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第五章
勲章授与式と その後の茶番
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(side ローズ)
はわわ。
何ということでしょう!
聖堂前広場では、千人を越す王国騎士たちが隊列を組んで、受勲者たちの入場を、今か今かと待ち侘びている状態。
聖堂の中へと進む行列は、三百人ほど収容すると、ようやく途切れた。
「あ、ローズさんだ! もうすぐ入場ですって。ここで一緒に観ますか?」
戸口でラルフさんが声をかけてくれたので、そちらへ移動する。
隣でジャンカルロさんが、わたしたち二人分のスペースを空けてくれた。
「凄いことになってますね」
「そうなんですよ! ついさっきまで、観光客しかいなかったのに、公園周辺の脇道から突然パラパラ湧いて来て、気付いたら占拠されてました」
え。
そんな、フラッシュモブみたいな?
いや。
いきなり占拠されるって、危機管理!
と、その時、宿直室の扉が開いて、エンリケ様に先導された聖女様が出て来た。
公園内では、騎士たちの大歓声が上がり、聖女様は美しく微笑みながら手を振って、聖堂の中へと入っていく。
ええと?
聖女様の頬が、僅かに赤い気がするけど、宿直室の中で何かあったのかな?
暑いからかもしれないけど、笑顔が心なしか 普段より輝いているように見えた。
機嫌が良い分には、こちらにとっては有難いから、良いことだけど。
やがて、第七旅団の白髪の男性を先頭に受勲者たちが出てくると、公園に陣取っている騎士たちは、一斉に剣を抜いて盾を叩き始めた。
結構な轟音だけど、全員が一定のリズムで叩いているから、不思議と さほどうるさく感じない。
団式のお祝いなんだろうな。
白髪の騎士さんが拳を上げると、一斉に笑いが起きた。
この方が、指揮を取ったという中隊長さんなのかしら?
随分若くていらっしゃる。
きっと、とても有能なんだわ。
そのあと六人、第七の団員が続き、ユーリーさん、お兄様の顔が見えた。
二人とも、正装の制服でバッチリ決まっている。
と、わたしの横で、タチアナさんが小さく声を上げた。
きゃーっ!って……可愛いすぎか!
乙女なら、これくらい可愛い反応をすべきよね。なんて、一人で納得していたわたしだけど、最後に続いたレンさんを見て、思わず似たような反応をしそうになった。
いや。ちょっと!
誰ですか?
彼の髪を遊ばせたのは⁈⁈
聖女様付きの制服を着たレンさんの破壊力の凄まじさは知っていたけど、今日は襟足の毛を流して、後ろに少しはねさせている
か。かっこ良いのに可愛いとか。
「あれ? 先輩髪の毛、さっきまで……」
不思議そうに首を傾げるラルフさん。
ってことは、あれをやったのは、ラルフさんじゃないわ。
でも、他にレンさんの髪の毛にさわれそうな人って……エンリケ様くらい……?
「なかなか良いだろう?」
と、丁度わたしたちの前を横切った白髪の騎士さんが、ぼそっと言って口角を上げた。
ということは、この人が?
仲が良いのかしら?
「っちっっ」
そして、何故か聞こえた、ジャンカルロさんの舌打ち。
え? 仲悪いんですか?
聖堂に入る前、レンさんは公園の騎士団に向かって丁寧に頭を下げ、騎士たちは口々にお祝いの言葉を贈っている。
第七の皆さんは、本当にレンさんのことが好きみたい。
ほっこりしながら見守っていると、不意にレンさんと視線があった。
「おめでとうございますっ!」
「ありがとうございます」
声をかけると、彼は目元を和らげて、返事をくれた。
わーい!
一瞬だけど、笑顔風の表情、頂きました。
こっちに来ていて、ラッキーだったわ。
「今、クルスさん笑ってた?」
驚いたように、目をぱちくりさせているタチアナさん。
やっぱり、そう見えましたよね?
最近、運が良いと稀に見られる、あの表情。
普段は相変わらずの無表情だから、お得感がすごいのよね。
ラルフさんとジャンカルロさんも、嬉しそうに眉を下げている。
受勲者の入場が終わると、次はエミリオ様が入場される。
わたしとタチアナさんは、ラルフさんたちにお礼を言うと、急いで決められた席へと戻った。
式は、大きなトラブルもなく、粛々と進められた。
エミリオ様が勲章を騎士の首にかけるたびに、リリアさんが絶叫していたから、聖堂の中で観覧していた騎士さんたちは、ドン引きしていたみたいだったけど。
まぁ、堂々とした仕草で、黙々と公務をこなすエミリオ様は、確かにカッコよかったから、リリアさんが叫んでしまうのも無理はないかなぁ?
そんなことを考えながら、最後全員で観客側に向き直り 頭を下げた騎士の皆さんに、惜しみのない拍手を贈る。
そこで、お兄様の表情を見て、わたしは眉を寄せた。
お兄様は、所在なさげに視線を彷徨わせながら、ため息を落としている
確かに、ジュリーさんの言っていた通りだわ。
一体、何があったのかしら?
心配しているところに、式典終了のアナウンス。
エミリオ様は、聖堂横の控え室に戻られた。
ええと。お兄様たちは?
様子を見ていると、どうやらエミリオ様付きの二人とレンさんは、事務局側に戻るみたい。
お兄様の時間に余裕があるようだったら、声をかけてみようかな。
後を追って、連絡口を事務局に入ったところで、思わぬ光景を目にした。
ええと、ジュリーさんがレンさんの前に立ち塞がっているんですが?
「クルス君。忙しいところ悪いが、ちょっと顔をかしてくれ」
ジュリーさんに応じて、レンさんは、一つ頷き、彼女の後ろに付いていくようだった。
ジュリーさんがレンさんを呼び出すって、一体何かしら?
まさかとは思うけど、告白……とか?
でも、二人には、ほとんど接点はないよね?
何故だか急にモヤっとしたので、眉根を寄せていると、その場にいたユーリーさんが声をかけて来た。
「何の話か気になるね。後をつけるけど、君もいく?」
覗き見はダメだとあれほど反省したのに、わたしは、つい頷いてしまった。
◆
事務局の中庭へ向かった二人。
わたしとユーリーさんは、建物の中からこっそり様子を伺っていた。
ジュリーさんは、腕を組んで、しばし沈黙していたけど、腕をといてレンさんに向き直り、話し始めた。
「急に呼び出してすまない。オレガノ君のことで、君に聞きたいことがあってな。
慰労会の後から、彼は随分塞ぎ込んでいてね。その日、同じ額に怪我をしていたという君なら、理由を知っているかと思ったんだ」
あ。その件なのね。
何となく、ホッとしたわたし。
でも、次の彼女の発言を聞いて、混乱することになる。
「騙し合いは苦手なのでな。単刀直入に言おう。
つまり、私は君を疑っている。
慰労会の晩、オレガノ君を酒で酔いつぶし、無体を働いたのではないか?とね」
え?………むたい?
瞬間的に、お代官様姿のレンさんが町娘姿のお兄様(ゴツい)の帯を掴んで、くるくる~あーれーっ!ってしてる映像が、頭に浮かんだ 。
いや、時代劇か!
って、今はそっちにツッコミを入れてる状況じゃないわ。
えぇぇっ⁈
レンさんが、お兄様を?
……いやいや。まって?
物語にそんな裏設定があるなんて、聞いてないですよ?
「聞けば、頭の怪我の原因を 神官長らに一切話さず、何の弁解もせずに懲罰を受けたそうじゃないか?
君に何か後ろ暗いことがあって『罰を受けたかった』と取られても、何も言えない状況だとは思わないか?」
レンさんは目を瞬かせたあと、直ぐに視線を左下に下げた。
そして、二秒ほど沈黙した後、直ぐ返答を返す。
「……なるほど。そのような捉え方もあるのですね。思慮が浅く、お恥ずかしい限りです」
「その言い種だと、まるで『的外れだ』と言っているように聞こえるな。
では、ここのところのオレガノ君の不調の原因は、君ではないと?」
「……いえ。
恐らく原因は、あの晩、私との間に起きたことで合っていると思います。
オレガノ様は、覚えていないと思っていましたが……或いは、ユーリーさんが話したのかもしれません」
「では、ユリシーズに確認すれば、その日起きたことが分かるわけか?」
「ある程度は。
ですが、それには及びません。
オレガノ様のプライベートに抵触する恐れがありましたので、私から口外することは避けていましたが、他ならぬ、貴女様に誤解を与えては、本末転倒ですので……」
「私が誤解をすると、何か不都合だと?」
「はい。丁度、ご本人もいらっしゃるようですから、差し支えなければ、今この場でお話しします」
そう言って、レンさんが視線を送った先、わたしたちが隠れているところとは逆の茂みの後ろから、蒼白な顔で、お兄様が出て来た。
って、ええ?
いつからそこにいたの?
全然気付きませんでしたよ?
お兄様。気配消すのうますぎ!
そして、それをちゃっかり見破るとか、さすがレンさん!気配に敏感!
……あ。
ということは、これ、わたしたちがここにいることも、多分気付いてますよね?
また盗み聞きしてたとか、イメージわるすぎる。
直ぐにここから離れるべきだと思うけど、ここまで聞いてしまっては、今更かしら。
「すみません!
立ち聞きするつもりは無かったんです。
団長に頼まれてジュリーさんを呼びに来たところ、丁度自分の話をしていて、出るに出られませんでした」
二人に向かって、直角に近い角度で頭を下げるお兄様。
その後、レンさんの方を向き、今度は更に深い角度で頭を下げた。
「レン君には、本当に申し訳ない。
酷いことをしたばかりか、自分が不甲斐ないばかりに、更にこのような迷惑を……」
お兄様は、神妙な面持ちで一つ息を吐き出したあと、思い切ったように話し出した。
「あの晩、無体なマネをしたのは、自分の方です」
「は?」
唖然とするジュリーさん。
いや。わたしもだけど。
お兄様は、話を続ける。
「ユーリーさんが部屋に入った時には、既に彼を押し倒している状況だったようで。
記憶が完全に飛んでいて、自分でも信じ難いのですが」
すると、お代官様がお兄様?
ちょっと待って?
わたしの願いも虚しく、話は続く。
「許してもらえないだろうとは思うが、本当に申し訳なかった。
こちらが しでかしたくせに、こんなことを言われたら 余計腹立たしいだろうが、そのっ……自分に男色の気はなく……」
「はい。そうだろうと思います。
今回の件は、寝ぼけたオレガノ様に、恋人と勘違いされただけですから」
話を遮って告げられたレンさんの言葉に、今度はお兄様まで、頭に疑問符を浮かべたみたい。
わたしもだけど。
「「 っは? 」」
疑問の声を上げた二人に、レンさんは続ける。
「あの時、女性の名前を呼びながら顔を近づけて来たので、無礼は承知で頭突きを。
例え自分と間違えたのだとしても、他の、しかも男と、となれば、恋人の方も不快でしょうから」
「だが、あの時君は、顔面蒼白で涙目で……そのあと吐いていたと……」
「当たり負けをして、脳震盪を起こしかけていたので、顔色に出たかもしれません。
吐いたのも、同様……。隠したつもりでしたが、気付かれていたんですね」
「は、ははっ。それじゃぁ、本当に何も無かったと?」
「互いに怪我を負ったこと以外は、概ね」
頷くレンさんを前に、お兄様は気が抜けたのか、その場にしゃがみ込んだ。
「良かった。君に謝らなくてはということ以上に、退役か左遷だろうと、ここのところずっと悩んでいて……」
「何だ。そんなことか」
ジュリーさんは、苦笑いとため息を一つ。
直ぐにレンさんに向き直り、頭を下げた。
「とんだ勘違いだったようだ。
先ほどの発言は撤回し、謝罪する。申し訳なかった」
「いえ。対応の曖昧さに関しては、こちらに非がありましたので」
レンさんは首を横に振った。
「寛大な配慮に感謝する。……しかし、オレガノ君。恋人をつくっていたとの報告を私は受けていないぞ?」
「……?
お付き合いされていないのですか?」
「いえ!自分は恋人などいません」
お兄様とレンさんの声が重なった。
直後、目をぱちくりさせるジュリーさんの前で、口を開けたまま湯気が出そうなほど顔を紅潮させるお兄様。
その横で、レンさんは、自分の口を押さえて視線を二人から外した。
わぁ。
お兄様が、その時誰の名前を呼んだのか、今のでバレバレですね。
これは、恥ずかしい!
「すみません。失言を」
口元を右手で覆ったまま、神妙な口調で謝罪するレンさん。
心から申し訳ないと思っていそうだけど、それ、完全にとどめ刺してます。
ジュリーさんは、しばらく思考停止していたみたいだけど、小さく咳払いをして、踵を返した。
「あー。では、私は先に戻るから、オレガノ君はクルス君によく謝罪してから来たまえ」
「……了解です」
赤面したまま、お兄様はしょんぼりと項垂れた。
その場で反応が無かったから、望み薄とか思っているのかな?
まぁ、ふつうに考えてそうよね。
ご愁傷様。
合掌していると、横でユーリーさんがニヤニヤしながら囁く。
「案外、脈があるんじゃないかな?」
「っぇ?」
小さく返すと、彼は、今まさに立ち去ろうとしているジュリーさんの横顔を、親指で指し示した。
あれ?
ちょっと頬が赤い?
そう思っていたら、時間差でぶわっと耳まで赤くなるのが見えた。
ええ?
まさか本当に?
もちろん、お兄様はそれどころじゃないようで、今や、地面に手をつき、四つん這いで項垂れていたりする。
ああ。これ、全然気づいてないわ。
取り残されたレンさんは、鎮痛な面持ちで、お兄様に声をかけた。
「こちらの思い違いで、その……」
「いや。良いんだ。全部自分が悪いんだから……」
あらら。お兄様、男泣きですか?
レンさんは、すまなそうに眉を寄せたあと、小さく息を吐き出して、お兄様の背中をさすりつつ告げた。
「僭越ながら、禁酒されることを、お勧めします」
「気が合うな。自分も今、丁度そう思っていたんだ」
うん。まぁ……この二人は、このまま放っておいても大丈夫そうかな?
お兄様が落ち着けば、程よいタイミングで戻ってくるよね?
「さて。それじゃ、おれらはそろそろ動こうか」
ユーリーさんも同様に考えていたらしく、わたしたちはコソコソと、聖堂の中へと戻った。
はわわ。
何ということでしょう!
聖堂前広場では、千人を越す王国騎士たちが隊列を組んで、受勲者たちの入場を、今か今かと待ち侘びている状態。
聖堂の中へと進む行列は、三百人ほど収容すると、ようやく途切れた。
「あ、ローズさんだ! もうすぐ入場ですって。ここで一緒に観ますか?」
戸口でラルフさんが声をかけてくれたので、そちらへ移動する。
隣でジャンカルロさんが、わたしたち二人分のスペースを空けてくれた。
「凄いことになってますね」
「そうなんですよ! ついさっきまで、観光客しかいなかったのに、公園周辺の脇道から突然パラパラ湧いて来て、気付いたら占拠されてました」
え。
そんな、フラッシュモブみたいな?
いや。
いきなり占拠されるって、危機管理!
と、その時、宿直室の扉が開いて、エンリケ様に先導された聖女様が出て来た。
公園内では、騎士たちの大歓声が上がり、聖女様は美しく微笑みながら手を振って、聖堂の中へと入っていく。
ええと?
聖女様の頬が、僅かに赤い気がするけど、宿直室の中で何かあったのかな?
暑いからかもしれないけど、笑顔が心なしか 普段より輝いているように見えた。
機嫌が良い分には、こちらにとっては有難いから、良いことだけど。
やがて、第七旅団の白髪の男性を先頭に受勲者たちが出てくると、公園に陣取っている騎士たちは、一斉に剣を抜いて盾を叩き始めた。
結構な轟音だけど、全員が一定のリズムで叩いているから、不思議と さほどうるさく感じない。
団式のお祝いなんだろうな。
白髪の騎士さんが拳を上げると、一斉に笑いが起きた。
この方が、指揮を取ったという中隊長さんなのかしら?
随分若くていらっしゃる。
きっと、とても有能なんだわ。
そのあと六人、第七の団員が続き、ユーリーさん、お兄様の顔が見えた。
二人とも、正装の制服でバッチリ決まっている。
と、わたしの横で、タチアナさんが小さく声を上げた。
きゃーっ!って……可愛いすぎか!
乙女なら、これくらい可愛い反応をすべきよね。なんて、一人で納得していたわたしだけど、最後に続いたレンさんを見て、思わず似たような反応をしそうになった。
いや。ちょっと!
誰ですか?
彼の髪を遊ばせたのは⁈⁈
聖女様付きの制服を着たレンさんの破壊力の凄まじさは知っていたけど、今日は襟足の毛を流して、後ろに少しはねさせている
か。かっこ良いのに可愛いとか。
「あれ? 先輩髪の毛、さっきまで……」
不思議そうに首を傾げるラルフさん。
ってことは、あれをやったのは、ラルフさんじゃないわ。
でも、他にレンさんの髪の毛にさわれそうな人って……エンリケ様くらい……?
「なかなか良いだろう?」
と、丁度わたしたちの前を横切った白髪の騎士さんが、ぼそっと言って口角を上げた。
ということは、この人が?
仲が良いのかしら?
「っちっっ」
そして、何故か聞こえた、ジャンカルロさんの舌打ち。
え? 仲悪いんですか?
聖堂に入る前、レンさんは公園の騎士団に向かって丁寧に頭を下げ、騎士たちは口々にお祝いの言葉を贈っている。
第七の皆さんは、本当にレンさんのことが好きみたい。
ほっこりしながら見守っていると、不意にレンさんと視線があった。
「おめでとうございますっ!」
「ありがとうございます」
声をかけると、彼は目元を和らげて、返事をくれた。
わーい!
一瞬だけど、笑顔風の表情、頂きました。
こっちに来ていて、ラッキーだったわ。
「今、クルスさん笑ってた?」
驚いたように、目をぱちくりさせているタチアナさん。
やっぱり、そう見えましたよね?
最近、運が良いと稀に見られる、あの表情。
普段は相変わらずの無表情だから、お得感がすごいのよね。
ラルフさんとジャンカルロさんも、嬉しそうに眉を下げている。
受勲者の入場が終わると、次はエミリオ様が入場される。
わたしとタチアナさんは、ラルフさんたちにお礼を言うと、急いで決められた席へと戻った。
式は、大きなトラブルもなく、粛々と進められた。
エミリオ様が勲章を騎士の首にかけるたびに、リリアさんが絶叫していたから、聖堂の中で観覧していた騎士さんたちは、ドン引きしていたみたいだったけど。
まぁ、堂々とした仕草で、黙々と公務をこなすエミリオ様は、確かにカッコよかったから、リリアさんが叫んでしまうのも無理はないかなぁ?
そんなことを考えながら、最後全員で観客側に向き直り 頭を下げた騎士の皆さんに、惜しみのない拍手を贈る。
そこで、お兄様の表情を見て、わたしは眉を寄せた。
お兄様は、所在なさげに視線を彷徨わせながら、ため息を落としている
確かに、ジュリーさんの言っていた通りだわ。
一体、何があったのかしら?
心配しているところに、式典終了のアナウンス。
エミリオ様は、聖堂横の控え室に戻られた。
ええと。お兄様たちは?
様子を見ていると、どうやらエミリオ様付きの二人とレンさんは、事務局側に戻るみたい。
お兄様の時間に余裕があるようだったら、声をかけてみようかな。
後を追って、連絡口を事務局に入ったところで、思わぬ光景を目にした。
ええと、ジュリーさんがレンさんの前に立ち塞がっているんですが?
「クルス君。忙しいところ悪いが、ちょっと顔をかしてくれ」
ジュリーさんに応じて、レンさんは、一つ頷き、彼女の後ろに付いていくようだった。
ジュリーさんがレンさんを呼び出すって、一体何かしら?
まさかとは思うけど、告白……とか?
でも、二人には、ほとんど接点はないよね?
何故だか急にモヤっとしたので、眉根を寄せていると、その場にいたユーリーさんが声をかけて来た。
「何の話か気になるね。後をつけるけど、君もいく?」
覗き見はダメだとあれほど反省したのに、わたしは、つい頷いてしまった。
◆
事務局の中庭へ向かった二人。
わたしとユーリーさんは、建物の中からこっそり様子を伺っていた。
ジュリーさんは、腕を組んで、しばし沈黙していたけど、腕をといてレンさんに向き直り、話し始めた。
「急に呼び出してすまない。オレガノ君のことで、君に聞きたいことがあってな。
慰労会の後から、彼は随分塞ぎ込んでいてね。その日、同じ額に怪我をしていたという君なら、理由を知っているかと思ったんだ」
あ。その件なのね。
何となく、ホッとしたわたし。
でも、次の彼女の発言を聞いて、混乱することになる。
「騙し合いは苦手なのでな。単刀直入に言おう。
つまり、私は君を疑っている。
慰労会の晩、オレガノ君を酒で酔いつぶし、無体を働いたのではないか?とね」
え?………むたい?
瞬間的に、お代官様姿のレンさんが町娘姿のお兄様(ゴツい)の帯を掴んで、くるくる~あーれーっ!ってしてる映像が、頭に浮かんだ 。
いや、時代劇か!
って、今はそっちにツッコミを入れてる状況じゃないわ。
えぇぇっ⁈
レンさんが、お兄様を?
……いやいや。まって?
物語にそんな裏設定があるなんて、聞いてないですよ?
「聞けば、頭の怪我の原因を 神官長らに一切話さず、何の弁解もせずに懲罰を受けたそうじゃないか?
君に何か後ろ暗いことがあって『罰を受けたかった』と取られても、何も言えない状況だとは思わないか?」
レンさんは目を瞬かせたあと、直ぐに視線を左下に下げた。
そして、二秒ほど沈黙した後、直ぐ返答を返す。
「……なるほど。そのような捉え方もあるのですね。思慮が浅く、お恥ずかしい限りです」
「その言い種だと、まるで『的外れだ』と言っているように聞こえるな。
では、ここのところのオレガノ君の不調の原因は、君ではないと?」
「……いえ。
恐らく原因は、あの晩、私との間に起きたことで合っていると思います。
オレガノ様は、覚えていないと思っていましたが……或いは、ユーリーさんが話したのかもしれません」
「では、ユリシーズに確認すれば、その日起きたことが分かるわけか?」
「ある程度は。
ですが、それには及びません。
オレガノ様のプライベートに抵触する恐れがありましたので、私から口外することは避けていましたが、他ならぬ、貴女様に誤解を与えては、本末転倒ですので……」
「私が誤解をすると、何か不都合だと?」
「はい。丁度、ご本人もいらっしゃるようですから、差し支えなければ、今この場でお話しします」
そう言って、レンさんが視線を送った先、わたしたちが隠れているところとは逆の茂みの後ろから、蒼白な顔で、お兄様が出て来た。
って、ええ?
いつからそこにいたの?
全然気付きませんでしたよ?
お兄様。気配消すのうますぎ!
そして、それをちゃっかり見破るとか、さすがレンさん!気配に敏感!
……あ。
ということは、これ、わたしたちがここにいることも、多分気付いてますよね?
また盗み聞きしてたとか、イメージわるすぎる。
直ぐにここから離れるべきだと思うけど、ここまで聞いてしまっては、今更かしら。
「すみません!
立ち聞きするつもりは無かったんです。
団長に頼まれてジュリーさんを呼びに来たところ、丁度自分の話をしていて、出るに出られませんでした」
二人に向かって、直角に近い角度で頭を下げるお兄様。
その後、レンさんの方を向き、今度は更に深い角度で頭を下げた。
「レン君には、本当に申し訳ない。
酷いことをしたばかりか、自分が不甲斐ないばかりに、更にこのような迷惑を……」
お兄様は、神妙な面持ちで一つ息を吐き出したあと、思い切ったように話し出した。
「あの晩、無体なマネをしたのは、自分の方です」
「は?」
唖然とするジュリーさん。
いや。わたしもだけど。
お兄様は、話を続ける。
「ユーリーさんが部屋に入った時には、既に彼を押し倒している状況だったようで。
記憶が完全に飛んでいて、自分でも信じ難いのですが」
すると、お代官様がお兄様?
ちょっと待って?
わたしの願いも虚しく、話は続く。
「許してもらえないだろうとは思うが、本当に申し訳なかった。
こちらが しでかしたくせに、こんなことを言われたら 余計腹立たしいだろうが、そのっ……自分に男色の気はなく……」
「はい。そうだろうと思います。
今回の件は、寝ぼけたオレガノ様に、恋人と勘違いされただけですから」
話を遮って告げられたレンさんの言葉に、今度はお兄様まで、頭に疑問符を浮かべたみたい。
わたしもだけど。
「「 っは? 」」
疑問の声を上げた二人に、レンさんは続ける。
「あの時、女性の名前を呼びながら顔を近づけて来たので、無礼は承知で頭突きを。
例え自分と間違えたのだとしても、他の、しかも男と、となれば、恋人の方も不快でしょうから」
「だが、あの時君は、顔面蒼白で涙目で……そのあと吐いていたと……」
「当たり負けをして、脳震盪を起こしかけていたので、顔色に出たかもしれません。
吐いたのも、同様……。隠したつもりでしたが、気付かれていたんですね」
「は、ははっ。それじゃぁ、本当に何も無かったと?」
「互いに怪我を負ったこと以外は、概ね」
頷くレンさんを前に、お兄様は気が抜けたのか、その場にしゃがみ込んだ。
「良かった。君に謝らなくてはということ以上に、退役か左遷だろうと、ここのところずっと悩んでいて……」
「何だ。そんなことか」
ジュリーさんは、苦笑いとため息を一つ。
直ぐにレンさんに向き直り、頭を下げた。
「とんだ勘違いだったようだ。
先ほどの発言は撤回し、謝罪する。申し訳なかった」
「いえ。対応の曖昧さに関しては、こちらに非がありましたので」
レンさんは首を横に振った。
「寛大な配慮に感謝する。……しかし、オレガノ君。恋人をつくっていたとの報告を私は受けていないぞ?」
「……?
お付き合いされていないのですか?」
「いえ!自分は恋人などいません」
お兄様とレンさんの声が重なった。
直後、目をぱちくりさせるジュリーさんの前で、口を開けたまま湯気が出そうなほど顔を紅潮させるお兄様。
その横で、レンさんは、自分の口を押さえて視線を二人から外した。
わぁ。
お兄様が、その時誰の名前を呼んだのか、今のでバレバレですね。
これは、恥ずかしい!
「すみません。失言を」
口元を右手で覆ったまま、神妙な口調で謝罪するレンさん。
心から申し訳ないと思っていそうだけど、それ、完全にとどめ刺してます。
ジュリーさんは、しばらく思考停止していたみたいだけど、小さく咳払いをして、踵を返した。
「あー。では、私は先に戻るから、オレガノ君はクルス君によく謝罪してから来たまえ」
「……了解です」
赤面したまま、お兄様はしょんぼりと項垂れた。
その場で反応が無かったから、望み薄とか思っているのかな?
まぁ、ふつうに考えてそうよね。
ご愁傷様。
合掌していると、横でユーリーさんがニヤニヤしながら囁く。
「案外、脈があるんじゃないかな?」
「っぇ?」
小さく返すと、彼は、今まさに立ち去ろうとしているジュリーさんの横顔を、親指で指し示した。
あれ?
ちょっと頬が赤い?
そう思っていたら、時間差でぶわっと耳まで赤くなるのが見えた。
ええ?
まさか本当に?
もちろん、お兄様はそれどころじゃないようで、今や、地面に手をつき、四つん這いで項垂れていたりする。
ああ。これ、全然気づいてないわ。
取り残されたレンさんは、鎮痛な面持ちで、お兄様に声をかけた。
「こちらの思い違いで、その……」
「いや。良いんだ。全部自分が悪いんだから……」
あらら。お兄様、男泣きですか?
レンさんは、すまなそうに眉を寄せたあと、小さく息を吐き出して、お兄様の背中をさすりつつ告げた。
「僭越ながら、禁酒されることを、お勧めします」
「気が合うな。自分も今、丁度そう思っていたんだ」
うん。まぁ……この二人は、このまま放っておいても大丈夫そうかな?
お兄様が落ち着けば、程よいタイミングで戻ってくるよね?
「さて。それじゃ、おれらはそろそろ動こうか」
ユーリーさんも同様に考えていたらしく、わたしたちはコソコソと、聖堂の中へと戻った。
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ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
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しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
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