投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

閑話 真っ白なものが 本当に白いとは限らない

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 王宮主催の晩餐会から、数日後のこと。
 あと僅かで、太陽が南中する時刻。

 聖女の居室にある 大ぶりのソファーには、絹で織られた真っ白なネグリジェ姿のまま肘掛けにもたれ、半ば寝そべるような格好の、聖女アンジェリカの姿があった。


「はぁ。ほんっと最悪。
 今日から連日サロンやら夜会やら。毎日毎晩、よくも飽きずに開催するものね?
 それに いちいち招待される、こちらの身にもなってほしいものだわ。
 貴族って、聖女を『聖堂のマスコット』か何かだと思っているのかしら!」


 アンジェリカは、ぶつぶつと愚痴を溢しながら、テーブルに置かれた紅茶を口に含み、はっきりと眉間に皺を寄せる。


ぬるいわ。いつになったら、熱々の紅茶が用意できるようになるのかしらね?」

「すみません」


 その場で垂直に頭を垂れる、真っ白な髪の使用人に対し、アンジェリカは、わざとらしくため息を落とす。


「良いわ。魔法具では、これが限界なのでしょう? 聖堂では、誰がやってもこうだもの。
 それにしても、遠征中馬車の中で飲むお茶が一番美味しいなんて、おかしなものよね? エンリケ」


 アンジェリカが視線を向けた先、ソファーの後方で静かに佇んでいた聖騎士 エンリケは、右側の口角をわずかに上げた。


「そりゃぁ、遠征に行く時は、魔法具なしで水を沸点まで持っていける人間を連れ歩いてますからね。どうしてもってことなら、マルコ殿に頼んで、魔術師でも雇いますかい?」

「もっと簡単な方法があるでしょう?」

「そう仰いますと?」

「その、瞬間湯沸かし器を、さっさと聖女付きの正職にすれば良いじゃない。そうすれば、それが休みの時以外は、確実にアツアツのお茶が飲めるわ」

「となると、私はお払い箱ってわけだ」

「あら。エンリケがいないのは困るわ。私は、枠を増やせって言ってるのよ」

「枠は、国の法律に定められているんで、無理ですなぁ」

「不便なものね。それにしたって、折角の王宮舞踏会も、踊る相手がオジサンばかり。ほんっと、やになっちゃう」

「それなら、さっさとパートナーを決めるんですな。聖女様は、引く手数多で選び放題でしょうが」

「……そうね」

「満期まであと二年と少し。そろそろ選ばないと、王宮に勝手に決められてしまいますぜ?」

「それは、アレがっ!……ウジウジしていて、ちゃんと言ってこないのがいけないのよ。
 そうよ! 男なら、今回事件を起こした聖騎士のように、堂々と言葉や行動で示して欲しいものだわ」

「……犯罪ですぜ?」

「気概を見せろって、例え話よ」

「それ、騙されて襲われかけた候補の娘には、絶対言わんでくださいよ?」

「分かってるわよ!」


 アンジェリカは、頬を膨らませながら、今度は用意された菓子を口に運ぶ。


「で? その件に関する、より正確な情報は、手に入ったんでしょうね? セディー」


 唐突に話が戻り、セドリックは姿勢を正した。


「その件ですが、本日の朝方、事件を統括されたスティーブン様から、直接お話を伺えました。
 内容は、被害に遭った聖女候補の娘が話していたものと完全に一致しており、新情報は有りません」

「まるで、口裏を合わせたようね?」

「仰る通りです」

「まぁ。バーニア家のしもべの貴方が、そんなこと言って良いのかしら?」

「斬首になる可能性のあった僕を救い、拾い上げて下さったのは、聖女様です! 今後、僕が命をかけてお仕えするのは、聖女様だけです!」

「……そう簡単には、信じられないわね」

「信じて頂けるように、頑張りますね!」


 真っ直ぐな瞳で微笑まれ、アンジェリカは気後れしたのか、俯き加減で視線を逸らし、一つ咳払い。


「んんっ。ま、どう考えても、あの色気狂いのフランチェスコが、襲われかけた娘を助けるわけがないわ。便乗することは、あったとしてもね。ってことは、助けたのは別人?」

「でしょうな。あの時、バルコニーで発光騒ぎもありましたし、大方、王宮魔導士あたりが、絡んでいるのでしょう」


 顎髭を撫でながら、エンリケは同意する。


「魔導士が救ったのなら、隠さず事実を伝えたら、美談になったんじゃないの?」

「お忘れですか? 今回は、名簿に記載された人間しか、会場に入ることを許されなかったのです。もし、その魔導士の名が名簿に無ければ……」

「あぁ。栄誉ではあるけれど、規則違反で罰せられちゃうってこと?」

「ええ」

「へぇ?……その口ぶりだと、貴方は そのヒーローに、心当たりがありそうね?」

「断定は、出来かねますが。……あーぁ。そういえば、先の模擬戦で魔導披露をした、ドウェイン家のもう一人のご子息が、つい最近 学生ながら 王宮魔導士に登録されたとか?」

「なぁんだ。そういうこと」


 アンジェリカは、納得して頷く。


「それなら、一応 純潔が守られたって話は、事実な訳ね。……面白くないわ」

「聖女様」


 強い口調で、それ制するエンリケに、アンジェリカは そっぽを向いて舌を出す。


「だって、聖女候補の数が多すぎて、聖女の有り難みが薄れていると思わない? 
 候補なんて、スペアも入れて二、三人いれば十分よ」

「そういうものではありません」

「はいはい。無事で良かったわ」

「全くです」


 二人の、どこか投げやりな会話を聞きながら、報告を終えたセドリックは、苦笑いを浮かべつつ一歩下がる。


「それで、あの忌々しいステファニー様は、朝から何をしに聖堂に来ていたの?
 まさか、貴方に情報を流すためだけに、わざわざ自ら足を運ぶとは思えないんだけど?」

「はい。僕への対応は、ついでのようでした。何やら、用事があるとかで、クルスさんを伴って出かけたようですが……」


 言い終わる前に、アンジェリカは机を叩いて立ち上がる。


「レンをっ?……アイツ!レンに何をするつもり?」

「そういや、午前中、珍しく休みをとっていたか……。
 ……なぁに。いくら相手がスティーブン様だとしても、そう簡単に どうこうされるような奴じゃありません。心配ご無用」


 半眼で呟くエンリケを、アンジェリカは睨んだ。


「分からないわよ? 聞けば、相当腕が立つそうじゃない。もし、何かあったら……許せないわ!」

「……恐らく問題ないかと思いますが。
 クルスさんは、スティーブン様の好みからは外れますので……?」

「何ですって⁈  あの綺麗な顔が好みじゃないとか、目がいかれてるんじゃないの?」


 アンジェリカは、怒りを露わにする。
 彼女の心配を軽減させるつもりで放った セドリックの言葉は、火に油を注ぐ方向に作用してしまったようだった。

 慌ててエンリケが間に入り、『どうどうっ』とアンジェリカを宥めつつ、セドリックに部屋を辞するよう目配せを送る。

 セドリックは、その場でペコりと頭を下げ、素早い身のこなしで退室した。


 部屋を出たセドリックは、通りかかった侍女らに、いつものキララかな笑顔を振り撒きつつ、何事も無かったかのように、給湯室へ向かう。

 昼時故に、先客はいない。
 
 セドリックは、ポケットから手帳を取り出し、部屋の隅に座り込んだ。


「やれやれ。何て捻くれ曲がった性格だろうな? アレが聖女とは、聞いて呆れる。  
 神官になるために必要とは言え、あんなのに媚びなきゃならないなんて、自分が可哀想で泣けてくるよ」


 深く深くため息を落とし、セドリックは膝を抱えて髪を掻く。


「ま。でも?ある意味、御し易い性格だよね。
 僕に対して、ある程度好感を持ち始めている感触もあるし。
 でも、今のままでは、何でも僕の言いなりにするっていうのは、難しそうかな?」

 
 セドリックは、手帳の とあるページを開き、そこを人差し指で叩く。


「邪魔だなぁ。コイツ。第一印象から最悪だったけど」


 そのページには、聖女付き聖騎士全員の名前が記載されていた。
 

「うっかり間違いを起こして、二人とも破滅してくれたら最高なんだけど……あの鬼畜性悪聖女、他の誰に対してより、コイツに対する態度だけ、異常なほど劣悪だからなぁ。
 当人、まさか『自分が聖女様に懸想していると、聖女様本人が本気で思い込んでいる』なぁんて、夢にも思わないだろう。
 まして、『実際恋をしているのは、聖女様の方』だなんて、気づく訳もない。聖女様本人も自覚してないみたいだし、アイツもそういうことには鈍感そうだ」


 指で叩かれていた名前の主は、レン。
 その下には、小さくメモ書きがされている。


「聖女様の任期は、まだあと二年半もある。
 だったら、コイツのイメージを貶めて、先に排除しとくのもありか。
 ええと。『晩餐会の夜、被害に遭った聖女候補の娘を抱き上げ、部屋まで運んだ』って情報。
 ……これを伝えるのは、僕が もう少し聖女様の懐に入ってからだ。
 タイミングを間違えると、僕やこの娘まで、とばっちりで殺されかねないし。
 でも、こっちの 『女性物と思われる香水の香りがした件』については、もう少ししたら耳に入れても良い」


 セドリックは、普段は決して人に見せないような、歪んだ笑みを浮かべる。


「聖女様、どんな反応するかな? 
 王宮の外待ち聖騎士って、待ち時間は酒も提供されるし、侍女たちとお楽しみだって、結構有名だしな」


 食事を終えた侍女たちが、給湯室にやってくる気配を察知し、彼は手帳を胸のポケットに戻して立ち上がる。

 顔には、いつものように、キラキラした笑顔を貼り付けて。


「あら、セディー君。これからお昼?」

「はい!」

「そう。ゆっくり休んで来てね」

「ありがとうございます!」


 ペコリと頭を下げて、セドリックが給湯室から出て行くのを見て、侍女たちは、口々に「かわいい!」「礼儀正しい!」「良い子!」などと、賛辞の言葉を並べるのだった。

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