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第五章
動き出した策謀 ⑵
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(sideジェフ)
「そうね。ただ、この会の参加者だけは、特別ルールが有るのよ」
困ったように眉根を寄せるステファニー様に、僕は首を傾げた。
「特別ルール?」
暗黙の了解的な何かだろうか?
ステファニー様は、ちらりと僕を見ると、一つ息を落とし、彼の隣で静かに話を聞いていたレンさんに、視線をながした。
「普通、聖女候補は、異性との肉体的接触を避ける取り決めよね? 接触があった場合は、どうなるのかしら?レイン」
話を振られて、レンさんはピクリと眉を動かす。
まだ、その適当につけた偽名、つかうんだ……。
レンさんは、すっかりステファニー様のおもちゃにされてしまっているみたいだ。
無表情が、ほんの僅か反応を返すのを、面白がっているのだろうか?
「……その場合、聖女候補は地位を剥奪され、家に返されます。また、相手も厳罰に処されます」
レンさんは、一瞬視線を下げた後、いつも通りの無表情で、特にツッコミを入れるでもなく、聞かれた事にだけ淡々と答えた。
ステファニー様は目を細めると、口元に笑みを浮かべて、小さく拍手。
「模範解答ね。でも、この会の参加者が相手の場合のみ、『婚約する』という形で、双方 その地位を守ることが出来るのよ。
ま、して良いのは『キスまで』って、縛りは有るけれど」
「はっ?」
衝撃の『特別ルール』に、硬直する。
何だそれ!
そんな話、聞いたこともないぞ?
訝る僕をよそに、ステファニー様は、苦笑いで話を続ける。
「つまり、聖女様や聖女候補は、本人の意志に関係なく、この会で異性とキスしちゃうと、婚約確定になっちゃうのよねぇ。困ったわ」
「いやいや、おかしいでしょう。それに、そんなの 誰かの目の前でしなければ、わからないのでは?」
「それが分かっちゃうのよねぇ。キスってほら、アレが流れるから。それってつまり、ほぼ真っ白な紙に、黒インクを垂らしたようなものなのよ。例えインクの量がごく少量でも、魔導士長様なら見ただけで分かるわ。貴方には、私が言っていることの意味、分かるわね? レイン」
ステファニー様は、何故か妖艶に微笑んで、レンさんに向かって投げキスとウィンクを送る。
レンさんは、ステファニー様から一度視線を外して、少し考えるように指で自分の唇に触れた。
動きがあるだけでも珍しいのに、触れたのが唇だったせいか、無駄に、なんというか色気?みたいもなのが感じられて、微妙な気分になる。
普段と印象が違うせいかな?
変装で髪も長めだし。
まぁ、僕にとっては、どうでも良いことだけど。
「…………はい。魔導士長様は、お分かりになるでしょう。特別ルールに関しては、私の預かり知らぬところですが」
真面目な彼が考えた末の返答は、肯定。
最悪だ。
「特別ルールは、王族と、聖堂の上層部、一部の上位貴族の家長しか知らないから、当然ね」
冗談じゃない!
そんな強引な事が、許されて良いわけがない。
声を上げようとした時、額の汗を拭いながら、ユーリーさんが右手を上げた。
「えーーと。もしそれが本当ならば、かなり不味いかもです」
「どういうことかしら?」
ステファニー様は、ユーリーさんに視線をうつす。
ユーリーさんは、深刻そうな表情で説明を始めた。
「おれが着いた時、既にフランチェスコ様は会場にいませんでした。ローズマリー様は、王子殿下が王族席に行く直前まで、殿下と一緒にいたらしいのですが、おれは会場で姿を見ていません。また、殿下に頼まれて、念の為 控え室にもまわったのですが、もぬけの殻。それで、取り急ぎ 最短ルートで、ここに戻った次第で」
「なんですって⁈」
驚いた顔で、声を荒らげるステファニー様。
僕も、多分似たような顔になっているだろう。
その場で、冷静に尋ねたのはレンさん。
「担当聖騎士は……?」
「おそらく一緒だと思われます。会場内にいる聖騎士と聖女候補の数が、一致していましたので」
「それなら、まだマシかしら?」
ステファニー様が、小さく呟く。
そうだ。
聖騎士さえ付いていれば……。
でも、あんな緩い感じの聖騎士が、ちゃんとローズちゃんを守れるのだろうか?
正直、不安しかないんだけど。
それに、あの人。
何処かで見たことが、ある気がするんだよな。
ずっと考えているのに、未だに思い出せない。
…………。
そうだ!
聖騎士‼︎
よく考えれば、レンさんに聞けば一発じゃないか。
「レンさん。今日のローズちゃんの担当聖騎士って、貴族出身者ですよね?お名前をお聞きしても?」
「? ターナーさんです。クラークヘレス伯爵の第四子と伺っていますが……」
「っ!クラークヘレス伯爵⁉︎」
あぁ!そうか。
ターナー氏当人には、直接面識は無いけど、彼の三番目の兄を見たことがある。
言われてみれば面影があるし、だらしない歩き方なんて、そっくりじゃないか。
クラークヘレス伯爵領は、目立った特産品は無いけれど、飲食業が盛んで、あちこちに観光地化した歓楽街があることで有名だ。
『貴族平民に関わらず、金さえ払えば、この世の天国を味わえる』とかいう触れ込みだけど、悪い噂も少なくない。
そして、最近兄が贔屓にしている花街は、まさに そこの中心都市クラークにあり、その一帯を仕切る元締めこそが、クラークヘレス伯の三男。
昨年のシーズンに、兄が彼を領館に招き、ついでに下品な女性たちまで連れ込んで、派手な酒宴を開いていたじゃないか。
すると、この配置、まさか兄の差し金か?
「その人は、有能なんですか?」
急ぎ確認すると、レンさんは僅かに眉根を寄せた。
「分かりかねます。普段は接点が無いので。彼は、特別枠ですから」
「特別枠?」
「はい。聖騎士には、一割程度、高位貴族出身者のみの特別採用枠というものがありまして、一般採用枠とは就労形態が異なります。『名誉聖騎士』という呼び方に、聞き覚えは有りませんか?」
名誉聖騎士?
それは、貴族出身の聖騎士全般のことを指す、蔑称だと思っていたのだけど……。
「あら。それって別枠だったのね」
ステファニー様も初耳だったのか、目を瞬いている。
では、前回大会に出た子爵令息なんかは、貴族出身者でも正規採用組で、それ以外に 正に名ばかりの枠があるって事なのか?
「はい。彼らは、名簿登録されているだけで、こういった貴族出身の聖騎士が好まれる企画にのみ、聖堂が恩賞を支払って配置されます。
特別枠の聖騎士は、本来宮殿外待機班に所属するのですが、今回は彼が突然やる気を見せたそうで、数日前に、急遽神官長の一声で、当初の聖女候補付きと変わることに……」
レンさんも、話しながらその異常さに気付いたようで、次第に声のトーンを落とし、最後は珍しく、はっきりと眉を寄せた。
その場にいる全員の表情が曇っていく。
「クラークヘレスは、兄がここのところ、懇意にしている伯爵家です。兄が裏から手を回した可能性が」
僕が言うと、ステファニー様は額をそっと抑える。
「あの神官長は……本当に阿呆ね。どうせ、性接待でも受けたんでしょうけど」
「そんなことより、まずいですよ!はやくローズちゃんを見つけないと!」
焦るあまり、心臓が早鐘を打ち、居ても立っても居られない。
よりによって、ローズちゃんを、あの最低な兄に奪われるなんて……それだけは、絶対に耐えられない!
ステファニー様の腕に取り縋ると、彼は宥めるように背中を撫でてくれる。
「落ち着きなさい、ジェフ。とりあえず手分けをして探しましょう。この棟で逢瀬に使うならば、バルコニー、控室、三階から降りられる一階のローズガーデン、それから屋上庭園」
「……はい」
呼吸を整えながら、王宮の見取り図を頭の中で展開、ステファニー様の指示を聞く。
「ユーリーは、会場に出入り出来るから、バルコニーを。控室は……」
「控室は、本日空き無しです」
情報を入れてくれるユーリーさんに、ステファニー様は頷く。
「なら、ドウェイン家の部屋だけ見ておけば良いかしら? そこはジェフが適任ね。そこにいなければ、そのまま屋上庭園にまわってくれる?」
「任せてください」
僕は頷いた。
「頼んだわね。ユーリーも、バルコニーの確認が済んだら、屋上庭園に加勢に行って。私は、下のローズガーデンを探すわ。レン君は……悪いけど、一人でここに置いてくわけには行かないから、私と来て」
「承知しました」
レンさんは小さく頷く。
そのタイミングで、小声でユーリーさんが尋ねた。
「もう一つの宝に関しては、どうしますか?」
「それについても、一緒に探してみてくれるかしら? エミリオ様が動いているなら、居住棟や抜け道の出口には網をかけている筈だから、私たちがこちらの棟を潰しておけば、ほぼ全方位確認できるはずよ」
「なるほど。了解です!ところで、おれらは、もう正面から入って良いですかね?」
「そうね。二人は『王子殿下から、人探しの命を受けた』と伝えれば、殿下付きの権限で入れると思うわ。エミリオ様ならば、多分目を瞑ってくれるでしょう。他ならぬローズマリーちゃんのことだしね。
私たちは、外から回るわね。所属部署の無いこの子を会場に入れるのは、流石に難しいから」
視線でレンさんを示すステファニー様に、ユーリーさんが頷いた。
「それは、確かに」
「さて。こちらは二人で動くから問題ないと思うけど、ジェフとユーリーは一人ずつだから、応援が必要な場合、大きな声を出して。捜索場所は殆ど屋外だから、聴こえるはずよ」
「「了解です」」
僕とユーリーさんは、ほぼ同時に頷くと、上り階段へ向かって駆け出した。
まだなお、遠巻きに周囲に残っていた人だかりが、右往左往していて邪魔だったけど、笑顔で道を開けて欲しい旨お願いすると、驚くほど綺麗に道を開けてくれた。
途中、階段下を守る王宮魔導士の先輩に、殿下から人探しの命を受けた旨、ユーリーさんが上手に説明してくれたので、僕はすんなり席を外すことを許して貰えた。
ついでで申し訳ないとは思ったけれど、お願いして、彼の手持ちのロッドを借り受ける。
兄が本気ならば、こちらも手数は多い方が良い。
その後は、急ぎ階段を駆け上がるユーリーさんを追いかけて、二階の踊り場へ。
「バルコニーは、恐らく一番いる可能性が低いです。確認次第、馳せ参じますので!」
視線をなげて来るユーリーさんの心強い言葉に頷くと、その場で別れて、僕は階段を駆け上がる。
ローズちゃん!
お願いだからから、どうか無事でいて!
◆
(side ローズ)
薄桃色の雲に、鮮やかな黄色の空。
まだお日様が沈んでいないから、庭園に咲き乱れる季節の花々の輪郭はくっきりとして、その色合いは驚くほど鮮やかだった。
屋上にある庭園なのに、その作りは地上にあるお庭と遜色無いみたい。
足元にも芝が生えていて……って?
よく考えると凄くないです?
大量の土を持ち上げたのか、それとも案外魔法をつかったのかも!
扉の外に足を踏み出した わたしは、うっとりとその景色を眺めていた。
王宮の迎賓棟の屋上に、こんな素敵な場所があるなんて、知らなかった。
呼び出して下さった聖女様に感謝だわ。
しかも、丁度夕暮れの時間帯。
もしかして、聖女様は、聖女候補のわたしたちに、この場所を教えるために呼んで下さった?
最近お会いした時の印象が、かなりキツかったから、てっきり何か注意を受けるのかと思って、実はびくびくしていたわたし。
流石に、ここで叱られることは無さそうよね?
だって、眺めるだけでうっとりしてしまうような景観。
向日葵やダリア、ペチュニアが、幾つかの四阿を覆い隠す様に、配置されている。
なんて言うか、すごくロマンチックで……まるで愛を囁くために作られた様な空間ね。
入り口からは、四阿の中は見えないようになっていて、プライベートが守られている様に見える。
そんなことを考えた時、真横から不意に声が聞こえた。
「やぁ。首を長くして待っていたよ? 僕の赤い薔薇」
わたしは、その場で硬直した。
だって、その声に聞き覚えが有ったから。
恐る恐る声の聞こえた方向へ顔を向けると、綺麗な銀色の髪を夕焼け色に染めた、見た目だけは怖いくらい整った青年が、怪しげな微笑を浮かべて立っていた。
「っっっ‼︎」
予想外の事態に、わたしは目を見開く。
喉が引き攣って、声を上げることも出来ず、ただ『逃げなければ』ということだけは分かったから、慌てて踵を返した。
その振り返った先、既に閉ざされている扉の前には、ターナーさんが寄りかかっていて、にやにや笑いを浮かべながら、ポケットから煙草を取り出している。
道が!
塞がれている?
待って?
どういうことっ?
だって、彼は聖騎士で、聖女候補を護るのが、今日の役割で……?
え?
まって?待って?
だって、あれ?
聖女様は?
混乱のあまり、頭が真っ白になる。
「……ターナーさん?」
何とか紡ぎ出した言葉は、掠れた上ひっくり返って、我ながら情けないものだった。
ターナーさんはくつくつ嗤いながら、煙草を咥えて、制服のズボンのポケットを探っている。
「君のお陰で、守備良くいったよ。ご苦労様」
ポケットからマッチを取り出して投げ渡しながら、銀髪の青年、フランチェスコ様は言った。
「なぁに。社交に不慣れな田舎娘の一人
や二人、簡単簡単」
ターナーさんは、タバコに火をつけ、深く吸い込むと、煙を吐き出す。
う……そ。
嘘でしょう?
ターナーさんとフランチェスコ様は、知り合いなの?
それでは、聖女様が呼んでいると言っていたのも、嘘?
身の危険を肌で感じ、足が震えて その場にしゃがみ込みそうになるけど、必死で堪える。
とにかく逃げないと!
何処か他に入り口は?
周囲を見回すと、花々の影から、一人また一人と、王国騎士が姿を表した。
その顔には、一様に嫌らしい笑みが浮かんでいる。
どう見ても、味方じゃ無いわ。
目の前が、真っ暗になった気がした。
どうしよう……絶体絶命かもしれない。
「そうね。ただ、この会の参加者だけは、特別ルールが有るのよ」
困ったように眉根を寄せるステファニー様に、僕は首を傾げた。
「特別ルール?」
暗黙の了解的な何かだろうか?
ステファニー様は、ちらりと僕を見ると、一つ息を落とし、彼の隣で静かに話を聞いていたレンさんに、視線をながした。
「普通、聖女候補は、異性との肉体的接触を避ける取り決めよね? 接触があった場合は、どうなるのかしら?レイン」
話を振られて、レンさんはピクリと眉を動かす。
まだ、その適当につけた偽名、つかうんだ……。
レンさんは、すっかりステファニー様のおもちゃにされてしまっているみたいだ。
無表情が、ほんの僅か反応を返すのを、面白がっているのだろうか?
「……その場合、聖女候補は地位を剥奪され、家に返されます。また、相手も厳罰に処されます」
レンさんは、一瞬視線を下げた後、いつも通りの無表情で、特にツッコミを入れるでもなく、聞かれた事にだけ淡々と答えた。
ステファニー様は目を細めると、口元に笑みを浮かべて、小さく拍手。
「模範解答ね。でも、この会の参加者が相手の場合のみ、『婚約する』という形で、双方 その地位を守ることが出来るのよ。
ま、して良いのは『キスまで』って、縛りは有るけれど」
「はっ?」
衝撃の『特別ルール』に、硬直する。
何だそれ!
そんな話、聞いたこともないぞ?
訝る僕をよそに、ステファニー様は、苦笑いで話を続ける。
「つまり、聖女様や聖女候補は、本人の意志に関係なく、この会で異性とキスしちゃうと、婚約確定になっちゃうのよねぇ。困ったわ」
「いやいや、おかしいでしょう。それに、そんなの 誰かの目の前でしなければ、わからないのでは?」
「それが分かっちゃうのよねぇ。キスってほら、アレが流れるから。それってつまり、ほぼ真っ白な紙に、黒インクを垂らしたようなものなのよ。例えインクの量がごく少量でも、魔導士長様なら見ただけで分かるわ。貴方には、私が言っていることの意味、分かるわね? レイン」
ステファニー様は、何故か妖艶に微笑んで、レンさんに向かって投げキスとウィンクを送る。
レンさんは、ステファニー様から一度視線を外して、少し考えるように指で自分の唇に触れた。
動きがあるだけでも珍しいのに、触れたのが唇だったせいか、無駄に、なんというか色気?みたいもなのが感じられて、微妙な気分になる。
普段と印象が違うせいかな?
変装で髪も長めだし。
まぁ、僕にとっては、どうでも良いことだけど。
「…………はい。魔導士長様は、お分かりになるでしょう。特別ルールに関しては、私の預かり知らぬところですが」
真面目な彼が考えた末の返答は、肯定。
最悪だ。
「特別ルールは、王族と、聖堂の上層部、一部の上位貴族の家長しか知らないから、当然ね」
冗談じゃない!
そんな強引な事が、許されて良いわけがない。
声を上げようとした時、額の汗を拭いながら、ユーリーさんが右手を上げた。
「えーーと。もしそれが本当ならば、かなり不味いかもです」
「どういうことかしら?」
ステファニー様は、ユーリーさんに視線をうつす。
ユーリーさんは、深刻そうな表情で説明を始めた。
「おれが着いた時、既にフランチェスコ様は会場にいませんでした。ローズマリー様は、王子殿下が王族席に行く直前まで、殿下と一緒にいたらしいのですが、おれは会場で姿を見ていません。また、殿下に頼まれて、念の為 控え室にもまわったのですが、もぬけの殻。それで、取り急ぎ 最短ルートで、ここに戻った次第で」
「なんですって⁈」
驚いた顔で、声を荒らげるステファニー様。
僕も、多分似たような顔になっているだろう。
その場で、冷静に尋ねたのはレンさん。
「担当聖騎士は……?」
「おそらく一緒だと思われます。会場内にいる聖騎士と聖女候補の数が、一致していましたので」
「それなら、まだマシかしら?」
ステファニー様が、小さく呟く。
そうだ。
聖騎士さえ付いていれば……。
でも、あんな緩い感じの聖騎士が、ちゃんとローズちゃんを守れるのだろうか?
正直、不安しかないんだけど。
それに、あの人。
何処かで見たことが、ある気がするんだよな。
ずっと考えているのに、未だに思い出せない。
…………。
そうだ!
聖騎士‼︎
よく考えれば、レンさんに聞けば一発じゃないか。
「レンさん。今日のローズちゃんの担当聖騎士って、貴族出身者ですよね?お名前をお聞きしても?」
「? ターナーさんです。クラークヘレス伯爵の第四子と伺っていますが……」
「っ!クラークヘレス伯爵⁉︎」
あぁ!そうか。
ターナー氏当人には、直接面識は無いけど、彼の三番目の兄を見たことがある。
言われてみれば面影があるし、だらしない歩き方なんて、そっくりじゃないか。
クラークヘレス伯爵領は、目立った特産品は無いけれど、飲食業が盛んで、あちこちに観光地化した歓楽街があることで有名だ。
『貴族平民に関わらず、金さえ払えば、この世の天国を味わえる』とかいう触れ込みだけど、悪い噂も少なくない。
そして、最近兄が贔屓にしている花街は、まさに そこの中心都市クラークにあり、その一帯を仕切る元締めこそが、クラークヘレス伯の三男。
昨年のシーズンに、兄が彼を領館に招き、ついでに下品な女性たちまで連れ込んで、派手な酒宴を開いていたじゃないか。
すると、この配置、まさか兄の差し金か?
「その人は、有能なんですか?」
急ぎ確認すると、レンさんは僅かに眉根を寄せた。
「分かりかねます。普段は接点が無いので。彼は、特別枠ですから」
「特別枠?」
「はい。聖騎士には、一割程度、高位貴族出身者のみの特別採用枠というものがありまして、一般採用枠とは就労形態が異なります。『名誉聖騎士』という呼び方に、聞き覚えは有りませんか?」
名誉聖騎士?
それは、貴族出身の聖騎士全般のことを指す、蔑称だと思っていたのだけど……。
「あら。それって別枠だったのね」
ステファニー様も初耳だったのか、目を瞬いている。
では、前回大会に出た子爵令息なんかは、貴族出身者でも正規採用組で、それ以外に 正に名ばかりの枠があるって事なのか?
「はい。彼らは、名簿登録されているだけで、こういった貴族出身の聖騎士が好まれる企画にのみ、聖堂が恩賞を支払って配置されます。
特別枠の聖騎士は、本来宮殿外待機班に所属するのですが、今回は彼が突然やる気を見せたそうで、数日前に、急遽神官長の一声で、当初の聖女候補付きと変わることに……」
レンさんも、話しながらその異常さに気付いたようで、次第に声のトーンを落とし、最後は珍しく、はっきりと眉を寄せた。
その場にいる全員の表情が曇っていく。
「クラークヘレスは、兄がここのところ、懇意にしている伯爵家です。兄が裏から手を回した可能性が」
僕が言うと、ステファニー様は額をそっと抑える。
「あの神官長は……本当に阿呆ね。どうせ、性接待でも受けたんでしょうけど」
「そんなことより、まずいですよ!はやくローズちゃんを見つけないと!」
焦るあまり、心臓が早鐘を打ち、居ても立っても居られない。
よりによって、ローズちゃんを、あの最低な兄に奪われるなんて……それだけは、絶対に耐えられない!
ステファニー様の腕に取り縋ると、彼は宥めるように背中を撫でてくれる。
「落ち着きなさい、ジェフ。とりあえず手分けをして探しましょう。この棟で逢瀬に使うならば、バルコニー、控室、三階から降りられる一階のローズガーデン、それから屋上庭園」
「……はい」
呼吸を整えながら、王宮の見取り図を頭の中で展開、ステファニー様の指示を聞く。
「ユーリーは、会場に出入り出来るから、バルコニーを。控室は……」
「控室は、本日空き無しです」
情報を入れてくれるユーリーさんに、ステファニー様は頷く。
「なら、ドウェイン家の部屋だけ見ておけば良いかしら? そこはジェフが適任ね。そこにいなければ、そのまま屋上庭園にまわってくれる?」
「任せてください」
僕は頷いた。
「頼んだわね。ユーリーも、バルコニーの確認が済んだら、屋上庭園に加勢に行って。私は、下のローズガーデンを探すわ。レン君は……悪いけど、一人でここに置いてくわけには行かないから、私と来て」
「承知しました」
レンさんは小さく頷く。
そのタイミングで、小声でユーリーさんが尋ねた。
「もう一つの宝に関しては、どうしますか?」
「それについても、一緒に探してみてくれるかしら? エミリオ様が動いているなら、居住棟や抜け道の出口には網をかけている筈だから、私たちがこちらの棟を潰しておけば、ほぼ全方位確認できるはずよ」
「なるほど。了解です!ところで、おれらは、もう正面から入って良いですかね?」
「そうね。二人は『王子殿下から、人探しの命を受けた』と伝えれば、殿下付きの権限で入れると思うわ。エミリオ様ならば、多分目を瞑ってくれるでしょう。他ならぬローズマリーちゃんのことだしね。
私たちは、外から回るわね。所属部署の無いこの子を会場に入れるのは、流石に難しいから」
視線でレンさんを示すステファニー様に、ユーリーさんが頷いた。
「それは、確かに」
「さて。こちらは二人で動くから問題ないと思うけど、ジェフとユーリーは一人ずつだから、応援が必要な場合、大きな声を出して。捜索場所は殆ど屋外だから、聴こえるはずよ」
「「了解です」」
僕とユーリーさんは、ほぼ同時に頷くと、上り階段へ向かって駆け出した。
まだなお、遠巻きに周囲に残っていた人だかりが、右往左往していて邪魔だったけど、笑顔で道を開けて欲しい旨お願いすると、驚くほど綺麗に道を開けてくれた。
途中、階段下を守る王宮魔導士の先輩に、殿下から人探しの命を受けた旨、ユーリーさんが上手に説明してくれたので、僕はすんなり席を外すことを許して貰えた。
ついでで申し訳ないとは思ったけれど、お願いして、彼の手持ちのロッドを借り受ける。
兄が本気ならば、こちらも手数は多い方が良い。
その後は、急ぎ階段を駆け上がるユーリーさんを追いかけて、二階の踊り場へ。
「バルコニーは、恐らく一番いる可能性が低いです。確認次第、馳せ参じますので!」
視線をなげて来るユーリーさんの心強い言葉に頷くと、その場で別れて、僕は階段を駆け上がる。
ローズちゃん!
お願いだからから、どうか無事でいて!
◆
(side ローズ)
薄桃色の雲に、鮮やかな黄色の空。
まだお日様が沈んでいないから、庭園に咲き乱れる季節の花々の輪郭はくっきりとして、その色合いは驚くほど鮮やかだった。
屋上にある庭園なのに、その作りは地上にあるお庭と遜色無いみたい。
足元にも芝が生えていて……って?
よく考えると凄くないです?
大量の土を持ち上げたのか、それとも案外魔法をつかったのかも!
扉の外に足を踏み出した わたしは、うっとりとその景色を眺めていた。
王宮の迎賓棟の屋上に、こんな素敵な場所があるなんて、知らなかった。
呼び出して下さった聖女様に感謝だわ。
しかも、丁度夕暮れの時間帯。
もしかして、聖女様は、聖女候補のわたしたちに、この場所を教えるために呼んで下さった?
最近お会いした時の印象が、かなりキツかったから、てっきり何か注意を受けるのかと思って、実はびくびくしていたわたし。
流石に、ここで叱られることは無さそうよね?
だって、眺めるだけでうっとりしてしまうような景観。
向日葵やダリア、ペチュニアが、幾つかの四阿を覆い隠す様に、配置されている。
なんて言うか、すごくロマンチックで……まるで愛を囁くために作られた様な空間ね。
入り口からは、四阿の中は見えないようになっていて、プライベートが守られている様に見える。
そんなことを考えた時、真横から不意に声が聞こえた。
「やぁ。首を長くして待っていたよ? 僕の赤い薔薇」
わたしは、その場で硬直した。
だって、その声に聞き覚えが有ったから。
恐る恐る声の聞こえた方向へ顔を向けると、綺麗な銀色の髪を夕焼け色に染めた、見た目だけは怖いくらい整った青年が、怪しげな微笑を浮かべて立っていた。
「っっっ‼︎」
予想外の事態に、わたしは目を見開く。
喉が引き攣って、声を上げることも出来ず、ただ『逃げなければ』ということだけは分かったから、慌てて踵を返した。
その振り返った先、既に閉ざされている扉の前には、ターナーさんが寄りかかっていて、にやにや笑いを浮かべながら、ポケットから煙草を取り出している。
道が!
塞がれている?
待って?
どういうことっ?
だって、彼は聖騎士で、聖女候補を護るのが、今日の役割で……?
え?
まって?待って?
だって、あれ?
聖女様は?
混乱のあまり、頭が真っ白になる。
「……ターナーさん?」
何とか紡ぎ出した言葉は、掠れた上ひっくり返って、我ながら情けないものだった。
ターナーさんはくつくつ嗤いながら、煙草を咥えて、制服のズボンのポケットを探っている。
「君のお陰で、守備良くいったよ。ご苦労様」
ポケットからマッチを取り出して投げ渡しながら、銀髪の青年、フランチェスコ様は言った。
「なぁに。社交に不慣れな田舎娘の一人
や二人、簡単簡単」
ターナーさんは、タバコに火をつけ、深く吸い込むと、煙を吐き出す。
う……そ。
嘘でしょう?
ターナーさんとフランチェスコ様は、知り合いなの?
それでは、聖女様が呼んでいると言っていたのも、嘘?
身の危険を肌で感じ、足が震えて その場にしゃがみ込みそうになるけど、必死で堪える。
とにかく逃げないと!
何処か他に入り口は?
周囲を見回すと、花々の影から、一人また一人と、王国騎士が姿を表した。
その顔には、一様に嫌らしい笑みが浮かんでいる。
どう見ても、味方じゃ無いわ。
目の前が、真っ暗になった気がした。
どうしよう……絶体絶命かもしれない。
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と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。
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