投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第五章

舞踏会会場でもトラブルが起きていた ⑵

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(side エミリオ)


「ぃったっ!」

「あっ!ごめんなさいっ」

「ぅ゛……あぁ。気にしなくて良い」


 今日何度目かになる謝罪に、涙目になりつつも苦笑いを返し、ハニカミ笑顔のリリアを見る。

 正直に言うと、ダンス中に足を踏まれるのは、思いの外痛い。
 何故って、一瞬とは言え、小さい面積に相手の全体重が乗っかっているからだ。
 相手がどんなに軽かろうが、そんなものは関係無い。
 
 だが、文句を言ったところで、一曲踊ると決まった以上、途中で終われないし、焦らせてしまって、余計踏まれてはたまらない。
 気分良く、ベストを出して貰った方が、俺の傷は浅くすむ。

 それに、冷静に考えてみれば、前回踊った時と比べて、随分ダンスっぽくなっているじゃないか。
 良い面を見て、彼女なりに成長していると、とってやるべきだ。

 もっとも……あの時は、ただ両手を繋いで左右に体を揺らす程度だったから、社交ダンスですら無く、足を踏まれることもなかったワケだが。

 ターンで思いっきり引っ張られ、転びそうになりつつも、繋いだ左手を引っ張ってそこを支点とし、リリアと反対側に体重を載せることで、なんとか回避。

 最早、ダンスではなく格闘だな。

 フィジカルの強さは絶対必要条件だけど、先日護身術で習った、力の作用の考え方が役に立ったことに、驚きを通り越して笑ってしまう。

 頑張れ。後少しだ。
 これが済めば、マリーと踊れる!
 そう思えば、足の痛みもマシに思える。


「っぐ」

「あ……ごめんなさい」

「ぅ゛……あぁ」


 考えた先から足を踏まれて、激痛に身悶えながら、なんとか笑顔を浮かべた。

 曲が終わってエスコートの為に手を差し出すと、リリアは嬉しそうに腕にしがみついてくる。

 あー。まて。
 これは、多分ダメなやつだ。
 ヴェロニカやハロルドが、絶対怒るだろ。


「リリア、腕は……」

「やっぱり、エミリオ様は素敵です。酷いこと言わずに、優しく許して下さるもの。私、エミリオ様と踊るために必死に練習したので、すっごく嬉しかったです!」

「……そうか」


 頬をバラ色に染めて、満面の笑みを浮かべるリリアを見ると、何も言えなくなる。

 平民出身ならば、ダンスを習うのも初めてだっただろうから、彼女も彼女なりに努力したのだ。
 それを、周囲の経験者と比較されて、注意ばかり受ければ、さぞ傷ついたに違いない。
 
 それでも、俺と踊るために必死に練習したと言うのだから、いじらしいじゃないか。


 リリアは、俺に寄り添うようにしがみついた腕に、ぐいぐい胸を押しつけてきている。
 ……相変わらず、ダイレクトに肋骨の感触しかないが、一応アピールしているんだろう。
 痩せていて骨まで細い華奢な体格は、確かに守ってやりたくなる。

 なんというか、年上なのに、どこかおさなくて妹のような感じだな。


 華奢と言ったら、マリーもだが、彼女は色々な面できちんとしていて、お姉さんらしい。

 ……そういうのは、ヴェロニカで十分だと思っていたんだけどな。

 でも、マリーは嫌味を言ったり、頭ごなしに注意をしたりしない。
 いつも一歩下がって様子を見ていて、助言を求められた時にだけ、気の利いた話し方で、俺に考える機会を与えてくれる。

 それに、しっかりしているかと思えば、どこかふわふわっとしていて、素直で純粋で、今日みたいに危なっかしいところも有るから放っておけない。
 何より、人を惹きつけてやまない、あのキラキラした笑顔。

 どうしても、手元に置きたいと思ってしまう。
 

 マリーに目をやると、どうやら、オレガノやジュリーと談笑しているようだ。
 そこにヴェロニカの姿は無く、全員が立ち上がっていることから、何かしらあったらしいことが想像できた。


「あれ? ヴェロニカ様がいない」


 隣でぼそっと呟いたらしい声に、背筋が冷たくなった。

 今の声、リリアか?

 いつも俺に向けてくる、高音の甘えた声とは全く違う低い声に、彼女の素の表情を見た気がした。
 そちらを見ると、リリアは人差し指で、俺のシャツの胸元をなぞりあげてくる。


「エミリオ様ぁ。リリア、もう一曲ご一緒したいですぅ」


 自分の顔が引き攣るのが、はっきりと分かった。

 ヴェロニカがいないから、甘えれば自分の要望が通るとでも思っているんだろうが、そうは行くか。

 散々踏まれまくったから、リリアと踊るのはこりごりだし、そもそも俺は、マリーと踊りたいんだ!


「気持ちは嬉しいが、婚約者以外とは一人一曲ずつしか踊らないのが決まりらしいから、また次の機会にな?」

「そんな。決まりを守るなんて、自由なエミリオ様らしくないですよぅっ」


 コメカミがひくついたが、辛うじて笑顔をキープした。

 つまりリリアは 、王子らしくない、かつての幼かった俺のことが好きなわけだ。
 そして、そのままでいて欲しいと思っている。

 なるほど。
 成人の儀の時、リリアだけを気に入って、手元に置いていたならば、後ろ向きでやさぐれて、何もかも諦めていた俺にとって、最高の癒しだったに違いない。

 駄目な俺を、そのまま認めてくれる存在を、俺は手放さなかっただろう。

 でも、マリーに出会ってしまった。

 いつもふんわりと柔らかな対応なのに、駄目なことはダメ!とはっきり言う、芯の強さに惹かれた。

 『彼女の理想に近づく為』
 最初は不純な動機で始めた学びが、いつの間にか俺を成長させてくれた。

 『そのままでいい』と言ってくれる存在は貴重だ。
 でも俺は、俺の成長を一緒に喜んでくれるマリーのことが、愛おしい。

 慕ってくれるリリアは可愛いが、彼女ではダメだ。
 そう素直に感じた。


「戻るぞ」

「どうしても駄目ですかぁ?」

「ダメだ。決まりだし、ヴェロニカとも約束したからな」

「ひどいっ!エミリオ様は、私とヴェロニカ様、どっちが大事なんですかっ?」

「…………」


 普通に考えて、ヴェロニカだろう?

 曲がりなりにも婚約者だし、それなりに付き合いも長いから、愛着だってある。

 そう思ったが、口には出さなかった。
 機嫌を損ねると、何か面倒そうだし。


「とりあえず、一度戻らないか? 喉も乾いただろう?」

「いいえ!私はっ」

「嫌ですわ。駄々をこねるなんて、恥ずかしい。それに何です? そのように胸を擦り寄せて。はしたないこと」


 真後ろから聞こえたヴェロニカの声に、リリアは固まったようだ。


「やんわりとお断り下さったのに、その優しさに気付きもせず、更に恥を重ねるなんて、本当に残念な方ですわね?」

「何でそんな酷いこと言うんですか!さっきから、私ばっかりいじめて!そんなだから、エミリオ様にうとまれるんだわ!」


 …………っ⁈

 いや!
 全然疎んでないぞっ⁈

 ヴェロニカが、こちらに視線を向けてきたので、きっぱりと首を横に振る。

 ヴェロニカは、扇を口にあてて一瞬目を細めたが、やがてクスりと笑って、俺の前に立つ。


「エミリオ様、王族席までエスコートをお願いしますわ」


 美しい所作で差し出された手を取るべく、前に出ようとして、リリアに引き戻された。


「今、エミリオ様は私と!」

「手を離しなさい。リリアーナ嬢。無礼ですよ」


 リリアの肩に手を置いて彼女を諌めたのは、先ほどからフロアの横でこちらを見ていた聖騎士だ。


「よく見たら、おまえ、模擬戦の?」

「はい、殿下。覚えていて下さったのですね。光栄でございます」

「あぁ……」


 やたら筋肉を強調していて、女にモテるみたいだけど、オレガノにコテンパンにのされていたから、雑魚っぽい印象しか無いけどな。


「貴方、リリアさんをお願いね?エミリオ様、参りましょう」


 ヴェロニカがそう言い、聖騎士は紳士の礼を返す。

 ああ。
 そういやコイツ、貴族出身だった。


 二人に見送られて、俺とヴェロニカは王族席へ。
 この後マリーと踊る筈だったのに、やはり何かあったようだ。

 ダンスフロアから少し離れると、案の定、ヴェロニカが小声で伝えてくる。
 

「エミリオ様。実は問題が起こりましたの」

「ああ。何があった?」

「クリス王女殿下が」

「姉様が?」

「脱走されたそうで」

「はぁっ?」

「エミリオ様」


 うっかり大きな声が出て、ヴェロニカに嗜められ、慌てて口をおさえた。


「……いや、数ヶ月前の俺じゃあるまいし、姉様が脱走って。誰かに連れ出されたとかの間違いじゃないのか?」

「全く同感ですけれど、どうも、ご自身で隠れた様です」


 冗談だろう?
 あの、次期女王としての気品と覇気に満ち溢れた姉様だぞ?

 そう思ったが、数日前の幼くなってしまった姉様を思い出して『あぁ、なるほど』と、考え直した。

 スティーブンが、七歳くらいまでしか記憶がないと言っていたっけ。

 当時、探検ごっこと称して、王宮中を駆け回っていたお転婆姫だ。

 外が騒がしくなり、周囲を守る騎士が、確認のため数人抜けたのだろう。
 今日は スティーブンもついていないから、人目を盗んで抜け出すなんて、姉様にとって造作も無いよな。

 実際俺だって、扉を通らず この会場から抜け出す隠し通路の場所を、幾つか知っている。
 そしてそれには、幼い時に姉様から教えて貰ったものも含まれる。

 王宮内の隠れ場所に関しても同様、つい最近まで逃げ隠れしていた俺の方が、騎士や従者なんかより、余程詳しいはずだ。


「かくれんぼだったら得意だが、俺まで席を外すのは、やっぱり不味いんだろう?」


 小声で提案すると、ヴェロニカは、それは優しく微笑んだ。


「随分周りの空気を読めるようになりましたわね?エミリオ様」

「褒められたと受け取って良いのか?」

「最上級に褒めていますわ。先程あちらで話し合ったのですけど、クリス様を見つけられるのは、多分エミリオ様だけだろうと、結論が出たところでしたの。そこで、一度王族全員で中座することになりました。その間に見つけ出すことは可能でしょうか?」

「出来るだけやってみるが、時間はどれくらいある?」

「舞踏会終了前に、一度全員揃わねばなりませんから、それまでならば」

「せいぜい半刻ってところだな」

「早ければ早い方が」

「分かった。俺の護衛に一人……そうだな、団長を連れて行く。他の俺付きにも声をかけよう。手分けして探した方が良いだろう? 居そうな場所を、幾つかピックアップする」

「分かりました。私、王族席に伝えて参ります。エミリオ様は、マリー様に挨拶をなさって来ては?」

「……そうだな」


 その場でヴェロニカと別れると、踵を返してマリーの元へ向かう。

 全く!
 この後、ゆっくりマリーとダンスをするはずだったのに、まさか姉様に邪魔されることになろうとは。

 本音を言うなら、放っておきたい気持ちで一杯だが、こんな人が多い日に、王女が一人で王宮の中をうろつくなんて、どう考えたって危ない。
 俺が居なくなったのとは訳が違う。
 頭の中が幼女だとしても、体はそれなりにレディーなんだから。


「楽しんでいるところ、すまないな」


 声をかけると、ジュリーとオレガノは直立した。

 マリーはこちらに優しく微笑みかけ、口を尖らせしょぼくれていたリリアも、明るい表情で顔を上げる。


「この後、王族は一度中座するそうだ。マリー、戻ってきたら最初に踊ってくれるか?」


 突然の申し出に、マリーは目を瞬かせていたが、やがてふわりと微笑み、


「お誘い頂き嬉しいです。楽しみにお待ちしていますね?」


 何も聞かずに、そう答えた。

 賢い彼女のことだから、何かしら起こったことに、気付いていたのかもしれない。


「うん。出来るだけ早めに戻るから、あーー。くれぐれもフランには近づくなよ?」

「はい」


 応える彼女に、頷き返す。

 次いで、控えていた聖騎士二人に目配せ。


「二人を頼むぞ」

「「はっ」」

「うん」


 俺はジュリーとオレガノに目配せをし、二人を引き連れて、王族席に戻った。

 面倒ごとは さっさと片付けて、早くマリーの元に戻ろう。

 心の中で、そう決意する。




(side ローズ)


 一度こちらに戻ってきたエミリオ様は、こちらに残っていたジュリーさんとお兄様を従えて、慌ただしく王族席へ帰っていった。

 ヴェロニカ様が席を外したあたりから、何か有ったのかも?とは思っていたけど、想像より大事なのかもしれない。

 ダンスが後回しになってしまったのは、ちょっぴり残念。
 でも、『戻ったら最初に』という約束は、素直に嬉しかった。


 問題は、しょぼくれたリリアさんを、どう慰めるか、だけど。


「王子様とダンスなんて、一曲踊るだけでも凄いじゃない!しかも、婚約者の後 一人目でしょう?」


 悩んでいたら、タチアナさんがフォローを入れてくれた。


「……そう?やっぱりそう思う?」

「そうよ。あたしなんて、人数にカウントすらされてなかったし」

「だよね!」


 リリアさんは、じわじわと自信を回復したようだった。

 打たれ強い!

 
「お兄様が大きいですから、死角になっていただけだと思いますよ?タチアナさん」


 タチアナさんの自虐を完全にスルーしていたから、私からフォローをいれておく。
 

「ローズさんって本当に優しい。今日はオレガノ様を紹介してくれて有難う。近くでお話しできただけで、私はもう、胸が一杯」

「何というか、その……天然でごめんなさい」

「そこが可愛らしいじゃない」


 そう思ってくれますか?
 タチアナさん、良い人だなぁ。

 お兄様は、ジュリーさんのことがお好きみたいだったけど、ジュリーさん次第で、タチアナさんにもチャンスは有るかしら。

 それなら、わたしは、暖かく見守ろう。


「ところで、マリーさんはこの後、ジェフ様に会いに行くの? 時間空いたよね?」

「え? そうね……」


 不意にリリアさんに尋ねられて、考える。

 ここに居て、またフランチェスコ様に見つかるのも面倒だわ。


「それなら、一度控室に戻った方が?」


 近くで聞こえた声は、ターナーさんのもの。


「先程紳士に捕まった時かな?口紅が少し擦れたようだ」

「そうですか?」

「多少」


 それなら、ジェフ様に会う会わないは別として、一度お化粧直しを した方が良いかな?


「では、一度控室に戻ります」

「お供するよ」


  ターナーさんに一つ頷くと、わたしは控室に戻ることにした。
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