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第五章
舞踏会会場でもトラブルが起きていた ⑵
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(side エミリオ)
「ぃったっ!」
「あっ!ごめんなさいっ」
「ぅ゛……あぁ。気にしなくて良い」
今日何度目かになる謝罪に、涙目になりつつも苦笑いを返し、ハニカミ笑顔のリリアを見る。
正直に言うと、ダンス中に足を踏まれるのは、思いの外痛い。
何故って、一瞬とは言え、小さい面積に相手の全体重が乗っかっているからだ。
相手がどんなに軽かろうが、そんなものは関係無い。
だが、文句を言ったところで、一曲踊ると決まった以上、途中で終われないし、焦らせてしまって、余計踏まれてはたまらない。
気分良く、ベストを出して貰った方が、俺の傷は浅くすむ。
それに、冷静に考えてみれば、前回踊った時と比べて、随分ダンスっぽくなっているじゃないか。
良い面を見て、彼女なりに成長していると、とってやるべきだ。
もっとも……あの時は、ただ両手を繋いで左右に体を揺らす程度だったから、社交ダンスですら無く、足を踏まれることもなかったワケだが。
ターンで思いっきり引っ張られ、転びそうになりつつも、繋いだ左手を引っ張ってそこを支点とし、リリアと反対側に体重を載せることで、なんとか回避。
最早、ダンスではなく格闘だな。
フィジカルの強さは絶対必要条件だけど、先日護身術で習った、力の作用の考え方が役に立ったことに、驚きを通り越して笑ってしまう。
頑張れ。後少しだ。
これが済めば、マリーと踊れる!
そう思えば、足の痛みもマシに思える。
「っぐ」
「あ……ごめんなさい」
「ぅ゛……あぁ」
考えた先から足を踏まれて、激痛に身悶えながら、なんとか笑顔を浮かべた。
曲が終わってエスコートの為に手を差し出すと、リリアは嬉しそうに腕にしがみついてくる。
あー。まて。
これは、多分ダメなやつだ。
ヴェロニカやハロルドが、絶対怒るだろ。
「リリア、腕は……」
「やっぱり、エミリオ様は素敵です。酷いこと言わずに、優しく許して下さるもの。私、エミリオ様と踊るためだけに必死に練習したので、すっごく嬉しかったです!」
「……そうか」
頬をバラ色に染めて、満面の笑みを浮かべるリリアを見ると、何も言えなくなる。
平民出身ならば、ダンスを習うのも初めてだっただろうから、彼女も彼女なりに努力したのだ。
それを、周囲の経験者と比較されて、注意ばかり受ければ、さぞ傷ついたに違いない。
それでも、俺と踊るために必死に練習したと言うのだから、いじらしいじゃないか。
リリアは、俺に寄り添うようにしがみついた腕に、ぐいぐい胸を押しつけてきている。
……相変わらず、ダイレクトに肋骨の感触しかないが、一応アピールしているんだろう。
痩せていて骨まで細い華奢な体格は、確かに守ってやりたくなる。
なんというか、年上なのに、どこかおさなくて妹のような感じだな。
華奢と言ったら、マリーもだが、彼女は色々な面できちんとしていて、お姉さんらしい。
……そういうのは、ヴェロニカで十分だと思っていたんだけどな。
でも、マリーは嫌味を言ったり、頭ごなしに注意をしたりしない。
いつも一歩下がって様子を見ていて、助言を求められた時にだけ、気の利いた話し方で、俺に考える機会を与えてくれる。
それに、しっかりしているかと思えば、どこかふわふわっとしていて、素直で純粋で、今日みたいに危なっかしいところも有るから放っておけない。
何より、人を惹きつけてやまない、あのキラキラした笑顔。
どうしても、手元に置きたいと思ってしまう。
マリーに目をやると、どうやら、オレガノやジュリーと談笑しているようだ。
そこにヴェロニカの姿は無く、全員が立ち上がっていることから、何かしらあったらしいことが想像できた。
「あれ? ヴェロニカ様がいない」
隣でぼそっと呟いたらしい声に、背筋が冷たくなった。
今の声、リリアか?
いつも俺に向けてくる、高音の甘えた声とは全く違う低い声に、彼女の素の表情を見た気がした。
そちらを見ると、リリアは人差し指で、俺のシャツの胸元をなぞりあげてくる。
「エミリオ様ぁ。リリア、もう一曲ご一緒したいですぅ」
自分の顔が引き攣るのが、はっきりと分かった。
ヴェロニカがいないから、甘えれば自分の要望が通るとでも思っているんだろうが、そうは行くか。
散々踏まれまくったから、リリアと踊るのはこりごりだし、そもそも俺は、マリーと踊りたいんだ!
「気持ちは嬉しいが、婚約者以外とは一人一曲ずつしか踊らないのが決まりらしいから、また次の機会にな?」
「そんな。決まりを守るなんて、自由なエミリオ様らしくないですよぅっ」
コメカミがひくついたが、辛うじて笑顔をキープした。
つまりリリアは 、王子らしくない、かつての幼かった俺のことが好きなわけだ。
そして、そのままでいて欲しいと思っている。
なるほど。
成人の儀の時、リリアだけを気に入って、手元に置いていたならば、後ろ向きでやさぐれて、何もかも諦めていた俺にとって、最高の癒しだったに違いない。
駄目な俺を、そのまま認めてくれる存在を、俺は手放さなかっただろう。
でも、マリーに出会ってしまった。
いつもふんわりと柔らかな対応なのに、駄目なことはダメ!とはっきり言う、芯の強さに惹かれた。
『彼女の理想に近づく為』
最初は不純な動機で始めた学びが、いつの間にか俺を成長させてくれた。
『そのままでいい』と言ってくれる存在は貴重だ。
でも俺は、俺の成長を一緒に喜んでくれるマリーのことが、愛おしい。
慕ってくれるリリアは可愛いが、彼女ではダメだ。
そう素直に感じた。
「戻るぞ」
「どうしても駄目ですかぁ?」
「ダメだ。決まりだし、ヴェロニカとも約束したからな」
「ひどいっ!エミリオ様は、私とヴェロニカ様、どっちが大事なんですかっ?」
「…………」
普通に考えて、ヴェロニカだろう?
曲がりなりにも婚約者だし、それなりに付き合いも長いから、愛着だってある。
そう思ったが、口には出さなかった。
機嫌を損ねると、何か面倒そうだし。
「とりあえず、一度戻らないか? 喉も乾いただろう?」
「いいえ!私はっ」
「嫌ですわ。駄々をこねるなんて、恥ずかしい。それに何です? そのように胸を擦り寄せて。はしたないこと」
真後ろから聞こえたヴェロニカの声に、リリアは固まったようだ。
「やんわりとお断り下さったのに、その優しさに気付きもせず、更に恥を重ねるなんて、本当に残念な方ですわね?」
「何でそんな酷いこと言うんですか!さっきから、私ばっかりいじめて!そんなだから、エミリオ様に疎まれるんだわ!」
…………っ⁈
いや!
全然疎んでないぞっ⁈
ヴェロニカが、こちらに視線を向けてきたので、きっぱりと首を横に振る。
ヴェロニカは、扇を口にあてて一瞬目を細めたが、やがてクスりと笑って、俺の前に立つ。
「エミリオ様、王族席までエスコートをお願いしますわ」
美しい所作で差し出された手を取るべく、前に出ようとして、リリアに引き戻された。
「今、エミリオ様は私と!」
「手を離しなさい。リリアーナ嬢。無礼ですよ」
リリアの肩に手を置いて彼女を諌めたのは、先ほどからフロアの横でこちらを見ていた聖騎士だ。
「よく見たら、おまえ、模擬戦の?」
「はい、殿下。覚えていて下さったのですね。光栄でございます」
「あぁ……」
やたら筋肉を強調していて、女にモテるみたいだけど、オレガノにコテンパンにのされていたから、雑魚っぽい印象しか無いけどな。
「貴方、リリアさんをお願いね?エミリオ様、参りましょう」
ヴェロニカがそう言い、聖騎士は紳士の礼を返す。
ああ。
そういやコイツ、貴族出身だった。
二人に見送られて、俺とヴェロニカは王族席へ。
この後マリーと踊る筈だったのに、やはり何かあったようだ。
ダンスフロアから少し離れると、案の定、ヴェロニカが小声で伝えてくる。
「エミリオ様。実は問題が起こりましたの」
「ああ。何があった?」
「クリス王女殿下が」
「姉様が?」
「脱走されたそうで」
「はぁっ?」
「エミリオ様」
うっかり大きな声が出て、ヴェロニカに嗜められ、慌てて口をおさえた。
「……いや、数ヶ月前の俺じゃあるまいし、姉様が脱走って。誰かに連れ出されたとかの間違いじゃないのか?」
「全く同感ですけれど、どうも、ご自身で隠れた様です」
冗談だろう?
あの、次期女王としての気品と覇気に満ち溢れた姉様だぞ?
そう思ったが、数日前の幼くなってしまった姉様を思い出して『あぁ、なるほど』と、考え直した。
スティーブンが、七歳くらいまでしか記憶がないと言っていたっけ。
当時、探検ごっこと称して、王宮中を駆け回っていたお転婆姫だ。
外が騒がしくなり、周囲を守る騎士が、確認のため数人抜けたのだろう。
今日は スティーブンもついていないから、人目を盗んで抜け出すなんて、姉様にとって造作も無いよな。
実際俺だって、扉を通らず この会場から抜け出す隠し通路の場所を、幾つか知っている。
そしてそれには、幼い時に姉様から教えて貰ったものも含まれる。
王宮内の隠れ場所に関しても同様、つい最近まで逃げ隠れしていた俺の方が、騎士や従者なんかより、余程詳しいはずだ。
「かくれんぼだったら得意だが、俺まで席を外すのは、やっぱり不味いんだろう?」
小声で提案すると、ヴェロニカは、それは優しく微笑んだ。
「随分周りの空気を読めるようになりましたわね?エミリオ様」
「褒められたと受け取って良いのか?」
「最上級に褒めていますわ。先程あちらで話し合ったのですけど、クリス様を見つけられるのは、多分エミリオ様だけだろうと、結論が出たところでしたの。そこで、一度王族全員で中座することになりました。その間に見つけ出すことは可能でしょうか?」
「出来るだけやってみるが、時間はどれくらいある?」
「舞踏会終了前に、一度全員揃わねばなりませんから、それまでならば」
「せいぜい半刻ってところだな」
「早ければ早い方が」
「分かった。俺の護衛に一人……そうだな、団長を連れて行く。他の俺付きにも声をかけよう。手分けして探した方が良いだろう? 居そうな場所を、幾つかピックアップする」
「分かりました。私、王族席に伝えて参ります。エミリオ様は、マリー様に挨拶をなさって来ては?」
「……そうだな」
その場でヴェロニカと別れると、踵を返してマリーの元へ向かう。
全く!
この後、ゆっくりマリーとダンスをするはずだったのに、まさか姉様に邪魔されることになろうとは。
本音を言うなら、放っておきたい気持ちで一杯だが、こんな人が多い日に、王女が一人で王宮の中をうろつくなんて、どう考えたって危ない。
俺が居なくなったのとは訳が違う。
頭の中が幼女だとしても、体はそれなりにレディーなんだから。
「楽しんでいるところ、すまないな」
声をかけると、ジュリーとオレガノは直立した。
マリーはこちらに優しく微笑みかけ、口を尖らせしょぼくれていたリリアも、明るい表情で顔を上げる。
「この後、王族は一度中座するそうだ。マリー、戻ってきたら最初に踊ってくれるか?」
突然の申し出に、マリーは目を瞬かせていたが、やがてふわりと微笑み、
「お誘い頂き嬉しいです。楽しみにお待ちしていますね?」
何も聞かずに、そう答えた。
賢い彼女のことだから、何かしら起こったことに、気付いていたのかもしれない。
「うん。出来るだけ早めに戻るから、あーー。くれぐれもフランには近づくなよ?」
「はい」
応える彼女に、頷き返す。
次いで、控えていた聖騎士二人に目配せ。
「二人を頼むぞ」
「「はっ」」
「うん」
俺はジュリーとオレガノに目配せをし、二人を引き連れて、王族席に戻った。
面倒ごとは さっさと片付けて、早くマリーの元に戻ろう。
心の中で、そう決意する。
◆
(side ローズ)
一度こちらに戻ってきたエミリオ様は、こちらに残っていたジュリーさんとお兄様を従えて、慌ただしく王族席へ帰っていった。
ヴェロニカ様が席を外したあたりから、何か有ったのかも?とは思っていたけど、想像より大事なのかもしれない。
ダンスが後回しになってしまったのは、ちょっぴり残念。
でも、『戻ったら最初に』という約束は、素直に嬉しかった。
問題は、しょぼくれたリリアさんを、どう慰めるか、だけど。
「王子様とダンスなんて、一曲踊るだけでも凄いじゃない!しかも、婚約者の後 一人目でしょう?」
悩んでいたら、タチアナさんがフォローを入れてくれた。
「……そう?やっぱりそう思う?」
「そうよ。あたしなんて、人数にカウントすらされてなかったし」
「だよね!」
リリアさんは、じわじわと自信を回復したようだった。
打たれ強い!
「お兄様が大きいですから、死角になっていただけだと思いますよ?タチアナさん」
タチアナさんの自虐を完全にスルーしていたから、私からフォローをいれておく。
「ローズさんって本当に優しい。今日はオレガノ様を紹介してくれて有難う。近くでお話しできただけで、私はもう、胸が一杯」
「何というか、その……天然でごめんなさい」
「そこが可愛らしいじゃない」
そう思ってくれますか?
タチアナさん、良い人だなぁ。
お兄様は、ジュリーさんのことがお好きみたいだったけど、ジュリーさん次第で、タチアナさんにもチャンスは有るかしら。
それなら、わたしは、暖かく見守ろう。
「ところで、マリーさんはこの後、ジェフ様に会いに行くの? 時間空いたよね?」
「え? そうね……」
不意にリリアさんに尋ねられて、考える。
ここに居て、またフランチェスコ様に見つかるのも面倒だわ。
「それなら、一度控室に戻った方が?」
近くで聞こえた声は、ターナーさんのもの。
「先程紳士に捕まった時かな?口紅が少し擦れたようだ」
「そうですか?」
「多少」
それなら、ジェフ様に会う会わないは別として、一度お化粧直しを した方が良いかな?
「では、一度控室に戻ります」
「お供するよ」
ターナーさんに一つ頷くと、わたしは控室に戻ることにした。
「ぃったっ!」
「あっ!ごめんなさいっ」
「ぅ゛……あぁ。気にしなくて良い」
今日何度目かになる謝罪に、涙目になりつつも苦笑いを返し、ハニカミ笑顔のリリアを見る。
正直に言うと、ダンス中に足を踏まれるのは、思いの外痛い。
何故って、一瞬とは言え、小さい面積に相手の全体重が乗っかっているからだ。
相手がどんなに軽かろうが、そんなものは関係無い。
だが、文句を言ったところで、一曲踊ると決まった以上、途中で終われないし、焦らせてしまって、余計踏まれてはたまらない。
気分良く、ベストを出して貰った方が、俺の傷は浅くすむ。
それに、冷静に考えてみれば、前回踊った時と比べて、随分ダンスっぽくなっているじゃないか。
良い面を見て、彼女なりに成長していると、とってやるべきだ。
もっとも……あの時は、ただ両手を繋いで左右に体を揺らす程度だったから、社交ダンスですら無く、足を踏まれることもなかったワケだが。
ターンで思いっきり引っ張られ、転びそうになりつつも、繋いだ左手を引っ張ってそこを支点とし、リリアと反対側に体重を載せることで、なんとか回避。
最早、ダンスではなく格闘だな。
フィジカルの強さは絶対必要条件だけど、先日護身術で習った、力の作用の考え方が役に立ったことに、驚きを通り越して笑ってしまう。
頑張れ。後少しだ。
これが済めば、マリーと踊れる!
そう思えば、足の痛みもマシに思える。
「っぐ」
「あ……ごめんなさい」
「ぅ゛……あぁ」
考えた先から足を踏まれて、激痛に身悶えながら、なんとか笑顔を浮かべた。
曲が終わってエスコートの為に手を差し出すと、リリアは嬉しそうに腕にしがみついてくる。
あー。まて。
これは、多分ダメなやつだ。
ヴェロニカやハロルドが、絶対怒るだろ。
「リリア、腕は……」
「やっぱり、エミリオ様は素敵です。酷いこと言わずに、優しく許して下さるもの。私、エミリオ様と踊るためだけに必死に練習したので、すっごく嬉しかったです!」
「……そうか」
頬をバラ色に染めて、満面の笑みを浮かべるリリアを見ると、何も言えなくなる。
平民出身ならば、ダンスを習うのも初めてだっただろうから、彼女も彼女なりに努力したのだ。
それを、周囲の経験者と比較されて、注意ばかり受ければ、さぞ傷ついたに違いない。
それでも、俺と踊るために必死に練習したと言うのだから、いじらしいじゃないか。
リリアは、俺に寄り添うようにしがみついた腕に、ぐいぐい胸を押しつけてきている。
……相変わらず、ダイレクトに肋骨の感触しかないが、一応アピールしているんだろう。
痩せていて骨まで細い華奢な体格は、確かに守ってやりたくなる。
なんというか、年上なのに、どこかおさなくて妹のような感じだな。
華奢と言ったら、マリーもだが、彼女は色々な面できちんとしていて、お姉さんらしい。
……そういうのは、ヴェロニカで十分だと思っていたんだけどな。
でも、マリーは嫌味を言ったり、頭ごなしに注意をしたりしない。
いつも一歩下がって様子を見ていて、助言を求められた時にだけ、気の利いた話し方で、俺に考える機会を与えてくれる。
それに、しっかりしているかと思えば、どこかふわふわっとしていて、素直で純粋で、今日みたいに危なっかしいところも有るから放っておけない。
何より、人を惹きつけてやまない、あのキラキラした笑顔。
どうしても、手元に置きたいと思ってしまう。
マリーに目をやると、どうやら、オレガノやジュリーと談笑しているようだ。
そこにヴェロニカの姿は無く、全員が立ち上がっていることから、何かしらあったらしいことが想像できた。
「あれ? ヴェロニカ様がいない」
隣でぼそっと呟いたらしい声に、背筋が冷たくなった。
今の声、リリアか?
いつも俺に向けてくる、高音の甘えた声とは全く違う低い声に、彼女の素の表情を見た気がした。
そちらを見ると、リリアは人差し指で、俺のシャツの胸元をなぞりあげてくる。
「エミリオ様ぁ。リリア、もう一曲ご一緒したいですぅ」
自分の顔が引き攣るのが、はっきりと分かった。
ヴェロニカがいないから、甘えれば自分の要望が通るとでも思っているんだろうが、そうは行くか。
散々踏まれまくったから、リリアと踊るのはこりごりだし、そもそも俺は、マリーと踊りたいんだ!
「気持ちは嬉しいが、婚約者以外とは一人一曲ずつしか踊らないのが決まりらしいから、また次の機会にな?」
「そんな。決まりを守るなんて、自由なエミリオ様らしくないですよぅっ」
コメカミがひくついたが、辛うじて笑顔をキープした。
つまりリリアは 、王子らしくない、かつての幼かった俺のことが好きなわけだ。
そして、そのままでいて欲しいと思っている。
なるほど。
成人の儀の時、リリアだけを気に入って、手元に置いていたならば、後ろ向きでやさぐれて、何もかも諦めていた俺にとって、最高の癒しだったに違いない。
駄目な俺を、そのまま認めてくれる存在を、俺は手放さなかっただろう。
でも、マリーに出会ってしまった。
いつもふんわりと柔らかな対応なのに、駄目なことはダメ!とはっきり言う、芯の強さに惹かれた。
『彼女の理想に近づく為』
最初は不純な動機で始めた学びが、いつの間にか俺を成長させてくれた。
『そのままでいい』と言ってくれる存在は貴重だ。
でも俺は、俺の成長を一緒に喜んでくれるマリーのことが、愛おしい。
慕ってくれるリリアは可愛いが、彼女ではダメだ。
そう素直に感じた。
「戻るぞ」
「どうしても駄目ですかぁ?」
「ダメだ。決まりだし、ヴェロニカとも約束したからな」
「ひどいっ!エミリオ様は、私とヴェロニカ様、どっちが大事なんですかっ?」
「…………」
普通に考えて、ヴェロニカだろう?
曲がりなりにも婚約者だし、それなりに付き合いも長いから、愛着だってある。
そう思ったが、口には出さなかった。
機嫌を損ねると、何か面倒そうだし。
「とりあえず、一度戻らないか? 喉も乾いただろう?」
「いいえ!私はっ」
「嫌ですわ。駄々をこねるなんて、恥ずかしい。それに何です? そのように胸を擦り寄せて。はしたないこと」
真後ろから聞こえたヴェロニカの声に、リリアは固まったようだ。
「やんわりとお断り下さったのに、その優しさに気付きもせず、更に恥を重ねるなんて、本当に残念な方ですわね?」
「何でそんな酷いこと言うんですか!さっきから、私ばっかりいじめて!そんなだから、エミリオ様に疎まれるんだわ!」
…………っ⁈
いや!
全然疎んでないぞっ⁈
ヴェロニカが、こちらに視線を向けてきたので、きっぱりと首を横に振る。
ヴェロニカは、扇を口にあてて一瞬目を細めたが、やがてクスりと笑って、俺の前に立つ。
「エミリオ様、王族席までエスコートをお願いしますわ」
美しい所作で差し出された手を取るべく、前に出ようとして、リリアに引き戻された。
「今、エミリオ様は私と!」
「手を離しなさい。リリアーナ嬢。無礼ですよ」
リリアの肩に手を置いて彼女を諌めたのは、先ほどからフロアの横でこちらを見ていた聖騎士だ。
「よく見たら、おまえ、模擬戦の?」
「はい、殿下。覚えていて下さったのですね。光栄でございます」
「あぁ……」
やたら筋肉を強調していて、女にモテるみたいだけど、オレガノにコテンパンにのされていたから、雑魚っぽい印象しか無いけどな。
「貴方、リリアさんをお願いね?エミリオ様、参りましょう」
ヴェロニカがそう言い、聖騎士は紳士の礼を返す。
ああ。
そういやコイツ、貴族出身だった。
二人に見送られて、俺とヴェロニカは王族席へ。
この後マリーと踊る筈だったのに、やはり何かあったようだ。
ダンスフロアから少し離れると、案の定、ヴェロニカが小声で伝えてくる。
「エミリオ様。実は問題が起こりましたの」
「ああ。何があった?」
「クリス王女殿下が」
「姉様が?」
「脱走されたそうで」
「はぁっ?」
「エミリオ様」
うっかり大きな声が出て、ヴェロニカに嗜められ、慌てて口をおさえた。
「……いや、数ヶ月前の俺じゃあるまいし、姉様が脱走って。誰かに連れ出されたとかの間違いじゃないのか?」
「全く同感ですけれど、どうも、ご自身で隠れた様です」
冗談だろう?
あの、次期女王としての気品と覇気に満ち溢れた姉様だぞ?
そう思ったが、数日前の幼くなってしまった姉様を思い出して『あぁ、なるほど』と、考え直した。
スティーブンが、七歳くらいまでしか記憶がないと言っていたっけ。
当時、探検ごっこと称して、王宮中を駆け回っていたお転婆姫だ。
外が騒がしくなり、周囲を守る騎士が、確認のため数人抜けたのだろう。
今日は スティーブンもついていないから、人目を盗んで抜け出すなんて、姉様にとって造作も無いよな。
実際俺だって、扉を通らず この会場から抜け出す隠し通路の場所を、幾つか知っている。
そしてそれには、幼い時に姉様から教えて貰ったものも含まれる。
王宮内の隠れ場所に関しても同様、つい最近まで逃げ隠れしていた俺の方が、騎士や従者なんかより、余程詳しいはずだ。
「かくれんぼだったら得意だが、俺まで席を外すのは、やっぱり不味いんだろう?」
小声で提案すると、ヴェロニカは、それは優しく微笑んだ。
「随分周りの空気を読めるようになりましたわね?エミリオ様」
「褒められたと受け取って良いのか?」
「最上級に褒めていますわ。先程あちらで話し合ったのですけど、クリス様を見つけられるのは、多分エミリオ様だけだろうと、結論が出たところでしたの。そこで、一度王族全員で中座することになりました。その間に見つけ出すことは可能でしょうか?」
「出来るだけやってみるが、時間はどれくらいある?」
「舞踏会終了前に、一度全員揃わねばなりませんから、それまでならば」
「せいぜい半刻ってところだな」
「早ければ早い方が」
「分かった。俺の護衛に一人……そうだな、団長を連れて行く。他の俺付きにも声をかけよう。手分けして探した方が良いだろう? 居そうな場所を、幾つかピックアップする」
「分かりました。私、王族席に伝えて参ります。エミリオ様は、マリー様に挨拶をなさって来ては?」
「……そうだな」
その場でヴェロニカと別れると、踵を返してマリーの元へ向かう。
全く!
この後、ゆっくりマリーとダンスをするはずだったのに、まさか姉様に邪魔されることになろうとは。
本音を言うなら、放っておきたい気持ちで一杯だが、こんな人が多い日に、王女が一人で王宮の中をうろつくなんて、どう考えたって危ない。
俺が居なくなったのとは訳が違う。
頭の中が幼女だとしても、体はそれなりにレディーなんだから。
「楽しんでいるところ、すまないな」
声をかけると、ジュリーとオレガノは直立した。
マリーはこちらに優しく微笑みかけ、口を尖らせしょぼくれていたリリアも、明るい表情で顔を上げる。
「この後、王族は一度中座するそうだ。マリー、戻ってきたら最初に踊ってくれるか?」
突然の申し出に、マリーは目を瞬かせていたが、やがてふわりと微笑み、
「お誘い頂き嬉しいです。楽しみにお待ちしていますね?」
何も聞かずに、そう答えた。
賢い彼女のことだから、何かしら起こったことに、気付いていたのかもしれない。
「うん。出来るだけ早めに戻るから、あーー。くれぐれもフランには近づくなよ?」
「はい」
応える彼女に、頷き返す。
次いで、控えていた聖騎士二人に目配せ。
「二人を頼むぞ」
「「はっ」」
「うん」
俺はジュリーとオレガノに目配せをし、二人を引き連れて、王族席に戻った。
面倒ごとは さっさと片付けて、早くマリーの元に戻ろう。
心の中で、そう決意する。
◆
(side ローズ)
一度こちらに戻ってきたエミリオ様は、こちらに残っていたジュリーさんとお兄様を従えて、慌ただしく王族席へ帰っていった。
ヴェロニカ様が席を外したあたりから、何か有ったのかも?とは思っていたけど、想像より大事なのかもしれない。
ダンスが後回しになってしまったのは、ちょっぴり残念。
でも、『戻ったら最初に』という約束は、素直に嬉しかった。
問題は、しょぼくれたリリアさんを、どう慰めるか、だけど。
「王子様とダンスなんて、一曲踊るだけでも凄いじゃない!しかも、婚約者の後 一人目でしょう?」
悩んでいたら、タチアナさんがフォローを入れてくれた。
「……そう?やっぱりそう思う?」
「そうよ。あたしなんて、人数にカウントすらされてなかったし」
「だよね!」
リリアさんは、じわじわと自信を回復したようだった。
打たれ強い!
「お兄様が大きいですから、死角になっていただけだと思いますよ?タチアナさん」
タチアナさんの自虐を完全にスルーしていたから、私からフォローをいれておく。
「ローズさんって本当に優しい。今日はオレガノ様を紹介してくれて有難う。近くでお話しできただけで、私はもう、胸が一杯」
「何というか、その……天然でごめんなさい」
「そこが可愛らしいじゃない」
そう思ってくれますか?
タチアナさん、良い人だなぁ。
お兄様は、ジュリーさんのことがお好きみたいだったけど、ジュリーさん次第で、タチアナさんにもチャンスは有るかしら。
それなら、わたしは、暖かく見守ろう。
「ところで、マリーさんはこの後、ジェフ様に会いに行くの? 時間空いたよね?」
「え? そうね……」
不意にリリアさんに尋ねられて、考える。
ここに居て、またフランチェスコ様に見つかるのも面倒だわ。
「それなら、一度控室に戻った方が?」
近くで聞こえた声は、ターナーさんのもの。
「先程紳士に捕まった時かな?口紅が少し擦れたようだ」
「そうですか?」
「多少」
それなら、ジェフ様に会う会わないは別として、一度お化粧直しを した方が良いかな?
「では、一度控室に戻ります」
「お供するよ」
ターナーさんに一つ頷くと、わたしは控室に戻ることにした。
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