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第五章

王宮と塔に隠された 秘密の通路

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(side エミリオ)


「それで、こちらには一体、どういった御用向きですか? 殿下」


 辺りが茜色に染まり始めた時間帯。

 舞踏会が催されている会場から、唐突に、会場の北東に位置している塔まで行く!とか言い出されたら、それはこんな反応になるだろうな。

 眉間に皺を寄せているジュリーに苦笑いを返して、前に踏み出す足はそのままに、俺は思考を巡らす。


 ジュリーは、階級的にも人間的にも信頼に足る人間だ。
 姉様の状況についても、知っている人間の一人だから、今回の騒動に関して話してしまっても何ら問題ない。

 オレガノに関しても、お仕事大事で生真面目で、こいつの性格上、機密を外に漏らすことは無いだろう。
 
 だが、これから俺が行こうとしている場所は、王族付きの副官クラスですら、知らない抜け道の出口だから、正直なところ、あまり言いたくないんだよな。

 ……いや!

 別に、もう会場からこっそり逃げ出すつもりも無いんだが、一応、緊急時の対策としてだな……って、俺は誰に言い訳をしているんだか。


 その道は、幼い頃、姉様と探検ごっこをしていて、偶然見つけた物だった。

 会場の奥にある隠し部屋から直通で、一度地下を通り、この塔の一番上に通じている。

 避難用にしては意味が分からないところに通じていると、不思議に思っていたわけだが、かつて、好色で知られる三代目国王が、この塔のある建物に、後宮には入れないような身分の愛人を住まわせていたらしいから、まぁ、そういうことなんだろう。

 そんなことのために、ここまで大掛かりな改装をしたのかと考えると、馬鹿らしくて笑ってしまうが。


 因みに、この塔、螺旋階段でてっぺんまで登り上がる構造で、普通に歩いている分には、抜け道の存在など全く気づかない。
 強いて言うなら、若干傾斜きつめだな、とか、天井少し低いかな?程度の感覚だろうか?
 そして、抜け道側からも、同様の螺旋階段を登り上がる構造になっている。

 そんなことが出来るのか、実際模型かなんかで作ってみれば分かるんだろうが、どうも二重螺旋になっているっぽいんだよな。
 そして、最上階の屋上で合流する作り。
 もちろん、反対側の道に気づかれないよう四阿を建てて、入口を隠してある訳だが、考え出したヤツは、よほどの天才か、頭おかしいかのどっちかだろう。

 
 今回、姉様がこのルートを通った可能性は五割程度。
 他に比べて高確率だと踏んでいる。

 直感的な部分も有るが、姉様の頭の中が七歳くらいであるならば、丁度このルートを発見した前後ってことになるからな。

 当時三、四歳だった俺だが、ランタン一つで姉様と二人、歩く暗闇の中が怖かったこと、抜けた先の景色が美しかったことを、断片的に覚えている。
 ま、俺の場合は、その後もちょこちょここのルートを使って脱走していたわけで、記憶は上書きされているのだが。

 姉様に ここの記憶が残っていれば、恐らく今頃、塔の屋上で、夕焼けに染まる王都の景色でも眺めているに違いない。

 ともあれ、ジュリーに何と答えるべきか。
 賢い彼女のことだから、ある程度気づいていそうな気もするが。
 

「まぁ、ちょっと探し物にな?」
 
「かくれんぼ、とやらですか?」


 ああ、ほら。
 やっぱりな。


「そういうこと。お前ら悪いけど、階段の下で待っていてくれ。俺は塔の上まで行ってくる」


 丁度、塔に連なる石造りの建物にたどり着いたので、扉を叩きながらそう答えた。


「お一人では危ないのでは?」

「キチンと管理されている塔だぞ?問題ないだろう?」


 間をおかず中から顔を出したのは、顔見知りの老人。
 彼奴は、この建物内の設備管理や、塔周辺の庭の手入れをしてくれている。

 この爺さんの受け売りだが、人が住まない建物は あっという間に朽ちるそうで、王宮内にあって、現在使用されていない離宮のような建物には、使用人が住み込みで管理を行なっているのだそうだ。

 因みに、俺は結構な頻度でここを抜けていたが、その都度しっかりこの老人に見つかっている。
 つまり、彼奴は、抜け道の存在を知っている人間ということなのだが、それを決して他言することはなく、俺が建物の外に出る時だけ、気をつけるよう諭してくれる。

 なんとなく、ハロルドと似た雰囲気を醸しているから、案外過去に王族付きの執事かなんかやっていたのかもしれない。


「おや殿下。どうかなさいましたかな?」

「ああ。塔の上の景色を見に来た。入って良いか?」


 爺さんは、目を細めると、道を譲ってくれた。
 

「しばらくお目にかからなかったので、殿下が会いに来て下さり、爺は嬉しゅうございます。どうぞ、お入り下さい」

「うん。今日は急ぎだから、また来る。とりあえず、こいつらの相手を頼む」

「かしこまりました。では、騎士様方は、こちらへ」


 有無を言わさず、塔の階段下にあるエントランスの椅子を勧められて、二人はタジタジとそこに掛けた。

 そうそう。
 こういう正体の分からない迫力と存在感が、この爺さんが只者じゃないことの証だよな。
 そして、俺以外を上に上げないことから、一つ気付いた。

 これはビンゴだ。

 薄々勘づいてはいたが、どうやら、抜け道を誰かが使うと、この建物の中にいる人間には分かるみたいなんだよな。

 それもそうか。
 元々国王が、人目をはばかって愛人に会いに来るための通路なんだから、突然現れて大声など出されたら洒落にならない。

 で、多分、ついさっき誰かが抜け道を通ったんだろう。
 だから、爺さんがエントランスまで来ていた訳だ。
 俺が抜け道を使う時も、必ずここで待ってるもんな。
 
 姉様が、既にここを出た後なら、爺さんは俺が上を探しに行くことを止めるだろうから、結論として、姉様は上に居るってことになる。

 護衛の二人をここに留め置いたのは、抜け道の出口を知られないためだろう。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

「殿下! 何かありましたら声をあげてください。それから、五分経っても下りてこない場合は、私どもも塔を上がります」

「分かった」


 答えて手を振り、急ぎ階段を駆け上がる。

 もちろん、姉様も早く見つけなければならないが、それより何より、マリーのことが気がかりだ。
 ユーリーが確認に行ったから、問題ないと思いたいが、こちらをさっさと片付けて、急ぎ会場に戻り 無事を確認したい。

 フランチェスコは、遊び人の中でもかなりタチの悪い部類で、王宮内でも懸念されている。

 目をつけると、犯罪スレスレでもお構いなしで、モノにするまで付き纏う所から、侯爵家の毒蛇とか影で呼ばれているしな。
 
 そんな危ないヤツ、さっさと廃嫡して、まともなジェフに継がせれば良さそうなものなのに、どうやらドウェイン侯爵家は、フランの方に継がせるつもりのようだ。

 俺がまだ知らない事情とか有るんだろうが、貴族も王族も、色々面倒くさいことだけは確かだな。
 

 階段を駆け上がり、塔の屋上へ出ると、金糸の長い髪を鮮やかな夕焼け色に染めて、佇む美しい後ろ姿。


「姉様」


 声をかけると、驚いたように振り返り、目を瞬く。
 その表情は、実年齢よりかなり幼く見える。


「あれれ? みつかっちゃた。ここを知ってるって事は、やっぱりお兄ちゃんは、エミリオなんだ。そっかー。確かに、似てる」

「そりゃぁ、本人だからな」


 ゆっくり近付き横に並ぶと、姉様は深くため息をついた。


「そうよね。私の方が背が高いし」

「いきなり嫌味か!でも、直ぐに追いつくと思うぞ。今、メッチャ伸びてるから」

「まだまだ負けるものですか! 私はもっと大きくなるわよぉ」

「ふっ」


 久しぶりの会話に、思わず笑いがもれた。
 そういう勝ち気なところは、記憶をなくしていようが姉様だ。
 人が変わってしまったわけではないようで、とりあえずは安心した。
 

「なにようっ!笑うコトないでしょう?」

「悪い。体調が悪いと聞いていたから、元気そうで安心したんだ。他意はない」

「あら。それはアリガト。体は元気よ。ちょっと七年くらい吹っ飛んじゃったから、毎朝鏡見て、気持ち悪いケド」

「ああ。まぁ、そうだろうな」


 俺が同意すると、姉様は、視線を夕焼けに染まる街に向け、深くため息をつく


「ホント、私の七年間どこ行っちゃったのかな?」

「まだ戻るかもしれないんだろ?なら、気長に待てば良いんじゃないか。やるコト一杯あるし。女王教育のやり直しとか、キツそうだけど」

「来週から、貴方と一緒にやるらしいわよ」

「は? 何で俺まで、巻き込まれているんだよ」

「貴方も王様になる可能性があるんだから、当然じゃない」

「はぁ。めんどくっさ」

「ホントね」


 適当な事を言い合って、笑いながら夕陽を眺める。


 その時。

 視界の隅で、微かに何かが動いた気がした。

 何気なく視線をそちらに向けると、舞踏会の会場となっている棟の屋上で、複数の人影が動くのが見えた。

 屋上庭園は、普段は俺にとっての遊び場であり、王族の憩いの場でもある。
 ただ、こういったイベントがある時は、近づかないよう、釘を刺されていた。
 理由を尋ねると、成人したら教えてくれるとか言ってお茶を濁されたのだが。

 一体、こんな時間にあんな場所で、何をやっているのだろうか?

 目を凝らしてみると、男たちが中央にある四阿あずまやに集まって、何やら笑い合っているようだ。
 四阿の中には、濃いピンクのドレスと、囲いの外に向かって投げ出されている両足。

 いや。
 御令嬢の足が、太もも付近まで見えるって、何事だ?

 何か、良からぬことをしている。

 そう確信した時、庭園の入り口の扉が開き、一人の御令嬢が出てきた。
 聖女候補が着る純白のドレスが、夕日で赤く染め上げられている。
 綺麗に結い上げられた髪の色は、夕焼けの空を写したような、ピンクがかった赤。


「マリー?」


 何故こんなところに?
 
 不可解に思っていると、マリーの後ろについて出てきた男が、後ろ手に扉を閉め、そのまま帰り道を塞ぐのが見えた。
 マリーは、庭園の景色に見惚れているのか、そのことに気付いていないようだ。

 嫌な予感に、頬の皮膚がチリチリする。

 あの男、聖騎士だろう?
 何故こんなところに、マリーを連れて来た?

 握りしめた両手が汗ばむのが、分かった。

 先程まで中央の四阿で談笑していた男たちが、一人、また一人と、マリーに近づいて行くのが見える。

 最初に近づいて声をかけたらしい男は、長い銀髪を後ろで一まとめにした優男。

 マリーは咄嗟に踵を返そうとしたようだが、退路は既に塞がれている。


「マリーっ!このっ!ふざけるな!」


 奴らが、彼女に何か良からぬことをしようとしていることは、明白だった。
 また、彼女の反応からして、あの聖騎士に騙されて、連れてこられたに違いない。
 男たちに取り囲まれたマリーは、距離を取るべく、僅かずつ後ずさっているようだ。


「姉様……急用ができた。悪いけど、一人で会場へ戻ってくれないか?あんた付きが心配してるから、出来るだけ早く」

「それは良いけど、急いで屋上庭園に向かったとして、どうやって扉を開けるつもり?」

「騎士たちに頼んで、力押しで?」

「そんなの、説明してるうちに手遅れになっちゃうわ」


 確かに姉様の言う通りだが、他に手がない。
 とりあえず、オレガノともう一人男手が有れば……。

 塔の中に向かうべく踵を返そうとすると、姉様が俺の腕を掴んで止めた。


「あの子、大事なのね……。オッケー!お姉ちゃんに任せなさい!」


 そう言って、俺を四阿へぐいぐい引っ張ってくると、隠し通路の扉を開き、螺旋階段の内側の壁を力任せに蹴り飛ばす。

 呆然と見守ると、ただの壁と思われていた部分の板が開いて、屈めば大人一人通れるサイズの通路が出来る。

 何だこれ?
 隠し通路の先に、更に隠し通路?

 こんな通路、俺は知らないぞ。

 姉様の持っているランタンの光を頼りに数歩進むと、箱状の乗り物が見えた。


「早く早く!これに乗って!」


 げっ!これに?
 上からロープのような物で吊るされた、見るからに不安定そうな乗り物なんだが?


「これ、大丈夫なのか?」

「私が生きてるから、大丈夫なんじゃない?」

「怖いもの知らずは相変わらずか」


 迷っていても仕方ないから、姉様に続いてそれに乗り込み、扉を閉める。
 次いで、姉様が手元に伸びているレバーのような物を引っ張ると、不意に体が浮く感じがした。

 上から、ガラガラと何かが動くような大きな音がして、暗闇だから分からないが、どうやら乗り物が動き出したようだ。

 体感的には急激に下りている?


「一体これは、どういうものなんだ?」

「滑車を利用したゴンドラだってさ。螺旋階段の中心部を下っているらしいよ?」

「それ、誰から聞いたんだよ」

「え?誰だっけ?……あれ?」


 姉様は、眉をよせて真剣に悩んでいる。
 どうやら、本当に思い出せないようだ。


 一番下まで辿り着き、俺たちが下りると、ゴンドラは勝手に上に上がっていった。

 これで、こちら側からは戻れないな。

 とりあえず、姉様の後を追って、暗闇の中を急ぎ足で歩く。
 幾つか別れ道があったが、姉様は淀みなく道を進んで行った。
 すごいな。
 こんなところに迷い込んだら、俺は一生出てこれない気がするんだが……?

 突然、ぽかっと、やたら広い空間に出て、そこに漂う空気の冷たさに、俺は身震いする。

 これより奥には、行っちゃいけない感じがする。


「エミリオ!こっち!」


 姉様に手を引かれて、今度は登りの螺旋階段。

 何処まで続いているのか不安になりながら駆け上がった先、姉様が手の届く位置に迫った天井を押し上げ始めたので、それを手伝う。

 思ったほどの抵抗は無く天井の扉は開き、俺の視界には派手なピンク色のドレスと、控えめにいっても大根のような二本の足。

 なかなか凄いところに繋がっている物だな……。
 半眼になりつつそこを這い出し、どうやら椅子に縛り付けられている御令嬢が声を上げないよう、口の前に人差し指を当てる。

 状況は?


「相変わらず、鼻が効くな。ジェフ」

「彼女を離して下さい。兄さん」


 どうやら、ジェフが先に辿り着いていたようだ。
 
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