布類、宝石類、装飾品。
良質な生地を生産していたり、貴金属の加工が得意な職人を囲っていたり、宝石が採掘される鉱山もちの領主などは、この機会にこぞって売り込みをかけるだろう。
と、ここまでざっと考えただけで、今日のサロンが大盛況になることは目に見えている。
でも、実は本当に台風の目になるのは、ベル従姉様が裏で仕込んだ、もう一つの計画の方。
と言うのも、そのデザイナーって、ローズちゃんの母君である、マグダレーン男爵夫人だから。
僕の従者が前回のサロンで得た情報によると、ベル従姉様がマグダレーン男爵夫人に依頼したのは、数年後ミセスになる彼女に似合う、大人のドレス。
これまでのふんわりした柔らかい印象から、落ち着いた印象に変えていくことで、威厳を出す狙いかな?
そして、ここからが重要だ。
ベル従姉様は、今回、夫人にもう一着ドレスを依頼している。
彼女より若い世代に向けたもので、彼女とお揃い感が出る様に、と。
二着のドレスを同時にお披露目するには、モデルがもう一人必要。
そこで選ばれたのが、デザイナーの娘であるローズちゃんといった流れだ。
これを、曇りのない綺麗な瞳と素直な心で聞く人がいるならば、或いは『新たなブランドとして、幅広い世代に発信するために、数着用意したのだろう。お揃い感のある、でも印象の違うドレスなら、姉妹で着ても良いし、状況次第で母娘でも着られる』などと、受け取るのかもしれない。
……まぁ、現実ではありそうもない想像をしてみただけだ。
貴族界隈に、そんな純真な心の持ち主なんて、そう滅多にいるものではない。
では、大抵の貴族はどう捉えるか。
決まっている。
だって、今回はエミリオ王子殿下の衣類も、二人のドレスに合わせて作られているのだから。
このままいけば、明日の朝のプレスで、『王子殿下の第二夫人が確定したらしい。相手の女性と正妻になる公女との関係は良好で、しかも聖女候補である』との報が、王都内に出回るに違いない。
全く。
ベル従姉様が本気すぎて、ため息しか出てこないよ。
まだ、自身も結婚する前だというのに、こんな序盤から、権力も金銭も惜しみなく使って、全力でゴールを決めに来られては、こちらは防衛すらままならない。
今頃、王子殿下とベル従姉様は、勝ちを確信しているんだろうな。
でも、僕だって、そう簡単に諦めるわけにはいかない。
特定の誰かに、こんなに強く惹かれるのは、初めてなのだから。
「断固阻止だ」
小さく呟いて、タイの位置を整えると、アメリが白いジャケットを着せ掛けてくれた。
気に入らないのは、二人がローズちゃんの気持ちを確認しないまま、外堀を埋めようとしている点。
真面目で賢いのに、そういったところだけやたらと天然なローズちゃんのことだから、今回のこと、きっと純粋に『モデルに大抜擢なんて、恐縮すぎる』程度にしか考えていないに違いない。
にも関わらず、本人が知らないうちに、周囲は彼女を殿下の第二夫人として扱うようになって行く。
やがて、気づいた頃には、今更『違う』とは言えない状況になっているだろう。
ローズちゃん自身が殿下を選んだのなら、こちらは引かざるを得ないけど、こんな手段で掠め取られてはたまらないなぁ。
鏡を見ながらジャケットの襟元を正す。
そこには、つい先日マグダレーン男爵家から贈られた、パールのハットピンが飾られている。
僕の瞳の色をイメージして、彼女自身が選んでくれただろうそれは、海の一雫を思わせる青。
そう言えば、ローズちゃんの名前、ローズマリーは、海の雫って意味だったよね?
王子殿下の色を持つ、赤い髪の彼女だけど、名前は僕の瞳の色とお揃いだと思えば、運命的な気がしないこともない。
……流石にこじつけだけど。
テーブルから、オレンジ色の包み紙で綺麗に包装された小箱を手に取ると、僕は口角を上げる。
状況はあまり良くないけど、覆せないほどじゃない。
「さて。では、出かけようか」
アメリに声をかけて、僕は部屋を出た。
◆
(side ローズ)
朝の比較的早い時間。
わたしは、手配しておいた馬車に、先日ドレスメーカーから届けられたばかりの衣装ケースを積み込んで貰っていた。
今日は、昼過ぎからミュラーソン公爵夫人のサロンが催される。
お母様がデザインしたドレスのお披露目会を兼ねた大切な企画なので、自分で程々に支度するなどという選択肢は、流石に無かったよね。
そんなわけで、これから馬車で、両親が滞在しているホテルにむかいます!
ちなみに、馬車をきちんと手配したのは、お兄様が仕事で迎えに来れないからとか、荷物が大きいからといった理由もあるけれど、何より、レンさんにこれ以上の心配と迷惑をかけないため。
丁寧に注意喚起してくれたことを思い出す度に、軽はずみな行動を控えなければと、反省しきりだわ。
そして、今日もまた馬車の前後を二人の聖騎士さんが守ってくれている。有難いな。
レンさんと言えば、今日はお休みのはずなのに、朝鍛錬にいなかった。
走り込みをしていたラルフさんによると、今日は一日戻らないと言っていたそうだけど、私用かな?
ダミアン様の件やら何やらで、ここ最近、あまり姿を見れていない気がする……。
しっかり休めているのかしら?などと、少し心配になりながら、のんびりと進む馬車の窓から、流れていく王都の景色を眺めていた。
今日は、第二の城壁の外周をぐるりと半周して、南門から城壁の中に入るコース。
お兄様の馬で行った時は、北門から入って一直線だったので割と近く感じたけど、外周をまわると結構距離があるのね。
城壁の中を通過できない庶民の皆さんは、反対側に行かなければならない時、結構大変なんだなぁと、今更ながら理解した。
早めに出たはずなのに、南門に着く頃には、すっかり街が動き出す時間に。
第二の城壁内側にある高級ブティックでは、作業員が、外からショーケースを磨いている。
各店舗のショーケースに飾られたドレスは、煌びやかなものから、可愛らしいものまで多種多様。
でも、どれを取ってみても洗練されているなぁ。
わたしは、感嘆の息を漏らす。
今日参加するサロンでも、豪華な衣装に身を包んだ綺麗なご令嬢たちがひしめき合っているわけで……いえ、お母様がデザインしたドレスは、とても可愛らしい出来栄えで、自信がないわけではないのだけど、モデルが小柄なわたしでは、果たして様になるかと不安になるよね。
まぁ、エミリオ様やヴェロニカ様とお揃い感のあるドレスな訳だから、ある程度、目を引くとは思うけれど。
うーん。
やっぱりわたしで良かったのかな?
周囲を見れば見るほど、何だか不安になっていく。
そんな折、街の人たちが急に騒めいたので、わたしは後方を振り返った。
そこには、一人の騎乗した王国騎士さん。
悠々と、中央通りを駆けていくその姿に、わたしは見覚えがあった。
アッシュグレーの髪に、黒縁メガネがよく似合っている。
騎乗している馬も灰色なのね。
部分的に白が混じっているから、ぱっと見、白馬の騎士様だわ。
ずっと名前が分からなかったから、すっかり光の騎士様の呼び名で定着してしまっていたんだけど、つい最近兄が調べてくれて、ようやく分かった。
レイブン=クロスフォード様。
それにしても、すごい偶然。
王宮勤めの騎士さんな訳だから、それは王都に住んでいるんだろうけど、この広い王都の中、この時間、この場所で、たまたますれ違うなんて、奇跡的な確率じゃないかしら?
走り去る後ろ姿を眺めつつ、思わず手を合わせた。
はぁ、尊い。やっぱり全力で推せる!
後ろ向きな気分を完全に払拭してくれた光の騎士様に感謝しているうちに、馬車はゆっくりした速度で両親が滞在しているホテルの前に到着した。
出迎えてくれた両親にお礼を言いつつ、部屋に着くと、用意してくれたらしい朝食の果物を、口に放り込む。
んーー!甘ずっぱい!
すももの酸味と甘味が、気分を爽やかにしてくれた。
では、早速着替えようかな。
お母様が用意してくれたのは、昼間のサロンならギリギリ許されそうな、膝より僅か長い丈のバルーンドレス。
淡い紫色をメインに置きつつ、ヴェロニカ様の髪の色である銀色をポイントに使用した、スタイリッシュなデザイン。
やっぱり可愛い!
テンションが上がって、姿見の前でくるくる回ってみる。
「あらあら、まぁまぁ。よく似合うわ」
満面の笑みを浮かべながら、背中のリボンを結んでくれるお母様。
「ありがとうございます。わたし、このドレス大好きです!」
笑顔を返すと、お母様は嬉しそう。
でも、このドレス、大人っぽい印象のヴェロニカ様には、少しイメージが合わないかな?
いったい、どんな感じで統一感を出したのかしら?
それからそれから!
エミリオ様と並ばせて頂いたら、どんな感じ?
三人で並ぶことも有るのかな?
何だかわくわくしてしまって、美容師さんに髪をセットしてもらっている間中、足が地面についていないような気分だった。
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