投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

文字の大きさ
上 下
174 / 288
第五章

絡み合う恋と策謀のイト ⑷

しおりを挟む
 
 イングリッド公爵夫人のサロンにて。

 聖女アンジェリカへの挨拶を求める長蛇の列が、ようやく一区切りついた頃、聖女候補プリシラは、いそいそとその場を離れる準備を始めていた。

 聖女候補は、こういった席では 基本、聖女の周りに控えることになっている。

 だが、警護の関係上、聖女は殆ど一定の場所から動かない。
 そこで、通例として、挨拶がひと段落した後ならば、聖女候補は比較的に自由に動けることになっていた。


(先ほど見た時は、珍しくドレスのカーテンが出来ていないようでしたけど、会も中盤の今ならば、そろそろジェファーソン様は いらっしゃっているはず。
 先日あまり話して頂けなかったことをなじって、ねたふりをすれば、女性の扱いの上手な彼のこと。きっと、いつもより近くでお話しさせて頂けるに違いないわ!)


 ふんすと、一つ鼻を鳴らして意気込むと、プリシラは 化粧品の入ったポーチを片手に、聖女付き筆頭聖騎士エンリケに声をかけた。


「エンリケ様。わたくしそろそろ……」

「ああ……今日も動かれますかぃ? そしたら、聖騎士を一人お連れなさい。先日の件で、聖堂幹部が相当神経質になってますから」

「いえ。必要ありませんわ。サロンは慣れておりますし」


 プリシラは、慌てて顔の前で手を振った。
 事実、彼女にとって それは 邪魔でしかなかったから。


(ローズマリーさんのせいで、本当に迷惑なこと。
 護衛の聖騎士とは言え、従者以外の男性を引き連れていては、ドレスのカーテンの中に入りにくいですわ)


 ローズマリーが事件に巻き込まれた原因の一端は、プリシラ自身にも有るのだが、それを知らないが故に、彼女は自分勝手に憤る。
 

 やんわりと断りの言葉を述べるプリシラに、しかし、エンリケは キッパリと首を横に振った。


「そういうわけにゃぁ、いきませんや。悪いことは重なるって言いますでしょう?
 それに、しばらくの間は そう言う方針で行くと決まっておりますんでね」

「ですが、それでは聖女様の警護が手薄に……」

「心配ご無用。その為の増員ですからな」


 エンリケは、口角を上げながら、親指で 聖女の真後ろに控えるレンを指す。


「ま。本来なら、貴女にお付けする人材は、補助要員のアイツ一択なんだが……」

「それは……駄目ですわ」

「そうなんでさ。そんなことをした日にゃぁ、後が煩くてかないません。すると、聖女付きを出さにゃならんが。さて、誰がいいか……」


 エンリケは、周囲を囲う聖騎士一人一人に視線を向けると、少し考えるように沈黙した。


 

 一方、その様子を見ていた聖女付き聖騎士たちは、一様に眉を寄せていた。

 それぞれこっそり目配せしあうと、プリシラには聞こえないよう、小声で意見を交わす。


「やれやれ。あのような事件の後に、よくもまぁ、浮わついたものだ」

「危機感が足りん。噂が完全に沈静化するまでは、動き回らず、大人しくここで待って居ればいいものを」


 年長の聖騎士たちは、その表情に若干の苛立ちを滲ませる。
 それを聞き、中年層の聖騎士たちは、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「適齢の娘なぞ、あんなものでしょう?」

「プリシラ様のことだ。どうせ、いつもの如くドレスのカーテンの一部になるのだから、ある意味安全。護衛は不要じゃないかね?」


 それらをなだめるように、一番若年のトリスタンが、苦笑いで口を挟む。


「まぁまぁ。どうせ付くのは私でしょうから、それくらいにしといてやって下さい」

「…………。私では?」


 それまで 我関せずといった態度で警戒に当たっていたレンが、小声でそう呟くのを聞いて、周囲の聖騎士たちは、げんなりとした顔でため息をついた。
 

「君な……」

「私をほったらかして、アレを守ると言うの?」


 トリスタンが苦言を言うより早く、聖女、アンジェリカの不機嫌な声と視線が レンに向けられる。

 周囲の聖騎士たちは、小さく天を仰ぎ、全員一斉に視線を逸らした。

 レンはその場で膝を付き、頭を下げる。


「末席である私が付くのが、妥当であるかと……」

「私より、プリシラが良いわけ?」

「いえ。決して、そのような」

「どうだか」


 アンジェリカは、吐き捨てるようにそういうと、勢いよく顔を背けた。

 レンは、深く頭を下げる。

 その時、警護要員を決めたらしいエンリケが、こちらにむかって声をあげた。


「よし。トリスタン。プリシラ嬢の警護を任せた」

「了解しました」


 予想通りの結果に、トリスタンは苦笑いで足を踏み出す。
 その後ろ足のズボンの裾を、わずかにレンが引いた。


「どうした?」

「恐らく、今までとは人の動きが違います。ご注意ください」

「は?」


 小声で告げられた言葉に、トリスタンは首を傾げたが、レンは それ以上言葉を繋ぐことはなかった。



 既に決められてしまったことに 逆らうわけにもいかず、仕方なしにトリスタンを伴い、プリシラは いつもの如く会場内を歩いていた。

 ところが、今日はどうしたことか。
 参加した客人たちは比較的バラけており、どこを探しても、色とりどりのドレスが密集している場所が無い。


(いつもならば、数秒で見つけられますのに。まさか、本日は不参加なのかしら?)


 不安げに周囲を見回しているプリシラに、トリスタンは耳打ちをする。


「何やら、右のバーカウンター付近が騒がしくなってきましたね? 」


 言われて、会場中央右側の壁際に位置するバーカウンターに目を向けると、眩い金髪の美少年、ジェファーソンを見つけることが出来た。

 その周囲に、今日は珍しく女性たちがいない。

 いや。
 厳密には、いる。
 その距離が、普段より遠巻きなだけで。

 彼女たちは、きゃぁきゃぁと歓声をあげて騒いでいるが、それ以上近づいていく気配はない。
 

(珍しいこと。……でも、これはビッグチャンスですわ!)


 プリシラは、鼻息荒く ジェファーソンの元へ足を踏み出した。

 ところが……。


「あら。プリシラ様ではございませんこと?ご機嫌よう!」

「これは……ご無沙汰しております」


 後方からやって来た、知人のマダムから突如声をかけられ、その場にとどまらざるを得なくなってしまう。


(どうして、このタイミングで?)


 歯噛みするが、マダムはお喋りをスタートさせてしまっており、簡単に逃れられそうもない。

 プリシラは、視線をジェファーソンに送りつつ、相槌を打ちながら 嵐が通り過ぎるのを待った。
 だが、マダムは話を辞めないばかりか、とんでも無いことを言い出した。


「ところで、お世話になった伯爵夫人に、丁度年頃のご令息がいらっしゃいますのよ。折角ですので紹介致しますわ」

「いえ。私は……」

「ご遠慮なさらずに」


 申し合わせたかのようにやってきた、プリシラより幾つか年上らしき 伯爵令息。
 それなりに整った顔立ちに、優しげな笑みを浮かべている。

 また、彼と一緒に 数人の男友達もやって来たようだった。


「とても良い子たちですのよ? 
 あら、いつまでも私がでしゃばっていたら、いけないわね。後は若い人たちで、仲を深めてね」

「え? いえ。あの……っ」


 プリシラは慌てて止めたが、マダムは聞こえないふりで、さっさとその場を立ち去ってしまった。
 追いかけようとしたが、目の前を伯爵令息らに塞がれてしまう。


「困ります。私っ!」

「まぁまぁ。突然の無礼は謝りますが、せめてご挨拶だけでも させて頂けませんか? オルセー伯爵令嬢」

「今、私、とても急いでおりますの。どうか後にして下さいませ」

「そう仰らず。どうせ、ドウェイン侯爵令息には近づけないのですから」

「……っえ?」


 思いがけない言葉に、プリシラは聞き返したが、彼らは困ったように微笑むだけで、返答はない。

 プリシラが困惑を深めていると、彼女の前にトリスタンが進み出た。


「失礼。プリシラ嬢が混乱しておりますので、もう少し分かりやすく説明をお願いしたい。それ次第では、失礼を承知で この場を離れます」
 

 流石のプリシラも、この時ばかりは、エンリケが護衛の聖騎士をつけてくれたことに感謝した。
 令息たちは、困ったように顔を見合わせた後、口を開いた。


「ご存知ないのですか? 正式な発表は まだですが、ドウェイン侯爵家の長男、フランチェスコ様は婚約が決まり、ここのところの社交を控えていることを」

「それは…………存じておりますが」

「それで、ジェファーソン様は、ご自分を客寄せに使う必要が無くなったのです」

「今後は、話したい相手にのみ、ご自身から声をかける心算だとか……」

「結果、ここのところ、パートナーがいない我らのような年頃の令息らが、比較的活動的になっているのです。
 無論、無理強いするつもりは、ありませんので……」


 彼らの話を聞く限り、どうやら悪意は感じられない。

 そうなると、誘いを無碍に断るのも失礼に思えた。
 何せ、彼らは、プリシラに自己紹介したいだけなのだから。

 トリスタンは一歩下がり、プリシラに視線を向ける。

 プリシラは、未練がましいと思いつつも、再びバーカウンターへ視線をながした。
 そして、その時既に、ジェファーソンの姿がそこに無いことに気付くと、落胆のあまり、思わず涙を落とす。


(私が礼儀を欠いているのはわかっています。でも……今日は、たくさんお話ししたいと、ずっと楽しみにしていて……)


 トリスタンは小さく息をつくと、プリシラの前に立ち、令息らに、丁寧に頭を下げた。


「彼女は、気持ちが落ち着かない様子。無礼は承知しておりますが、今日のところは、お許し下さい」


 令息らも理解してくれたようで、ひとまず引いてくれることとなり、その場は何とか、丸くおさまった。

 トリスタンは、とりあえず心を落ち着かせてもらうべく、プリシラに化粧直しを提案したのだった。


 一方その頃、ジェファーソンは、王子殿下と自分、それから、ローレン親子のもとにドリンクを届けるよう、バーカウンターにオーダーを通し終え、ゆっくりとした歩調で、ガーデンへと戻るところだった。


「さて。いよいよ、リリアーナさんの腕の見せ所だな。成果を期待してますよ?」


 ジェファーソンは、唇に薄く笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 296

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...