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第五章
棚からぼたもち
しおりを挟む(side エミリオ)
「いやぁ、有能だとは思っていたが、大したものだな! 二人ともっ‼︎
エミリオ様の評判が鰻登りの今、ベストなタイミングで、その配下が、しかも同時に二人も!第七旅団長勲章とは。
その上、都内の治安に関わる大捕物に発展したから、中央、つまり、国王からも、後々勲章が出る可能性があるそうじゃないかっ!」
俺の横に立ち、目の前で片膝をついて騎士の礼をとっている二人を、ご機嫌な笑顔で褒め称える団長。
その横では、豪快な笑顔の第七旅団長と、嬉しげに眉を下げる執事のハロルド。
俺も、ついさっきピーターソン第七旅団長から話を聞いたばかりだが、聞けば聞くほど痛快な捕物劇だ。
社交シーズンに突入すると、各領地の貴族連が一斉に王都にやって来るから、王都内の騎士団は多忙を極めるそうだ。
その逆に、聖女様の御公務が一時休憩になるため、普段から出ずっぱりの第六第七旅団の面々は、この時期ようやく息がつけるらしい。
そんな彼らが、この時期になって模擬戦の慰労会を開いていたという話は、なんともいじらしいが、その影で、本来なら中央勤務の騎士団が取り締まるべき王都内の風紀に関わる捕物を行っていたというのだから、頭が下がる。
そして今回、慰労会に参加していた、俺配下のオレガノとユリシーズが、偶然それを手伝い、見事現行犯での捕縛に成功したというのだから、鼻が高い。
しかも、違法賭博店のオーナーを捕まえただけでなく、そこに出入りしていた貴族連中の会員名簿まで、バッチリ押収したというおまけ付き。
「もう、立って頭をあげて良いぞ。
凄いな!勲章が出来上がってくるのが、俺も楽しみだ」
笑顔で労うと、立ち上がった二人は、恐縮そうに笑った。
「何だ? もっと、誇らしげにして良いんだぞ?」
「恐れながら。
我々程度の功績で、勲章まで頂いては、図々しい気も致しまして……」
苦笑い気味にそう言ったのはユリシーズだが、オレガノも顔を俯けて頷いている。
何とも欲のない男たちだ。
「くれると言うのだから、貰っておけば良いだろ?」
「殿下の仰る通りです。
それに、君達にそれを贈る名目でも無ければ、真っ先に受勲を辞退してきそうな功労者がいるのでね。
嫌でも、受け取ってもらわにゃ困る」
「あぁ。あいつは、そういう感じだよな」
あれほどの実力を持っていながら、どうにも控えめなレンを思い出して、つい、笑ってしまった。
今回の捕物。
実は、最初から協力を頼まれていたのはこの二人ではなく、意外にもレンだったそうだ。
なんでも、第七で中隊長をやっている友人から頼まれて、状況が合えば手を貸す算段だったとか。
同じ職種の王国騎士の方が、色々頼みごととかしやすい気がするのだが、旅団は各隊ごとに独立しているから、存外、王宮仕えの騎士と面識が無いものらしい。
言われてみれば、旅団の駐屯地は、王都の近郊にある王家直轄の都市に分布していると、最近習ったな。
その上、第六と第七の団員は、一年の大半を王都の外で過ごすわけだから、面識がないのも当然だ。
俺だって、模擬戦の企画をしなければ、ピーターソン旅団長とは、未だ会ったことも無かっただろう。
逆に、聖女付きの聖騎士と第七の王国騎士は、職務が重なることが多いわけだから、友だちになってもおかしくないのか?
……確かに、模擬戦の時、アイツ、旅団の騎士たちから大人気だったもんな。
よく考えてみれば、あれも不思議な男だ。
見る限り無表情で、積極性のカケラもなさそうなのに、いつの間にか人脈を築いていたりする。
模擬戦の時も、あのジェフを相手に、すんなり頼み事を通して見せたしな。
今回の話を聞けば、オレガノやユリシーズとも仲が良さそうだし……そも、しれっとマリーを愛称で呼んでいたり、それを、あの心配性でシスコンのオレガノが 一切咎めなかったり。
例えば、ユリシーズのような、甘いマスクの人懐こい男がそういった態度をとっていたというなら、分からないこともないのだ。
まぁ、それだって気に入らないことに変わりは無いが。
だが、相手は あのカタブツそうなレンだ。
一体どういった経緯を辿ると、マリーが愛称で呼ばれることを許す話になるのか、全く想像出来ない。
何となく胸のあたりがモヤモヤしてきて、俺は頭を振った。
待て待て。
気さくで、少々不用心なところのあるマリーのことだ。
名前が長くて面倒だからと、聖堂職員全員に愛称呼びを許可している可能性だって、十分ある。
そうだ!
レンだけが、特別ってわけじゃ無いだろう。…………ない、よな?
……念のため、勲章を渡しに行った時に、それとなく周囲がどう呼んでいるかとか、確認してみるか。
そう。
今回は、第七旅団長勲章ということなのだが、俺の部下からも二人受勲が決まったことから、授与する役を依頼されたのだ。
なんでも、王族から受け取った方が箔がつくのだとか何だとか?
実情は、胸に飾る飾りが増えるだけの話で、誰から貰っても一緒だろう?などと思ってしまう。
でも、それで騎士たちの士気が上がると言うのだから、少しくらい骨を折ってやるのも悪くない。
何より、はっきりとした目的があるから、こそこそ各所に理由を説明することなく、堂々と聖堂に行ける。
つまり、堂々とマリーに会える!
くぅぅっ。
俺は、こっそり右拳を握った。
やっぱり、日頃の行いって、大事なんだな。
マリーと出会うまでは、何をやっていても面白くなかったし、降って湧いたような幸運なんて感じたことが無かった気がする。
ところが、今はどうだ。
俺は何もしていないのに、部下が偶々功をあげ、それが勝手に俺にとって都合良い方向に作用している。
信じられん。
ほわほわと舞い上がっていると、ハロルドが小さく咳払いをしたので、慌てて頬を押さえた。
また顔に出ていたか。
難しいな。
気持ちと表情のコントロール。
無論、今回はゆっくり話など出来ない。
当たり前だ。
そもそも、公務で行くのだ。
だが、ここのところマリーが足の怪我を理由に社交を自粛していていたせいで、会うことすら叶わなかった。
だから、顔が見られるだけで、十分嬉しい。
怪我の具合も、出来れば聞いておきたいし、治りが悪いようならば、王族の主治医や魔導士を派遣することだって……。
「こほんっ」
またしても、ハロルドの咳払いで現実に引き戻された。
俺の周囲にいた者たちは、生暖かい笑顔をこちらに向けてきている。
オレガノだけは、渋い表情をしていたが。
いや。
だって、嬉しいんだから仕方ないだろう?
ここのところ、サロンやら夜会やら、社交社交で疲弊していたんだ。
俺だって癒しが欲しいんだよ!
心中で叫びつつ、春の木漏れ日のような柔らかな笑みを浮かべる彼女を想って、俺は再度、頬を緩めた。
◆
(side ローズ)
聖堂の朝礼は、聖女様を除いた その日勤務にあたる職員全員が、一堂に会する。
その人数は、数十人規模なので、収容可能な、事務局二階にある講堂で行われている。
もちろん聖騎士さんたちも来ているのだけど、朝礼が終了するまで、前日勤務の聖騎士さんたちが配置についているので、警備や接客の面は問題ない。
今朝まで、ないと思ってました。
だから、あと少しで朝礼が終わろうとしていたこのタイミングに、何の前触れもなく、第七のピーターソン旅団長と彼の部下らしき王国騎士が入室してきた時には、唖然としてしまった。
ええと?
何かのサプライズ?
意味がわからず、神官長や補佐たちに視線を向けて、益々分からなくなる。
三人とも、目を見開いてその場で固まっていたから。
え?
これって、許可なし、先触れなしでの訪問ですか?
聖堂は、一応聖域で不可侵なので、いくら彼らが王国に仕える騎士だとしても、これは横暴で、問題になるんじゃないかしら?
って言うか、先程から聖騎士のアーニーさんが、何故か部下の王国騎士さんに首根っこを掴まれて、連れてこられているんですが?
「朝礼中、大変失礼した。
この聖騎士が、あまりに不愉快な対応するものだから、つい苛立ってしまってな。
直接、入場許可をいただきに来たのだ。
何分、俺も忙しいから」
大音量で、快活に宣う旅団長に、聖堂職員は、何が起きたか一切理解できず、沈黙した。
って。
いやいや。
これは、まずいよね?
はっきり言って、聖騎士の沽券に関わる大問題なんじゃない?
それは、旅団長クラス。
一介の聖騎士では敵わないにしても、門は二人一組で守っているわけで。
本来敵わないのがわかった時点で、一人は体をはって止めないとだし、もう一人は伝令に走らなければまずいシーンなのでは?
アーニーさんは、負け犬宜しく、完全に沈黙し項垂れている。
これだと、力押しで負ければ、聖堂は暴力に完全屈服しちゃうってことで、有事の際、中の職員全滅しちゃうんじゃないかしら?
呆然と考えていると、朝礼に出席していた聖騎士の面々が後方から駆け出してきて、神官長と補佐、それから職員の前に割り込んだ。
先頭はレンさんたちの組。
流石に、判断と対応が速い。
その後ろに、ライアンさんたちの組が続く。
相手の身分は はっきりしているけど、手続きなく突然侵入されたら、警戒せざるを得ないものね。
「っっふぉっっぅなっ!ぬぁぁっはっ」
あまりの事態に過呼吸気味になって、意味不明の奇声を上げる神官長。
因みに、ここにいる人間の中では、彼の守護順位が一番上なので、一番速く前方に到着したレンさんが守っている構図。
……なんか、言っちゃいけないけど、すごく理不尽なものを感じる。
「……これは、一体どう言うことですかな? ピーターソン旅団長!
幾ら貴方様でも、強引すぎますぞ」
声を上げたのは、ライアンさん。
威厳が凄い!
でも、威厳ならピーターソン旅団長も負けていない。
「ふむ。
我らとて、はなから聖堂に喧嘩を売るつもりなど無かった。
今朝の朝礼に参加させて貰いたかったから、半刻ほど前、補佐への取り次ぎを正門の聖騎士に頼んだのだ。
一人は快く動こうとしたが、この男がそれを止めた。行く必要は無いってな」
「なんと?」
「その後、聖騎士の方が王国騎士より偉いようなことをつらつら宣い、門前払いをしようとする。
こんな者が混じっているから、聖騎士のイメージが悪くなるのでは無いかな?」
あ。
それは、聖堂側に非があるかも。
というか、アーニーさん。
一体、何をやってくれてるのかしら。
コネで無理矢理入ったくせに、聖騎士のイメージ下げるの、やめて貰いたいんですけど?
気まずそうに視線を逸らすアーニーさんを見て、それが事実と理解したライアンさんが膝をついた。
「それは、こちらこそ失礼した。すると、もう一人は……」
「正門に護衛なしは、まずかろう。当然残って守護するよう頼んである。手薄にして何かあってはいかんので、俺の部下も数人置いてきた」
「それは……迷惑をかけた」
あぁ。
関係ないライアンさんが謝罪をするハメに……。
と、その後方で一歩前に出たのは、ミゲルさん。
神妙な顔で一礼すると、静かに告げた。
「どうやら、こちらの手落ちだったようで、申し訳なく思います。すぐに、神官長室にて御用をお伺いしましょう」
「いや、こちらは一言で足りるので、この場で。
このような事態にも真っ先に反応するとは、流石だな! クルス君。
今日は、彼に勲章を贈る旨、伝えに来た」
あっさりとした口調で告げられた内容に、わたしたちは再び沈黙した。
えっ? 勲章⁈
凄い!
レンさんが、何か功績を上げたと言うこと?
予想外の明るい話題に、喜んでいたら、ようやく我に帰ったらしい神官長が、声を上げた。
「大変名誉な申し出ですが、コレが出来ることは、聖騎士なら誰だって出来ること。
どうせ大したことはしていないのだから、勲章など不要です。
君、当然辞退するんだろうな?」
相変わらずの神官長節。
もう、ホント何なの?
憤りを通り越して、真剣に張り倒したい。
それが、真っ先に駆けつけて守ってくれた人の対して言うセリフなのかな?
それに対して、頷くレンさんの姿もいつも通り。
あぁ。
晩餐会の時に不思議に思っていたけど、他の聖騎士さんと比較して、レンさんの勲章が極端に少なかった理由は、コレなのね。
上から圧力をかけられたら、辞退せざるを得ないもの。
不愉快に思っていたら、旅団長が笑いながら、別の圧力をかける。
「君が辞退するなら、この中隊長や、殿下付きの二人も、辞退すると言っているが?」
「……それは」
あらら。
それは断りにくいわ。
他の人の名誉まで、奪ってしまうことになるから。
「君が勲章を得る行為自体が、おこがましいのだ。他の人間の判断は、その者の自由だろう」
ちょっと!
それは無いんじゃない?
イラッとしたのは旅団長も同様だったようで、彼は右眉をぴくりと跳ね上げる。
すると、それまで沈黙していた部下の騎士さんが、アーニーさんの襟首を掴んだまま、一歩前に進み出た。
「話の腰を折って悪いですが、この聖騎士も一応、理由があってここまで連れてきたんですわ。
今回の勲章、違法カジノ店の摘発に関するものなんですがね?
何と、会員名簿が出てきてるんです。
で、ほらココに、コイツの名前が!
オーナーに聞いたら、コイツ、いつも知人と二人で来店するそうで?
その知人の人相っていうのがぁ……」
「あ、あぁー!このあと、大事な用があったんだった!私はこれで失礼するよ!」
……?? っえ?
突如、神官長が退室したんですけど?
十数秒の沈黙の後、笑いを噛み殺しながら、ミゲル補佐が話をまとめた。
「有り難く、お受けする方向で良いでしょう。……その者は捕縛なさいますね?」
「ああ。ついでに、このまま連れていく。
それから、勲章は、聖堂にて、エミリオ王子殿下からお渡し頂くことになった。場を設けてくれ」
会場がざわついた。
横にいたリリアさんも、わたしの袖を引いて笑みを浮かべている。
「ねぇ!ラッキーだね!」
「ええ。そうね!」
タイミングが合えば、この間のお礼を言えると良いのだけど。
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