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第五章
ヤキモチと男の友情の謎 時々 大人の事情
しおりを挟む(side ローズ)
午後から普通にお仕事が入っていたので、エミリオ様をお見送りした後、着替えをするため、わたしは一度寮に戻って来ていた。
午前中の出来事を思い出すと、複雑な心境になってしまう。
何ていうか、わたしに対する聖女候補の皆さんの風当たりが、いよいよ強くなって来たことに、物語の強制力を感じちゃうよね。
聖堂では、出来るだけ目立たないようにしていたつもりだったんだけど、ああもはっきりと『ふしだらだ!』と断言されてしまうと、『実際にそう見えているのでは?』と、少し不安になる。
……ここのところ、何故かやたらと告白されるし。
でも、そこは是非、弁解させて欲しいの。
誰に対しても、笑顔を絶やさないよう接するのって、ふしだらってことなの?
会話一つとったって、馴れ馴れしくならないように、丁寧な話し方を心がけているつもりだし、ベタベタと人の体に触れたりもしていないわ。
というか、出会った人に挨拶もせずスルーする聖女候補って、今後聖女になるかもしれない人間としてどうなのかな?
考えているうちに、ふつふつと怒りが込み上げて来た。
流石に理不尽すぎる気がして。
まぁ、現状、特に文句を付けてくるのはプリシラさんだから、きっとジェフ様絡みなんだろうな。
そう言えば、彼女がイライラし始めたのは、先日のイングリッド公爵夫人主催の舞踏会あたりからよね?
案外、そこで何かあったのかな?
南国の海の色に似た、澄んだ青緑色の流し目を思い出して、わたしは一つため気を落とす。
彼は、どの御令嬢に対しても等しく好意的な対応をする人。
そこが、どうにも ちゃらく見えてしまう原因なわけだけど、それ故に、彼がプリシラさんに対して酷い対応をするとは思えない。
「謎だわ」
思わずそんなことを呟きながら、着替え終えた服をクローゼットに戻し、制服で事務局へ向かう。
すると、途中で、わんこずことラルフさんとジャンカルロさんと一緒になった。
聞けば、彼らはこれから、お兄様にランチを奢ってもらう約束なんですって。
あの状況から、何がどうなると、そういった結論になるのかな?
つい先ほど、項垂れて男泣きをしていたお兄様を思い出すにつけて、状況が全く想像出来ないんですけど?
男同士の友情って、本当に謎が多すぎて、わたしの尺度で推し量るのは困難だわ。
そんなことを考えていると、後からやって来たレンさんとユーリーさんに追いつかれた。
あら。このメンバーで食事会なのね。
何それ、凄く楽しそうなんですけど!
「賑やかな食事会になりそうですね。楽しんできてください。兄をよろしくお願いします」
にこやかに告げると、ユーリーさんは苦笑いを浮かべ、レンさんは視線を左右に揺らした後、こくりと小さく頷いた。
か……可愛い。
最近、少しずつ表情が開放されている気がするから、毎回お会いするのが楽しみで仕方ないよね。
ほっこりしながら事務局の中に戻って来て、わたしは、ふと気づいた。
ああ。そうか。
普通に知人、友人として、事務局までの道中、お話をして来たダケだけど、側から見たら、まるで男性を周囲に侍らせているように見えないことも無いかも?
すると、こういうのがふしだら?
いずれにせよ、誰かに見られるのは、出来るだけさけたいかも!
本当は、もう少し見ていたいような気もしていたんだけど、あらぬ噂を立てられては困るので、後ろ髪を引かれる思いで、わたしは彼らにお暇を告げた。
◆
「ぶわっはっはっ。そうか、そうか」
ここは、第二の城門の内側南にある、大人の雰囲気漂うショットバー。
そのカウンターに並んで座り、エミリオ殿下付き近衛騎士団団長セオドアは、直属の部下であるジュリー副官に向かって、豪快な笑い声をあげていた。
ムッとしたように幾分口を尖らせて、ジュリーは半眼で彼女の上司を睨め付ける。
「笑い事じゃありませんよ、団長!」
「んん? ……ぐっ、くく。そう言われても、申し訳ないが、笑わずにはいられんぞ。
君は、直感を外すことなど無いと思っていたが、お気に入りの部下のこととなると、勝手が違うものか?」
「勘弁して下さい。
……オレガノ君が酒に弱いことは、模擬戦の後の慰労会に参加したメンバーには、周知の事実です。
団長も、あの場にいらっしゃったのだから、ご存知でしょう?」
「ああ。俺がついた時には、もうかなり出来上がっていて、こちらが気を抜いている隙を見ては、彼に関心のある団員らがあちこち体を撫で回したりしていたっけな。
それについて、当人は全く気にしていないようだったが」
「彼は特殊なポジションです。もう少し危機感をもってもらわないと、危なっかしいたら無いのですがね」
「まさか、自分をどうこうしたい輩がいるなどと、針の先程も考えないのだろうよ」
「そうでしょうとも。兄妹そろって、どう育てるとあのように謙虚かつ天然に育つのか、男爵夫人に詳しくお伺いしたいものです」
「まぁ、そう言った前情報があったから、『オレガノ君が黒騎士に襲われた』と君が考えたのも、無理からぬことってわけだ。くくくっ。
問われた黒騎士は、事実とは真逆の想像に、さぞ困惑しただろうな。あの無表情も多少は崩れたか?」
「伝えた刹那、虚をつかれたように固まりましたが、視線が多少動いた程度で、表情に変化は無かったですね。
程なくして、遠回しに否定の言葉を返して来たあたり、頭の回転は かなり速いようで」
「ふむ。しかし、あの、生真面目奥手を絵に描いたようなオレガノ君が、君と間違えて黒騎士を押し倒したとは……くくっ。しかも、その時君の名前を口にしているから、黒騎士にまで好きな相手はバレていると。
それで?
事実上の告白となってしまったわけだが、さて、君はどう対応するのかな?」
「対処のしようも無いではないですか。意図せず本人の前で聞いてしまっただけで、直接告白されたわけでもないのに……」
「だが、そのまま放置すると、あの純情なオレガノ君のこと、諦めてしまうかもしれないぞ?」
「それはそれで、仕方のないことでしょう」
「それは本心か?本当は、憎からず思っているだろうに、勿体ない。
王子殿下の妾候補に推されていた君と、聖槍の使い手候補であるオレガノ君との婚姻は、何の障害もないだろう?」
「当初、護衛兼愛人的な役割を想定して、配置されたというだけですよ。年が離れすぎで、そういう対象に見れないだろうと、既に外されています。
オレガノ君は、本人は知らないでしょうが、現在もまだ王女殿下の婚約者候補に名を連ねています。
それに……五歳も上の女など、最初は良くても ゆくゆくは……」
「彼は、そういう人間ではないと思うがね」
団長は、右の口角を上げてニヤリと笑うと、手元にあったショットグラスを一息に煽った。
ジュリーはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げると、手の中にあったグラスからカクテルを飲み干す。
「結局、オレガノ君のここ最近の不調の原因は、聖槍の使い手候補から外されることにより、左遷あるいは脱隊させられるだろうことを、憂いていたってことなんだな?」
「ええ」
「つまり、そんなにも君と離れたくなかったわけだ」
「っ! 団長、からかわないで下さい」
「泣きそうな顔で君を見ていた理由が、はっきりして良かったな」
笑みを深める団長に反論できず、ジュリーは頬を赤らめて俯いていたが、やがてグラスをカウンターに置き、立ち上がった。
「余計な話をしてしまいました。私はこれで帰ります」
「ああ。報告ご苦労。まぁ、そのなんだ。がんばれよ」
「……ご馳走様でした」
片手をあげて応じた団長に対し、折目正しく頭を下げると、踵を返し、ジュリーは店を後にした。
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