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第五章
祝勝会 兼 慰労会 〜無自覚の考察を添えて
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(sideオレガノ)
「では、選手一同の健勝と益々の活躍を願って!乾杯っ!」
「「 乾杯っ‼︎‼︎ 」」
王国第七旅団の副団長と紹介された騎士の音頭で、祝勝会は幕を開けた。
しかし、びっくりするほど集まったな。
ひしめき合うように居並ぶ、第六第七の騎士たちを見て、思わず苦笑が浮かんだ。
王都の南側に位置するこの酒場は、普段から冒険者や傭兵、王都に居住している騎士らの憩いの場所だ。
自分も、以前何度か訪れたことがあるのだが、個人飲み可能なバーカウンターの他に、大小の宴会に対応出来るよう幾つかのホールで仕切れるようになっていて、それぞれ三十人くらいは余裕で入れるスペースを有している。
今回も、そのホールのうち一つ、状況に応じて続きのホール二つくらいで、わいわいやるのだろう、くらいに考えていたんだが、店にやって来て驚いた。
扉に掲げられていた札には、『本日全館貸切』の文字。
いやまて。冗談だろう?
全館となれば、軽く百数十人は収容可能と言うことになる。
そんなに大風呂敷を拡げて、大丈夫なのか?
などと、心配したものだったが、全くの杞憂だったようだ。
蓋を開ければ席が足りず、皆立食の様相。
乾杯が済んだ後も、皆立ったまま、目当ての人物の元へと押しかけているようだった。
なるほど、ブレない。
完全アウェーの模擬試合会場を、常識に反して、対等の状況まで持って行った団員たちだけのことはある。
因みに、現在自分は、一緒に飲んでいた騎士たちの集団から抜け出して、比較的人気の少ない 二階にあるホールの手すりにもたれて休憩していた。
凄い勢いで酒が出て来て、流石に酔いが回って来たから。
幾ら多少酒に耐性があったって、あれでは半刻と保たずに潰されてしまいそうだ。
一階のメインホールを見下ろすと、旅団員たちに取り囲まれ、延々と酒を注がれているレン君が見えた。
「やぁ、オレガノさん。飲んでる?」
「ああ、ユーリーさん。お疲れ様です」
後方から声をかけて来たのは、同様に招待されていた ユーリーさん。
下のホールにちらりと目をやると、苦笑を浮かべた。
「わはは。あっちは、完全に捕まってるな」
「ええ。大人気ですね」
「まぁ。彼のおかげで、ホント死ななくなったらしいから」
「そうですか」
これまで、聖女様のご公務に同行した際の 旅団の死者数は、一回につき一桁では収まらないと言われていた。
ところが、ここ最近では、死者が全く出ない旅も増えたそうだ。
王宮に仕える騎士界隈では、『最近は国内も随分落ち着いてきた』などと、国民の意識が上がった方向に捉えているようだが、実際現場で戦っている騎士たちから見たら、違うんだろう。
でなければ、常々から馬鹿にしていた『聖騎士』に、あれほど好意を向けるはずもない。
「ところで、先週スティーブン様から、お灸を据えられたって?」
不意に問われて、顔が熱くなった。
「あぁ。聞きましたか? 恥ずかしいな」
「うん。『無自覚すぎて、心配心配』って、コメカミを抑えてたよ。
今日も、用心しておくように頼まれちゃったし」
「自分を、ですか?
……心配するならレン君の方では? 先ほどから、容赦無く酒を注がれているし。
その、旅団は多いんでしょう? そっちの……」
「あー。ま、男所帯で野宿やら外泊が多いと、必然的にどうしてもね。
でも、今日来ている人間は、純粋なファンも多いだろうし。
それに、彼の場合は、ほら。抱かれたい勢のが多いから、大丈夫じゃないかな? 相手さえ気をつければ」
「抱かれっ⁈……何ですかっ?それは」
「生きるか死ぬかの瀬戸際で助けられたりすると、抱かれてもいい!って思うものらしいよ。吊り橋効果ってやつ?」
なるほど。
そういうことなら、分からんでも……いや、やっぱり分からん。
当事者になったら分かるんだろうか?
「だったらやっぱり、自分よりも彼の心配をするべきでは?」
「はぁ。同じ無自覚でも、防衛本能が働くと働かないじゃ、全然違うんだよなぁ」
残念そうにため息をつくユーリーさん。
「同じ無自覚って……」
「具体的に言っちゃうと、レン君って無自覚だけど、ヤバくなったら ちゃんと逃げてきそうなんだよな。でも、オレガノ様って、正直危なっかしいって言うか」
「まさか。そもそも、こんなムキムキの男に手を出したいような騎士なんて、いないでしょう?」
比較してはなんだが、ほっそり小綺麗に整っているレン君の方が、どう考えてもそういう対象になりやすいはずだ。
酔わせて押し倒せば、野生味溢れる旅団員に、体術で抗えるとも思えないし。
それなのに、ユーリーさんは半眼で引き攣り笑いを浮かべた。
何故だっ⁈
……まぁいい。
そんなことより、今日彼に会ったら、聞いておきたいことがあったんだった。
「冗談はさておき、お聞きしたいことが有るのですが」
「冗談って、そういうとこ……。ま、いっか。何かな?」
「王宮舞踏会の時の、ええと。スティーブン様の色……なのかな? あの、レインって名前の騎士……」
そこまで言ったところで、ユーリーさんが、飲んでいた酒を軽く吹き出した。
「おわっ!」
「っがはっっ……げほっ。
あ゛~っ。ごめっ……ちょっと変な方に入っちゃって」
「……はぁ。大丈夫ですか?」
「ああ」
「続けても?」
「良いとも」
「その、ローズを救ってもらったお礼をと、考えてましてね。
スティーブン様から渡して頂くよう、お願いするつもりなのですが、念のため、その人となりを知りたくて。
個人的に調べてもみたんですが、名簿もヒットしないし。
で、思い出して見たら、確か、ユーリーさんともお知り合いのようだったので」
「あー、彼ねー。
多分、今月王宮配属になるから、来月名簿に載るかな? スティーブン様傘下の、諜報部所属で」
「なるほど。では、舞踏会では、職場を見せていたわけですか?」
「そんなところかな」
「失礼ですが、名前は……」
「ええと。確か、レイブン=クロスフォードとかいったかなぁ?
バーニア公爵領出身で、平民だけど腕が立つと聞いて、スティーブン様が拾ってきたとか何だとか? ……俺は、その程度しか」
「十分です。有難う。これで、お礼の品に刻印が出来ます」
流石ユーリーさん。
耳が早い。
と言うか、舞踏会の最中の動きを見れば、彼が普通の王宮所属騎士じゃないのは明らかだ。
ジュリーさんは、その後何も言わなかったが、変わらずエミリオ殿下付きを続けているあたり、彼自身が誰かの影なのだろう。
「役に立てれば良かったけど、そこまでしなくて良いんじゃ無い?」
「それが、ローズがどうしてもお礼をしたいようなので。
……ここだけの話ですが、妹は小さい頃から、寡黙な眼鏡の男性に、何故か憧れがあるんですよね。ダンスレッスンに来てくれていた、母の弟とかがそうで。
内緒ですよ?」
「そうなんだ。分かった。内緒ね」
にこやかに微笑むユーリーさん。
何だかこの人相手だと、気が緩んで余計なことまで話してしまうな。
それとも、少し酔いが回っているんだろうか?
「おっと。旅団長二人のお出ましだ」
ユーリーさんの声に、一階ホールに視線を戻すと、今到着したらしい第六第七の旅団長二人が、悠然とレン君に向かって歩いていくのが見えた。
「酒席で上役とニ対一じゃ、流石にレン君も分が悪いか。俺も一応、挨拶したほうが良いし、オレガノさんも一緒にどうかな?」
「ああ。はい。それじゃぁ」
◆
(side レン)
酒宴も中盤に差し掛かる頃。
遅れてやって来たらしい旅団長のお二人が、挨拶に来て下さった。
お二人は、職務でよく顔を合わせるからか、いつも気さくに声をかけて下さる。
ただ……その気安さゆえなのか、やたらとあちこち触ってくるのが、少し困りものなのだが。
「今日も良い僧帽筋だな! 私服だとラインがくっきり見えて、うちの連中が身悶えてるんじゃないか?」
そう言いながら、首を揉んでくるピーターソン第七旅団長。
そのまま背筋伝いに大臀筋まで手が下りて来て、背筋がそそけ立った。
「いや。特筆すべきは、やはりこの腹斜筋だ! 見栄え重視の連中には無い、この厚みこそが、あの大剣を振り回す原動力だろう」
逆サイドから、ピーターソン旅団長の手を振り払って、脇腹付近に手を回して来たグレイ第六旅団長。
触れられているだけで、そこはどうにもむず痒い。
「恐縮です」
言いながら、逃れる口実を考え始めた。
悪気がないのは分かっているが、放っておけば 酒の席の無礼講と、エスカレートしかねない。
確かに、他者の筋肉に興味があるのは、この仕事をしていれば当然かもしれない。
『どの箇所が発達していれば、より剣に向くのか』などを知るには、見るか触るかするのが手っ取り早いのだろう。
そうは言っても、私如きが役に立つとも思えない。
折角なら、もっと発達した……例えば。
「「 旅団長、お疲れ様です!」」
目の前に、丁度理想的な人物がやって来た。
これなら、私が席を外しても問題ないだろう。
「失礼。私は少々憚りに」
「お? ああ。分かった。気をつけてな」
気をつける?
酔っているから転ばないように、とかだろうか?
子供のようなことで心配されているのが気恥ずかしくはあったが、とりあえず、団長二人と、挨拶にやって来たらしいオレガノ様とユーリーさんに会釈して、私は席を外した。
祝勝会の名目で招待されたこの宴席だが、王国騎士の方々は、随分大々的に執り行うものだと驚いた。
普段から、このように親睦を深めているから、いざという時に連携も取りやすいのだろう。
また、団長が同席してくれることにより、相談などもしやすいのかもしれない。
関心しつつ、トイレに向かう道中、後ろからぞろぞろと騎士たちが付いてきた。
酒が入ると近くなるから、運悪くタイミングが重なってしまったのか。
先行してしまって、何だか申し訳ない。
それにしても……。
やけに視線を感じて居た堪れず、用を済ませて早々に外に出た。
……弱みでも、探られているのだろうか。
粗末なほどでは無いはずなので、特に恥いることも無いのだが、凝視されるのは流石に気まずい……。
ホールに戻ると、それまでメイン会場に集中していた騎士たちは、幾つかのグループに分かれて固まり、談笑しているようだった。
さて、どうするか。
元の場所に戻れば、再び仲間に入れてくれるだろうが、折角気安い者同士で楽しんでいるのに、それを邪魔するのも野暮な気がする。
今までは、客人故に気を遣ってくれていたのだろうから。
幸い、誰もこちらを気にしていないようだし、ここらでしばし休憩しよう。
丁度柱の影になりそうな場所にあるカウンターの椅子に腰掛けて、一息ついた。
店員が酒のオーダーをとりに来たので、先ほどから飲んでいたエールと、水を頼む。
今回の酒宴のことを、エンリケ様に説明に行ったおり、同じ種類の酒を飲むことと、飲めるタイミングで水分を取っておくように、忠告されたから。
用意された水を飲み干した後、再びエールに口をつけた。
同じエールでも、店によって 味は随分違うものらしい。
エンリケ様やスティーブン様に連れられていったバーで飲んだものと比較して、ここのエールは、何というか……水っぽい感じだ。
ツマミに出されたナッツを咀嚼しながら、楽しげに騒いでいる騎士たちを眺めていると、側方から気配が近づいて来たので顔を上げた。
「やぁ。大分飲まされていたけど、大丈夫かな? 隣いいかい?」
「どうぞ」
声をかけて来た人物、ユーリーさんは、同様にエールを注文しながら、隣の席にかけた。
「団長たちは?」
「今日は、顔見せただけだって、すぐ帰った。君の顔を見て、満足したんじゃないかな? 一応、忙しい人たちだし」
「そうですか。……先ほどは、有難うございました」
意図的だったかは不明だが、こちらとしては丁度逃げたいタイミングだったので、礼を言う。
「うん。君はそういう風だから、あまり心配しないで済むっていうか」
「?」
「何でもない。ところで、聞いたよ?スティーブン様から、お礼代わりに面倒ごとを押し付けられたって?」
「そちらは、どうということはありません。……最初は、正直身構えていたのですが、実際会って話をしてみれば、ダミアン様は案外素直で」
「素直っ⁈ ……なるほど。結局、スティーブン様の思惑通りってわけか……」
「何か?」
「なんでもない。それで?」
「……? ええ。この一ヶ月、厩舎でよく働いていたようで、思いのほか背筋が出来ていたので、早速素振りから始められそうです」
「背筋ができてたって? 何で分かったんだい?」
「筋力がどの程度か 見た目からは見当がつきませんでしたので、失礼ながら少し触れさせて頂きました」
「あー。へー。それは、結構恥ずかしがったんじゃないか?」
そこで、はたと気づく。
一応許可は取ったが、指導するにあたっての確認のためとは言え、先ほど旅団長のお二人にされたことと、似たような事をしてしまった気がする。
「…………気付きませんでしたが、そう言えば、身を縮めて多少赤くなっていたかもしれません。悪いことをしてしまったかな」
「いやいや。ダミアン様だもの。嫌なら言うから大丈夫だろ。場合によっては、むしろ悦んでいたかも?」
「…………?」
どういう意味だろうか?
「それより、問題は君の賭けの代償の方だな」
それに関しては『軽率だった』以外の返答ができない。
気恥ずかしさから視線を逸らし、偶然その視線の先に、気になるものを捉えた。
「ユーリーさん。その件、後でお話しするのでも構いませんか?」
「どうした?」
ユーリーさんに視線で伝えた先には、見覚えのある第六の騎士たち数人。
その中心で、今にも酔い潰れてしまいそうな、あれは……。
「ほらな。やっぱりオレガノさんのが危なっかしいじゃないか」
ユーリーさんは、頭を抱えながら深くため息を吐き出した。
「では、選手一同の健勝と益々の活躍を願って!乾杯っ!」
「「 乾杯っ‼︎‼︎ 」」
王国第七旅団の副団長と紹介された騎士の音頭で、祝勝会は幕を開けた。
しかし、びっくりするほど集まったな。
ひしめき合うように居並ぶ、第六第七の騎士たちを見て、思わず苦笑が浮かんだ。
王都の南側に位置するこの酒場は、普段から冒険者や傭兵、王都に居住している騎士らの憩いの場所だ。
自分も、以前何度か訪れたことがあるのだが、個人飲み可能なバーカウンターの他に、大小の宴会に対応出来るよう幾つかのホールで仕切れるようになっていて、それぞれ三十人くらいは余裕で入れるスペースを有している。
今回も、そのホールのうち一つ、状況に応じて続きのホール二つくらいで、わいわいやるのだろう、くらいに考えていたんだが、店にやって来て驚いた。
扉に掲げられていた札には、『本日全館貸切』の文字。
いやまて。冗談だろう?
全館となれば、軽く百数十人は収容可能と言うことになる。
そんなに大風呂敷を拡げて、大丈夫なのか?
などと、心配したものだったが、全くの杞憂だったようだ。
蓋を開ければ席が足りず、皆立食の様相。
乾杯が済んだ後も、皆立ったまま、目当ての人物の元へと押しかけているようだった。
なるほど、ブレない。
完全アウェーの模擬試合会場を、常識に反して、対等の状況まで持って行った団員たちだけのことはある。
因みに、現在自分は、一緒に飲んでいた騎士たちの集団から抜け出して、比較的人気の少ない 二階にあるホールの手すりにもたれて休憩していた。
凄い勢いで酒が出て来て、流石に酔いが回って来たから。
幾ら多少酒に耐性があったって、あれでは半刻と保たずに潰されてしまいそうだ。
一階のメインホールを見下ろすと、旅団員たちに取り囲まれ、延々と酒を注がれているレン君が見えた。
「やぁ、オレガノさん。飲んでる?」
「ああ、ユーリーさん。お疲れ様です」
後方から声をかけて来たのは、同様に招待されていた ユーリーさん。
下のホールにちらりと目をやると、苦笑を浮かべた。
「わはは。あっちは、完全に捕まってるな」
「ええ。大人気ですね」
「まぁ。彼のおかげで、ホント死ななくなったらしいから」
「そうですか」
これまで、聖女様のご公務に同行した際の 旅団の死者数は、一回につき一桁では収まらないと言われていた。
ところが、ここ最近では、死者が全く出ない旅も増えたそうだ。
王宮に仕える騎士界隈では、『最近は国内も随分落ち着いてきた』などと、国民の意識が上がった方向に捉えているようだが、実際現場で戦っている騎士たちから見たら、違うんだろう。
でなければ、常々から馬鹿にしていた『聖騎士』に、あれほど好意を向けるはずもない。
「ところで、先週スティーブン様から、お灸を据えられたって?」
不意に問われて、顔が熱くなった。
「あぁ。聞きましたか? 恥ずかしいな」
「うん。『無自覚すぎて、心配心配』って、コメカミを抑えてたよ。
今日も、用心しておくように頼まれちゃったし」
「自分を、ですか?
……心配するならレン君の方では? 先ほどから、容赦無く酒を注がれているし。
その、旅団は多いんでしょう? そっちの……」
「あー。ま、男所帯で野宿やら外泊が多いと、必然的にどうしてもね。
でも、今日来ている人間は、純粋なファンも多いだろうし。
それに、彼の場合は、ほら。抱かれたい勢のが多いから、大丈夫じゃないかな? 相手さえ気をつければ」
「抱かれっ⁈……何ですかっ?それは」
「生きるか死ぬかの瀬戸際で助けられたりすると、抱かれてもいい!って思うものらしいよ。吊り橋効果ってやつ?」
なるほど。
そういうことなら、分からんでも……いや、やっぱり分からん。
当事者になったら分かるんだろうか?
「だったらやっぱり、自分よりも彼の心配をするべきでは?」
「はぁ。同じ無自覚でも、防衛本能が働くと働かないじゃ、全然違うんだよなぁ」
残念そうにため息をつくユーリーさん。
「同じ無自覚って……」
「具体的に言っちゃうと、レン君って無自覚だけど、ヤバくなったら ちゃんと逃げてきそうなんだよな。でも、オレガノ様って、正直危なっかしいって言うか」
「まさか。そもそも、こんなムキムキの男に手を出したいような騎士なんて、いないでしょう?」
比較してはなんだが、ほっそり小綺麗に整っているレン君の方が、どう考えてもそういう対象になりやすいはずだ。
酔わせて押し倒せば、野生味溢れる旅団員に、体術で抗えるとも思えないし。
それなのに、ユーリーさんは半眼で引き攣り笑いを浮かべた。
何故だっ⁈
……まぁいい。
そんなことより、今日彼に会ったら、聞いておきたいことがあったんだった。
「冗談はさておき、お聞きしたいことが有るのですが」
「冗談って、そういうとこ……。ま、いっか。何かな?」
「王宮舞踏会の時の、ええと。スティーブン様の色……なのかな? あの、レインって名前の騎士……」
そこまで言ったところで、ユーリーさんが、飲んでいた酒を軽く吹き出した。
「おわっ!」
「っがはっっ……げほっ。
あ゛~っ。ごめっ……ちょっと変な方に入っちゃって」
「……はぁ。大丈夫ですか?」
「ああ」
「続けても?」
「良いとも」
「その、ローズを救ってもらったお礼をと、考えてましてね。
スティーブン様から渡して頂くよう、お願いするつもりなのですが、念のため、その人となりを知りたくて。
個人的に調べてもみたんですが、名簿もヒットしないし。
で、思い出して見たら、確か、ユーリーさんともお知り合いのようだったので」
「あー、彼ねー。
多分、今月王宮配属になるから、来月名簿に載るかな? スティーブン様傘下の、諜報部所属で」
「なるほど。では、舞踏会では、職場を見せていたわけですか?」
「そんなところかな」
「失礼ですが、名前は……」
「ええと。確か、レイブン=クロスフォードとかいったかなぁ?
バーニア公爵領出身で、平民だけど腕が立つと聞いて、スティーブン様が拾ってきたとか何だとか? ……俺は、その程度しか」
「十分です。有難う。これで、お礼の品に刻印が出来ます」
流石ユーリーさん。
耳が早い。
と言うか、舞踏会の最中の動きを見れば、彼が普通の王宮所属騎士じゃないのは明らかだ。
ジュリーさんは、その後何も言わなかったが、変わらずエミリオ殿下付きを続けているあたり、彼自身が誰かの影なのだろう。
「役に立てれば良かったけど、そこまでしなくて良いんじゃ無い?」
「それが、ローズがどうしてもお礼をしたいようなので。
……ここだけの話ですが、妹は小さい頃から、寡黙な眼鏡の男性に、何故か憧れがあるんですよね。ダンスレッスンに来てくれていた、母の弟とかがそうで。
内緒ですよ?」
「そうなんだ。分かった。内緒ね」
にこやかに微笑むユーリーさん。
何だかこの人相手だと、気が緩んで余計なことまで話してしまうな。
それとも、少し酔いが回っているんだろうか?
「おっと。旅団長二人のお出ましだ」
ユーリーさんの声に、一階ホールに視線を戻すと、今到着したらしい第六第七の旅団長二人が、悠然とレン君に向かって歩いていくのが見えた。
「酒席で上役とニ対一じゃ、流石にレン君も分が悪いか。俺も一応、挨拶したほうが良いし、オレガノさんも一緒にどうかな?」
「ああ。はい。それじゃぁ」
◆
(side レン)
酒宴も中盤に差し掛かる頃。
遅れてやって来たらしい旅団長のお二人が、挨拶に来て下さった。
お二人は、職務でよく顔を合わせるからか、いつも気さくに声をかけて下さる。
ただ……その気安さゆえなのか、やたらとあちこち触ってくるのが、少し困りものなのだが。
「今日も良い僧帽筋だな! 私服だとラインがくっきり見えて、うちの連中が身悶えてるんじゃないか?」
そう言いながら、首を揉んでくるピーターソン第七旅団長。
そのまま背筋伝いに大臀筋まで手が下りて来て、背筋がそそけ立った。
「いや。特筆すべきは、やはりこの腹斜筋だ! 見栄え重視の連中には無い、この厚みこそが、あの大剣を振り回す原動力だろう」
逆サイドから、ピーターソン旅団長の手を振り払って、脇腹付近に手を回して来たグレイ第六旅団長。
触れられているだけで、そこはどうにもむず痒い。
「恐縮です」
言いながら、逃れる口実を考え始めた。
悪気がないのは分かっているが、放っておけば 酒の席の無礼講と、エスカレートしかねない。
確かに、他者の筋肉に興味があるのは、この仕事をしていれば当然かもしれない。
『どの箇所が発達していれば、より剣に向くのか』などを知るには、見るか触るかするのが手っ取り早いのだろう。
そうは言っても、私如きが役に立つとも思えない。
折角なら、もっと発達した……例えば。
「「 旅団長、お疲れ様です!」」
目の前に、丁度理想的な人物がやって来た。
これなら、私が席を外しても問題ないだろう。
「失礼。私は少々憚りに」
「お? ああ。分かった。気をつけてな」
気をつける?
酔っているから転ばないように、とかだろうか?
子供のようなことで心配されているのが気恥ずかしくはあったが、とりあえず、団長二人と、挨拶にやって来たらしいオレガノ様とユーリーさんに会釈して、私は席を外した。
祝勝会の名目で招待されたこの宴席だが、王国騎士の方々は、随分大々的に執り行うものだと驚いた。
普段から、このように親睦を深めているから、いざという時に連携も取りやすいのだろう。
また、団長が同席してくれることにより、相談などもしやすいのかもしれない。
関心しつつ、トイレに向かう道中、後ろからぞろぞろと騎士たちが付いてきた。
酒が入ると近くなるから、運悪くタイミングが重なってしまったのか。
先行してしまって、何だか申し訳ない。
それにしても……。
やけに視線を感じて居た堪れず、用を済ませて早々に外に出た。
……弱みでも、探られているのだろうか。
粗末なほどでは無いはずなので、特に恥いることも無いのだが、凝視されるのは流石に気まずい……。
ホールに戻ると、それまでメイン会場に集中していた騎士たちは、幾つかのグループに分かれて固まり、談笑しているようだった。
さて、どうするか。
元の場所に戻れば、再び仲間に入れてくれるだろうが、折角気安い者同士で楽しんでいるのに、それを邪魔するのも野暮な気がする。
今までは、客人故に気を遣ってくれていたのだろうから。
幸い、誰もこちらを気にしていないようだし、ここらでしばし休憩しよう。
丁度柱の影になりそうな場所にあるカウンターの椅子に腰掛けて、一息ついた。
店員が酒のオーダーをとりに来たので、先ほどから飲んでいたエールと、水を頼む。
今回の酒宴のことを、エンリケ様に説明に行ったおり、同じ種類の酒を飲むことと、飲めるタイミングで水分を取っておくように、忠告されたから。
用意された水を飲み干した後、再びエールに口をつけた。
同じエールでも、店によって 味は随分違うものらしい。
エンリケ様やスティーブン様に連れられていったバーで飲んだものと比較して、ここのエールは、何というか……水っぽい感じだ。
ツマミに出されたナッツを咀嚼しながら、楽しげに騒いでいる騎士たちを眺めていると、側方から気配が近づいて来たので顔を上げた。
「やぁ。大分飲まされていたけど、大丈夫かな? 隣いいかい?」
「どうぞ」
声をかけて来た人物、ユーリーさんは、同様にエールを注文しながら、隣の席にかけた。
「団長たちは?」
「今日は、顔見せただけだって、すぐ帰った。君の顔を見て、満足したんじゃないかな? 一応、忙しい人たちだし」
「そうですか。……先ほどは、有難うございました」
意図的だったかは不明だが、こちらとしては丁度逃げたいタイミングだったので、礼を言う。
「うん。君はそういう風だから、あまり心配しないで済むっていうか」
「?」
「何でもない。ところで、聞いたよ?スティーブン様から、お礼代わりに面倒ごとを押し付けられたって?」
「そちらは、どうということはありません。……最初は、正直身構えていたのですが、実際会って話をしてみれば、ダミアン様は案外素直で」
「素直っ⁈ ……なるほど。結局、スティーブン様の思惑通りってわけか……」
「何か?」
「なんでもない。それで?」
「……? ええ。この一ヶ月、厩舎でよく働いていたようで、思いのほか背筋が出来ていたので、早速素振りから始められそうです」
「背筋ができてたって? 何で分かったんだい?」
「筋力がどの程度か 見た目からは見当がつきませんでしたので、失礼ながら少し触れさせて頂きました」
「あー。へー。それは、結構恥ずかしがったんじゃないか?」
そこで、はたと気づく。
一応許可は取ったが、指導するにあたっての確認のためとは言え、先ほど旅団長のお二人にされたことと、似たような事をしてしまった気がする。
「…………気付きませんでしたが、そう言えば、身を縮めて多少赤くなっていたかもしれません。悪いことをしてしまったかな」
「いやいや。ダミアン様だもの。嫌なら言うから大丈夫だろ。場合によっては、むしろ悦んでいたかも?」
「…………?」
どういう意味だろうか?
「それより、問題は君の賭けの代償の方だな」
それに関しては『軽率だった』以外の返答ができない。
気恥ずかしさから視線を逸らし、偶然その視線の先に、気になるものを捉えた。
「ユーリーさん。その件、後でお話しするのでも構いませんか?」
「どうした?」
ユーリーさんに視線で伝えた先には、見覚えのある第六の騎士たち数人。
その中心で、今にも酔い潰れてしまいそうな、あれは……。
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こうじ
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アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
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