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第五章
勲章授与式 直前の光景
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『式典には、勤務中の聖堂職員は関与しない』といった旨のアナウンスがあってから、明けて勲章授与式当日の今日。
裏門事務局前のロータリーにて、わたしたち聖女候補は、神官長補佐のミゲルさんを筆頭に、王宮の馬車が来るのを待っていた。
因みに、年長の二人は聖女様の元に手伝いに行っているので、こちらにいる聖女候補は、タチアナさん以下三人。
わたしの横には、それはもう、瞳をうるうるに輝かせ、鼻息荒く、エミリオ様の到着を待つリリアさんがいる。
それにしても、凄い気合いの入りよう!
鮮やかなカーマインのワンピースドレスは、全体的にシックな色合いの聖堂の中で見ると、とにかく目立つ。
『エミリオ様カラーの赤で、お揃い感を出したい!』という下心が見え見えすぎて、正直ちょっと引くわ。
まぁ、赤い髪のわたしに そんな事をいう権利はないのだろうけど、こればかりは不可抗力というか……。
そもそも、わたしたちは式典の観覧を認められただけの一般都民の扱いな訳で、それが、メインの騎士よりも目立つというのは、常識的に考えてダメだと思うの。
いくら、観客の入りが見込めないにしてもね!
企画の無告知は、式の立案当初から 第七旅団主催の企画になるだろうことを、補佐たちが予測していたこともあり、苦肉の策として、あらかじめ話がついていたらしい。
折角 『聖騎士が王国騎士旅団長から勲章を賜る』という、双方の歩み寄りを形にしたような 意味のあるイベントなのだから、せめて聖堂の掲示版で知らせるくらいはしてもらいたいところよね?
しかも、勲章を手渡すのは、王国騎士団と聖騎士の関係性改善に一役買った、エミリオ王子殿下だもの。
でも、あの神官長のことだから、絶対ギリギリで難癖をつけて来る。
式典が急遽取りやめになって、関係各所に迷惑をかけることに比べたら、観客の不在など瑣末なこと!と、補佐たちは判断したみたい。
ま、受勲するレンさん本人が、目立つことを好みそうもないから、わたしが気を揉んでいても仕方ないんだけど、少し歯痒いよね。
「あっ!来たっ! エミリオさまぁっ!」
リリアさんが、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、大きく両手を振り始めたので、わたしは考えるのをやめて、視線をロータリーに向けた。
エミリオ様を乗せた馬車は、ゆっくりとしたペースでロータリーを回り、わたしたちの前で停車する。
停車と同時に前方の馬からおりたジュリーさんは、こちらに向かって一礼すると、馬車の扉を開いた。
「何だ、お前たち! 聖堂職員は、関与しないんじゃ無かったのか?」
満面の笑みを浮かべて馬車から降りると、エミリオ様は開口一番こう言った。
その驚きと嬉しさが絶妙に入り混じった表情に、きゅんとする。
もしかして、わたしたちに会えたことを喜んでくれているのかしら?
そうならば、わたしも嬉しいな。
不意に目が合ったので笑顔で会釈すると、エミリオ様は わずか頬を赤らめて、口元に笑みを浮かべたまま、右上方向に視線を逸らす。
えぇ。何それ。
可愛いんですが⁈
「本日は、休暇の者たちだけが慈善活動として参加しております」
私服姿のミゲルさんが、にこやかにそう告げると、エミリオ様の後方で控えていた団長さんと執事のハロルドさんが、ニヤニヤと笑った。
補佐たちが結託して、神官長に一泡吹かせたことに気づいたのね。
「はぅん。エミリオ様、今日もとってもステキです」
その場の空気を完全にスルーして、一歩前に進み出たリリアさんは、さも当然のようにエミリオ様の手を取った。
って、えええ?
いや、ちょっと! 積極的すぎる!
でも……作中のヒロインの性格だったら、あれくらいのことは するのかしら?
…………。
いいえ!
むりよ!無理無理。
あんな、自分の胸をエミリオ様の腕に押し付けるなんて、そんな破廉恥なこと、絶対無理!
でも…………。
『モテ仕草!積極的なボディータッチで、男心を鷲掴み❤︎』みたいな記事を、前世の雑誌で読んだことがある。
上層教育では、はしたないとされる行為だけど、ああ言った仕草は、男性にとって嬉しいものなのかな?
ちらりとエミリオ様のお顔を拝見すると、そこに浮かんでいたのは、予想に反して苦笑い。
「こら。リリア。腕を組むのはダメだと、何度も言っているだろう?」
優しく諭すような、でも、どこか困惑した色を含んだ声音で、エミリオ様は告げる。
それを聞いて、胸のつかえがすっと下りた気がした。
何だろう。
王子として、しっかり学習なさっているのが感じられて、安心したのかな?
「リリアーナさん。失礼ですよ。手を離しなさい。では、ご案内を」
ミゲルさんの苦言に、リリアさんはしぶしぶ手を離した。
でも、そのまましっかり、エミリオ様の隣をキープ。
ミゲルさんは、あきれ顔だけど、それ以上何も言わず、先導を始めた。
それにしても……。
リリアさんが言った通り、エミリオ様の今日のお召し物、とても素敵だわ。
騎士団主催の企画に合わせて、襟のあるショート丈で薄手の白いコートを着ているのだけど、部分的に差し色として赤が配色されていて、それが良くお似合いになる。
また少し背が伸びたのかな?
今年中に、追いつかれてしまいそう。
彼の背中を追いかけながら、その姿を愛でていると、わたしの横にジュリーさんがやって来て、一緒に歩き始めた。
あら?
何か御用かな?
「やぁ、ローズマリー様。本日も可愛らしいですね。パウダーピンクも良くお似合いで」
「ジュリーさんから褒めて頂けるなんて、とても光栄です」
きゃー!
超絶美人さんから、可愛いとか言っていただいちゃいました!
これ、何て役得?
内心、はしゃぎまくっているけど、落ち着いて聞こえるよう、ゆっくりとした口調で返事を返し、笑みを浮かべる。
「突然のお声がけ、失礼した。実は、貴女に少々聞きたいことがありましてね」
「何なりと どうぞ」
「助かります。その、オレガノ君のことでね?」
「お兄様ですか?」
「ああ。晴れがましい功績をあげた割には、ここのところ塞ぎ込んでいるから、妹の君なら原因を知っているかと思って」
「塞ぎ込む?」
お兄様は、基本、生真面目な人だけど、若干脳筋入っているから、あまり深く思い悩むような性格ではない。
そのお兄様が、塞ぎ込む?
んーーー。
スティーブン様の一件は、わたしも含め、かなり反省したけれど、帰りの馬車で、レンさんが詳しい説明をしてくれたから、別れるころには普段通りだったよね?
「最近、あからさまに挙動がおかしいんだ。
休憩時間に、ため息をつきながら、ぼーっと外を眺めていると思ったら、急に顔を赤くしたり青くしたり。私を見て、突然涙ぐんだり。
最初は、悪いものでも食べたのかと思ったが、ここまで続くと少々心配でね」
それは確かにちょっとおかしいかも。
でも、思い当たる節がないなぁ。
「ちなみに、それはいつ頃からでしょうか?」
「ふむ。確か、祝勝会の後くらいだったか?」
「なるほど。祝勝会の前の週に会った時には、特に変わりなく、その後は会っていませんので、わたしには、原因は分からないです。
お役に立てず、すみません」
頭を下げると、ジュリーさんは笑みを返してくれた。
「いや。ありがとう。すると、やはり祝勝会で、何かあったんだろうな」
「何か変わった様子でしたか?」
「いや? まぁ、強いてあげるなら、受勲に難色を示していたことと、額にコブを作っていたくらいか?」
祝勝会で額にコブ。
…………あれ?
不意に、レンさんの腫れた額を思い出して、わたしは首を傾げる。
「お兄様も、ですか?」
「……も?」
「ええ。あの日は、レンさんも」
「クルス君も?」
わたしたちは、思わず顔を見合わせ眉を寄せた。
怪我の原因について、何も語らなかったレンさん。
そう言えば、あの時、普段の彼らしからぬことを聞かれたっけ。
骨の強度を上げるには?とか。
何故、わたしにそんなことを聞いたのか。
あの時は疑問に思ったけど、ぶつかった相手がお兄様だったなら、食生活が似通っていそうなわたしにそれを聞くのは、おかしくない。
闇カジノでの捕物だったらしいから、通路で出会い頭に、ごっつんこでもしたのかな?
それで、レンさんの方が、少し当たり負けをした?
想像すると、ちょっと可愛い。
でも、それってお兄様が塞ぎ込む要素ゼロよね?
レンさんは、その後も平常運転だし。
すると、こぶは無関係?
ちらりとジュリーさんの顔を見ると、彼女は神妙な面持ちで、何か考えているみたい。
そんな折、丁度聖堂横の待機室に着いたので、そこで別れた。
式が開始するまで、ミゲルさんとエミリオ様たちは、ここで一旦待機。
わたしたちは、聖堂内の席で待つことになっている。
因みに、現在、席に座って待っているのは、十人以下。
観客がこれだけでは、やっぱり寂しいかな?
そんなことを考えながら、イスにかけていると、正門側、外がやけに騒がしくなって来た。
って言うか、何?この音。
大勢の人間が隊列を組んで歩くような、『ざっざっ』といった足音が、外から聞こえてくる。
あ!
入って来た!
一列になって中に入って来たのは、王国騎士。
第七旅団の騎士さんたちかな?
そのまま、次から次へと入って来て、聖堂の中を埋めていく。
いつまで経っても列がとぎれないので、流石に聖堂関係者は首を傾げた。
そこで、様子を見てくることを提案し、タチアナさんと一緒に正門の様子を見に行くことに。
通行の邪魔にならないよう、壁伝いに聖堂入り口へ向かい、開け放たれた扉の外へ視線をむける。
そこで、眼前に広がる光景に絶句した。
流石、第七旅団!
やることが派手で有名だけど、これ、大隊二つくらい来てるよね?
聖堂前広場は、キチンと整列した千人規模の第七旅団の大隊で埋め尽くされていた。
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