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第五章

勲章授与にまつわるいざこざ

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(side エミリオ)


「でっ? 
 何だってコイツは、順当に決まったことに対して、文句をつけてくるんだ? 
 確か、前回の模擬戦のときもそうだったよな……」


 俺は、イライラと額を掻いた。

 
 びっくりするくらい手際良く勧められた、第七の勲章授与に関する準備。

 普段、俺の周辺の動きを見ていると、一つのことを決めるだけでも、やれ会議だ、やれ予算が、やれサインをよこせ、等々。
 気づけば、『それ、何の勲章だったっけ?』と忘れてしまうほど、日数が立っていたりする。


 それと比較して、今回は十日ほど。
 破格の速さで ことが進められている。

 いやいや。
 それは、王族が出す勲章ほど格式が高いものじゃ無いから、段取りとか手続きが早く進むっていうのは分かるんだが、メダル部分は鋳物だろう?
 デザインやら制作やらで、時間がかかるものじゃ無いのか?

 そう思って、こっそりハロルドに確認すると、何と、旅団長勲章はメダル部分は全て同じで、付けられる紐により功績を分類しているそうだ。
 よって、その年の予算が決まり次第、一定数作ってストックされているから、その気になれば ものの数分で準備出来るものらしい。

 だったら、各部署同様に出来そうなのにと不思議に思っていると、ハロルドが付け足した。

 曰く、第六第七は、人員がいつ殉職するか分からないので、褒賞に対する対応が早いのだそうだ。

 なるほど。
 ゆっくり吟味している間に、受章対象が亡くなってしまっては意味がない。
 それに、殉職した場合にも勲章が出るが、それが葬儀に間に合わないのでは、遺族に示しがつかない、か。
 
 意味がわかれば、自然と頭も下がる。
 彼らがどれほど血を流して、この国を守ってくれているかが分かるから。

 そして、その国を表している王族から勲章を手渡されるという事は、『国全体から感謝された』ことと同義になるわけで。
 確かに、『上司から褒められた』というのとは、重みが違うんだな。

 妙に納得したのが一昨日のこと。

 その時既に、勲章授与はその四日後(現時点から数えて明日)の午前中、聖女様の朝の祈りが終わった後の聖堂にて、短時間で行われることが決まっていた。

 それにケチがついたのが、つい先ほど。

 正妃様の開いた夜会から戻り、精神的に疲労困憊だった俺が、つい声を荒らげてしまったのは仕方がないことだと思う。


「それが……。
 神官長は、ここ数日間多忙で、王宮と聖堂をひっきりなしに行き来していたそうでして、この件はミゲル神官長補佐が進めていたそうです。
 式典が明日に迫った今日になって、ようやく報告書に目を通し、その……口を挟んできたらしく……」


 苦虫を噛み潰したような顔でそう言ったのは、団長だ。

 それにしたって、前日の晩に文句をつけるなんて、どう考えてもおかしいだろ。
 しかも、式典は明日の比較的早い時間なんだぞ?
 今更、どうしろっていうのだろうか。


 彼奴が言うには『降臨祭直前だというのに、聖堂に式典を企画させるなど、第七旅団は聖堂を軽んじている!』とのこと。

 意味が分からん。
 寧ろ逆だろう?

 忙しい時期に、聖騎士を第七旅団の駐屯地まで出向かせては悪いから、わざわざ聖堂で行うことにしたんだろに。
 無論、王宮で行っても構わないのだろうが、旅団長勲章を王宮で授与した例は、あまりない。


「で、どうなりそうなんだ?」


 決められている日程通りなら、明日の朝食後に、すぐ出発する手筈になっているが。


「こちらは予定通りです。
 ピーターソン殿は、神官長の出方をある程度予想していたようで、先刻こちらに顔を出した直後、聖堂に向かったようです」

「今から話し合いをして、明日どうにか出来る問題なのか?」

「いえ。話し合う気は無いようですよ?
 先週、王宮に『聖堂の使用許可申請』をあげていたようですから、最悪の場合、聖堂職員を排除して強行するかもしれません」

「ああ。なるほどな」


 聖堂は、この国に置いて絶対で不可侵だが、一箇所だけ口出しをできる機関がある。

 王宮だ。

 そりゃそうだ。
 金を出しているのは王宮だもんな。

 年の始めには、王宮主催の式典なんかを聖堂で執り行うが、その際は丸一日聖堂を貸し切るわけで、そういった場合は王宮側から聖堂側に申請を上げる。

 この場合、主催は王宮側になり、聖堂は名目上場所を貸すだけってことになる。
 実際の式典は協賛で、聖堂職員、聖騎士も動くことになるが、今回のような小さな式典だけならば、聖堂の人間など居なくていいってわけだ。

 はは……。
 なんというか。


「しっかし……。何で世話になってる第七に、喧嘩売るようなマネをするかな?」

「クルス君の受勲が、どうにも気にいらないのでしょうね」

「ああ、そうか。アイツ、神官長に嫌われてるんだった。
 以前、何かやらかしたのか? 
 例えば、何かの拍子に神官長の頭にさわったら、ズラが落ちたとか?」

「はは。それは、私怨を抱くに値する事態でしょうけど、性格上、彼はやらんでしょうな」
 
「まぁな」


 これまで数回しか会ったことは無いが、普段は存在を忘れるほど、物静かな男だ。

 そんなに毛嫌いされるなんて、一体何をやらかしたのか。
 寧ろそっちの方が、興味がある。


「そういったわけですから、明日は聖堂の関係者が、一切参加しない可能性があります。その点だけ、ご承知おき下さい」

「無観客か? 静かな式典になるな」

「……思いのほか、がっかりされなくて、安心いたしました。では、私はこれで」


 そう言って一礼すると、団長は退室した。

 湯浴みの準備をされながら、俺は眉を寄せる。

 別に、外野なんていなくたって、俺は気にしないぞ? 目立ちたいわけじゃないし。
 そもそも、勲章を渡しに行くだけなんだから、渡される対象だけいれば良いだろう。

 ってか、日程にも変更が無いのに、団長は、何でわざわざ俺に話を通しにきたんだ?
 苛立っただけ、損をした気分なんだが?
 たかだか、聖堂関係者が出席しないくらいで…………。

 っ‼︎


「あぁぁぁあぁあっ‼︎‼︎」


 浴槽に身を沈めた直後、ようやく合点が入った俺は、その場で思わず立ち上がった。

 ああ……そうか。
 どうやら相当疲れていたらしい。

 ここ数日、一体何を楽しみにしていたんだよっ!
 俺はっ!

 社交、公務と仕事続きで、今回も公務だからと、表面的に考える癖がついてしまっていたみたいだ。

 聖堂関係者がいないってことは、マリーにも会えないってことじゃないか!
 ふざけるなっ!

 神官長め……。
 ここのところ唯一の、俺の楽しみを奪うなど、絶対許さないぞ!

 俺は、再度拳を握りしめた。
 
 とりあえず、ピーターソン旅団長がどういった話をつけてきたのかを、確認するのが最優先だな。
 
 
「おい。団長に、もう一度部屋に来るよう伝えてくれ」


 俺は、侍女に伝言を頼むと、浴槽に沈み直した。





(side ローズ)


 第七の旅団長たちが、勲章授与式を聖堂で行う旨の依頼にやって来てから、今日で十日ほどが過ぎた。

 神官長不在の中、ミゲルさんがさくさく話を進め、いよいよその日が明日に迫った夕方のこと。

 王宮から戻ってきたらしい神官長が、唐突、かつ、得意げにこう言い出した。


「降臨祭が、あと十数日に迫っているというのに、こんな忙しいタイミングでこちらに式典の運営を迫ってくるとは、王国第七旅団が聖堂を軽んじている証拠である! 
 よって、我々はこれを断固拒否すべきだ!」


 その時、丁度神官事務室にいた神官長補佐のミゲルさんや、神官さん、そして、たまたま書類を提出に来ていたわたしたち聖女候補は、口を開けたまま、そこに立ち尽くしてしまった。

 全員の顔に、はっきりとこう書いてあったのが、わたしには見える気がした。

『何言ってんだ……コイツ』って。


 ちょっと常識では理解できない。

 だって、今回の式典は、聖堂、第七旅団のみならず、王宮はエミリオ王子殿下付きの騎士二人、更には殿下本人まで絡んだ企画。

 それを、前日の午後にドタキャン発言。
 
 室内は凍りつき、このまま永遠に誰も動けないんじゃないかと思ったよね。

 でも、その時、ミゲルさんがにっこり微笑んだの。


『もしや、気が触れてしまったのでは?』と、その場にいた神官長以外の全員が青ざめた。

 だって、この件で忙しく動いていたのは他ならぬミゲルさんだ。
 そもそも、既に準備は終わった状態で、今更『式典やめます!』なんてなったら、ミゲルさんの仕事は逆に急増。

 でも、神官長は、ここにいる誰よりも階級だけは上なわけで……この難極をどう乗り越えるのか、わたしたちには見当もつかない。


「神官長。続きは神官長室でお伺いいたします。
 君達は、仕事に戻ってくれ」


 こちらの心配とは裏腹に、穏やかな優しい声で、ミゲル補佐は言う。

 わたしたちは泣きそうになりながら、部屋をでていく二人を見送った。

 その後、どういった話し合いが行われたのか、詳しいことは分からないのだけど、夕食の時に通達が回った。


『式典は予定通り開催。但し、休みの職員を除く聖堂関係者は、通常通りの業務を行うするものとする』


 ええと?
 つまり、聖堂で式典は行うけど、聖堂の職員はいつも通りの仕事をするということだから、その時間は降臨祭の準備ということに。

 あれ?
 わたしたちは、式典を観られないの?
 
 当初の予定では、エミリオ様の接待は補佐を中心に神官数名で行い、残りの職員は聖堂内で、式典を観覧することになっていた。 
 聖騎士が王国騎士団から勲章を受けるのは、珍しいことで栄誉だものね。
 職員が祝福するのは当然のこと。

 それ以外にも、今回は、旅団員数名と、お兄様とユーリーさんの勲章授与も同時に行うことになっている。
 折角エミリオ様が動いて下さるのだから、手を煩わせないように、式典を一度にまとめたというわけね。

 だから、聖堂の女性職員たちは、明日を結構楽しみにしていた。
 エミリオ様も、ユーリーさんも、お兄様も、模擬戦以降大人気だから、これは当然と言えば当然。

 そんなわけで、現在食堂では、絶賛大ブーイングが巻き起こっている。

 わたしの横で、リリアさんも口を尖らせている。


「ありえなーい! 折角エミリオ様とお話し出来ると思ったのにー!」


 気持ちは分かるわ。

 わたしだって、可能であれば、助けて頂いたお礼を言いたいと思っていた。
 なのに、これでは話をするどころか、ご公務をなさるエミリオ様の勇姿すら拝見出来ない。
 そればかりか、レンさんやユーリーさん、お兄様の祝福も、出来ないということに……。

 残念すぎる。

 みんなのように、表情には出さなかったけど、わたしは内心、かなりがっかりしていた。


 でも、式典が出来るようになったことだけは、良かったよね。
 神官長が気にいらないという理由だけで、本当に頑張った人たちが泣きを見るなんて、悔しいもの。

 無観客での式典になるから、盛り上がりには欠けるだろうけど、延期とか中止に比べれば、ずっとましだ。
 何とか開催出来るように、ミゲルさんが、相当頑張ってくれたんだろうな。


「んんっ? ねぇ、コレ」


  リリアさんの素っ頓狂な声が聞こえたので、そちらに視線を向けると、リリアさんは通達文をマジマジと見ているところだった。


「どうしたの?」

「うん。午前中お休みを取れば、観に行っても良いのかな? 一般の入場は、確か自由だったよね?」
 
「あ!なるほど!」


 確かに、わざわざ『休みの職員は除く』と、書いてある。
 裏を返せば、リリアさんの言った通りの意味になると言えそう。


「ローズさんは、お兄様のオレガノ様も勲章うけるのよね? それなら身内の栄誉だもの。休んで参加していいと思う」


 斜め前から、小声でタチアナさんがそう言ってくれた。
 その心遣いは、とても嬉しい。

 でも、やっぱり、そう簡単には許して貰えないよね?

 リリアさんの目が怖い!
『抜け駆けよ!』とか、絶対思われていそうだわ。


 その時、女性神官のトップ、カタリナさんが、食堂に入ってきた。
 そのままツカツカと、わたしたち聖女候補が座っているテーブルにやって来ると、普段あまりお見かけしない、何処かいたずらっぽい笑みを浮かべて、こう言った。


「聖女候補の皆さん。
 ここ数日、皆さんが真面目に作業に取り組んで下さったお陰で、随分作業が捗りました。よって、明日の午前中は、全員休暇とします。
 どうぞ、ゆっくり休んでくださいね」


 わたしたちは唖然とした。
 いえ。渡りに船だけど、あまりにも都合が良すぎるような……?


「あ、でも、気が向いたら式典を観に来ても良いらしいですよ?」


 最後に付け足された一言で、わたしたちは理解した。

 あー。これは。

 明日は、聖堂の職員を極限まで減らす算段かもしれない。

 カタリナさんは、その後も各テーブルを回り、職員の半数程度に午前中の休暇を告げている。

 補佐たち、相当腹に据えかねていたのね。
 明日、どうなっちゃうのかな?

 正直なところ、ちょっぴりわくわくしながら、わたしたちは食事の後、休暇届を提出するべく事務局に向かった。

 



 神官長室にて。


「どういう意味だね?」


 神官長のマヌエルは、眉を寄せて声を荒らげる。
 対照的に、ミゲル神官長補佐は、柔らかく微笑んでいた。


「ですから、最初から企画運営は第七が執り仕切っており、聖堂は場所をお貸しするだけといった取り決めです。
 よって、式典の開催を妨げることはできません」

「何を馬鹿な!」

「馬鹿なも何も、ちゃんと王宮を通じて、聖堂にも使用許可をとってあるぜ?」


 そう言いながら、ピーターソン第七旅団長は、許可証を広げてみせる。
 そこには、しっかりと聖堂の落款が押されていた。
 マヌエルは歯噛みする。

 聖堂の落款を押捺出来るのは、神官長と聖女のみ。


「どうせ、君が押したのだろう?
 越権行為で罰してやろうか?」

「濡れ衣です。この書類に関しましては、聖女様に確認して頂きました。
 神官長は、殆ど聖堂にいらっしゃらなかったので?」


 ミゲル補佐の口撃に、マヌエルは言葉を失った。
 それを見て、ピーターソン旅団長は、豪快に笑うと立ち上がった。


「お忙しい神官長は、勿論、来なくて良いからな?」

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