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第五章
うまくいかない!
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慰労会の晩のことを 連日あれこれ悩んでいたら、あっという間にその日が来ていた。
今日は、勲章授与式。
とりあえず、今日絶対自分がしなければならないのは、レン君に謝ること。
頭では理解出来ているが、足は重い。
第七旅団が出してくれた馬車から降りると、晴れ渡った空の下、眼前には荘厳な聖堂が聳え立っている。
ため息を落とすと、続いて馬車から降りたユーリーさんに腰付近を軽く叩かれた。
文字通り、背中を押してくれているんだろう。
授与式まで半刻ほど余裕があることもあるが、急遽決まった式典だからか、或いは意図的なのか……。一般に向けて一切の告知がなされなかったため、聖堂前の人影はまばら。
これは、今回に限って、有り難かった。
だって、勲章を与えられる人間の中で、唯一自分だけは、あの事件で何もしていないのだから。
無論、旅団長には辞退を申し出た。
功績のない自分が勲章を頂くなど、とんでもない話だ。
だが、却下されてしまった。
何でも、レン君に受勲を辞退させないために、それは必要条件なのだそうだ。
こちらに対し、終始不快そうな対応をしていた中隊長ですら、辞退させないように圧をかけて来たくらいだから、まぁ、何かしら策略あってのことなのだろう。
その辺よくわからないが、そう言われてしまえば、負目のあるこちらからは何も言えない。
ユーリーさんと並んで聖堂正面にある公園を進むと、にわかに公園内にいた人たちがざわめいた。
まぁ、珍しいよな。
今日は正式な式典ゆえに、正式な制服を着ている。
聖堂に、正装の王国騎士が二人連れ立ってやってくれば、そこそこ目立つ。
その時、聖堂正門の階段下にいた二人の男性が、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
立派に鍛え上げられた体躯の高身長と、およそ貴族だろう洗練された物腰の美形。
私服を着ていたせいか、それとも自分がずっと視線を下げていたからか。
景色の一部となっていて 気づくのが遅れたが、ラルフ君とジャンカルロ君だ。
「おわぁっ! 二人とも、きまってますね! お待ちしてたっす!」
「この度は、おめでとうございます」
「やぁ、ラルフ君と……君は模擬戦に出ていたジャンカルロ君だったね。歓迎、感謝するよ!」
爽やかに微笑みながら対応するユーリーさん。
二人の親しげな笑みが、自分にも向けられているところを見ると、レン君は自分との件を、本当に誰にも話さなかったのか。
被害者に、そんな気遣いをさせてしまったと思うと、息苦しくて堪らない。
とりあえず、笑顔で挨拶は返したが、うまく笑えているかは微妙なところだ。
「それで? 君たちが私服なことと、昨日聖堂が、今回の式典に関与しない旨を明かしたことは、やっぱり関係があるのかな?」
「ええ。あれこれ全部、神官長が昨日になって、突然ひっくり返したことですが、そこは第七の旅団長さんとミゲル補佐!
それくらいの嫌がらせはあると想定していたそうで、既に対応策を練ってあったらしぃっす」
「今日出勤の聖堂職員は、いつも通りの仕事をすることになっています。つまり『休みの者は、別に式典を観に来ても良い』といった体ですね。
因みに僕たちは、休日聖堂ボランティア活動で、皆さんの案内を買って出ました」
ええ……なんて良い子たち……。
って……ん?皆さん?
自分たち二人を指すには、やや大きな単位のまとめられ方だと思っていたら、後方から第七の王国騎士たちがやって来た。その数、七名。
今日、一緒に勲章を受けるメンバーだ。
そして、そう。
そこには当然いる。
「お休みのところ、ご尽力痛みいる。
今日は宜しくお願いします」
先日こちらに向けていた表情とは打って変わって、気さくな笑みを浮かべたディルアーク中隊長。
彼の性格は、本来こっちなのだろうな。
彼の後ろに続いた六人も、その場で二人に会釈した。
その時、そのうちの一人が声をあげる。
「あぁっ! 中隊長! この人です!」
指さされて、一瞬ドキッとしたが、その視線の先は……ラルフ君?
「模擬戦の時に、黒騎士様に頭なでなでされてた……」
そう言った騎士は、拳を握りしめ、羨ましげに呟く。
中隊長は、それに頷いた。
「ああ。すると、君がラルフ君か?」
「えっ? ……えぇ。一応、そうっすけど」
躊躇いがちに、それでも一応頷くラルフ君。
次にどういった反応が来るか推しはかるような様子で、ちらりとユーリーさんに視線を流している。
ユーリーさんは、無言で顎を掻きながら、騎士たちの出方を伺っているようだ。
「可愛い後輩だと、レンから聞いてる」
「はっ? かわっ⁈ 先輩にまで可愛いとか言われた……」
頭を抱えるラルフ君に対し、中隊長は笑みを浮かべて言い直した。
「あー。可愛げのあるだったか? いつも腹を空かせていて、帰りを待ってるって」
「ちょ……おっしゃる通りで、一言も反論出来ないっすけど、そんな雛鳥みたいな扱い?……ってか、先輩、何話してくれてんですかぁっ!はずっ!」
「仰る通りって、お前、いつも奢ってもらってるのか? いい加減にしろ!」
「月末だけっすよ!」
眉を寄せて苦言を言うジャンカルロ君に、食ってかかっているラルフ君だが、その現場を目撃している自分としては、実際、雛鳥の扱いで合っているとしか……。
「いや。アイツは滅多に聖堂について話さないが、どうせ聖堂でもボッチだろうと思って、先日、公務の後に飯に誘ったら『後輩が待ってるだろうから』なんて意外な答えが返って来てだな」
「レン先輩……。遠征先でも、オレのこと気にかけてくれてたっすか」
感動したように眉を寄せるラルフ君の横で、複雑そうな顔をしていたジャンカルロ君だが、意を決したように口を開いた。
「名前で呼び捨てとか、王国騎士の方は随分と馴れ馴れしいんですね?
クルスさんがラルフのことを持ち出したのは、貴方からの食事の誘いを、穏便に断るための口実だったのでは?
今回の件、勲章を頂けるのはクルスさんにとって誉れでしょうけど、危険な事件に巻き込んで、あんな怪我をさせて……。
仲が良いと思いこむのは貴方の勝手ですが、あの人は誰に対しても親切なんです!
そうでなくても忙しい方なので、今後はこういうこと、控えて頂けませんか?」
おっと。
ど正論だが、随分攻撃的な言い方だ。
ってか、怪我は事件のせいじゃないけどな。
……ぐぅ。
自分で考えておいて、自ら精神的ダメージを負った。
「なるほど。……名前で呼び捨てているのは、戦場では、極力短い言葉の方が便利だからだ。お互い、そういった場面に、よく直面するもんでな。
仲が良いって言うよか、戦友だから、アンタが気を揉むような関係じゃない。だから、心配は無用だぞ?」
「だっ! 誰がっ……僕は別に、心配なんてっ!」
口元を笑いで歪め、半眼になりながら、煽るように中隊長に言われて、ジャンカルロ君は、顔を真っ赤にして怒りに震えている。
前回会った時も、ラルフ君に揶揄われて怒っていたようだったが、あの模擬戦以降、ジャンカルロ君のレン君に対する敬愛の念は、少々度を越している気がする。
最早、恋に近いんじゃないだろうか。
本人に、その自覚はないだろうが。
……ああ。なるほど。
つまり、第六第七の旅団員の多くは、ジャンカルロ君みたいな感じで、レン君を見ているのか。
尊敬、憧憬。
そういった類の感情は、確かに恋と似ている。
では、自分は?
手に残る、レン君の腕の感触を思い出していると、中隊長は場の雰囲気を変えるように顔の前で手を振った。
「悪い。アンタらに喧嘩を売る気はなかったんだ。聖堂で、孤立してるんじゃないかと心配してたんだが、エンリケのオヤジさんだけじゃなく、こんな立派な番犬が二人もついてるなら、安心だな」
「言うに事欠いて、番犬て……」
「そうですよ! 俺たちを犬扱いして良いのは、ローズさんだけっすよ!」
唖然とするジャンカルロ君と、口を尖らせて不貞腐れるラルフ君。
……………。
ちょっと待ってくれ。
今、ラルフ君、とんでもない事を口走らなかったか?
二人がローズのイヌっ⁈⁈
一体、何がどうしてそうなった⁈
硬直して言葉を発せずにいると、ユーリーさんが一つ手を叩いた。
「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ中に入らないと、集合の時間だ」
「ああ。そうだな」
何事も無かったかのように中隊長が歩き出したので、思わず歯噛みする。
レン君の友人の割に、この人、性格、かなり捻くれているんじゃないかな……?
聖騎士の二人に先導されて、正門横にある詰め所のような一室に入った。
聖堂の中は開け放たれていて、中央に立つ女神像の前で、聖女様が祈りを捧げている姿が見える。
思わぬことから彼女の本性を垣間見てしまったため、可憐な印象は消え失せてしまったが、まぁ、美しいことに変わりはない。
あまり、近づきたくは ないけれど。
そんな事をぼんやりと考えていたら、詰所の扉がノックされ、静かに開いた。
中に入って来たのはレン君。
今日は聖騎士の正装、しかも、聖女付きの制服を着ている。
聖女付きの方が普段のものより紺色が濃いから、限りなく全身真っ黒に見えるな。
正に黒騎士だ。
中にいた第七の騎士らは、彼の姿を見ると、何か喰らったかのように胸を押さえた。
それを見て、唯一無反応だった中隊長は、苦笑しながら立ち上がる。
「本日は、よろしくお願いします。
あと五分ほどで、聖女様がご挨拶に見えますので、お知らせを」
丁寧に頭を下げたあと、すっと顔を上げた彼を見て、何となく気が急いた。
これまで、そういった方向に意識して見ていたことがなかったから気づかなかったが、よく見ると、本当に整った顔をしている。
その印象は、清廉で楚々としているのに、切れ長の目元なんかは何処か艶やか。
って、違う!
そうじゃない!
意識してどうする!
既に一度、本気で拒絶されているのだから、完全に脈はない。
寧ろ、そんな風に見られることすら不快だろう。
そもそも俺はノーマルだ‼︎
とりあえず、頭をふって深呼吸。
よし!
意を決して、彼に向かって足をふみ出すも、次の瞬間、行く手を遮られた。
「ようっレン!遂に制服出来てきたんだな。似合うじゃん」
「こんにちは。ツィグさん。ありがとうございます」
普段通り、丁寧に返事を返したレン君。
そのままの流れで、二人の会話がスタートしてしまったから、自然を装って声をかけるのが難しくなった。
「やられた」
俺の横で歯噛みするユーリーさん。
意味が分からず、視線で説明を求めると、小声で返事が返ってきた。
「謝罪するには絶好のタイミングだと思ったが、中隊長……今、わざと邪魔したな。空き時間を潰す気だ」
ユーリーさんの言葉を裏付けるように、二人の会話は続く。
「それだけで十分いけてるが、折角の式典だし、髪とか少し遊んでみたらどうだ? どら、やらしてみろ」
「いえ、私は……」
「良いから良いから!」
中隊長は、手持ちのバームを取り出して、有無を言わせずレン君の髪に手を伸ばすと、襟足のあたりに馴染ませ始めた。
レン君は、と言えば、そういったことに慣れているのか、小さく息を一つ落としただけで、その後は大人しく従っているようだ。
意外だが、二人は本当に仲が良いんだな。
周囲を取り巻く騎士たちは、なんとなくソワソワとしながら、二人の様子を眺めているようだ。
予定では、式典の前には謝罪を終えたかったのだが、なかなか上手くいかないな。
まぁ、五分で謝罪とか、誠意を全く感じないだろうし、ある意味丁度良いかもしれない。
とりあえず、このタイミングで声をかけることは諦めて、ぼんやりスタイリングができあがるのを眺める。
すると、丁度髪がオシャレにまとまった頃、聖女様が室内に入って来た。
◆
「な!これは、どうなっているんだね!マルコ補佐」
勲章授与式当日の朝、神官長室にて。
神官長マヌエルは大声をあげた。
その原因は、普段は何も置かれていない彼の机の上が、山のような書類で埋め尽くされていたから。
「どうもこうも。本日、私とミゲルは休みを頂いておりますので、神官長におかれましては、書類の決済をお願いいたします。
因みに、これらは今日中で」
「何を言っている!休みを取るならば、自分の仕事を終えてからにしたまえ!」
マルコ補佐は、静かに息を吸い込み、穏やかに告げた。
「補佐としての職務は終えておりますとも。後は、神官長に落款を押して頂くだけです」
「そこまでやっておけと言っているんだ!」
「おや?それは越権行為であると、神官長自らが、昨日仰っておりました。このマルコ、確かに聞きましたぞ!」
「それとこれとは」
「同じでしょう」
「いや。だがこれは多すぎる」
「普段の半分ですが?」
「何?」
「普段は聖女様が二倍の量をこなして下さっています」
マヌエルは、ぐぬぬと唇を噛む。
「私は、貴様らの休暇を認めていないぞ?」
「おやおや」
冷めた顔で、マルコはニ枚の書類を広げて見せた。
それは、承認の落款が押された二人の補佐の休暇願い。
「昨夕、神官長自らの手で承認いただいたものですが、まさか内容の確認もせず押捺なさったので?」
「ば……バカな」
「今後このようなことがあっては、神官長も大変でしょう。本日は書類全てにしっかり目を通してから、落款をご使用下さいませ」
「ま、待て!今日は勲章授与式だろう?王子殿下もいらっしゃるから、私もそっちに……」
「おや。ですが、本日勤務の職員は関与してはならない旨の書類が、こちらに」
マルコの持つ書類を見て、マヌエルは沈黙せざるを得なかった。
「では、私も久しぶりの休暇を満喫して参ります。君たち、今日は人員が手薄だから、神官長の護衛を頼むよ」
「「了解」」
高位貴族階級出身の二人の聖騎士が、神官長を挟み込んで頷くのを確認すると、マルコは退室した。
書類の山とともに取り残された神官長は、日付が変わるまで帰れなかったが、同情する者は誰もいなかった。
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