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第五章

夢と現実の狭間

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(side オレガノ)


 …………微睡まどろみの中

 寝ている自分に、そっとかけられたタオルケット。
 その 優しい仕草に、懐かしさのようなものを感じて、胸が締め付けられる。

 そうか。
 今日は夜勤か。

 でなければ、タオルケットを掛けつけてくれる人などいない。
 現在自分は、独身寮で一人暮らしだから。

 では、この優しい手は誰だ?
 ほっそりとした長い指先に、優しげな仕草。
 女性……?
 ということは、ジュリーさん?

 腕を掴むと、いとも簡単に自分の元へ転がすことが出来た。

 ああ……これは夢だ。

 だって、あのジュリーさんが、こうも簡単に自分に隙を見せるはずもない。
 そもそも、現実でこんな事をしたら、間違いなく蹴り飛ばされている。

 夢なら、少しくらい調子に乗っても良いかな?

 普段は決して出来ないことを。
 例えば、この柔らかそうな唇に触れて。

 両腕を掴んでベッドに押さえ込んだまま、思う様唇を蹂躙し、そのまま首筋に唇を這わせる。

 綺麗な首筋だ。
 そして、このはっきりと浮き出した喉仏……。

 喉仏?

 慌てて体を離すと、自分の下には、奥歯を噛み締め、青ざめた顔で自分を見上げるレン君が…………。


「うあ゛っぁぁあぁっ‼︎」


 悲鳴をあげて目が覚めた。

 夢?……夢か。
 でも、何と言うか……手触りとか、やたらリアルだった。
 
 手に残る感触に青ざめつつも、何とか乱れた呼吸を整える。
 全身どころか、シーツまで嫌な汗で濡れていたので、服もシーツもまとめて、持ち込み用のランドリーバッグに投げ入れた。


 悪夢だ。

 ……いや。
 それを、自分が言うのは失礼というものだろう。
 それは、彼のセリフだ。
 だって、こちらが加害者なのだから。

 でもさ……。
 信じられるか?

 何をとち狂って、男性の、しかも、武術に置いて自らのライバルと目し、親しみを感じていた知人に、そんな真似をしたのか。

 ユリシーズさんから話を聞いた後からずっと悩み続けているのだが、一晩たった今でも、答えは出そうもない。

 正直、何かの間違いだと思いたい。

 だが、先程の異常なほどリアルな夢といい、ユリシーズさんが見た事実ことといい、そして何より額のコブが、それが現実のことだと 物語っている。

 ため息をつきつつも、仕方なく制服に袖を通し、鏡の前で髭を剃った。
 

 今日は朝から勤務が入っている。

 ユリシーズさんは、周囲に言いふらすような性格では無いと思うから、職場で噂が広がるようなことは無いだろう。
 だが、額のこぶはそこそこ目立つから、誰かに『どうした?』と、聞かれるかもしれない。

 何となく気が重いな。


 後ろめたい気持ちに押しつぶされそうになりつつ、とぼとぼと宮殿の回廊を歩いていく。


 それにしても、あの時自分は、どこまでしてしまったのだろうか?

 想像すると頭を抱えたくなるが、ユーリーさんから聞いたレン君の反応を考えれば、まず『押し倒した』だけでは済まないだろう。

 そうでなければ、あの常に無表情な男が、顔面蒼白で涙目とかにならないだろうし、彼の性格上、その程度のことで酔っ払い相手に攻撃とか、多分しない。
 
 そもそも、気持ち悪くて吐くって、どんだけ?

 まぁ、ユーリーさん曰く、『見たところ、双方着衣に大きな乱れは無かった』って事だし、せいぜいやったとしても、キス止まりだろう?

 そこまで嫌だったのかと思うと、若干凹むんだが……?

 …………。

 いやいや。
 凹むところは、そこじゃないだろ!
 
 きっと、純朴っぽいレン君のことだから、そう言った経験など、ほぼ無いに違いない。
 何なら、ファーストキスだったかもしれない。

 なんだ。
 ウブだな。

 余裕ぶって、少しだけ鼻を鳴らした後、ガックリと肩を落とすハメになる。

 ……ファーストキス。
 ちょっと……いや、かなり凹んだ。

 男同士はノーカウントだよな?
 じゃないと、『酔った勢いで、ライバル相手に、しかも自分に記憶がない』とか、切なすぎる。

 もし仮に自分がしたのが、今朝の夢で見たような、貪るようなディープキスだったとしたら、そりゃぁ、吐きたくもなるか。

 かく言う自分だって、そういった対象になりえないゴツい男に口腔を掻き回されたら、吐きたくもなるだろう。
 
 本当に申し訳ないな。

 良かったことは、彼にそのが全く無かったこと。

 だって、あの時彼がそのになっていたら、最後までしてしまったかもしれないわけで……。


 ゾワッと、全身が泡だった。


 彼がノーマルで、ちゃんと抵抗してくれて、本当に良かった!


 こぶになっている額をひと撫でして、安堵のため息をつく。


 レン君には、誠心誠意謝るほか無いな。
 それで、関係を断ちたいと言われたならば、その意に沿うしかない。


 本当の問題は、どちらかと言うと、自分の職務に関すること。

 レン君の立ち位置がどのあたりか分からないが、王宮主催の晩餐会に出席を許されない彼との肉体的な接触は、『聖槍の遣い手候補』の資格剥奪の要因になりうる。
 
 そうなれば、王子殿下付きは外されるだろうし、下手したらクビだ。

 それに関しては、秋口にある今年の査定の結果如何だが、まぁ、自業自得だから仕方ない。
 いざとなったら、男爵領に戻って、ひっそり暮らせば良い。

 それまでは、しっかりと殿下にお仕えしよう。

 自嘲気味に笑って、会議室棟前の通路を通過していると、突如、横から出て来た腕に背後から羽交い締めに抱きこまれ、小会議室に連れ込まれてしまった。

 そのまま壁際に押されて、彼の両手は自分の顔の両サイド。
 完全に追い詰められた、壁ドンの状態。


「おっはよぅ❤︎オレガノ君!」


 シナのある独特の口調で、彼は微笑む。

 これは一体どう言う状況なんだ?


「お……おはようございます。スティーブン様」

「あらやだ。貴方には、ステファニーって呼ばれたいわ」

「いえ……そう言うわけには?」

「ステフでも良いわよ?」

「ご冗談を」

「それなら、間をとってステファニーにしましょう」

「…………どのあたりが中間ですかっ?」

「私はオーリーって呼ぶわね?」

「いや。誰も、そんな呼び方しませんけど?」

「オーリーとユーリー。あらっ。ワンセットで良い感じじゃない?」

「何故……ワンセットにする必要が?」


 全力でボケて来るから、都度丁寧に拾ってツッコミを入れる。

 って言うか、顔が近い!

 スティーブン様は細身に見えるが、自分より身長が拳一つ分は高いから、圧力が半端ないし。
 
 一体、何の用だろうか?


「ふむふむ。
 お互い、アルコールが入っていたにも関わらず、抗えるなんて大したものだわ。
 案外期待を裏切らない男よね」

「と、言うことは?」


 スティーブン様の呟きに、返答した声はユーリーさんのもの。
 どうやら、会議室の中にいたようだ。


「見たところ、大丈夫そうね。相変わらず、噛みつきたくなっちゃうくらい美味しそうな匂いがするし」

「了解です。はぁ、良かった」


 深く、安堵のため息をもらす、ユーリーさん。


「何の話です?」


 すかさず尋ねたが、苦笑いが返って来るばかりだ。


「とりあえず、オレガノさん。この後、第七の捕物関連で調書を取りたいらしいから、俺と一緒に、ここで待ってもらう。
 無論、副官には連絡済み。
 スティーブン様。ご協力ありがとうございます」

「良いのよ。
 大事なくて良かったわ
 それより、オーリー。
 男性もイケるのなら、私に声をかけてくれれば、安全な方法で、天国を見せてあげるから言ってね?」

「……お気遣い、痛み入ります」


 安全な方法って。

 正直、スティーブン様のお誘いは大却下であるが、前科者の自分は やんわりと返事を返した。

 スティーブン様はそれに頷くと、妖艶な微笑みを残して、部屋を後にした。
 
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