投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

のぞき見は、基本バレるものである

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(side ローズ)


「それでは、これで!」


 わたしは、青みがかった黒いパールを、製作用のケースに移してもらった。

 『光の騎士』とあだ名されている方に、真逆の黒を選ぶというのもどうかと思ったけど、大人しげで無口な印象の彼からは、派手なものを好むイメージが湧かなかったから。
 黒縁の眼鏡が、とにかくお似合いになっていたから、『黒』という色に抵抗があるとも思えないし。

 もちろん、髪の色に合わせた銀系のパールも、きっと似合うと思う。
 でも、それでは少しぼやける気もするのよね。
 瞳の色に合わせられたら無難だったけど、夕暮れ時で、しかも、遠目にしか見ていないから、色までわからなかったし。


「作るのは構わないけど、その方は、王子殿下やジェファーソン様と同列の物を贈るほど、貴女にとって大切な人なの?
 スティーブン様には、色々お力添えを頂いているから、家として贈り物を用意するのは、当然だと思うけど……」


 お母様が 不思議そうな顔で尋ねてきたので、わたしは一瞬言葉に詰まった。

 お二人と同じくらい大切……?

 ゔっ……うーん。
 今回初めてお会いした方だから、同列に考えてはいけない気もする。

 そもそも、エミリオ様とジェフ様は、作中メインヒーローだし、わたしに少なからず好意を寄せて下さっているわけで。

 対する光の騎士様は、外伝には登場しない人物だし、あくまで職務で助けてくれただけなのよね。

 でも、わたしを救い出すために、二人と同様、手を尽くして下さったのは事実で、それならお礼も同等にするべきだと思うの。
 そこに差をつけると、何だかエミリオ様とジェフ様に媚びているようで、嫌らしい気も?

 ……だから、個人的に、全力で推せるビジュアルだったからって訳では、決して無いのよ!
 って、誰に言い訳をしてるのかしら。


「確かに、直接わたしを助けて下さったのは、エミリオ様とジェフ様です。
 でも、その方は、不利な状況を打破するために、ジェフ様の依頼に応えて屋上まで跳び、敵対していた騎士六人を倒してくれたんです」

「屋上までだとっ? 何処から?」


 それまでソファーでのんびりしていたお父様が、驚いたように前のめりで聞いてくる。


「一階、ローズガーデンからですよ。スティーブン様が、魔導で補助をして送り込んでくれたそうですが」


 お父様の問いに答えたのは、お兄様。

 やっぱり、そうだったんだ。
 あの高さを命綱無しで跳ぶなんて、想像するだけで、鳥肌ものなんですが……。

 それを聞き、お父様は感心したように唸って、顎を撫でる。


「いくら魔導の補助があったにしても、落下の危険はあるわけだし、職務と言えども。
 ふむ。なかなか骨の有りそうな若者だな」

「あらあら まぁまぁ。そこまでして下さったなら、お礼をするのは当然だわね」

 
 うんうんと、首を縦に振るお母様を見て、ほっとする。

 納得していただけて、良かったです。

 安心して、紅茶を一口……。


「ところで、ローズ。その分だと、まだエミリオ様に嫁ぐと、決めたわけではないのね?」


 唐突なお母様の発言に、うっかり飲み損ない、むせてしまった。


「なっ!なにを仰っているんですか?」

「あらやだ。あれだけアプローチされれば、殿下の気持ちくらい、分かっているでしょう?」

「それは……でも、はっきり告げられたわけでも無いですし」

「ヴェロニカ様も認めて下さっているようだし、何の不満が有るの?
 同じように想いを向けて下さっている ジェファーソン様と、迷っているの?
 それとも、他に誰か想い人でもいるとか?」

「それは……。お二方とも、魅力的ですし、とても良くして下さいます。
 でも、わたしなどが選ぶだなんて、おこがましいというか……その上、他の方だなんて……」


 ここまで順調に、物語通りに進んでいるから、その進行に合わせるなら、この二択で間違ってないよね?

 本来なら、実質エミリオ様一択なんだけど、国家防衛が無事に済むのなら、物語と現実に、大きな乖離は生じない。
 だって、作中には、結婚式までは描かれていなかったし……。

 つまり、相手がエミリオ様であることは、絶対条件では無いはずなのよ。
 ……多分だけど。

 だから、ジェフ様を選んでも、おそらく誤差の範囲内。
 エミリオ様のライバル役に当たる、メインヒーローの一人だしね。
 
 逆に、わたしが他の 全く関係無い誰かを選んだ場合、物語の補正で、上手くいかないように邪魔が入る可能性は、十分ありうる。

 それに、仮にうまくいったとしても、それが原因で、エミリオ様やジェフ様の不興を買えば、有事の際に、軍や魔導士が上手く動かないかも?
 二人が私怨で国家防衛を怠るとは思わないけど、恋愛が絡むとどう動くか分からないのが、人間だよね?
 そうなると、最悪の場合、国が滅ぶかも?

 うわわわわ。
 ハッピーエンドとは程遠い結末になっちゃうわ!

 でも……なんだか ちょっと、色仕掛けで国家防衛するみたいで、微妙な気分にはなるよね?
 お二人がとても素敵な方たちだから、わたしに不満はないけれど。
 あとは、自分の気持ちがどちらに傾くかだ。

 脳内で色々悩んでいると、お母様は眉根を寄せてため息をついた。


「はあぁ~。
 なんて奥手で優柔不断なのかしらね。とても私の娘とは思えないわ。
 ある程度決まっているなら、ここはズバッとどちらかに決めて、思い切ってアプローチしないと!」

「確かにジゼルは、はっきりしていたからなぁ」

「いやいや。母様。そんな高位貴族との結婚なんて、色々と大変ですって」


 目元を和らげるお父様と、焦ったように言い募るお兄様。

 あら?
 やっぱり、お兄様もそう思いますか?
 そう。
 そこ、結構問題よね?


「それはまぁ? 
 確かに、双方一長一短有るけれど。
 でも、さっさと決めないと、大変なことになってきているのよ?」


 そう言いながら お母様は、後ろの棚の上で束ねてある手紙の山を、わたしに示した。


「それは?」

「社交シーズンに入ってから届けられた、ご機嫌伺いのお手紙よ。
 因みに、全ての手紙に、遠回しにこう書かれているの。
 『御子息、御令嬢の縁談はお決まりですか?まだなら、是非、当家の〇〇と』ってね」

「「 っっえ゛?」」


 わたしの声と、お兄様の声がかぶった。
 お兄様まで流れ弾に当たるとか、少しクスッとくる。

 なんて思っていたら、お兄様からジロリと視線がとんできた。

 あれ?
 顔に出ていたかな?

 慌てて、頬を両手で包み、表情を整える。


「二人とも、一生のことだから、よく考えて決めて欲しいけど、好いた相手がいるなら、きちんとアプローチしないとね?
 優柔不断な態度だと、相手も冷めるし、タイミングを逃せば、他の子女に奪われることも有るわ?」

「「 はい。(お)母様 」」


 お兄様とわたしは、同時に返事をした。

 それにしても、ぷんすこ怒っているお母様は、娘のわたしから見ても、どうにも可愛らしい。
 本気で心配してくれているのが、分かっているから余計。

 そして、優しい眼差しでお母様を眺めているお父様を見るにつけて、こういうところが好きなんだろうなぁなんて、微笑ましく思ったり。

 やっぱり、両親のような夫婦になるのが、わたしの理想だな。


 まだ、エミリオ様にも、ジェフ様にも、はっきり想いを告げられたわけでは無いけれど、いずれは自分で決断しないといけない。
 最短で二年半、聖女になるなら八年以内に。
 
 
「よく考えてみます」


 そう告げてから、丁寧に挨拶を交わし、わたしは、兄と一緒に部屋を退出した。


 数階下った先、ホテル一階エントランスで、聖騎士の二人を探す。

 すると、正面の外を見渡せる大きな窓に張り付いて、何やら慌てた雰囲気で、立ったり座ったりしている二人を見つけた。

 何かあったのかしら?


「お待たせしました」


 声をかけると、二人はとり縋るようにこちらに駆け寄ってきた。


「オレガノ様!ローズさん! マズイっす。先輩が喰われるっ‼︎」

「え?」

 
 食べられる? 
 レンさんが?

 ……ええと、何に?

 まさか、突然発生した魔物の類が、暴走している的な何か?
 でもここ、王都の貴族居住街で、そうなると、庶民街なんてもっと甚大な被害が!

 大変!

 慌てて、ホテルの外に視線を向けた。

 目に映ったのは、いつもと変わらない日常の風景。
 
 …………?
 いや、そんな世紀末的な景色、広がって無いですよ?
 もしかして、からかわれたのかな?

 首を傾げながら、二人に視線を戻すと、ラルフさんが瞳をうるうる潤ませながら、助けを乞うように こちらを見ている。


「つい今しがた、向かいのホテルに、ステファニー様に連れられて、先輩が入って行くのが見えたんです。なんかっ、貴族みたいな、高そうな服を着て!」


 ……え?

 あ。
 食べられるって、文字通りの方じゃなくて、貞操的な?

 …………。

 っっっでぇえええええっ⁈⁈

 待ってまって!
 それは一体、どう言うこと?

 あれ?
 するとレンさんの私用って、スティーブン様と会うことだった?

 あれ?あれ?
 二人って、面識あったかしら?

 あ! 有るわ。
 そう言えば、レンさんがリンチを受けた後に、スティーブン様にフォローして貰ったような事を、話していたっけ。

 でも、それだけで、昼間からホテルに行くような深い関係に⁈⁉︎!
 あ、でも、あの時も香水。

 えーーっ?
 ちょっと!
 まって待って?

 ええと。
 パニクってしまって、言葉が一切出てこない!


「あー待て。みんな、とりあえず、落ち着こう」


 苦笑いのお兄様がそう言ってくれるまで、数秒間、完全にフリーズしてしまった、わたし。
 顔をお兄様に向けて、次の言葉を待つ。


「まぁ、なんだ。まだ、喰われると決まったわけじゃ無いぞ」

「そうですよ! そもそもラルフ!なんでクルスさんが喰われる側だ? ビジュアル考えれば、逆だろう?」

「あ゛っ? ちょっと、何言ってるか分かんないっす。ジャンは、黙っててくれます?」


 ええと?
 二人の持ってる印象に、微妙なズレが……。
 って!
 今、それは、どうでも良いよね?


「まぁまぁ。とりあえず、外に出よう」


 お兄様に促されて、わたしたちは一度ホテルの外へ。
 確かに、エントランスで話すような内容じゃ無いよね。


 道を一本挟んで、お向かいに立っているホテルは、両親が滞在しているホテルと比べて、ワンランク上。

 その豪華な建物を、腕組みしながら見上げつつ、お兄様が口を開いた。


「見間違いってことは無いよな?」

「黒髪は珍しいですから、間違いないっす」

「うん。だよな。
 さておき、貴族御用達のホテルにチェックイン出来る時間は、基本正午以降なんだ。
 つまり、今はまだ午前中だから、部屋を取って休憩って訳にはいかないはず……スティーブン様が、昨晩から部屋をとっていれば、別だけどな?」

「あ!なるほど。そう言えばそうですね」


 焦ってしまって、そんなことすら思い付かなかったわ。
 情けない。


「ということは?」


 不安げにラルフさんが尋ねると、お兄様は、安心させるように穏やかな声で答える。


「レン君は午後から仕事だそうだし、目的は別じゃ無いかな? 例えば、ホテルのレストランで食事とか?」

「なるほど!その可能性は十分ですね」


 納得すると同時に、力が抜けてしまった。
 はぁ、良かった。
 びっくりしたぁ!
 

「あの。それなら、レストランまで行ってみませんか?」

「確かに、何を話してるのか気になるっす」


 ぽつり、と、ジャンカルロさんが言った言葉に、ラルフさんが反応した。

 それは……良いのかな?
 もちろん、わたしだって興味はあるけど、覗き見なんて流石に失礼よね。


「いるのを確認して戻ってくるくらいなら、問題ないか」


 思案顔で、お兄様がそう言った。

 確かに、レストラン迄なら出入り自由だろうし、ちら見して、直ぐに出てくれば大丈夫かな?





 なんて、安易に考えてしまったことを、今現在、わたしたちは悔やんでいた。

 流石は、格式の高いホテルのレストラン。
 中をチラ見出来るような場所なんて、一切無かったわ。

 入り口に立ったら、速攻スタッフに声をかけられ、中に案内されてしまった。

 提示されたメニュー表の料金に絶句しつつ、でも、席を立つわけにもいかず、とりあえずお茶を全員分注文する。

 懐は痛いけど、後でお兄様と折半しよう。そうしよう!

 ところで、ここのスタッフ、どうやら客人の見た目で、案内する席を変えているみたい。
 つまり、いかにもお金を持っていなさそうなわたし達は、奥まった席に案内された。
 こっそり様子を見たかったので、丁度良かったんだけどね!


 因みに、スティーブン様とレンさんは、一番目立つ窓際の席で、優雅にお茶を飲みながら談笑していた。

 まぁ、笑っているのはスティーブン様だけで、レンさんの方は相変わらずの無表情だけど。
 
 席が遠すぎて、何を話しているかは分からないけど、距離感は普通に知人ってところかしら。

 その時ふいに、スティーブン様がレンさんの左腕に手を置いた。
 急に近づいた距離。
 レンさんは振り払うでもなく、袖口のカフスを外して腕を見せている。

 そこには、僅かに残る青黒い圧迫痕。

 あれ?
 また何だか既視感が。
 
 不思議な感覚に眉を寄せ、それが何か考える。

 レンさんが、腕に怪我をしているのは知っていたし、そうじゃなくて、スティーブン様とセットで……あれ?
 この雰囲気、どこかで見たような?


「帰るみたいだ」


 お兄様の声で、現実に引き戻される。
 視線を上げると、二人は既に去った後だった。


「何ごともなくて、とりあえず一安心ですね」

 ジャンカルロさんの言葉に、全員が頷く。
 用事も済んだし、折角なので、みんなで高級なお茶を堪能した。



 帰り際、チェックをお願いすると、既に支払いが済んでいる旨、伝えられた。
 
 瞬間、背筋がヒヤリと冷たくなる。

 え?どなたが?
 なんてね。
 思い当たる人なんて、先に出た二人しかいないわ。


 エントランスに辿り着くと、階段下のソファーに掛けていた人物が、スッと立ち上がった。
 スラリとした細身の体型、黒い髪。


「うわー。やっぱり気づいてましたよね?あはは」


 苦笑いするラルフさんの頭を軽く小突くいてから、レンさんは わたしたちに向かって頭を下げた。
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