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第五章

後始末をしましょう!

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(side ローズ)


「さて。そうしたら、後始末をしないとね? 
 オレガノ君は、ローズマリーちゃんを控室まで運んであげてくれるかしら?」


 ビアンカ様との謎の合意が済んだところで、スティーブン様は、こちらに視線を向けた。

 と、隣で立っていたジェフ様が、小さく手を挙げる。


「オレガノ様は、すぐに王子殿下の元へ 戻らなければならないでしょう? 良ければ、僕が運びましょうか?」

「急な螺旋階段だから、幾ら彼女が軽くても、もう少し胸板が厚くなってからでないと、お姉さん、不安だわ? ジェフ」

「そうですか? ここのところ、結構鍛えたんだけどなぁ」


 苦笑いで答える声音は、少し不満げ。


「ようやく救い出した可憐な乙女を 抱きしめたいって言う、貴方の気持ちは よく分かるわ。
 でも、彼女の気持ちを考えると、今は異性にあまり触れられたくないんじゃないかしら?
 せいぜい許せて、家族くらいよ」


 それを聞いて、ジェフ様は納得がいったように頷いた。


「なるほど、仰る通りです。今回のところは引き下がりましょう」

「良い子ね」


 スティーブン様は、優しげに目を細めた。


 襲われかけた私が、異性に対して恐怖心を抱いているだろうと、心配して下さったんだわ。

 確かに、一歩間違えば、大変なことになっていた。
 思い出すだけで体が震える。

 ほっそりとして、大して力が有るわけでもないはずのフランチェスコ様を相手に、逃げ出すことすら出来なかった。
 それなりの護身術は、心得ているつもりだったのに。

 悔しいけど、これが性別の差。

 もちろん、助け出して下さったジェフ様に対して、恐怖心など持つはずもないけれど、ジェフ様が提案して下さった時に、お兄様が体を強ばらせていたから、心配をかけるのも良くない。

 わたしは、二人の気遣いに感謝し、小さく頭を下げた。


「ところで、ジェフには 別の仕事を頼んでも良いかしら?」

「ええ。なんなりと」

「助かるわ。まず、魔導士長様に、内密に状況を説明して、何人かの魔導士と騎士、それから使用人を、こちらに派遣するようお願いして頂戴。
 ここに、アレらをそのまま転がしとくわけにはいかないし、一応医務室へ運ばないとね。
 重大な怪我になる予定らしいから?」

「予定……ですか?」

「予定よ? 今のところは、繋がっているらしいから。ご覧なさい? その、痛みなど感じていないかのような 安らかな寝顔を」


 後手に縛られて転がっている騎士たちを顎で示しながら、スティーブン様は微笑む。


「確かに。剣で戦っていたと思っていたんですが、切り傷もないですね」


 ジェフ様の仰る通りだわ。
 服も裂けていないし、まして、血なども出ていない。

 あれ?
 光の騎士様は、普通に剣で斬りつけていたと思うんだけど。
 どういうこと?
 
 王国騎士の持っている剣は、両方に刃が付いているから、当たれば確実に切れるはず。

 かと言って、剣の腹で叩くのでは、鍛えられた敵を気絶させられるほどの強度がない。
 しなる特徴を持っているから、尚更。
 うっかりすると、折れてしまうかもしれない。
 

「この剣で、どうやって戦うと そうなるんですか?」


 声を出したのは、お兄様。
 同じ騎士としては、やはり興味があるみたい。


「私も見たわけじゃないから分からないけど、『殺しちゃ駄目!』って言ったら、鞘の紐をガードに巻き付けて 抜けないようにしてたから、多分鞘ごとぶん殴ったんじゃない?」

「鞘ごとですか?」


 お兄様は、目を丸くしている。

 あ!
 見えなかったから、光の速度で鞘の中に納まったと勘違いしていたけど、最初から抜いてなかったってこと?

 なるほど、それで!
 速すぎると思ったわ。
 気づいた時には、剣が鞘の中なんだもの。
 でも、確かにあんなことをしたら、普通に自分の指とか切っちゃうよね。

 騎士たちは、鉄製の長物系鈍器で殴られたのと同じことだから、打ちどころが悪ければ、勿論最悪の事態も有りえた。
 でも、全員気絶で済んでいるあたり、しっかり手加減されているということになる。

 いずれにせよ、光の騎士様が、とんでもない剣の使い手であることは、疑いようも無いわ。
 


「ジェフが わざわざ呼びつけるくらいだから、それなりに使えるだろうとは思っていたけど、バザードの小隊相手に、この実力差。想像以上だわね」


 顎に人差し指を当てながら、スティーブン様は呟く。

 ジェフ様が、不思議そうに尋ねた。


「この騎士たち、それなりに強いんですか?」

「そりゃぁ、この若さで王宮に召し抱えられるくらいだから、そこそこのはずよ? 
 貴族出身者だから、多少 手心を加えられているにしても、ほら、そこで笑える顔で突っ伏してるチャーリーなんて、一応、去年の王宮内対抗剣術模擬試合でベスト16に入ってたわ。
 ま、王族付きは不参加だけどね。
 そうは言っても、外周警護の遊撃部隊だから、最低でも門兵の小隊よりは 強いだろうし、それに、弱くちゃ困るしね。
 考えて見て? 
 あの子が、ある日突然思い立って、王城に攻撃をしかけたとして、遊撃の小隊を 一人で短時間に殲滅できちゃったら、簡単に王宮に侵入されちゃうってことよ?」

「設定がおかしいことは置いておくとして……まぁでも、不意打ちの目眩し攻撃で、彼らも殆ど見えてなかったでしょうから?」

「それにしたって、手加減されまくっててこの体たらく。王宮仕えともあろう者たちが、情け無い!」


 いえいえ!
 光の騎士様が、本当にお強くていらっしゃったので!
 剣術だけでも、お兄様やレンさんを凌駕するレベル……というか、最初に放ったあの光なんだったのかしら?
 この世界において、光の魔導って、聞いたことないんですが?


「ところで、そういうこと、いつの間に伝達したんです?」

「あら? 私たちくらい親密ならば、目と目で通じ合っちゃうものなのよ?」


 スティーブン様のウィンクに、ジェフ様は訝しげな表情で、半眼を向ける。


「まぁ、良いです。後日、本人から聞きますから。お礼ついでに」

「いやだ。っふふ。
 お礼の必要なんて無いわよ?
 本人、直ぐにでも ふっ飛んで行きそうなところを、慌てて止めたの 私なんだからね?
 二人とも、お礼はだけで十分よ。
 今回の件、貴方と彼はwin-winの関係なんだから」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ? ま、当人に自覚は無さそうだけど、貴方なら分かるでしょう?」

「それは……ちょっと困るんだけどな」


 ジェフ様は、眉間に皺を寄せて顔を顰める。
 そして、深くため息を落としながら、ロッドを拾いに行ったみたい。


 ……ええと??
 途中から、話の流れが読み取れませんでした。
 ジェフ様と光の騎士様が、比較的親しい間柄であることだけは、分かったけど。


「それでは、ちょっと行って来ますかね。
 ああ、ビアンカ様はどうなさいますか? 
 ご迷惑でなければ、ドウェイン家の控室で、お支度なさいます? 」

「是非。お願いしたいですわ」

「では、お義姉ねえ様。
 僭越ながら、部屋までのエスコートは義弟おとうとの僕が、承ります。
 両親と 侯爵家の使用人には、僕から説明致しますので。
 お義姉様のお支度が済む頃に、兄を部屋に連れて行きますね?」

「大変宜しくてよ? んっふっふっ」


 ジェフ様は恭しく礼をすると、ビアンカ様の手を取り、スティーブン様に視線を送る。
 スティーブン様は、一瞬悪い顔で頬笑んだ後、ひらひらと手を振った。


「任せたわね。伝え終わったら、貴方は戻ってきて頂戴? 詳しい状況を説明してもらうから」

「了解です」

「それでは、我々も途中までご一緒します。
 スティーブン様。自分も、ローズを控室に置いたあと、こちらに戻った方が良いですか?」

「聖堂側と話し合いがつくまで、そのまま妹さんを警護してあげて頂戴。エミリオ様とジュリー、団長には、こちらから伝えておくわ。
 聖堂としても、事件が聖騎士の不祥事だから、迂闊な護衛は付けられないでしょうし。
 ねぇ? ライアン様?」

「はい。状況を伺い次第、私がそちらに伺いますので、それまでご家族の方にお守り頂けると、幸甚に存じます」

「了解いたしました」


 お兄様は頷いて、ふわりと私を抱き上げた。

 流石は、お兄様!
 そんなに重くはないと思いたいけれど、それでも 成人女性をいとも簡単に抱き上げた上、この安定感。
 こういうのを、意中の女性にする機会が有れば、株が爆上がりすること請け合いだわ。

 ああ。
 でも、ジュリーさんの情報だと、わたしがそんな心配をしなくても、結構おモテになるんだった。

 
「気をつけるつもりだが、急な階段だから多少は揺れる。舌を噛まないように、奥歯は合わせておけ」

「はい。お兄様」


 頷いて、口を引き結び 奥歯を合わせると、お兄様は優しい目で微笑んでくれた。

 こうして、お兄様に抱えてもらい、わたしは無事、自分の控室に戻ってくることが出来たのだった。





 ドウェイン家の控室の前で、もう一度、ジェフ様に丁寧にお礼を言った後、わたしとお兄様は、聖女候補の控室に戻った。

 部屋に入ると、メイク担当の使用人さんが、直ぐにこちらに駆けて来る。

 彼女は、聖騎士が先導していないことに、何か異変を感じたみたい。

 まぁ、ターナーさんは、今まさに悪夢にうなされている最中だろうし? 例え目覚めていたとしても、絶対同室になど いたくないから、連れて来る訳もないけどね。

 彼女は、私を抱き上げているお兄様を見て、一瞬だけ頬を染めたけど、直ぐに軽く首を振ると、訝しげな視線を向けてくる。

 お姉さん……分かりやすい。

 お兄様って、妹のわたしから見ても、そこそこのビジュアルだから、多分 一瞬『素敵な騎士様!』って、思っちゃったかな?

 でも、流石は 王宮から派遣されてくるだけの人材。
 直ぐに従業員としての思考に切り替えた。

 つまり、泥で汚れたドレスや、わたしのぐちゃぐちゃになっているだろう顔を見て、何事かあったと判断。
 『それをしたのは、この男では?』ってところまで、考えたに違いない。

 わたしたちは、本当に似ていないから。


「兄です」
「本日は、妹がお世話になりました」


 わたしが、お兄様を紹介したのと、お兄様が苦笑いで言葉を発したのは、本当に時間差だった。

 どうやら、お兄様も同じことを考えていたみたいだわ。


「実は、ちょっと有りまして……その、大丈夫です! 少しだけ怪我はしましたが、無事助けて頂いて……」


 そこまで話すと、使用人のお姉さんは片手をあげて、話を制した。


「私は、何も見ておりません。メイクが少々崩れたようですね? 今のうちに直してしまいましょう」


 そう言いながら、ソファーを勧めてくれた。
 お兄様が、ゆっくりそこに座らせて下さると、彼女は直ぐにお化粧直しを始める。

 『言いにくいことは、言わなくて良い。今日のことは口外しません』と、暗に言ってくれているようで、その優しさに、思わずうるうるしてしまう。

 お化粧、直しにくいですよね?
 ごめんなさい。

 彼女は、丁寧に水気を絞った濡れタオルでわたしの目元を冷やしながら、手際よく口元のお直し。
 そして、少し腫れぼったくなっていた目元は、黒のアイラインと、ダークグリーン系のアイメイクで上手に誤魔化してくれた。

 すごい!
 これなら、あまり目立たないわ!


 因みに、汚れてしまったドレスだけど、メイクを直している最中に、ジュリーさんが着替えを届けて下さった。

 規定されたものに近い、絹糸で作られた真っ白なそれは、なんと!王女殿下から。

 一昨年着たものだそうで、既にサイズが合っていないので、下さるとのこと。

 ひぇぇ。
 恐れ多いです。

 お兄様には、後ろを向いていて貰って、ソファーにかけたまま、何とか着替えた。

 王女殿下、背が高くていらっしゃるのね。
 ドレスの着丈は、わたしより僅かに長くて、使用人さんが クリップで止めて下さった。


 その後は、医務官や王宮魔導士がやって来て、代わる代わる、痛めた足を水袋で冷やしたり、癒しの魔導をかけてくれたり。
 想像以上に、人が出入りする。

 終いには、魔導士長様までやって来て、わたしに労りの言葉をかけてくれる始末。

 恐縮すぎる。

 早急に顔を整えてくれたのは、これを見越してのことだったのね。有難い!

 それらがようやく収まった頃、ライアンさんが顔を出した。

 
 スティーブン様とジェフ様から 状況の説明を受け、エンリケ様とも相談し、結論については、後日 会議で決めることになったそう。

 
 わたしについては、お咎めなし。

 『これだけは、確定です』と説明を受けた時は、本当に体の力が抜けてしまった。
 守ってくれた皆さんには、本当に感謝しかない。

 『残念なのは』と前置きして告げられたのは、フランチェスコ様の処遇。
 彼に関しては、やはり、この晩餐会での規定で、罪に問われることは無いそう。

 結局、高位貴族は優遇されるのが、世の常よね。

 騎士たちと、ターナーさんに関しては、会議次第。


「分かりました」


 そう言って頷いた時、闇をつん裂くような複数の悲鳴が上がった。

 声は全員男性で、発狂したのではないかと思うような大声が何度も上がり、やがて呻くようなものへと変化していく。

 何かあったのかしら?
 ああいうことがあった後だから、怖いんですけど?

 扉を見ると、お兄様が目配せをして、控室から出て行った。
 しばらくして戻ってくると、苦笑い気味に状況を伝えてくれる。


「あー。あの騎士たちだった。
 奴ら、先程医務局から抜け出そうとしたらしいんだが、突然手足を抑えて大騒ぎを始めたらしい。
 足元で転げ回っているのを ざっと見てきたが、どうも 片手と片足が ダラんとなっていて、動かないようだった」

「え?」

「スティーブン様の、仰っていた通りだったな」


 お兄様が言うと、ライアンさんはクスクスと笑い出した。


「王国騎士の面々は、離職確定ですな。しかし、何とまぁ。因果応報とは、正にこのこと」

「あの?」

「おっと。ローズマリーさんの前で、非道な話は辞めにしましょう。馬車までご協力を お願い出来ますかな?」

「ええ」


 そう言って、お兄様は 再び わたしを抱き上げた。
 
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