投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

絡み合う恋と策謀のイト ⑸

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(side エミリオ)


 ドリンクを頼みに行ったジェフと一時的に別れ、護衛の騎士数人と共に近場のガーデンに足を踏み出した時、


「あれれぇ? エミリオ様だぁ!まさかこんなところでお会いできるなんて、もしかして運命?」


 耳に届いた 聞き覚えのある能天気な声に、俺はうっかり そちらを向いてしまった。

 過ちに気づいたのは、リリアと完全に目が合ってしまった後。

 彼女は、掛けていた椅子から立ち上がると、嬉しそうにこちらにやって来て、やや不恰好ながら 淑女らしく礼をした。
 そのまま満面の笑みを浮かべると、少し上目遣いに、こちらの顔を覗き込んでくる。


 ……しまったっ!

 流石にこの状況では、気づかなかった振りでスルーすることも出来ない。

 だが、うっかり話しかけたりなどした日には、絶対話が長くなる。


 別に、リリアと話すのが嫌ってわけじゃないんだが、こういった公の場所では、それはあまりよく思われない……らしい。

 そりゃぁ、王子が、婚約者の休憩中に、別の女性、しかも名目貴族 実質庶民の娘と二人きりで仲良く話していたら、イメージ良いわけがないよな。


 まぁ……。
 しばらく待てば ジェフが来るから、『俺が女性と二人きりで話していた』などといった噂を立てられることは、とりあえず ないと思うが……。

 そう考えて口を開きかけ、ふと考え直した。

 
  いや。待てよ?

 確かにジェフは、ここに来るだろう。
 それは間違いないが、果たして助け舟を出すだろうか?
 
 彼奴にとって この状況は、寧ろ都合が良いかもしれない。
 何故って? 
 リリアが俺に近づくと、大概の場合、マリーが遠慮して引くから。

 今日はマリーが来ていないから、気にすることは無いのかもしれない。
 だが、もし仮に、社交界で妙な噂を立てられて、それがマリーの耳に入ったら?

 控えめなマリーのことだ。
 リリアに譲って身を引いて、今後、俺のことを避けるようになるかもしれない。

 それは、断じて困る!
 すると、ここは、リリアに話しかけるべきではないな!


 瞬時に答えを導き出し、俺は小さく頷いた。


 ……ただまぁ、挨拶を受けたのに シカトってわけには いかないから。

 俺は、他の貴族たちに対するのと同様、顔に笑みを浮かべると、とりあえず片手を上げて挨拶を返し、そのまま通り過ぎようとした。

 相手が 常識のある まともな貴族であれば、これで大体理解する。
 つまり、『今は立場上話せない。どうしてもということならば、婚約者が同席しているときに出直してくれ』という、やんわりとした拒否だ。

 だが……よく考えたら、リリアに常識を求めても無駄だった。


「えぇ? ちょっと待ってくださいよぅ。エミリオ様。リリア、ちょっとだけで良いから、エミリオ様とお話ししたいですぅ!」


 リリアは慌てて俺に駆けよると、両手を胸の前で組み、上目遣いで甘えた声を出す。
 そしてそのまま、腕にしがみついて、彼女の胸のあたりを俺の腕に押し付けて来た。
 ……相変わらず、ダイレクトに肋骨の感触しか しないわけだが。


「っう……あ、あぁ。そうか。気持ちは嬉しいが、腕を組むのはダメだ。離してくれないか?」

「いやっ。いやっ!」


 リリアは首を左右に振って、頬を膨らませてみせた。

 おいおい……。

 俺は苦笑を浮かべる。

 参ったな。

 だが……まぁ、ある意味可愛いらしく見えないこともない。

 この天真爛漫さは、庶民ゆえなのか、それともリリアが元々持っている性格なのか。

 こんなことを言ったらヴェロニカに叱られそうだが、正直、悪い気はしない。

『俺と話したい』って言う素直な気持ちを、ここまでストレートに言葉や態度に出してくる奴は初めてだし。


 社交界のルールやマナー。

 ここ数ヶ月の間、教育係のマダムにきっちり習ったから、俺にとっては、既に当然のことになりつつあったが、俺もつい最近まで似たかよったか……いや、もっと酷かった自覚があるから、リリアばかりを責められない気もするしな……。


 リリアの髪からふわりと苺みたいな甘い香りがして、『少しの間だけなら、まぁ良いか』などと絆されそうになる。

 …………。

 いいや!駄目だろう。
 今、一瞬何を考えた?

 慌てて頭を振って、俺はリリアの腕を押した。


「リリア。駄目だ。そういう決まりだから」

「どうして? 初めて会った時は、そんなこと言わなかったのに。決まりなんて知らない! 私は、エミリオ様と一緒にいられるだけで良いのに……」


 目元を潤ませるリリアに、どう対処したら良いのか分からなくなる。

 泣くほど俺と一緒にいたいと言ってくれているのに、それを許さないとか、俺ってもしかして酷い奴?

 いや。しかし、決まりが。

 だが、決まりのために人を泣かせて良いのか?
 そのルールは間違っていないか?


 ぐるぐる考えていたら、俺の横にユリシーズが立った。
 彼奴は眉間に皺を寄せ、リリアに向かって硬質な口調で告げる。


「失礼? 御令嬢。エミリオ王子殿下は、長時間のご公務で、大変お疲れなのです。どうかお手を離して頂きたい」

「何このオッサン。こわーい! エミリオ様、助けて?」

「オッさん……⁈」


 不満げに、ボソっっと呟かれたユリシーズの声にクスッときて、そこで急激に 思考が正常に戻った。

 なんだか、今、ちょっとぼーっとしてたみたいだ。やっぱり、疲れているんだろうか?
 
 ルールを破るのは、当然、まずいに決まっている。
 そりゃぁ、誰も泣かせないで済むなら それが一番良いが、優先順位は存在する。
 そして、俺が最も大事にしなければならないのは、婚約者のヴェロニカだ。リリアじゃない。


「リリア。こいつの言う通り、疲れているから少し休みたいんだ。腕を離してくれ」

「いやです」

「リリア?」

「えーん。やだやだ!やっとお会いできたのに」

「また、いつだって会えるだろう?」


 駄々っ子のように俺にしがみついて、首を振っているリリアに対し、宥めるようにそう告げると、彼女は唇を噛みながら潤んだ瞳でこちらを見つめて来た。


「それじゃぁ、エミリオ様。私のお願いを聞いてくれますか?」

「なんだ? 俺にできる範囲でなら聞くが?」

「それじゃぁ、もし、私が次の聖女に選ばれたら、私をエミリオ様のお嫁さんにして下さい!」


「……はっ?」


 何だって唐突に、そんなことを思いついたんだ?

 突然飛び出した爆弾発言に、俺は目を見開いた。


「……いや。そんな重要なこと、俺の一存じゃ……」

「聖女との婚姻は、王族にとって誉れなんですよね? だったら、王宮は絶対許可するわ!
 約束してくれなきゃ、この手は離さないんだから!」


 本気か?
 
 好意を寄せられているのは、分かっていたが、そこまでだとは思わなかった。

 困惑してリリアの表情を伺い見るが、冗談を言っているようにも見えない。

 現役の聖女候補は現状五名で、まだ増える可能性もあるから、こちらとしては、それほど分の悪い賭けではないが、流石に即決できる内容じゃない。


「俺には婚約者がいるんだが?」

「そんなの気にしないもん。エミリオ様が、私を一番愛してくれれば……」


 それは、無理だ。

 素直にそう思って、断るべく口を開こうとしたところを、戸口から聞こえた別の声に遮られた。


「流石の押しの強さですね? リリアーナさん。でも、やりすぎは禁物ですよ? 
 殿下が賭けに乗ってこなければ、元も子もないでしょう?」

「ジェフ……」
「ジェファーソン様……」


 俺は忌々しげに小さく舌打ちをし、リリアは唇を噛みながらジェフに視線を向けた。
 
 アイツ……。

 全然気づかなかったが、さては、少し前からガーデンに来ていて、様子を伺っていたな?

 だから、俺がリリアの願いを断る直前を見計らって、口を挟んだのだろう。

 リリアは、ジェフの意図に気づかず、邪魔されたと勘違いしているようだが、あのままストップが掛からなければ、俺はこの場で、完全に彼女をふっていた。

 つまり、ジェフが口を挟んだタイミングは、リリアにとって最良だった。

 では、対する俺にとっては最悪のタイミングだったのか?と言うと、決してそうではない。

 実際に、リリアが聖女に選ばれる可能性がある以上、今この場で関係を完全に切ってしまうのは、王宮と聖堂との関係を悪くしかねないから。

 結果、双方にとってプラスになるタイミングだったのだ。

 ジェフの、そういう小賢しいところがどうにも気にくわないが、フォローを入れてくれたのは間違いないから、文句のつけようもない。


「そういうことですから、僕に免じて、『賭けは暫く保留』ってことにしませんか? こういうのは、よく考えて、お互いが納得したところでスタートするべきです。そう思いませんか?ご婦人」


 ジェフは、先程リリアが居たテーブル席に佇んでいる夫人に視線を向ける。
 彼女は、その場で会釈をした


「仰る通りですわ。殿下。この度は、常識なしの娘が、大変ご無礼を致しました」


 リリアの母親と思しき夫人は、深々と頭を下げた。


「いや。構わない」

「ジェファーソン様も。この度は、未熟な娘のフォローを頂き、ありがとうございました」

「いえいぇ」

「リリー。今日のところはこれで帰りましょう。家で少し、マナーを学ばないとね」

「…………はい」

 がっくりと項垂れたリリアを引き連れ、夫人がガーデンを辞するのを、俺たちは苦笑いで見送った。
 

 
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