投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

文字の大きさ
上 下
167 / 288
第五章

閑話 真っ白なものが 本当に白いとは限らない

しおりを挟む
 

 王宮主催の晩餐会から、数日後のこと。
 あと僅かで、太陽が南中する時刻。

 聖女の居室にある 大ぶりのソファーには、絹で織られた真っ白なネグリジェ姿のまま肘掛けにもたれ、半ば寝そべるような格好の、聖女アンジェリカの姿があった。


「はぁ。ほんっと最悪。
 今日から連日サロンやら夜会やら。毎日毎晩、よくも飽きずに開催するものね?
 それに いちいち招待される、こちらの身にもなってほしいものだわ。
 貴族って、聖女を『聖堂のマスコット』か何かだと思っているのかしら!」


 アンジェリカは、ぶつぶつと愚痴を溢しながら、テーブルに置かれた紅茶を口に含み、はっきりと眉間に皺を寄せる。


ぬるいわ。いつになったら、熱々の紅茶が用意できるようになるのかしらね?」

「すみません」


 その場で垂直に頭を垂れる、真っ白な髪の使用人に対し、アンジェリカは、わざとらしくため息を落とす。


「良いわ。魔法具では、これが限界なのでしょう? 聖堂では、誰がやってもこうだもの。
 それにしても、遠征中馬車の中で飲むお茶が一番美味しいなんて、おかしなものよね? エンリケ」


 アンジェリカが視線を向けた先、ソファーの後方で静かに佇んでいた聖騎士 エンリケは、右側の口角をわずかに上げた。


「そりゃぁ、遠征に行く時は、魔法具なしで水を沸点まで持っていける人間を連れ歩いてますからね。どうしてもってことなら、マルコ殿に頼んで、魔術師でも雇いますかい?」

「もっと簡単な方法があるでしょう?」

「そう仰いますと?」

「その、瞬間湯沸かし器を、さっさと聖女付きの正職にすれば良いじゃない。そうすれば、それが休みの時以外は、確実にアツアツのお茶が飲めるわ」

「となると、私はお払い箱ってわけだ」

「あら。エンリケがいないのは困るわ。私は、枠を増やせって言ってるのよ」

「枠は、国の法律に定められているんで、無理ですなぁ」

「不便なものね。それにしたって、折角の王宮舞踏会も、踊る相手がオジサンばかり。ほんっと、やになっちゃう」

「それなら、さっさとパートナーを決めるんですな。聖女様は、引く手数多で選び放題でしょうが」

「……そうね」

「満期まであと二年と少し。そろそろ選ばないと、王宮に勝手に決められてしまいますぜ?」

「それは、アレがっ!……ウジウジしていて、ちゃんと言ってこないのがいけないのよ。
 そうよ! 男なら、今回事件を起こした聖騎士のように、堂々と言葉や行動で示して欲しいものだわ」

「……犯罪ですぜ?」

「気概を見せろって、例え話よ」

「それ、騙されて襲われかけた候補の娘には、絶対言わんでくださいよ?」

「分かってるわよ!」


 アンジェリカは、頬を膨らませながら、今度は用意された菓子を口に運ぶ。


「で? その件に関する、より正確な情報は、手に入ったんでしょうね? セディー」


 唐突に話が戻り、セドリックは姿勢を正した。


「その件ですが、本日の朝方、事件を統括されたスティーブン様から、直接お話を伺えました。
 内容は、被害に遭った聖女候補の娘が話していたものと完全に一致しており、新情報は有りません」

「まるで、口裏を合わせたようね?」

「仰る通りです」

「まぁ。バーニア家のしもべの貴方が、そんなこと言って良いのかしら?」

「斬首になる可能性のあった僕を救い、拾い上げて下さったのは、聖女様です! 今後、僕が命をかけてお仕えするのは、聖女様だけです!」

「……そう簡単には、信じられないわね」

「信じて頂けるように、頑張りますね!」


 真っ直ぐな瞳で微笑まれ、アンジェリカは気後れしたのか、俯き加減で視線を逸らし、一つ咳払い。


「んんっ。ま、どう考えても、あの色気狂いのフランチェスコが、襲われかけた娘を助けるわけがないわ。便乗することは、あったとしてもね。ってことは、助けたのは別人?」

「でしょうな。あの時、バルコニーで発光騒ぎもありましたし、大方、王宮魔導士あたりが、絡んでいるのでしょう」


 顎髭を撫でながら、エンリケは同意する。


「魔導士が救ったのなら、隠さず事実を伝えたら、美談になったんじゃないの?」

「お忘れですか? 今回は、名簿に記載された人間しか、会場に入ることを許されなかったのです。もし、その魔導士の名が名簿に無ければ……」

「あぁ。栄誉ではあるけれど、規則違反で罰せられちゃうってこと?」

「ええ」

「へぇ?……その口ぶりだと、貴方は そのヒーローに、心当たりがありそうね?」

「断定は、出来かねますが。……あーぁ。そういえば、先の模擬戦で魔導披露をした、ドウェイン家のもう一人のご子息が、つい最近 学生ながら 王宮魔導士に登録されたとか?」

「なぁんだ。そういうこと」


 アンジェリカは、納得して頷く。


「それなら、一応 純潔が守られたって話は、事実な訳ね。……面白くないわ」

「聖女様」


 強い口調で、それ制するエンリケに、アンジェリカは そっぽを向いて舌を出す。


「だって、聖女候補の数が多すぎて、聖女の有り難みが薄れていると思わない? 
 候補なんて、スペアも入れて二、三人いれば十分よ」

「そういうものではありません」

「はいはい。無事で良かったわ」

「全くです」


 二人の、どこか投げやりな会話を聞きながら、報告を終えたセドリックは、苦笑いを浮かべつつ一歩下がる。


「それで、あの忌々しいステファニー様は、朝から何をしに聖堂に来ていたの?
 まさか、貴方に情報を流すためだけに、わざわざ自ら足を運ぶとは思えないんだけど?」

「はい。僕への対応は、ついでのようでした。何やら、用事があるとかで、クルスさんを伴って出かけたようですが……」


 言い終わる前に、アンジェリカは机を叩いて立ち上がる。


「レンをっ?……アイツ!レンに何をするつもり?」

「そういや、午前中、珍しく休みをとっていたか……。
 ……なぁに。いくら相手がスティーブン様だとしても、そう簡単に どうこうされるような奴じゃありません。心配ご無用」


 半眼で呟くエンリケを、アンジェリカは睨んだ。


「分からないわよ? 聞けば、相当腕が立つそうじゃない。もし、何かあったら……許せないわ!」

「……恐らく問題ないかと思いますが。
 クルスさんは、スティーブン様の好みからは外れますので……?」

「何ですって⁈  あの綺麗な顔が好みじゃないとか、目がいかれてるんじゃないの?」


 アンジェリカは、怒りを露わにする。
 彼女の心配を軽減させるつもりで放った セドリックの言葉は、火に油を注ぐ方向に作用してしまったようだった。

 慌ててエンリケが間に入り、『どうどうっ』とアンジェリカを宥めつつ、セドリックに部屋を辞するよう目配せを送る。

 セドリックは、その場でペコりと頭を下げ、素早い身のこなしで退室した。


 部屋を出たセドリックは、通りかかった侍女らに、いつものキララかな笑顔を振り撒きつつ、何事も無かったかのように、給湯室へ向かう。

 昼時故に、先客はいない。
 
 セドリックは、ポケットから手帳を取り出し、部屋の隅に座り込んだ。


「やれやれ。何て捻くれ曲がった性格だろうな? アレが聖女とは、聞いて呆れる。  
 神官になるために必要とは言え、あんなのに媚びなきゃならないなんて、自分が可哀想で泣けてくるよ」


 深く深くため息を落とし、セドリックは膝を抱えて髪を掻く。


「ま。でも?ある意味、御し易い性格だよね。
 僕に対して、ある程度好感を持ち始めている感触もあるし。
 でも、今のままでは、何でも僕の言いなりにするっていうのは、難しそうかな?」

 
 セドリックは、手帳の とあるページを開き、そこを人差し指で叩く。


「邪魔だなぁ。コイツ。第一印象から最悪だったけど」


 そのページには、聖女付き聖騎士全員の名前が記載されていた。
 

「うっかり間違いを起こして、二人とも破滅してくれたら最高なんだけど……あの鬼畜性悪聖女、他の誰に対してより、コイツに対する態度だけ、異常なほど劣悪だからなぁ。
 当人、まさか『自分が聖女様に懸想していると、聖女様本人が本気で思い込んでいる』なぁんて、夢にも思わないだろう。
 まして、『実際恋をしているのは、聖女様の方』だなんて、気づく訳もない。聖女様本人も自覚してないみたいだし、アイツもそういうことには鈍感そうだ」


 指で叩かれていた名前の主は、レン。
 その下には、小さくメモ書きがされている。


「聖女様の任期は、まだあと二年半もある。
 だったら、コイツのイメージを貶めて、先に排除しとくのもありか。
 ええと。『晩餐会の夜、被害に遭った聖女候補の娘を抱き上げ、部屋まで運んだ』って情報。
 ……これを伝えるのは、僕が もう少し聖女様の懐に入ってからだ。
 タイミングを間違えると、僕やこの娘まで、とばっちりで殺されかねないし。
 でも、こっちの 『女性物と思われる香水の香りがした件』については、もう少ししたら耳に入れても良い」


 セドリックは、普段は決して人に見せないような、歪んだ笑みを浮かべる。


「聖女様、どんな反応するかな? 
 王宮の外待ち聖騎士って、待ち時間は酒も提供されるし、侍女たちとお楽しみだって、結構有名だしな」


 食事を終えた侍女たちが、給湯室にやってくる気配を察知し、彼は手帳を胸のポケットに戻して立ち上がる。

 顔には、いつものように、キラキラした笑顔を貼り付けて。


「あら、セディー君。これからお昼?」

「はい!」

「そう。ゆっくり休んで来てね」

「ありがとうございます!」


 ペコリと頭を下げて、セドリックが給湯室から出て行くのを見て、侍女たちは、口々に「かわいい!」「礼儀正しい!」「良い子!」などと、賛辞の言葉を並べるのだった。

しおりを挟む
感想 296

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...