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第五章

祝勝会 兼 慰労会 〜無自覚の考察を添えて

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(sideオレガノ)


「では、選手一同の健勝と益々の活躍を願って!乾杯っ!」

「「 乾杯っ‼︎‼︎ 」」


 王国第七旅団の副団長と紹介された騎士の音頭で、祝勝会は幕を開けた。

 しかし、びっくりするほど集まったな。

 ひしめき合うように居並ぶ、第六第七の騎士たちを見て、思わず苦笑が浮かんだ。


 王都の南側に位置するこの酒場は、普段から冒険者や傭兵、王都に居住している騎士らの憩いの場所だ。

 自分も、以前何度か訪れたことがあるのだが、個人飲み可能なバーカウンターの他に、大小の宴会に対応出来るよう幾つかのホールで仕切れるようになっていて、それぞれ三十人くらいは余裕で入れるスペースを有している。

 今回も、そのホールのうち一つ、状況に応じて続きのホール二つくらいで、わいわいやるのだろう、くらいに考えていたんだが、店にやって来て驚いた。

 扉に掲げられていた札には、『本日全館貸切』の文字。

 いやまて。冗談だろう?
 全館となれば、軽く百数十人は収容可能と言うことになる。
 そんなに大風呂敷を拡げて、大丈夫なのか?

 などと、心配したものだったが、全くの杞憂だったようだ。

 蓋を開ければ席が足りず、皆立食の様相。

 乾杯が済んだ後も、皆立ったまま、目当ての人物の元へと押しかけているようだった。
 
 なるほど、ブレない。
 完全アウェーの模擬試合会場を、常識に反して、対等の状況まで持って行った団員たちだけのことはある。

 因みに、現在自分は、一緒に飲んでいた騎士たちの集団から抜け出して、比較的人気ひとけの少ない 二階にあるホールの手すりにもたれて休憩していた。

 凄い勢いで酒が出て来て、流石に酔いが回って来たから。
 幾ら多少酒に耐性があったって、あれでは半刻と保たずに潰されてしまいそうだ。

 一階のメインホールを見下ろすと、旅団員たちに取り囲まれ、延々と酒を注がれているレン君が見えた。


「やぁ、オレガノさん。飲んでる?」

「ああ、ユーリーさん。お疲れ様です」


 後方から声をかけて来たのは、同様に招待されていた ユーリーさん。
 下のホールにちらりと目をやると、苦笑を浮かべた。


「わはは。あっちは、完全に捕まってるな」

「ええ。大人気ですね」

「まぁ。彼のおかげで、ホント死ななくなったらしいから」

「そうですか」


 これまで、聖女様のご公務に同行した際の 旅団の死者数は、一回につき一桁では収まらないと言われていた。
 ところが、ここ最近では、死者が全く出ない旅も増えたそうだ。

 王宮に仕える騎士界隈では、『最近は国内も随分落ち着いてきた』などと、国民の意識が上がった方向に捉えているようだが、実際現場で戦っている騎士たちから見たら、違うんだろう。
 でなければ、常々つねづねから馬鹿にしていた『聖騎士』に、あれほど好意を向けるはずもない。


「ところで、先週スティーブン様から、お灸を据えられたって?」


 不意に問われて、顔が熱くなった。


「あぁ。聞きましたか? 恥ずかしいな」

「うん。『無自覚すぎて、心配心配』って、コメカミを抑えてたよ。
 今日も、用心しておくように頼まれちゃったし」

「自分を、ですか? 
 ……心配するならレン君の方では? 先ほどから、容赦無く酒を注がれているし。
 その、旅団は多いんでしょう? そっちの……」

「あー。ま、男所帯で野宿やら外泊が多いと、必然的にどうしてもね。
 でも、今日来ている人間は、純粋なファンも多いだろうし。
 それに、彼の場合は、ほら。抱かれたい勢のが多いから、大丈夫じゃないかな? 相手さえ気をつければ」

「抱かれっ⁈……何ですかっ?それは」

「生きるか死ぬかの瀬戸際で助けられたりすると、抱かれてもいい!って思うものらしいよ。吊り橋効果ってやつ?」


 なるほど。
 そういうことなら、分からんでも……いや、やっぱり分からん。
 当事者になったら分かるんだろうか?


「だったらやっぱり、自分よりも彼の心配をするべきでは?」

「はぁ。同じ無自覚でも、防衛本能が働くと働かないじゃ、全然違うんだよなぁ」


 残念そうにため息をつくユーリーさん。
 

「同じ無自覚って……」

「具体的に言っちゃうと、レン君って無自覚だけど、ヤバくなったら ちゃんと逃げてきそうなんだよな。でも、オレガノ様って、正直危なっかしいって言うか」

「まさか。そもそも、こんなムキムキの男に手を出したいような騎士なんて、いないでしょう?」


 比較してはなんだが、ほっそり小綺麗に整っているレン君の方が、どう考えてもそういう対象になりやすいはずだ。
 酔わせて押し倒せば、野生味溢れる旅団員に、体術で抗えるとも思えないし。

 それなのに、ユーリーさんは半眼で引き攣り笑いを浮かべた。

 何故だっ⁈


 ……まぁいい。
 そんなことより、今日彼に会ったら、聞いておきたいことがあったんだった。


「冗談はさておき、お聞きしたいことが有るのですが」

「冗談って、そういうとこ……。ま、いっか。何かな?」

「王宮舞踏会の時の、ええと。スティーブン様の色……なのかな? あの、レインって名前の騎士……」


 そこまで言ったところで、ユーリーさんが、飲んでいた酒を軽く吹き出した。


「おわっ!」

「っがはっっ……げほっ。
 あ゛~っ。ごめっ……ちょっと変な方に入っちゃって」

「……はぁ。大丈夫ですか?」

「ああ」

「続けても?」

「良いとも」

「その、ローズを救ってもらったお礼をと、考えてましてね。
 スティーブン様から渡して頂くよう、お願いするつもりなのですが、念のため、その人となりを知りたくて。
 個人的に調べてもみたんですが、名簿もヒットしないし。
 で、思い出して見たら、確か、ユーリーさんともお知り合いのようだったので」

「あー、彼ねー。
 多分、今月王宮配属になるから、来月名簿に載るかな? スティーブン様傘下の、諜報ちょうほう部所属で」

「なるほど。では、舞踏会では、職場を見せていたわけですか?」

「そんなところかな」

「失礼ですが、名前は……」

「ええと。確か、レイブン=クロスフォードとかいったかなぁ?
 バーニア公爵領出身で、平民だけど腕が立つと聞いて、スティーブン様が拾ってきたとか何だとか? ……俺は、その程度しか」

「十分です。有難う。これで、お礼の品に刻印が出来ます」


 流石ユーリーさん。
 耳が早い。

 と言うか、舞踏会の最中の動きを見れば、彼が普通の王宮所属騎士じゃないのは明らかだ。
 ジュリーさんは、その後何も言わなかったが、変わらずエミリオ殿下付きを続けているあたり、彼自身が誰かの影なのだろう。


「役に立てれば良かったけど、そこまでしなくて良いんじゃ無い?」

「それが、ローズがどうしてもお礼をしたいようなので。
 ……ここだけの話ですが、妹は小さい頃から、寡黙な眼鏡の男性に、何故か憧れがあるんですよね。ダンスレッスンに来てくれていた、母の弟とかがそうで。
 内緒ですよ?」

「そうなんだ。分かった。内緒ね」


 にこやかに微笑むユーリーさん。
 何だかこの人相手だと、気が緩んで余計なことまで話してしまうな。
 それとも、少し酔いが回っているんだろうか?


「おっと。旅団長二人のお出ましだ」


 ユーリーさんの声に、一階ホールに視線を戻すと、今到着したらしい第六第七の旅団長二人が、悠然とレン君に向かって歩いていくのが見えた。


「酒席で上役とニ対一じゃ、流石にレン君も分が悪いか。俺も一応、挨拶したほうが良いし、オレガノさんも一緒にどうかな?」

「ああ。はい。それじゃぁ」





(side レン)


 酒宴も中盤に差し掛かる頃。

 遅れてやって来たらしい旅団長のお二人が、挨拶に来て下さった。

 お二人は、職務でよく顔を合わせるからか、いつも気さくに声をかけて下さる。

 ただ……その気安さゆえなのか、やたらとあちこち触ってくるのが、少し困りものなのだが。


「今日も良い僧帽筋だな! 私服だとラインがくっきり見えて、うちの連中が身悶えてるんじゃないか?」


 そう言いながら、首を揉んでくるピーターソン第七旅団長。
 そのまま背筋はいきん伝いに大臀筋まで手が下りて来て、背筋せすじがそそけ立った。


「いや。特筆すべきは、やはりこの腹斜筋だ! 見栄え重視の連中には無い、この厚みこそが、あの大剣を振り回す原動力だろう」


 逆サイドから、ピーターソン旅団長の手を振り払って、脇腹付近に手を回して来たグレイ第六旅団長。
 触れられているだけで、そこはどうにもむず痒い。


「恐縮です」


 言いながら、逃れる口実を考え始めた。
 悪気がないのは分かっているが、放っておけば 酒の席の無礼講と、エスカレートしかねない。


 確かに、他者の筋肉に興味があるのは、この仕事をしていれば当然かもしれない。
 『どの箇所が発達していれば、より剣に向くのか』などを知るには、見るか触るかするのが手っ取り早いのだろう。

 そうは言っても、私如きが役に立つとも思えない。
 折角なら、もっと発達した……例えば。


「「 旅団長、お疲れ様です!」」


 目の前に、丁度理想的な人物がやって来た。
 これなら、私が席を外しても問題ないだろう。


「失礼。私は少々はばかりに」

「お? ああ。分かった。気をつけてな」


 気をつける? 
 酔っているから転ばないように、とかだろうか?

 子供のようなことで心配されているのが気恥ずかしくはあったが、とりあえず、団長二人と、挨拶にやって来たらしいオレガノ様とユーリーさんに会釈して、私は席を外した。


 祝勝会の名目で招待されたこの宴席だが、王国騎士の方々は、随分大々的に執り行うものだと驚いた。
 普段から、このように親睦を深めているから、いざという時に連携も取りやすいのだろう。
 また、団長が同席してくれることにより、相談などもしやすいのかもしれない。

 関心しつつ、トイレに向かう道中、後ろからぞろぞろと騎士たちが付いてきた。
 酒が入ると近くなるから、運悪くタイミングが重なってしまったのか。
 先行してしまって、何だか申し訳ない。

 それにしても……。

 やけに視線を感じて居た堪れず、用を済ませて早々に外に出た。

 ……弱みでも、探られているのだろうか。
 粗末なほどでは無いはずなので、特に恥いることも無いのだが、凝視されるのは流石に気まずい……。


 ホールに戻ると、それまでメイン会場に集中していた騎士たちは、幾つかのグループに分かれて固まり、談笑しているようだった。

 さて、どうするか。
 元の場所に戻れば、再び仲間に入れてくれるだろうが、折角気安い者同士で楽しんでいるのに、それを邪魔するのも野暮な気がする。
 今までは、客人故に気を遣ってくれていたのだろうから。

 幸い、誰もこちらを気にしていないようだし、ここらでしばし休憩しよう。

 丁度柱の影になりそうな場所にあるカウンターの椅子に腰掛けて、一息ついた。

 店員が酒のオーダーをとりに来たので、先ほどから飲んでいたエールと、水を頼む。

 今回の酒宴のことを、エンリケ様に説明に行ったおり、同じ種類の酒を飲むことと、飲めるタイミングで水分を取っておくように、忠告されたから。

 用意された水を飲み干した後、再びエールに口をつけた。

 同じエールでも、店によって 味は随分違うものらしい。
 エンリケ様やスティーブン様に連れられていったバーで飲んだものと比較して、ここのエールは、何というか……水っぽい感じだ。

 ツマミに出されたナッツを咀嚼しながら、楽しげに騒いでいる騎士たちを眺めていると、側方から気配が近づいて来たので顔を上げた。


「やぁ。大分飲まされていたけど、大丈夫かな? 隣いいかい?」

「どうぞ」


 声をかけて来た人物、ユーリーさんは、同様にエールを注文しながら、隣の席にかけた。


「団長たちは?」

「今日は、顔見せただけだって、すぐ帰った。君の顔を見て、満足したんじゃないかな? 一応、忙しい人たちだし」

「そうですか。……先ほどは、有難うございました」


 意図的だったかは不明だが、こちらとしては丁度逃げたいタイミングだったので、礼を言う。


「うん。君はそういう風だから、あまり心配しないで済むっていうか」

「?」

「何でもない。ところで、聞いたよ?スティーブン様から、お礼代わりに面倒ごとを押し付けられたって?」

「そちらは、どうということはありません。……最初は、正直身構えていたのですが、実際会って話をしてみれば、ダミアン様は案外素直で」

「素直っ⁈ ……なるほど。結局、スティーブン様の思惑通りってわけか……」

「何か?」

「なんでもない。それで?」

「……? ええ。この一ヶ月、厩舎でよく働いていたようで、思いのほか背筋が出来ていたので、早速素振りから始められそうです」

「背筋ができてたって? 何で分かったんだい?」

「筋力がどの程度か 見た目からは見当がつきませんでしたので、失礼ながら少し触れさせて頂きました」

「あー。へー。それは、結構恥ずかしがったんじゃないか?」


 そこで、はたと気づく。

 一応許可は取ったが、指導するにあたっての確認のためとは言え、先ほど旅団長のお二人にされたことと、似たような事をしてしまった気がする。


「…………気付きませんでしたが、そう言えば、身を縮めて多少赤くなっていたかもしれません。悪いことをしてしまったかな」

「いやいや。ダミアン様だもの。嫌なら言うから大丈夫だろ。場合によっては、むしろ悦んでいたかも?」

「…………?」


 どういう意味だろうか?
 

「それより、問題は君の賭けの代償の方だな」


 それに関しては『軽率だった』以外の返答ができない。

 気恥ずかしさから視線を逸らし、偶然その視線の先に、気になるものを捉えた。


「ユーリーさん。その件、後でお話しするのでも構いませんか?」

「どうした?」


 ユーリーさんに視線で伝えた先には、見覚えのある第六の騎士たち数人。
 その中心で、今にも酔い潰れてしまいそうな、あれは……。


「ほらな。やっぱりオレガノさんのが危なっかしいじゃないか」


 ユーリーさんは、頭を抱えながら深くため息を吐き出した。
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