192 / 274
第五章
ヤキモチと男の友情の謎 時々 大人の事情
しおりを挟む(side ローズ)
午後から普通にお仕事が入っていたので、エミリオ様をお見送りした後、着替えをするため、わたしは一度寮に戻って来ていた。
午前中の出来事を思い出すと、複雑な心境になってしまう。
何ていうか、わたしに対する聖女候補の皆さんの風当たりが、いよいよ強くなって来たことに、物語の強制力を感じちゃうよね。
聖堂では、出来るだけ目立たないようにしていたつもりだったんだけど、ああもはっきりと『ふしだらだ!』と断言されてしまうと、『実際にそう見えているのでは?』と、少し不安になる。
……ここのところ、何故かやたらと告白されるし。
でも、そこは是非、弁解させて欲しいの。
誰に対しても、笑顔を絶やさないよう接するのって、ふしだらってことなの?
会話一つとったって、馴れ馴れしくならないように、丁寧な話し方を心がけているつもりだし、ベタベタと人の体に触れたりもしていないわ。
というか、出会った人に挨拶もせずスルーする聖女候補って、今後聖女になるかもしれない人間としてどうなのかな?
考えているうちに、ふつふつと怒りが込み上げて来た。
流石に理不尽すぎる気がして。
まぁ、現状、特に文句を付けてくるのはプリシラさんだから、きっとジェフ様絡みなんだろうな。
そう言えば、彼女がイライラし始めたのは、先日のイングリッド公爵夫人主催の舞踏会あたりからよね?
案外、そこで何かあったのかな?
南国の海の色に似た、澄んだ青緑色の流し目を思い出して、わたしは一つため気を落とす。
彼は、どの御令嬢に対しても等しく好意的な対応をする人。
そこが、どうにも ちゃらく見えてしまう原因なわけだけど、それ故に、彼がプリシラさんに対して酷い対応をするとは思えない。
「謎だわ」
思わずそんなことを呟きながら、着替え終えた服をクローゼットに戻し、制服で事務局へ向かう。
すると、途中で、わんこずことラルフさんとジャンカルロさんと一緒になった。
聞けば、彼らはこれから、お兄様にランチを奢ってもらう約束なんですって。
あの状況から、何がどうなると、そういった結論になるのかな?
つい先ほど、項垂れて男泣きをしていたお兄様を思い出すにつけて、状況が全く想像出来ないんですけど?
男同士の友情って、本当に謎が多すぎて、わたしの尺度で推し量るのは困難だわ。
そんなことを考えていると、後からやって来たレンさんとユーリーさんに追いつかれた。
あら。このメンバーで食事会なのね。
何それ、凄く楽しそうなんですけど!
「賑やかな食事会になりそうですね。楽しんできてください。兄をよろしくお願いします」
にこやかに告げると、ユーリーさんは苦笑いを浮かべ、レンさんは視線を左右に揺らした後、こくりと小さく頷いた。
か……可愛い。
最近、少しずつ表情が開放されている気がするから、毎回お会いするのが楽しみで仕方ないよね。
ほっこりしながら事務局の中に戻って来て、わたしは、ふと気づいた。
ああ。そうか。
普通に知人、友人として、事務局までの道中、お話をして来たダケだけど、側から見たら、まるで男性を周囲に侍らせているように見えないことも無いかも?
すると、こういうのがふしだら?
いずれにせよ、誰かに見られるのは、出来るだけさけたいかも!
本当は、もう少し見ていたいような気もしていたんだけど、あらぬ噂を立てられては困るので、後ろ髪を引かれる思いで、わたしは彼らにお暇を告げた。
◆
「ぶわっはっはっ。そうか、そうか」
ここは、第二の城門の内側南にある、大人の雰囲気漂うショットバー。
そのカウンターに並んで座り、エミリオ殿下付き近衛騎士団団長セオドアは、直属の部下であるジュリー副官に向かって、豪快な笑い声をあげていた。
ムッとしたように幾分口を尖らせて、ジュリーは半眼で彼女の上司を睨め付ける。
「笑い事じゃありませんよ、団長!」
「んん? ……ぐっ、くく。そう言われても、申し訳ないが、笑わずにはいられんぞ。
君は、直感を外すことなど無いと思っていたが、お気に入りの部下のこととなると、勝手が違うものか?」
「勘弁して下さい。
……オレガノ君が酒に弱いことは、模擬戦の後の慰労会に参加したメンバーには、周知の事実です。
団長も、あの場にいらっしゃったのだから、ご存知でしょう?」
「ああ。俺がついた時には、もうかなり出来上がっていて、こちらが気を抜いている隙を見ては、彼に関心のある団員らがあちこち体を撫で回したりしていたっけな。
それについて、当人は全く気にしていないようだったが」
「彼は特殊なポジションです。もう少し危機感をもってもらわないと、危なっかしいたら無いのですがね」
「まさか、自分をどうこうしたい輩がいるなどと、針の先程も考えないのだろうよ」
「そうでしょうとも。兄妹そろって、どう育てるとあのように謙虚かつ天然に育つのか、男爵夫人に詳しくお伺いしたいものです」
「まぁ、そう言った前情報があったから、『オレガノ君が黒騎士に襲われた』と君が考えたのも、無理からぬことってわけだ。くくくっ。
問われた黒騎士は、事実とは真逆の想像に、さぞ困惑しただろうな。あの無表情も多少は崩れたか?」
「伝えた刹那、虚をつかれたように固まりましたが、視線が多少動いた程度で、表情に変化は無かったですね。
程なくして、遠回しに否定の言葉を返して来たあたり、頭の回転は かなり速いようで」
「ふむ。しかし、あの、生真面目奥手を絵に描いたようなオレガノ君が、君と間違えて黒騎士を押し倒したとは……くくっ。しかも、その時君の名前を口にしているから、黒騎士にまで好きな相手はバレていると。
それで?
事実上の告白となってしまったわけだが、さて、君はどう対応するのかな?」
「対処のしようも無いではないですか。意図せず本人の前で聞いてしまっただけで、直接告白されたわけでもないのに……」
「だが、そのまま放置すると、あの純情なオレガノ君のこと、諦めてしまうかもしれないぞ?」
「それはそれで、仕方のないことでしょう」
「それは本心か?本当は、憎からず思っているだろうに、勿体ない。
王子殿下の妾候補に推されていた君と、聖槍の使い手候補であるオレガノ君との婚姻は、何の障害もないだろう?」
「当初、護衛兼愛人的な役割を想定して、配置されたというだけですよ。年が離れすぎで、そういう対象に見れないだろうと、既に外されています。
オレガノ君は、本人は知らないでしょうが、現在もまだ王女殿下の婚約者候補に名を連ねています。
それに……五歳も上の女など、最初は良くても ゆくゆくは……」
「彼は、そういう人間ではないと思うがね」
団長は、右の口角を上げてニヤリと笑うと、手元にあったショットグラスを一息に煽った。
ジュリーはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げると、手の中にあったグラスからカクテルを飲み干す。
「結局、オレガノ君のここ最近の不調の原因は、聖槍の使い手候補から外されることにより、左遷あるいは脱隊させられるだろうことを、憂いていたってことなんだな?」
「ええ」
「つまり、そんなにも君と離れたくなかったわけだ」
「っ! 団長、からかわないで下さい」
「泣きそうな顔で君を見ていた理由が、はっきりして良かったな」
笑みを深める団長に反論できず、ジュリーは頬を赤らめて俯いていたが、やがてグラスをカウンターに置き、立ち上がった。
「余計な話をしてしまいました。私はこれで帰ります」
「ああ。報告ご苦労。まぁ、そのなんだ。がんばれよ」
「……ご馳走様でした」
片手をあげて応じた団長に対し、折目正しく頭を下げると、踵を返し、ジュリーは店を後にした。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる