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第五章

絡み合う恋と策謀のイト ⑵

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(side ジェフ)


「今日は随分と……」

「ええ!ええ! あちらこちらを周って、ご挨拶していらっしゃって」

「本当に。いつもドレスのカーテンの中でしたから、こんなにしっかりお姿を拝見できませんでしたもの」

「まさか、こんなに間近で見ることが出来るなんて」

「「はぁ~。素敵ですわぁ~っ!」」


 御令嬢方が、わざとこちらに聞こえるように会話する声。
 それを、聞こえなかったフリでスルーして、僕は現在、一時避難していた。


「あらあら。今日は何処でも、貴方の噂で持ちきりだわ。こんなところで油を売ってないで、ご令嬢方に挨拶していらっしゃいな。話したがっているわよ?」

「いえいえ。僕はこれでも、今年が社交デビューですから。本日はしっかり挨拶回りをして、先輩諸氏に顔を覚えていただかなければ!」

「貴方の、その天使のかんばせは、一度見たら忘れやしないわ。既に有名人なのだから、そんな必要ないでしょ?」


 呆れ顔のスティーブン様に、苦笑いを返す。
 

「そう仰らずに。ようやくこういった席でも、スティーブン様とお話できるようになって、僕はとても嬉しく思っているのですから……」

「全く。可愛いことを言って、相変わらずご機嫌取りが上手だわ。仕方がないから、少しの間だけ、羽休めのための止まり木になってあげましょうかしらね?」

「頼りになるなぁ」


 やれやれ。
 流石は、スティーブン様。
 僕の意図なんて、当たり前のようにお見通しのようだ。

 僕は、小さく両手を上げることで、降参の意を伝えた。


 王宮晩餐会で起こった一連の騒動。

 『あれほど、腑の煮えくりかえる事は生まれてこのかた無かった』と断言できるほど、心底おぞましい事件だった。
 そのことがきっかけで、物事が良い方に動いたなどとは、考えたくも無いんだけど、兄が社交を行わなくなったため、現在僕は、比較的自由に動けるようになっていた。
 
 これまでの僕は、こういった企画があると、主催者への挨拶を済ませた後は、広めのスペースに腰掛けて ほぼ動かずにいた。
 何故って、所在がはっきりしていれば、御令嬢方をある程度纏めておくことが出来るし、兄の周囲を警戒させている僕の手のものが情報を伝える際、僕を探す手間がないから。

 それほどまでに、素早い情報伝達が必要だった。
 女性を口説き落とすことと、外に連れ出すことに関してだけは、無駄なほど優れた才能を発揮する人だったから。

 それが今や、新居という名の檻の中。

 こうしてようやく、僕も淑女連のドレスの檻から解放された。

 ただ、今までが今までだったから、適当なところにいると、あっという間に囲まれてしまう。

 そこで、年若いご令嬢方がおいそれと会話に入り込めないような、ある程度階級が高い方々を止まり木にして、あちらこちら動き回っていたというわけだ。
 そういった方々には、これまでも様々な面でサポートをして頂いたから、お礼周りも兼ねている。

 特にマダム連は、あまり僕が近くに寄せたく無い御令嬢の排除にも一役買って下さっているので、念入りに。
 ついでに、排除リストに追加されたレディーの名前を、こっそり耳に入れることも忘れない。

 因みにこれは、いじめを依頼するものでは無く、あくまで僕に近づけなくなるだけのもの。
 僕にその気が無いのに、いつまでも僕の周りにいては、そのレディーにとってもマイナスだから。
 
 
 それらの作業をやり終えて、現在、エミリオ王子殿下の到着を待つ間、スティーブン様の元に避難中というわけだ。

 元々、スティーブン様は人気者で、こういった場にいれば、方々から声がかかる。
 でも、不思議と囲まれっぱなしにならないのは、あしらいのうまさか、はたまた公爵家故なのか。
 
 ついでだから、近くにいて、そういったことも学ばせて貰おう。


「ところで、午前中はレンさんとデートだったんでしょう? どうでした? 口説き落とせましたか? 」
 

 話を変えるため、冗談半分、話題を振ってみる。

 これは、つい先程、当家御用達のテーラーから仕入れた情報。

 今年作らせたタキシードの着丈が、このひと月で合わなくなってしまったため、微調整してもらうために家に呼んだんだけど、そこで丁度話題に出たのだ。
 今日の午前中、比較的速い時間帯、スティーブン様が黒髪の小綺麗な男性を伴いやって来て、そこそこの服を見繕っていったことが。
 
 貴族の服は、基本オーダーメイドだけど、既製品が全く無いってわけでもない。
 気分で小物を購入したり、ストレス発散の為に高級ブティックを冷やかして回る貴族も結構いたりする。
 企業側も、そういった方々向けの店舗を、第二の城壁内南門付近に設けていて、
立ち並ぶ大型のショーウィンドウの中には、流行や仕立ての良さを示す為に、そこそこのドレスやタキシードも飾られている。
 まぁ、高位貴族が無理を言って押せば、その日のうちに買って帰れないわけでは無い、ということ。

 そこに、ふらっとやって来たスティーブン様が、連れの男性の衣類や靴を一式見繕い、その場で着替えさせ、そのまま連れ帰ったということで、周囲のブティックを巻き込んで、ちょっとした騒ぎになったそうだ。

 それは、まぁ、服を贈るって、色々な意図が透けて見えるから、騒ぎになるのも当たり前だけど。

 ……冗談半分じゃなくて、折角だから本気で口説き落とし、僕のライバルにならないようにしてくれないかな?

 僅かばかりの期待も込めた その質問に対し、スティーブン様はクスクス笑う。


「あの子は無理よ。ノーマルだもの」

「……ど?」

「そうよ? 
 今日はね、私これでも、あの子のために色々骨を折ってあげたから、不足分の回収ってことで、何をして貰うか話し合っただけ。
 服を買ってあげたのは、ドレスコードのある会員制の飲食店に入るためよ。聴かれるとまずい話もあったし。
 まぁ……一応? 
 幾つか用意した要望の中に、選択肢として、しれっと『私と致す』ってのも混ぜてみたけど、あっさり却下されたわ。『男性に対し、一切の性的欲求を覚えません』てね?」


 無表情で淡々と話すレンさんを想像して、僕は思わず吹き出してしまった。
 

「あの騎士一筋みたいな人に『せーてきよっきゅう』とか言わせたんですか? ステファニー様……流石に犯罪では?」

「何言ってるの。所詮、平民の男性相手よ? あの子だって、騎士なんかやってれば、下世話な話しくらい普通にするでしょうし。……その、貴方に復唱させてしまった方が、よっぽど犯罪的だったと、今、反省したわ」

「そうですか?」

「そうよ! 純粋なジェフを返して頂戴」

「えぇ? 僕のせいですか?」


 笑いながら返すと、スティーブン様も笑った。


「とりあえずの妥協点を模索して、最終的に、ダミアンのフォローをお願いすることになったわ」

「それは……どうなんでしょう。僕なら嫌ですけど」

「やだ。そんなに大変なことじゃ無いわよ。週一くらいでいいから、サボってないか見に行って、ついでに剣術を教えて貰おうと思うの。
 ……ま、その後、賭けをして勝ったから、嫌がってた別の仕事も押し付けちゃった形になって、ちょっと可哀想だったかしらね?」

「あーぁあ。あんまりいじめると、流石のレンさんも壊れちゃいますよ? そうじゃなくても、休み無いんですから」

「ええ。相当ブラックだったから、そこは多少是正して来たわ。つまり、ダミアンを口実に、最低週一は確実に休ませるよう、神官長に話をつけて来たの」

「なるほど。どちらかと言うと救済措置ですか」

「どうかしらね? その分、こちらが時間をもらう形だから。それに、彼の上司が煩いことを言いそうだわ……あら、噂をすれば」


 会場が俄かに騒がしくなり、聖女様一行が会場内に入場してきた。
 その聖女様を守るように、背後にレンさんの姿も見える。

 午後からは、当然のように仕事か。
 相変わらず、ハードスケジュールみたいだ。

 ほんの少しだけ気の毒になり、僅かに視線を逸らした先、そこをコソコソ移動していた予想外の人物を発見して、僕は目を瞬く。

 あれ?
 彼女も招待されていたのか。

 格式を重んじる、イングリッド公爵夫人にしては、珍しい。

 …………。

 これは……ひょっとすると、面白いことになるかな?


「スティーブン様。直ぐ聖女様にご挨拶に行かれますか?」

「少し落ち着いてからにするわ。ベルも一緒に、という話しだったから」

「そうですか。僕、知り合いを見つけたので、ちょっと話して来ます。多少遅れると思いますが、後ほど合流させて頂いても?」

「良いわ」

 
 スティーブン様の了承の返事に頷くと、僕は、彼女の姿を追った。





(sideリリア)


「リリー。いよいよね」

「うん!お母さん!」


 この日のためにお母さんが準備しておいてくれた勝負服、エミリオ様の色をイメージした真っ赤なドレスを着て、私はふんすっと鼻を鳴らす。

 目の前には、立派なお城がどどーん!

 え~?お城じゃなくて公爵邸?
 いーえ。お城だって。
 邸宅?
 だって、ここ住むスペース無いじゃん。
 棟が違う?
 はぁ?意味わかんない。
 
 まぁ、お貴族様のことなんてどうでも良い。
 私の狙いは……!


「晩餐会で、エミリオ様とダンスをしたのは、私だけ!」


 緊張しない魔法の言葉!
 待ってて!エミリオ様。
 今すぐ、会いに行くんだから!

 私が拳を握り締めていたら、横でお母さんもブルブル震えながら、気合いをみなぎらせていた。
 

「そうよ! 気後れする必要は無いわ!
 だからこれは……この全身に広がる震えは、武者震いよ!」

「……むしゃって何?」

「そこは、気にしなくて良いの。ようは、アドレナリンが大放出ってこと!」

「アド……?? ええと。分かんないけど、わかった!」


 お母さんは、たまに意味がわからないことを言う。

 でも、今までそれで失敗したことないから、ま、いっか。
 色んなことを深く考えるのは苦手だから、難しい事はとりあえず、お母さんにお任せ。

 それにしても、イングリッド公爵夫人だっけ? そのサロンに来たんだけど、大混雑すぎてウケる。
 まぁ、今年成人したお嬢様の婚約披露も兼ねているらしいから、見栄とか色々あるもんね。
 お貴族様って、たいへ~ん!
 
 でも、そのおかげでエミリオ様が来るみたいだから、私としてはラッキーだけどね。

 貴族のイベント全てに王様やお妃様が出席出来るわけじゃないから、とりあえず、王族から代表して一人みたいな感じらしい。
 王子様も大変だわ。


「それにしても、お母さん。何故、今朝までサロンに行くことを教えてくれなかったの? ドレスを用意していたくらいだから、参加は決まっていたんでしょ? 」


 ウェルカムドリンクを片手に、壁伝いに移動しながら、わたしは小首を傾げて尋ねる。


「リリー。ライバルを出し抜くには、まず味方からよ。
 貴女、昔から顔や態度に出やすいから。  
 もし仮に、何処かで自慢したりして、貴女が王子殿下出席のこのサロンに参加することがマリーさんの耳に入れば、彼女、怪我をおしてでも参加するかもしれないでしょう?」
 
「え? そ……そうかな?」


 マリーさんって、そんなイメージ?


「そうよ!だから、聖堂への連絡も、マリーさんが外出した後におこなったの。彼女が聖堂に戻ってくるのがお昼なら、サロンには絶対間に合わないでしょ?」

「なるほどね。さっすが お母さん! でもさ、私にも一応、心の準備ってものが……」

「リリー。貴女は、王子様に愛されたいのでしょう? どんな状況でも普段通り天真爛漫に、ちょっと図々しいくらいで良いんだから、緊張する必要はないわ」

「……そっか。そうよね!」


 やっぱりよく分からないけど、とりあえずお母さんに従っておこう!

 それにしても、男爵夫人主催のサロンくらいなら分かるけど、どうやって今日の招待状をゲットしたのかな?
 お母さんってば、実はかなり有能。

 うちの商会が、急激に大きくなったのも、お父さんとお母さんが再婚した直後のことだったらしいし。
 

「ところでお母さん。 マリーさんはいなくても、うるさいヴェロニカ様はくっついてくると思うよ? どうやって、エミリオ様に近付いたらいいの?」

「そうね。王家主催ならば、正面突破も考えるけど、今日のような場合は、こちらから声をかけるのは難しいわ」

「だよね~」

「殿下はまだ到着していないから、とりあえず主催者にご挨拶に行きましょう」

「うわぁ。めんどう」


 ゲンナリと顔を歪めて見せたら、お母さんはカラカラと笑った。


「そんな顔しないの。可愛いお顔が台無しだわ。それに大好きな王子様のためなら……」

「それくらいのこと、何でもない!」


 そうだった。
 今日はマリーさん抜きでエミリオ様に会えるチャンスなんだから!

 私は背筋を伸ばす。


 その時、会場入り口がざわめいて、聖女様が入ってくるのが見えた。

 こっちも挨拶とか行かなきゃなのかな?
 でも、自己紹介すらさせて貰えなかったから、どうせ顔なんか覚えてないよね?
 挨拶行くの面倒……。

 そう思ってお母さんを見たら、唇に人差し指を当てた後、手招きしてくる。
 そうだよね。
 こっそり隠れていれば、きっと分からないよ。

 人混みに紛れて移動しようとしたら、後ろから声をかけられた。


「失礼。やっぱり、リリアーナ嬢ですよね? そちらは、ローレン准男爵夫人ですか? 
 こんにちは、お会いできて光栄です。ご迷惑でなければ、あちらで少しお話などいかがでしょう?」


 ぅうっわっ!
 こういうところで見ると、流石に迫力のある美少年だわ。
 もしかして、後ろに照明でも背負っているんじゃない?

 ぽかんと声の主、ジェファーソン様を見上げていると、戻って来たお母さんが深く頭を下げた。


「初めまして。お誘い光栄ですわ。喜んでお受け致します」


 対お客様用の完璧な微笑みを浮かべたお母さんと、貴公子って感じのキラッキラした微笑みを浮かべたジェファーソン様。

 それなのに、微笑みあった瞬間、二人の後ろに どす黒いオーラが見えたんだけど?


「では、こちらへ」


 案内されて、とりあえず私たちは歩き出した。
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