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第五章
かくれんぼ in 王宮
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(side エミリオ)
王族関係者席に戻ると、青ざめて今にも泣き出しそうな顔の正妃様を、父様が宥めていた。
俺と同時期に、姉様の状態を聞いたらしい側妃の母様は、心配そうに眉を寄せているが、口元にほんのわずかな笑みを浮かべている。
今までとは、立場が逆転したから、喜びが隠せないんだろう。
俺の考えなしの行動が、いかに母様のストレスになっていたかが分かり、反省しきりだ。
その他の王家血筋の客人たちは、詳しい内容を知らされていないままの退席に、不満気だったり、不安そうにしていたり、その反応は まちまちだ。
足を止めると、俺を見つけたらしいヴェロニカが直ぐにこちらに寄って来て、状況を教えてくれる。
「エミリオ様、周囲を捜索していた王女殿下付きの騎士が戻りましたが、やはり、みつからなかった様です」
「分かった。当時の配置など幾つか聞きたいから、配置人員にはここに集まってもらう。団長、頼めるか?」
「了解」
「うん。それから、ハロルド。大雑把な物で良いから、王宮内の見取り図を用意してくれ」
「王宮内全てですかな?この棟だけでなく」
「ああ。全部だ」
「かしこまりました」
二人に指示を出した後、俺は姉様が掛けていた椅子に座り、会場を眺めた。
そこは、王族席の一番後方の奥まった席で、外敵から守るには打ってつけの場所。
袋小路になっていると思われがちだが、実は、有事の際の抜け道が幾つか有ったりする。
団長に連れられ、やって来た姉様付きの騎士たちに、居なくなった当時の警備配置について貰うと、想像していた通り、背面には人がいなかったことが分かった。
逃げた場所が背後に限定されるなら、俺の知る限り、抜け道は二つ。
その他に、隠し小部屋が一箇所。
小部屋は、内部の反逆から身を守るためのもので、王宮に住んだことのある王族と、王族専属執事など、一部の人間しか知らない。
隠し通路に関しても、一つは同様だが、もう一つに関しては、王族でも知らないかもしれない。
これは、小さい頃に姉様と探検ごっこをしていて、偶然見つけたものだ。
何れのルートも、一般の職員や騎士たちには知られたくないわけだが、姉様が見つからないのではどうしようもない。
さて、どうやって探して貰うかな。
ハロルドから、王宮全体の見取り図を受け取り、しばらく考えてから、一部の人間なら知っている抜け道の出口周辺三カ所を、広めにペンで囲った。
ピンポイントで伝えると、反逆を目論む者に、出口の場所を教えてしまいかねないから。
「見当違いになるかもしれないが、俺付きの騎士たちを三班に分けて、このあたりをしらみつぶしに探してもらう」
「ふむ。抜け道の出口周辺ですな」
「ああ。ハロルド、お前と団長は、緊急避難用の小部屋と抜け道を知っているな?」
「もちろんです」
「よし。では、他の人間に気取られないように、二人は内部を探してくれ。留まっている可能性は低いけど、一応潰しといた方が良いだろう?」
「仰る通りですな」
ハロルドは、感心したように答え、団長は頷いた。
「姉様付きの騎士は、姉様の部屋のある棟を集中的に探させてくれ。戻ってくる可能性がある。俺は、個人的に気になる場所があるから、そこを見てくるつもりだ。……やっぱり一人じゃ不味いか?」
「不味いですね」
即答する団長に、苦笑いする。
「この状況で、俺まで逃げたりしないぞ?」
「そこは心配しておりません。ですが、安全上の問題が。せめて、信頼出来る護衛を二人くらいは、お連れ下さい」
「ふむ。それなら……ジュリーとオレガノで良いか?」
「結構です」
「よし。では、会場から王族が退席した後、団長から、捜索担当の騎士に指示を出してくれ。ジュリーとオレガノは、俺の控え室まで同行してもらう」
「了解」
返事を聞いて立ち上がる。
これで、逃げ道は粗方潰した形になるが、時間の経過とともに、行動範囲は広がるわけだから、ここからは時間との勝負になる。
王族連が全員立ち上がり、しずしずと退席を始める中、先頭を行く父様の後ろについて、早い段階で会場から出た。
「エミリオ、頼んだぞ」
正妃様の肩を抱いて進む父様が、俺に視線を向けてきたので、一つ頷き、先行して自分の控室に戻る。
俺の後ろには、団長の指示を受けてついて来た、ジュリーとオレガノ。
ジュリーは、普段通りの表情で飄々としているが、オレガノは、不安げに眉間に皺を寄せている。
何かあったことだけは分かっているだろうが、詳しいことは聞かされていないから、オレガノの反応の方が普通だろうな。
そう思いながら、控室の中に入り、
「もう舞踏会は、お開きですか?」
とんでも無いところから、聞き覚えのある声がして、驚いて振り返った。
俺が口を開く前に、オレガノが俺を庇い、ジュリーの剣が唸りを上げる。
「貴様。今日は、王宮の外周警護の割り当てだろう?どうやって、ここに入った」
声の主、剣の切っ先を喉元に突きつけられて、両手を上げた状態のユーリーは、額に冷や汗を浮かべながら、愛想笑いを浮かべている。
「お許し頂けるならば、弁明の機会を。 ジュリー副長?」
「ならん。この場で切り捨てる」
「そう仰らず。別に、悪事を働いていたわけでは」
「問答無用」
「怒った顔も凛々しくて素敵ですけどね?どうか話を聴いてください。オレガノ君も、何とか言ってくれ」
「いや。流石に弁解の余地が無いかと」
「そんな薄情な……」
笑顔を引き攣らせ、冷や汗を浮かべるユーリー。
だが、流石に言い訳するには厳しかろう。
ユーリーは、俺の控室の中。
誰もいないはずの、扉横の壁付近から、突然現れたのだから。
唯一あるのは、衣装棚のみ。
部屋の外には、俺付きの騎士が二人で扉を守っていた。
つまりは、密室に忽然と現れたってことになる。
ま、実際は密室じゃ無いから、いきなり現れるのは不可能では無いんだが、問題は、ユーリーが何故その抜け道を知っていたのかってことだな。
ジュリーも、抜け道の存在は当然知っていたから、比較的反応が速かったんだろう。
何も知らないオレガノが、咄嗟に俺とユーリーの間に入ったのは、流石の判断力ってところだ。
「おれは、ステファニー様からの密命で、こちらに伺っただけで。少々、不自然な動きをしている人間がおりましたのでね?」
「ほう。お前以上に不自然な動きの奴がいるのか?」
「これは、手厳しい」
「それで?上官命令を無視してまで、ステファニー様に従ったようだが、では、抜け道を使ったのも、ステファニー様の指示か?」
「いえ。それに関しては、『おれ自身が知りうる立場にある』とだけ。どうかお察しください」
そう言うと、ユーリーは制服の襟元を寛げて、ジュリーにだけ見えるように、徽章の裏側を見せたようだった。
「お前……それ」
「ええ。ご内密に」
「……わかった。但し、後で説明だけは、して貰うぞ」
「おや? 食事のお誘いですか? それは光栄……おっと」
一度下げられた剣の切っ先が、再度ユーリーの首元にあてられたのは、言うまでもない。
あいつ……まさか馬鹿なのか?
いや、逆か。
多分、ものすごく有能なんだろう。
今だって、ジュリーに気が有ってじゃれついている様に見えなくもないが、交渉を成立させた。
証拠に、ジュリーはどうやら、彼奴を切り捨てるのを思いとどまった様だしな。
そもそも、俺付きの騎士団に所属しているとは言え、平騎士が、隠し通路の位置まで把握出来るわけがない。
知っているのは、団長とせいぜい副官クラスだけのはずだ。
だけど、知りうる立場だと言った。
模擬戦での戦い方なんかを思い出しても、確かに、門兵などに置かれる様な人材じゃないもんな。
まぁ、とりあえずは良いか。
ジュリーが信用できると判断したなら、問題無い。
事情があって、今のところ明かすつもりはない様だが、状況が変われば、俺にも話してくれるだろう。
「で? 不自然な動きをしている、人間ってのは?」
俺が尋ねると、ユーリーは、こちらに向き直った。
「はい、殿下。聖女候補の一人、プリシラ様と仰る方ですが、先ほど落とし物と偽って、ジェファーソン様に会いに来ましてね」
「それの、どこが不自然なんだ?」
「聖堂の関係者が言うには、ジェファーソン様が、今日こちらで仕事をしているといった情報を、聖堂職員は持っていなかった様なのです」
「つまり、誰かがプリシラとやらに話したってことか?」
「ええ。先ほど、担当聖騎士にそれとなく聞いてみましたら、舞踏会が始まってから慌て始めたそうなので、その辺りで接触した人物から、情報を貰ったと思われるのですが」
「それの何処が問題なんだ?」
「はい。その、情報を渡した人間が問題でして。ジェファーソン様が予測していましたが、担当聖騎士の話を聞いてみても、どうやら、フランチェスコ様のようなのです」
「フラン? あいつが、ジェフとプリシラとやらを、くっつけようとしたってことか?」
「いえ。フランチェスコ様の性格を考えれば、そんな気の利くことはしないかと。『同等の情報を交換したのではないか?』と言うのが、ジェファーソン様のヨミです」
「情報?」
何の情報だろうか?
イマイチ、ピンと来ないが、フランならば、先ほどマリーに、執拗なまでにちょっかいをかけていた。
「さっき、マリーに絡んでいて追い払ってやったんだが、そういやその後、見なかったな」
「ローズマリー様にですか? なるほど。するとまさか、フランチェスコ様の狙いは……」
「……冗談でしょう? 妹とフランチェスコ様には、一切接点は無いはずです」
オレガノが、焦ったように口を挟む。
「『綺麗な女性は、手当たり次第』がモットーのような人物ですので、単純に標的になっている可能性も十分ですけど」
「そんな……」
オレガノが顔を青くする。
全く心配性だ。
「さっき追い払ったし、マリーは、今、会場にいるから大丈夫だろう?」
「会場?つい先ほど見た時には、いませんでしたが?」
「なに?」
訝しげな表情をするユーリーの言葉に、眉を寄せる。
「王族席がごちゃつき始めた時、おれも会場で聖騎士から話を聞いていましたが、見かけませんでしたけどね?」
「直ぐ戻るから、待っているように言ったんだが?」
「女性ですから、お化粧直しかもしれません。それに、護衛の聖騎士がついていますから……」
ジュリーが、宥めるような口調で言ってきたが、何だか胸騒ぎがする。
しばらく、考えるように顎に触れていたユーリーは、小さく頷くと、提案してきた。
「念のため、ローズマリー様の控室に寄って、様子を見ておきましょうか?」
「そうだな。でも、外からだぞ? 部屋の中に入るのは無しだ」
マリーは綺麗だからな。
変な気を起こさないとも限らない。
「了解しました。『外から』。誓って、お約束致します。……ええと、それで、王族席では一体何が起きたのでしょう? お手伝いは、必要ですか?」
「ああ……そういやお前、スティーブンから言いつかって来たとか、言っていたか?」
「はい。この後、報告に参りますが?」
「では、ついでに伝えてくれないか?『今、かくれんぼしているんだけど、お前もやらないか?』ってな」
「……!それは……。了解しました。急ぎ、お伝えします」
「頼む」
あれだけで、意味を理解したか。
やはり有能だな。
同時に、彼奴は、姉様の状態を知っている人間だってことも分かった。
場合によっては、父様直属の影かもな。
一つ頷くと、ユーリーは、窓から外へ出ていく。
って!おい!
ここ、宮殿の三階っ!
まぁ、身体能力高そうだから、大丈夫か。
「さて。マリーのことも心配だが、とりあえずは、かくれんぼだ。一度宮殿から出て、北東の塔まで行くぞ」
「「塔ですか?」」
目を剥く二人に、笑みを返す。
「ああ。塔だ。意味が分からないだろうが、ちゃんと団長に許可をとってあるから、大船に乗ったつもりで、ついて来い」
一瞬、嫌そうな顔をしたオレガノに、苦笑しつつ、俺たちは部屋を後にした。
◆
屋上庭園……。
舞踏会の会場から三階ほど上がった宮殿の屋上に、それは有った。
宮殿で会が催される時、ここは決まって、成立したカップルたちの逢瀬の場所となる。
一部の貞操観念の低い人間からも、人気の場所だ。
なんと言っても、咲き乱れる花々や、方々にある小さな四阿のお陰で、死角が出来やすいから。
フランは、四阿の壁面に寄りかかって、今日の獲物がやって来る予定の扉を、舌舐めずりをしながら、眺めていた。
彼の周囲には、茂みに身を隠している数人の護衛の騎士たち。
今回ばかりは、必ずモノにするため、ジェフに嗅ぎつけられても大丈夫なように、現役騎士の友人たちに頼んでいた。
(幾らあいつの腕が立つからって、流石に現役騎士六人の相手はキツかろう。その間に、彼女の唇を奪えれば、僕の勝ち)
フランは、ほくそ笑む。
ジェフの、絶望に歪んだ顔を見るのは久しぶりで、それを想像するだけで、彼は興奮を禁じ得なかった。
「本当に、俺らにも良い思いをさせてくれるんでしょうね?」
「勿論だとも。婚姻後は、好きに遊んでくれて構わないって、約束だろう?」
「楽しみだ」
舌舐めずりをする騎士に、フランチェスコは、笑みを返す。
ーーカチャ
小さな音を立てて、開いた扉の先。
「あぁん!フランチェスコさまぁ!」
そこに立っていたのは、ホワイトオーク……もとい、ビアンカ=オークウッド嬢。
フランは軽くコケつつ、それでも笑顔で優しく彼女を迎え入れる。
「やぁ、ビアンカ。こんなところでどうしたんだぃ?」
「私、貴方様をずっとお慕いしていて。どうか一晩で良いの。私を……」
「そう。この後は予定があって。でも……」
そう言って、フランは、夢見心地のビアンカの腕に、自然な仕草で縄をかけ、四阿の椅子に固定する。
「今日は相手を抱けないから、消化不良だったんだ。君たち喜びなよ?遊んで良いって」
護衛たちが笑う中、フランは再び、扉に視線を向けた。
王族関係者席に戻ると、青ざめて今にも泣き出しそうな顔の正妃様を、父様が宥めていた。
俺と同時期に、姉様の状態を聞いたらしい側妃の母様は、心配そうに眉を寄せているが、口元にほんのわずかな笑みを浮かべている。
今までとは、立場が逆転したから、喜びが隠せないんだろう。
俺の考えなしの行動が、いかに母様のストレスになっていたかが分かり、反省しきりだ。
その他の王家血筋の客人たちは、詳しい内容を知らされていないままの退席に、不満気だったり、不安そうにしていたり、その反応は まちまちだ。
足を止めると、俺を見つけたらしいヴェロニカが直ぐにこちらに寄って来て、状況を教えてくれる。
「エミリオ様、周囲を捜索していた王女殿下付きの騎士が戻りましたが、やはり、みつからなかった様です」
「分かった。当時の配置など幾つか聞きたいから、配置人員にはここに集まってもらう。団長、頼めるか?」
「了解」
「うん。それから、ハロルド。大雑把な物で良いから、王宮内の見取り図を用意してくれ」
「王宮内全てですかな?この棟だけでなく」
「ああ。全部だ」
「かしこまりました」
二人に指示を出した後、俺は姉様が掛けていた椅子に座り、会場を眺めた。
そこは、王族席の一番後方の奥まった席で、外敵から守るには打ってつけの場所。
袋小路になっていると思われがちだが、実は、有事の際の抜け道が幾つか有ったりする。
団長に連れられ、やって来た姉様付きの騎士たちに、居なくなった当時の警備配置について貰うと、想像していた通り、背面には人がいなかったことが分かった。
逃げた場所が背後に限定されるなら、俺の知る限り、抜け道は二つ。
その他に、隠し小部屋が一箇所。
小部屋は、内部の反逆から身を守るためのもので、王宮に住んだことのある王族と、王族専属執事など、一部の人間しか知らない。
隠し通路に関しても、一つは同様だが、もう一つに関しては、王族でも知らないかもしれない。
これは、小さい頃に姉様と探検ごっこをしていて、偶然見つけたものだ。
何れのルートも、一般の職員や騎士たちには知られたくないわけだが、姉様が見つからないのではどうしようもない。
さて、どうやって探して貰うかな。
ハロルドから、王宮全体の見取り図を受け取り、しばらく考えてから、一部の人間なら知っている抜け道の出口周辺三カ所を、広めにペンで囲った。
ピンポイントで伝えると、反逆を目論む者に、出口の場所を教えてしまいかねないから。
「見当違いになるかもしれないが、俺付きの騎士たちを三班に分けて、このあたりをしらみつぶしに探してもらう」
「ふむ。抜け道の出口周辺ですな」
「ああ。ハロルド、お前と団長は、緊急避難用の小部屋と抜け道を知っているな?」
「もちろんです」
「よし。では、他の人間に気取られないように、二人は内部を探してくれ。留まっている可能性は低いけど、一応潰しといた方が良いだろう?」
「仰る通りですな」
ハロルドは、感心したように答え、団長は頷いた。
「姉様付きの騎士は、姉様の部屋のある棟を集中的に探させてくれ。戻ってくる可能性がある。俺は、個人的に気になる場所があるから、そこを見てくるつもりだ。……やっぱり一人じゃ不味いか?」
「不味いですね」
即答する団長に、苦笑いする。
「この状況で、俺まで逃げたりしないぞ?」
「そこは心配しておりません。ですが、安全上の問題が。せめて、信頼出来る護衛を二人くらいは、お連れ下さい」
「ふむ。それなら……ジュリーとオレガノで良いか?」
「結構です」
「よし。では、会場から王族が退席した後、団長から、捜索担当の騎士に指示を出してくれ。ジュリーとオレガノは、俺の控え室まで同行してもらう」
「了解」
返事を聞いて立ち上がる。
これで、逃げ道は粗方潰した形になるが、時間の経過とともに、行動範囲は広がるわけだから、ここからは時間との勝負になる。
王族連が全員立ち上がり、しずしずと退席を始める中、先頭を行く父様の後ろについて、早い段階で会場から出た。
「エミリオ、頼んだぞ」
正妃様の肩を抱いて進む父様が、俺に視線を向けてきたので、一つ頷き、先行して自分の控室に戻る。
俺の後ろには、団長の指示を受けてついて来た、ジュリーとオレガノ。
ジュリーは、普段通りの表情で飄々としているが、オレガノは、不安げに眉間に皺を寄せている。
何かあったことだけは分かっているだろうが、詳しいことは聞かされていないから、オレガノの反応の方が普通だろうな。
そう思いながら、控室の中に入り、
「もう舞踏会は、お開きですか?」
とんでも無いところから、聞き覚えのある声がして、驚いて振り返った。
俺が口を開く前に、オレガノが俺を庇い、ジュリーの剣が唸りを上げる。
「貴様。今日は、王宮の外周警護の割り当てだろう?どうやって、ここに入った」
声の主、剣の切っ先を喉元に突きつけられて、両手を上げた状態のユーリーは、額に冷や汗を浮かべながら、愛想笑いを浮かべている。
「お許し頂けるならば、弁明の機会を。 ジュリー副長?」
「ならん。この場で切り捨てる」
「そう仰らず。別に、悪事を働いていたわけでは」
「問答無用」
「怒った顔も凛々しくて素敵ですけどね?どうか話を聴いてください。オレガノ君も、何とか言ってくれ」
「いや。流石に弁解の余地が無いかと」
「そんな薄情な……」
笑顔を引き攣らせ、冷や汗を浮かべるユーリー。
だが、流石に言い訳するには厳しかろう。
ユーリーは、俺の控室の中。
誰もいないはずの、扉横の壁付近から、突然現れたのだから。
唯一あるのは、衣装棚のみ。
部屋の外には、俺付きの騎士が二人で扉を守っていた。
つまりは、密室に忽然と現れたってことになる。
ま、実際は密室じゃ無いから、いきなり現れるのは不可能では無いんだが、問題は、ユーリーが何故その抜け道を知っていたのかってことだな。
ジュリーも、抜け道の存在は当然知っていたから、比較的反応が速かったんだろう。
何も知らないオレガノが、咄嗟に俺とユーリーの間に入ったのは、流石の判断力ってところだ。
「おれは、ステファニー様からの密命で、こちらに伺っただけで。少々、不自然な動きをしている人間がおりましたのでね?」
「ほう。お前以上に不自然な動きの奴がいるのか?」
「これは、手厳しい」
「それで?上官命令を無視してまで、ステファニー様に従ったようだが、では、抜け道を使ったのも、ステファニー様の指示か?」
「いえ。それに関しては、『おれ自身が知りうる立場にある』とだけ。どうかお察しください」
そう言うと、ユーリーは制服の襟元を寛げて、ジュリーにだけ見えるように、徽章の裏側を見せたようだった。
「お前……それ」
「ええ。ご内密に」
「……わかった。但し、後で説明だけは、して貰うぞ」
「おや? 食事のお誘いですか? それは光栄……おっと」
一度下げられた剣の切っ先が、再度ユーリーの首元にあてられたのは、言うまでもない。
あいつ……まさか馬鹿なのか?
いや、逆か。
多分、ものすごく有能なんだろう。
今だって、ジュリーに気が有ってじゃれついている様に見えなくもないが、交渉を成立させた。
証拠に、ジュリーはどうやら、彼奴を切り捨てるのを思いとどまった様だしな。
そもそも、俺付きの騎士団に所属しているとは言え、平騎士が、隠し通路の位置まで把握出来るわけがない。
知っているのは、団長とせいぜい副官クラスだけのはずだ。
だけど、知りうる立場だと言った。
模擬戦での戦い方なんかを思い出しても、確かに、門兵などに置かれる様な人材じゃないもんな。
まぁ、とりあえずは良いか。
ジュリーが信用できると判断したなら、問題無い。
事情があって、今のところ明かすつもりはない様だが、状況が変われば、俺にも話してくれるだろう。
「で? 不自然な動きをしている、人間ってのは?」
俺が尋ねると、ユーリーは、こちらに向き直った。
「はい、殿下。聖女候補の一人、プリシラ様と仰る方ですが、先ほど落とし物と偽って、ジェファーソン様に会いに来ましてね」
「それの、どこが不自然なんだ?」
「聖堂の関係者が言うには、ジェファーソン様が、今日こちらで仕事をしているといった情報を、聖堂職員は持っていなかった様なのです」
「つまり、誰かがプリシラとやらに話したってことか?」
「ええ。先ほど、担当聖騎士にそれとなく聞いてみましたら、舞踏会が始まってから慌て始めたそうなので、その辺りで接触した人物から、情報を貰ったと思われるのですが」
「それの何処が問題なんだ?」
「はい。その、情報を渡した人間が問題でして。ジェファーソン様が予測していましたが、担当聖騎士の話を聞いてみても、どうやら、フランチェスコ様のようなのです」
「フラン? あいつが、ジェフとプリシラとやらを、くっつけようとしたってことか?」
「いえ。フランチェスコ様の性格を考えれば、そんな気の利くことはしないかと。『同等の情報を交換したのではないか?』と言うのが、ジェファーソン様のヨミです」
「情報?」
何の情報だろうか?
イマイチ、ピンと来ないが、フランならば、先ほどマリーに、執拗なまでにちょっかいをかけていた。
「さっき、マリーに絡んでいて追い払ってやったんだが、そういやその後、見なかったな」
「ローズマリー様にですか? なるほど。するとまさか、フランチェスコ様の狙いは……」
「……冗談でしょう? 妹とフランチェスコ様には、一切接点は無いはずです」
オレガノが、焦ったように口を挟む。
「『綺麗な女性は、手当たり次第』がモットーのような人物ですので、単純に標的になっている可能性も十分ですけど」
「そんな……」
オレガノが顔を青くする。
全く心配性だ。
「さっき追い払ったし、マリーは、今、会場にいるから大丈夫だろう?」
「会場?つい先ほど見た時には、いませんでしたが?」
「なに?」
訝しげな表情をするユーリーの言葉に、眉を寄せる。
「王族席がごちゃつき始めた時、おれも会場で聖騎士から話を聞いていましたが、見かけませんでしたけどね?」
「直ぐ戻るから、待っているように言ったんだが?」
「女性ですから、お化粧直しかもしれません。それに、護衛の聖騎士がついていますから……」
ジュリーが、宥めるような口調で言ってきたが、何だか胸騒ぎがする。
しばらく、考えるように顎に触れていたユーリーは、小さく頷くと、提案してきた。
「念のため、ローズマリー様の控室に寄って、様子を見ておきましょうか?」
「そうだな。でも、外からだぞ? 部屋の中に入るのは無しだ」
マリーは綺麗だからな。
変な気を起こさないとも限らない。
「了解しました。『外から』。誓って、お約束致します。……ええと、それで、王族席では一体何が起きたのでしょう? お手伝いは、必要ですか?」
「ああ……そういやお前、スティーブンから言いつかって来たとか、言っていたか?」
「はい。この後、報告に参りますが?」
「では、ついでに伝えてくれないか?『今、かくれんぼしているんだけど、お前もやらないか?』ってな」
「……!それは……。了解しました。急ぎ、お伝えします」
「頼む」
あれだけで、意味を理解したか。
やはり有能だな。
同時に、彼奴は、姉様の状態を知っている人間だってことも分かった。
場合によっては、父様直属の影かもな。
一つ頷くと、ユーリーは、窓から外へ出ていく。
って!おい!
ここ、宮殿の三階っ!
まぁ、身体能力高そうだから、大丈夫か。
「さて。マリーのことも心配だが、とりあえずは、かくれんぼだ。一度宮殿から出て、北東の塔まで行くぞ」
「「塔ですか?」」
目を剥く二人に、笑みを返す。
「ああ。塔だ。意味が分からないだろうが、ちゃんと団長に許可をとってあるから、大船に乗ったつもりで、ついて来い」
一瞬、嫌そうな顔をしたオレガノに、苦笑しつつ、俺たちは部屋を後にした。
◆
屋上庭園……。
舞踏会の会場から三階ほど上がった宮殿の屋上に、それは有った。
宮殿で会が催される時、ここは決まって、成立したカップルたちの逢瀬の場所となる。
一部の貞操観念の低い人間からも、人気の場所だ。
なんと言っても、咲き乱れる花々や、方々にある小さな四阿のお陰で、死角が出来やすいから。
フランは、四阿の壁面に寄りかかって、今日の獲物がやって来る予定の扉を、舌舐めずりをしながら、眺めていた。
彼の周囲には、茂みに身を隠している数人の護衛の騎士たち。
今回ばかりは、必ずモノにするため、ジェフに嗅ぎつけられても大丈夫なように、現役騎士の友人たちに頼んでいた。
(幾らあいつの腕が立つからって、流石に現役騎士六人の相手はキツかろう。その間に、彼女の唇を奪えれば、僕の勝ち)
フランは、ほくそ笑む。
ジェフの、絶望に歪んだ顔を見るのは久しぶりで、それを想像するだけで、彼は興奮を禁じ得なかった。
「本当に、俺らにも良い思いをさせてくれるんでしょうね?」
「勿論だとも。婚姻後は、好きに遊んでくれて構わないって、約束だろう?」
「楽しみだ」
舌舐めずりをする騎士に、フランチェスコは、笑みを返す。
ーーカチャ
小さな音を立てて、開いた扉の先。
「あぁん!フランチェスコさまぁ!」
そこに立っていたのは、ホワイトオーク……もとい、ビアンカ=オークウッド嬢。
フランは軽くコケつつ、それでも笑顔で優しく彼女を迎え入れる。
「やぁ、ビアンカ。こんなところでどうしたんだぃ?」
「私、貴方様をずっとお慕いしていて。どうか一晩で良いの。私を……」
「そう。この後は予定があって。でも……」
そう言って、フランは、夢見心地のビアンカの腕に、自然な仕草で縄をかけ、四阿の椅子に固定する。
「今日は相手を抱けないから、消化不良だったんだ。君たち喜びなよ?遊んで良いって」
護衛たちが笑う中、フランは再び、扉に視線を向けた。
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