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第五章

螺旋階段にて

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 宮殿内、屋上庭園から四階控室棟につながる螺旋階段にて。


 ユーリーは、階段を降りて行く背中を追いかけていた。

 前を歩くレンの歩調は かなり速く、小走りでようやく追いついて 横に並ぶと、一瞬だけ視線が交わる。

 レンは、直ぐに視線を前に戻すと、わずかに歩調を緩めた。

 その、相変わらず無表情な横顔を見ながら、ユーリーは苦笑いを浮かべる。


(レン君の場合、普段なら何か一言くらい言いそうな場面だが……まさかとは思うけど、案外苛立っているのか?)


 そんなことを考えつつ、ユーリーは、先ほど見た光景を思い出していた。



 二階バルコニーで、ローズマリーとクリスティアラ王女を捜索していた最中、突如虚空に現れた発光物体。

 騒ぎ始めた客人たちを、適当な理由を話して落ち着けた後、ユーリーは、慌てて屋上にやって来た。

 戸口に立っていたスティーブンに声をかけながら、庭園に足を踏み出した際、顔を近づけている二人を目撃する。

 思わずラブシーンかと固まったが、角度をわずかに変えてみると、実際は、そんな色っぽい空気など、微塵もなかった。


(すると、先程ロビーでなされたキスも、直後にレン君が言っていた通り、触れていなかったのだろう)


 納得しながら様子を伺った先、かなり近距離にいたために、音量を絞ってなされる囁き声の会話を、ユーリーは聞き取ることができた。


「……殺していません。が、全員、利き手 利き足の腱に、張っている状態で、強めに打撃を加えました。動けば恐らく」

「切れるってこと? それじゃぁ、騎士としては、死んだも同然ね」

「事後処理をお願い致します」

「面倒ごとはこっち任せ? ご褒美は?」

「今の状態でも、私は貴方様の魔力量を上回っていないかと……」

「あーら? 試してみないと分からないじゃない? まだ隠し持っているかもしれないし?」

「……どうしても、ということでしたら、それでは、次は確実に呼吸が止まるまで」

「……貴方、冗談言えたの?」

「…………気配が二つ。ペチュニアの四阿あずまや。うち一人は、神聖。或いは探し人では? ……不足分は、可能な範囲で、後日承ります」


 最後に、レンから微かに聞こえたリップ音は、どちらかと言うと舌打ちに近いもの。


(なるほどな。
 声を聞かれれば、流石にこの場にいるレン君の知人には、彼の正体がバレてしまう。
 それ故、キスすら情報伝達の手段として使っていたわけか。
 確かに? 聖騎士が変装して王宮内に不法侵入なんて、バレたら普通に首がとぶからな。
 無論、本人が自発的に行ったことではないけれど……)


 ユーリーは、内心苦笑いで状況を見守る。
 
 ユーリーが周囲の反応を見る限り、この王国騎士が、実は聖女付きの聖騎士であるとは、幸い、ジェフ以外の誰も気付いていないようだった。

 顔を覆い隠すような長めのカツラと、太いフレームの黒縁眼鏡。
 常に顔を俯けており、姿勢も、いつもより若干猫背気味。
 普段の、無表情ながらも 丁寧かつ柔らかな物腰は鳴りを潜め、大人しげで クールかつ無口な印象。


(知人に身バレしないようにと言い含められているとは言え、この印象操作は秀逸だ。
 変装に関わっていなければ、案外おれでも、気付かなかったかもしれないな)


 そんなことを考えていた矢先、スティーブンから、レンのことを任されてしまった。


(ま、この場に残って事後処理を手伝わされるより、随分楽な仕事だろう)


 そう考えたユーリーは、謹んでお役目を受けることにした。


 そして、現在に至る。


(あの時から……いや。或いはそれ以前からかもしれないが、何となく彼の周りの空気が、張り詰めているように感じる)


 螺旋階段を下りて、四階の通路を抜ける途中、人影も無かったので、ユーリーは 思い切って、レンに声をかけた。


「珍しいな。もしかして、少し気が立っているのか? 」


 レンは、一瞬視線を下げたが、すぐに前に戻す。
 そして、一拍おいて口を開いた。
 

「失礼。抑えていたつもりなのですが……」

 
 想定外の返答に、ユーリーは目を見開く。
 あまり感情を露わにしないレンのことだから、隠す可能性が高いと考えていたのだ。


(素直に答えるあたり、思っていたより遥かに、おれは彼の信用を勝ち得ていたみたいだ)

 
 決して懐かないと思っていた男が、予想以上に自分に懐いていた事実に、ユーリーは、気分を良くした。
 

「いや。他の連中には、わからないだろ。おれがそういうのに、ちょっと敏感なだけ。
 それにしても、君でも怒ることがあるんだな」


 ユーリーが笑顔を向けると、レンは僅か瞳をふせる。


「まだまだ未熟です」

「そんなことないさ。寧ろ、君から人間的な部分が伺えると、安心するよ。
 常に堅忍不抜って感じだろ?」

「いえ……」

「君、ちょっと自分に厳しすぎじゃないかな。溜め込みすぎると、いつか爆発するぜ?
 たまには、言いたいことの一つや二つ、吐き出してみたらどうだ?
 お兄ちゃんが聞いてやるから、言ってみな?」


 ユーリーが諭すように言うと、レンは、しばし視線を彷徨わせていたが、やがて、ぽつぽつと話し始めた。


「……事件をおこした御令息に関しましては、大変卑劣な行為ですから、相応に罰を受ければ良いと思います」

「うん」

「バザード様始め、騎士の六人は、今後、騎士職を続けることは出来ないでしょう。
 同業者に剣を向けた格好ですので、正当防衛が成立するはず。自業自得です」

「そうだな」

「彼らに関しては、私とは立場が違いますので、それ以上は何も。
 ただ、ターナーさんだけは、断じて許容できません。
 聖騎士という職にありながら、守るべき聖女候補を罠にはめ、その立場を危うくしたばかりか、嘘の情報を流し、周囲を撹乱しようとするなど……」

「嘘の情報?」

「……ローズさんが『ふしだらである』とか『複数の男に色目を使っている』など、ありもしない事を 王子殿下やジェファーソン様に。……実際の彼女がどんな人物であるか、知りもしないで……」

「あー。それはひどいな」

「はい。更に、隙を見て逃げ出そうとしたので、とりあえず動けないようにだけ しました。
 スティーブン様には、やり過ぎだと叱られてしまいましたが……彼がしたことを考えれば、あの程度では到底足りません」

「そうか」


 ユーリーは頷く。


「君が憤るのは、無理からぬことだと思う。ま、ターナーとか言う聖騎士には、きっと最大級の罰が下るさ。戻ったら、俺からも進言しとくしな」
 

 それを聞き 多少スッキリしたのか、一つ息を落とすと、レンは前を向いた。


「……大分気持ちが楽になりました。聞いて下さり、ありがとうございます」

「ああ。たまってきたら、いつでもお兄ちゃんをよんでくれ。
 飯くらい奢るし、職場が違えば、愚痴も幾らか話しやすいだろう?」


 ユーリーが笑って背中を叩くと、張り詰めた空気を幾分弛めて、レンは小さく頷いた。

 それを視界に収めて、ユーリーは心中で苦笑する。


(聖騎士職の職務放棄と、聖女候補を危機に陥れたことに対する憤りもあるが、どちらかというと、ターナーとやらにローズさんの事を悪く言われて、不快に思ってたってところか?
 そう言えば、ラルフ君が言っていたな。
 レン君が『ローズさんに対してだけは、普段と反応が違う』とか何だとか。
 俺にうっかり話したあたり、本人にその自覚は無さそうだが、やはり、そういうことなのだろうか?
 引き継ぎを受けた時には、感情が無いみたいな言われ方だったが、おれから見れば、案外人間臭くて 可愛げがあるものだ)


 意表を突いて、甘酸っぱい気配のする レンの怒りの原因に、ユーリーは思わず頬を弛めたのだった。
 




(side エミリオ)


「脳内七歳でも、流石の演技力だな。姉様」


 ドレスの裾を踏まないように、螺旋階段をゆっくりとエスコートしながら、俺は姉様に半眼を向ける。


「あら? エミリオ、知らないの? 女の子は たとえ幼女だって、基本レディーなのよ? ねー!ジュリー? 」

「はい。クリスティアラ王女殿下」


 返事を返すジュリーに、同様の半眼を向けると、ジュリーはしれっと視線を逸らした。


 ……分かっている。

 ジュリーは、間違いなく怒っている。
 その原因は俺で、悪いのも俺だ。

 それはそうだ。

 こちらから警護を頼み、ジュリーとオレガノを塔まで連れて行った癖に、いつまで経っても下りてこない。
 二人はきっと心配になって、塔を登ったのだろう。
 そしたら、俺は忽然と姿を消していた。
 きっと二人は、焦って塔の屋上をあちこち探し回ったに違いない。

 やがて、どちらかが宮殿の屋上に移動している 俺を見つけた。
 しかも、何やら俺は、事件に巻き込まれている。

 さぞ、驚いただろう。
 どれだけ心配して、急いでここまで走って来てくれたかは、庭園に出てきた時の二人の様子を見れば分かる。

 これに関しては、流石に申し開きが出来ないな。

 もちろん、こちらにも言い分はあるのだが、謝罪は必要だろう。
 

「あー、その。なんだ。お前たちに声をかけてから行くべきだったと、反省している。すまなかった」


 ジュリーの顔を覗き込みながら 謝罪を口にした。
 ジュリーはしばらく視線を上向けていたが、やがて、ため息と同時に 困ったように微笑んだ。


「一刻を争う事態であったことは、上から状況をみましたので、理解しております。
 それに、我らに知られては不味い隠し通路みちもありましょう。
 ローズマリー様が無事で、本当に ようございました」

「ホントよねー! 間に合ってよかったわ。
 途中から話を聞いていたけど、あの銀髪の男、サイッテー! アイツ、レディーの足を蹴ったのよ?」

「あれ、フランだよ。ドウェイン侯爵家の……」

「え゛っ? フランって、フランチェスコ? 顔だけは良いけど、ひがみっぽくって、いつもジェフのおもちゃ奪い取ってた、あの?
 うわぁ。あんな感じになちゃったんだ。ざんねーん」

「うん。これで、彼奴が七年前から一切進歩していないってことが、はっきり分かった」


 うんざりして、俺は再び半眼になる。


「あ、あー。そっか!
 それじゃぁ、さっきいた、あの金髪の、キラッキラしたお兄ちゃんが、ジェフってこと?」

「そうだな」

「そっかー。とび出さなくて良かった!
 きおくしょーがい?っての、バレちゃうところだったわ。
 どうにもならない場合は、最悪、私が殴ってやろうかと、思っていたのよね」

「うん。こっちは、姉様が飛び出すんじゃないかと、ヒヤヒヤしていたんだ。大人しくしていてくれて良かったよ」


 正義感が強くて、跳ねっ返りの姉様 故に、状況を見守るなんてことはせず、フランに向かって突進するんじゃないかと、正直心配していた。

 実際は、大人しく物陰に隠れ、捕まっていたもう一人の御令嬢の縄を解いていてくれたから、助かったが。


「そりゃぁ、お姫様を救い出すのは、王子様の役目だもの! そんな良いところを、私が持って行くわけには いかないじゃない?」


 ああ。うん。
 『王女だから、危ない真似は出来ない』とか、そういった理由じゃないところが、実に姉様だ。


「それにしても、近くで見たら、ものすごく可愛いお姉ちゃんで、私びっくりしちゃった。
 ええと、ローズマリーさん? 」

「あ? あぁ」


 俺は、姉様から視線を逸らした。
 姉弟で恋バナとか、気まずすぎる。

 それに、姉様はヴェロニカと仲が良いから、こういうのは、気に入らないかもしれないしな。


「どういう人なの?」

「ああ。聖女候補で?」

「へぇ! それなら問題なさそうね。ベルも、彼女なら文句ないんじゃない? お気に入りのメリーアンにそっくりだもの」

「メリーアン?」

「お人形よ?」

「そうなのか……」


 ヴェロニカのドール好きは知っているが、深く突っ込んで聞いたことは無かったから、知らなかった。


「でも、彼女。凄く人気がありそうよね?少なくとも、ジェフはライバルってことでしょう? さっき、王国騎士の人も抱きしめてたし」

「あれは、オレガノと申しまして、エミリオ様付きの騎士であり、彼女の兄にあたります」


 ジュリーが情報を入れ、姉様は驚いたように目を見開く。


「え? 兄妹? うそ。全然似てなかった」

「うん。俺もそう思う」


  俺も最初は、二人が良い仲なのかと心配していたっけ。


「そう。お兄様なら、大丈夫ね。あとは……そうだ! あの眼鏡の騎士は?」

「あれは、ステファニー様の恋人では?」


 逆に尋ねるジュリーに、姉様は、きょとんとした顔をする。


「えぇ~? 違うと思うよ? ステファニーの好みのタイプは、何ていうか、子犬系だもの。彼、大人しそうでインテリっぽかったし、多分真逆よ?」

「そうですか?」

「そうよ。私、見たことないし」

「見たことがない? あの騎士を、ですか? てっきり、王女殿下付きの騎士かと……」

「違うわ。でも、そうね。もしかすると、ステファニーが飼ってる影かしら? それなら、騎士名簿に名前くらいは載ってるかもね」

「はぁ」


 ジュリーは、呆れ顔で返事をした。
 そんな怪しげな者を近くに置いていても、何も言われないあたり、流石はスティーブンだな。


「彼も一応、ライバルだと思っておいた方がいいかもよ?」

「何でだ? 見たこともない奴だぞ? マリーだって、知らなかったみたいだし」

「だって、屋上まで跳んで来たんだよ?落ちたら普通に死ぬよ? いくらジェフに頼まれたからって、好きでもない娘のために、普通そこまで出来るかな……」

「いやいや、流石にそれはないだろ? 彼奴は、やたら強かったし、絶対落ちない自信でもあったんじゃないか?」

「そうかなぁ? まぁ、良いけど。それに、ジェフがライバルってだけで、相当ハードルが上がってるから、しっかり自分を磨かないとね?」

 ウィンクしてくる姉様に、俺はため息で返事をした。

 そんなことは、言われなくても分かってる。



 そんなこんなで、無駄に精神を擦り減らしながら、俺は姉様を 控室まで送り届けた。

 待っていた父様に大いに褒められ、正妃様にも感謝され、任務完了。

 マリーのことは心配だが、仕事を放棄するわけにはいかず、俺は渋々 舞踏会会場へ戻った。
 

 

 
 
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