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第五章

思い通りにならないのが人生

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「私、もう 会場に戻りますわ」

「いやいや。もうしばらくで良いですから休んで、せめて目元を冷やし、化粧をなおさないことには。泣いたのがバレバレですから……」

「でもっ!今にもドレスのカーテンが出来ているかも分かりませんし……」


 休憩室から、早々に会場に戻ろうとするプリシラを、何とかその場に留めるべく、トリスタンは苦心していた。


(しかし……目元を冷やすにしたって、濡れたハンカチでは一層化粧が落ちるし。いや……既に目の周りは崩れているから、一緒か?)


「とりあえず、ハンカチを濡らして来ますから、暫くお待ち下さい」

「でも……こうしている間にも……水場に行くには時間がかかり過ぎますわ」

「…………はぁ」


 トリスタンはため息を吐く。


「先程のご令息らの話だと、今後は、ジェファーソン様の周りに、ドレスのカーテンは出来ないような言い方でしたが?」

「あんなっ!初めて会うような方たちのことなど、信用できませんわっ!」


 ヒステリックに声を上げるプリシラに、トリスタンは頭を抱えた。


(だったら、誰の意見なら納得するというんだ⁈  別に、相手が浮ついた印象だったわけでもないってのに……一体どちらが無礼だというのか)


 色々面倒になってきたトリスタンは、イライラとコメカミを抑える。


(この際、このまま戻っても構わないか。どうせ、恥をかくのはプリシラ様だ。
 ……まぁ、後で私も、エンリケ様にこってり絞られるだろうが。
 でもさ、そもそも これ、本来私の仕事じゃないからな? 普通は補助要員がっ! て。っあ……。そう言えば……)


「そう言えば、さっきクルス君が言ってましたよ。『今までとは人の動きが違うから、注意した方が良い』って。
 彼、確か、ジェファーソン様と親交があったのでは?」

「クルスさんが?」

「えぇ。プリシラさんの護衛に着くよう エンリケ様に指名された直後に。
 控えめな彼にしては珍しく、わざわざ私を引き留めたので、気になっていたんです」

「クルスさんは、確か模擬戦の時に……。では、もしかして 何か知っていたのかしら。だったら、こっそり教えて下されば良いのに! 全く気の利かないことっ!」

「ぃや……それは……」

「……何か仰って?」

「…………いえ」


(それは、いくらなんでも理不尽だろう。
 確かにプリシラ様の想い人については、聖女付きの聖騎士ならば、誰もが知っていることではあるが、本人が公言していないのに口を挟めば、どうせ嫌な顔をするくせに)

 トリスタンは、半眼になりつつも、誤魔化すように笑みを浮かべる。


「とにかく! ここを動かずに待っていて下さい。せめて目元を冷やせるものを、誰かに頼んできますから!」


 ソファーを勧め、トリスタンは使用人を探すべく休憩室の扉を開く。


(やれやれ。聖女様といい、プリシラ嬢といい。女性の機嫌を損ねず済ますのは、どうしてこうも難しいんだろうな? こういう職場にいると、女性に対して全く夢がもてない……)


 そんなことを考えつつ、うんざりしながら外に出たところ、丁度通路を歩いていた公女ヴェロニカと、彼女をエスコートしていたスティーブンに、偶然鉢合わせてしまった。


「あら。聖女様は休憩中ですのね? これからご挨拶を、と思っていたのですが……」


 鈴を転がしたような清涼な声に、トリスタンは一瞬硬直し、慌てて頭を下げる。


「これは。退室のタイミングが悪く、失礼致しました。聖女様でしたら、会場にいらっしゃいます。こちらには休憩中の聖女候補が……」

「あら、候補? 今日はどなたが来ているの? 普段通りなら、プリシラ様かしらね?」


 楽しげな口調でやんわり問うスティーブンに、トリスタンは苦笑いで返答を返す。


「は、はい」

「まぁ。久しくお会いできなかったから嬉しいですわ」


 ヴェロニカは、柔らかく微笑んだ。
 その美しさに、トリスタンは 頬を赤らめて、暫く呆けた。

(いつもながら、本当にお美しくていらっしゃる。ヴェロニカ様ならば、たとえ不機嫌そうにされていても、従者にとってはご褒美だろう。……仕方ないこととはいえ、王子殿下が羨ましい)


 トリスタンがそう胸中でつぶやいた時、後方の扉が開き、プリシラが顔を出した。

 トリスタンは、顔をしかめる。
 彼女の目元は、当然のことながら、泣き腫らして赤らみ浮腫んでいたから。

 今まで和やかに語らっていた二人の視線が、一瞬にして刺すようなものに変わる。
 トリスタンは頭を抱えた。


(これではまるで、私が泣かせたようではないか!)


「プリシラ様、どうなさったの?」

「ヴェロニカ様。ご無礼をお許しください。私……わたくし」


 はらはらと涙を落とすプリシラの肩を抱き、ヴェロニカが視線を投げてくるので、トリスタンは両手をあげて、慌てて顔を左右に振る。
 自分のせいにされては堪らない。


「私は、何か目元を冷やすものをお持ちします。聖女様は、まだお戻りにはなりませんので、宜しければ中でお話し下さい」


 自らの名誉を守るためにも、プリシラの涙の理由と自分が無関係であることを、本人の口から聞いてもらった方が良いと判断したトリスタンは、二人に入室を勧め、自らは雑用に回ることにした。







「それで、どうなさったの?」


 使用人を引き連れたトリスタンが戻り、飲み物が用意された休憩室。

 プリシラと同じソファーに腰かけ、彼女の背中を優しく撫でながら、ヴェロニカが口を開いた。
 対面にあるソファーには、スティーブンが座り、静かに様子を伺っている。
 

「お恥ずかしいところをお見せして。あの……お二方からならば、本当のことが聞けると思って。その。ジェファーソン様のことなのですが」


 目元を濡れたハンカチで冷やしながら、ポツポツと語り始めたプリシラ。
 その冒頭を聞いて、ヴェロニカとスティーブンは、一瞬にして遠い目になった。


「もう、ドレスの囲いを作っての会話は無いと……本当でしょうか?」


 ヴェロニカとスティーブンは、ほぼ同時に視線を合わせた。
 直ぐに、スティーブンが右手を胸に当て、自分が話す旨伝えたため、ヴェロニカは小さく頷く。
 

「単刀直入にいうと、YESね」

「フランチェスコ様の婚約が決まったからですか?」

「正確には、フランが社交会への参加を見合わせているからよ。もう、御令嬢を自分に引きつける必要が無くなったから」

「では、彼らが言っていた通りなのね……。でも、ご挨拶も出来なくなるなんて」


 そう小さく呟き、プリシラが項垂れるのを見て、ヴェロニカはスティーブンに視線を送った。


(どういうことですの? 挨拶くらい、普通にするはずですわ)


 目で訴えられて、スティーブンは苦笑を浮かべるが、一瞬だけ視線を大きく逸らすことで返答にかえた。


(ジェフの排除リストに載ったってことでしょ)


 それを見て、ヴェロニカはプリシラに哀れみの目を向ける。


「まぁまぁ。ジェフだけが男じゃ無いわ。そもそも、プリシラ様にジェフは勿体無いって言ったでしょ? さっさと、次いきましょう!次!」


 スティーブンは明るく提案したが、レディー二人に妬ましげに見つめられ、居心地が悪そうに明後日の方向を向いた。

 ヴェロニカは、薄桃色の唇に手を当て、しばし考える。


(私たちと一緒に会場に戻れば、プリシラ様とジェフを合わせることは出来るけど、それをジェフは望まない。
 更に、それに関しては、ステファニー様もジェフに賛同している様子。ならば、二人が結ばれる将来は無い。
 下手に希望を持たせるべきでは無いでしょうね)


「プリシラ様。ジェフは ようやく成人し、これから一人の男として、様々なことを学んでいくの。どうか、温かく見守ってあげて下さらないかしら」


 プリシラは、泣きそうな顔をヴェロニカに向けたが、やがて俯いて小さく頷いた。


「……分かりましたわ」







「それにしても、全く罪作りなこと。『女の敵』再び、ですわね」

「仕方ないわよ。あの顔ですもの。逆に、フランみたいにならなかったのが奇跡だと思って、許してあげてちょうだい」

「アレは論外です。野生動物の方が、まだ理性的では無いかしら。ジェフに関しては、ヒト族の男として、あまり軽薄なのは考えものだと言ったのです」


 傷心のプリシラをトリスタンに任せ、会場に戻って来た二人は、表面上はにこやかに微笑みながら、軽くドウェイン家の息子たちをデスっていた。


「あら。あの子は一途よ?周りが放っておかないだけで。
 今回のこと、相手がローズマリーちゃんでなければ、私も応援したのだけど」

「彼女は、絶対譲れませんわ」

「ええ。だから、貴女たちの味方してるじゃないのって……あらやだっ!」


 エミリオとジェフ、二人が待っているはずのガーデンにちらりと目をやり、スティーブンは口元をおさえた。
 視線でそれを追ったヴェロニカも、同様に口元をおさえ、眉を寄せる。


「まぁ。アレはリリアーナさん? まさか、今日彼女が来ていたなんて……しかも、エミリオ様と二人でお話を?」

「よく見て?大丈夫。彼女の母親らしき人物も一緒にいてよ。それに、戸口にジェフもいるわ」

「あの子ったら……。まさか、私たち先程、誘導されたのかしら?」

「可能性は十分ね」


 二人は、ほぼ同時にため息を吐く。


「してやられたわ。あの子に貴女のエスコートを任せるべきだった」

「全く、悪だくみだけはどんどん上手になるのだから、かなわないわ」


 しばらくして、むくれ顔のリリアーナと 、困り顔の母親らしき女性が会場に戻って来たのを確認し、二人は ほっと胸を撫で下ろした。

 それから程なくして、会場に戻って来たジェファーソンの後ろ襟を、スティーブンは捕まえる。


「あれ? もう戻られていたんですね?」

「ええ。貴方の策に嵌められていたことなど気付きもせずに、今まで貴方のフォローしてあげていたなんて、お姉さん悔しいわ」


 よよよ、と、泣いたふりのスティーブンに、きょとんとした顔で、エミリオは首を傾げた。


「はめられた?」

「リリアーナさんと 殿下がここで会ったのは、偶然では無いということですわ。
 ま。ジェフが一体、どこから仕組んでいたか、わかりませんけどね?
 ……まさかとは思うけど、彼女たちの招待に一役買ったなんてこと、無いでしょうね?」

「やだなぁ。僕は、そこまで悪党ではありませんよ。ここに来てから偶然お見かけしたので、事前に少しだけ、情報を交換しただけで」


 ジェフは、苦笑いで首を横に振る。


「なっ!ジェフ、お前なぁっ」


 呆れ顔のエミリオの横に、ヴェロニカは静々と戻った。


「殿下」

「な……何だ?」

「ご立派な対応でしたわ」

「あ?あぁ。当然だ。任せてくれ」


 しどろもどろで返される返事に、ヴェロニカはクスクスと笑う。


「護衛の皆様も。殿下をお導きくださり、ありがとうございます。
 ジェフ?あとでお仕置きよ」

「えぇ? 僕だって、ちゃんとフォローしましたよ? ねぇ?殿下」

「最後にちょっとだけな。でも、ちゃんとお仕置きを受けておいた方がいいんじゃないか?ご褒美だろう?」

「残念ながら、僕、そういうのに喜びを感じるタイプじゃ無いんですよね?」


 苦笑いで遠慮したジェフだったが、年長二人の冷ややかな微笑みを受け、その場で丁重に謝罪したのだった。


「ええと。ベル従姉様におかれましては、ご不快な気分にさせてしまい、申し訳ありません。後日、王都で流行中のスイーツを届けますので、どうかお許し下さい」

「あら? それ良いわね。私にもお願い」

「ええ? まぁ。別に良いですけど……」

「んふふ。それじゃ、来週はティーパーティーね。ジェフ?企画をお願いね? 楽しみだわ」

「ああ。うちでやるんですね……」

 既に決定事項になったらしいイベントの企画運営を任されて、ジェファーソンは頬を掻く。


(やっぱり、従兄姉の二人には、今しばらくは、敵いそうもないや)


「それではそろそろ、聖女様にご挨拶にいきましょうか?」


 スティーブンのウインクを合図に、四人は当初の予定通り、聖女様への挨拶へ向かうことになった。





「お母さん。どうして帰ることにしたの? 私、何か間違えた?」


 早足で前を歩く母親を追いかけながら、リリアーナは尋ねる。


「私、言われたとおりにしたよ?」

「そうね。貴女は悪く無い。寧ろ、よく頑張ったわ。
 予定外なのは、王子殿下の方。随分急激に成長なさっておいでだったけど、どうしたことかしら」

「ああ。それ、多分マリーさんの影響だと思う。自分の役割を果たせる男の子がかっこいいみたいなこと、言ってたから」

「……そう。そちらも随分イメージが違うわ。私たちが介入したせいかしら?」

「ん?」

「いーえ。こちらの話。それにしても、思い通りにことを運ぶというのは、難しいものね」

「うん。そうだね」


 エントランスで馬車の準備を頼むと、二人は待合のベンチに腰かける。


「とりあえず、殿下が思ったより常識的である以上、教養の獲得は急務だわ」

「え゛?」


(それって、勉強しなきゃいけないってこと? えー。面倒。
 ありのままの私を、エミリオ様が好きになってくれて、お金も何もかも思いのままっていうのが理想なのに)


 唇を尖らせる娘の頭を、優しくひとなで して、夫人は微笑む。


「大丈夫! 完璧じゃなくて良いの。一生懸命頑張る貴女のひたむきな姿に、きっと殿下はきゅんきゅんするはず!」

「ホント? そっか。そうだよね!うん。それじゃ、私、頑張るね!」

「ええ。まぁ、差し当たり、社交界のマナーがまとめられた本を送るから、シーズン中には全部読んでおいてね?」

「はーい!」


 話がつく頃には、馬車がエントランスに入って来た。


 後日届けられた、マナーブックのあまりの分厚さに、リリアーナが表紙をめくった直後そっ閉じし、書棚に飾られたままになったことを、彼女の母親は知らない。

 
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