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第五章

舞踏会会場でもトラブルが起きていた ⑴

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(side オレガノ)


 休憩を終えて、殿下警護のため会場へ向かう途中、ロビーにちょっとした人集りが出来ていた。

 どうやら、今日初めて護衛の職に就いたジェファーソン様を、めざとく発見した人々が集まり始めているようだ。

 流石の人気だな。

 早めに待機室を出て、彼に、酔って迷惑をかけたお詫びを言おうと思っていたのだが、これでは安直に近づけないぞ……。

 などと、尻込みしていたら、入り口警護の騎士に捕まり、スティーブン様まで来てしまって、完全にタイミングを逃してしまった。

 その上、あのハプニング。

 もう、何に対し、どこから突っ込んだらいいかすら分からない。


 渦中の人間のうち、三人は顔見知りであることから、うっかり巻き込まれないよう、人の群れに紛れ込んで、そのまま会場への登り階段を目指す。

 その場を離れようとする人間だからか、比較的抵抗を受けることなく、階段下にたどり着くことができた。


 気づけば、既に配置時間が迫っている。

 これは、同じ時間に配置の騎士たちは、絶対に遅刻するだろうな……などと苦笑いになりつつ階段を上がると、踊り場で会場から来た同僚に声をかけられた。

 現状でも、かなりざわついているし、大きな悲鳴も上がったから、当然会場まで響いていたのだろう。
 様子を確認に来るのは当然だ。

 ロビーの状況を伝えるよう頼まれ、急ぎ会場のジュリーさんの元へ。

 そこに、妹の姿を見つけてげんなりした。

 どうしてお前さんは、常に王子殿下の周辺に囲われているんだろうな?

 ローズも、こちらの言いたいことは理解しているようで、苦笑いを浮かべて会釈した。

 一方、殿下はリリアーナ嬢をダンスフロアへエスコートしているようだ。

 先に彼女と踊ることになったのは意外だな。

 だが、晩餐会の時のことを思い返してみれば、リリアーナ嬢は奔放な上、かなり積極的な性格のようだから、全く踊らせないようにするのは難しかったのだろう。
 となれば、ロビーの騒ぎで会場から人が出払っている今、目立たないうちに済ませてしまおう、という意図かもしれない。


 直ぐにジュリーさんから説明を求められたので、ロビーの状況を掻い摘んで話すと、彼女は半眼になって額を抑えた。

 気持ちは分かる。

 ローズの前の席に座るヴェロニカ様が、笑いながら仰る通り、スティーブン様は、自由に遊んでいらっしゃって、実に人生楽しそうだ。

 彼の、『騎士の中に複数の愛人がいる』と言う噂は耳にしていたが、実際にそれを目にするのは初めてだったから、中々に衝撃的だったな。

 まぁ……頬に添えられた手で口元が隠れたからか、いやらしさがあまり無かったのと、双方見目が良かったせいか、ある種の美しさすら感じてしまったけど。


 それにしても……。

 ラルフ君に『貴方くらい筋肉がのっている方がタイプよ』と、言っていた割には、相手の騎士は、インテリ眼鏡で痩身の美人系だったよな?

 来るものは拒まないのか、守備範囲が恐ろしく広いのか……或いは、その両方か。

 でも、無理矢理どうこうって感じでもなかった。
 相手の騎士も、まんざらじゃなさそうな反応だったし。

 案外、相手の意思は尊重する方なのかもしれない。
 自分にも声をかけてはくるけど、それ以上のことは無い。

 冗談半分、あちこちに粉をかけ、脈があれば……ということなんだろうか?

 であれば、自分も警戒しすぎるのは失礼だし、自意識過剰というものだろう。

 彼は、多方面に才能が有り、味方に付ければ最強と言われていることから、悪い人では無いこともわかる。

 普通に考えれば、知人になれるのは有り難いことだよな。
 場合によっては剣術などの指南も受けられるかもしれない。

 彼方も、英雄の息子としての自分のことを気にかけてくれているのだろうから、今後は尊敬出来る先輩騎士の一人として、普通に対応するよう心がけよう。

 そんなことを考えながら、踊る殿下を見ていた。


 ……しかし、酷いダンスだな。

 殿下のダンスの腕前は、大人顔負けなのに、どうやったらあんな残念なことになるんだろうか?

 あ。
 今、足を踏まれた。

 殿下は苦笑いで誤魔化しているけど、ちょくちょく足がぶつかっているから、それが原因でバランスが崩れるんだろう。

 殿下と踊りたいのならば、リリアーナ嬢も、せめて基本のステップくらいは、覚えて欲しいものだ。

 それに、彼女が勝手にぐいぐい引っ張るから、殿下の軸がぶれて……おっと!
 今、よく転ばずに回避したものだ。
 一曲踊るだけだと思うのだが、それが恐ろしく長く感じる。

 ヴェロニカ様が、殿下が彼女とダンスすることを、嫌がる気持ちはよく分かる。


 そのヴェロニカ様と談笑しているローズに視線を移すと、こちらは実に平和かつ優雅に会話していて、我が妹ながら大したものだ。
 このままいくと、すんなり殿下の妾に収まってしまいそうだ。

 恐縮すぎて、お兄ちゃんは胃炎を起こしそうだよ。


 その時だった。

 王族の席の方へ、騎士が続々と集まっていくのが見える。

 何かあったのだろうか?

 様子を伺っていると、集まっていた騎士たちが、四方に散っていく。
 うち一人がこちらにやって来て、ヴェロニカ様の耳元で何かしら伝えていった。


「まぁ。それはお困りでしょう。あちらで詳しく聞かせて下さいませ」


 ヴェロニカ様は、眉をひそめて立ち上がると、ジュリー副官に目配せをした。


「直ぐに戻りますわ。殿下が戻られるまで、ここを宜しくね?」

「かしこまりました」

「ローズ様、ごめんなさいね。少し外しますが、お兄様とゆっくりお話しなさっていて?」

「ありがとうございます」


 ローズは、その場で一度丁寧に笑顔で礼を述べ、立ち上がって彼女を見送るようだ。


 ヴェロニカ様が、王族の席へ向かった後、ローズは、先程よりは大分幼い笑顔で、こちらに視線を向けて来た。


「お兄様。お仕事お疲れ様です」

「あぁ。お前も」

「お父様とお母様は、聖堂側のダンスが終わったところで退出されたみたいです」

「ああ。明日忙しいらしいから」

「そのようですね」


 どこかほっとした雰囲気で話してくる妹を、可愛く思う。

 ヴェロニカ様とお話をさせて頂くなど、身に余る栄誉だが、その分気を張っていたのだろう。

 優しく微笑んで見せると、明るい笑顔が返ってきた。
 そして、何か思い立ったように人差し指を立てる。


「あ!そうだ!お兄様。今、少しだけ良ろしいですか?」

「なんだ?」

「先輩を紹介したいのですが」

「?」


 ……紹介?
 自分に?
 何故に?

 聞き返す間も無く、ローズは会場を見回すと、比較的近くで壁の花をしていたらしい聖女候補を見つけ、手招きした。

 その娘は、一瞬固まったようだが、意を決したように一つ頷いて、おずおずとこちらに近寄ってきた。

 大人しい顔立ちの小柄な少女だが、自信なさげでオドオドしていて、見ていて何となく不安な気分になる。
 

「お兄様。一年先輩のタチアナさんです。とても手先が器用で、お仕事が速いんですよ。タチアナさん、兄のオレガノです。生真面目で優しいです」
 

 何?その簡潔すぎる紹介。
 それでも、もう少し何かあるだろう?
 妹の、兄に対する評価が塩すぎて、涙が出そうなんだが?
 
 
「こ…………コンニチハ」

「あ。はい。どうも」


 恐ろしくガチガチな、何故かカタコトの挨拶を受けて、頭を下げる。

 これは一体、どう言う意味合いでの紹介なのだろうか?
 いつもお世話になっている先輩だから?

 あぁ!そうか。
 両親も帰ってしまったからな。

 では、ここは兄として、ビシッとお礼を言うべきだな。うん。


「いつも妹がお世話になっています」

「お世話だなんて!こちらこそ、ローズさんには……いつも助けていただいて」

「そんなことないですよ?タチアナさん」


 ローズの横で、何故か真っ赤になって俯いているタチアナさんは、その後も口を開閉するだけで、言葉にはならなかった。

 金魚さんかな?

 まぁ……。
 よく分からないが、これで役目は果たせただろう。

 一歩下がろうとすると、ローズがこちらに目配せをしてくる 。

 は?
 可愛いだけで、何が言いたいのか さっぱりわからん。

 眉間に皺を寄せていると、横で見ていたジュリーさんが、小さく吹き出した。

 何故?

 全員の視線がジュリーさんに向くと、彼女は気まずそうに頬を掻いた。


「あぁ~失礼。タチアナ嬢。私は、オレガノ君の上官で、ジュリーと申します。彼は、仕事面ではとても有能なんだが、どうしたことか自己評価が低くてね。まぁ、とにかく鈍感なんです」


 は?
 ……え?
 自分は何か、対応を間違えただろうか?

 でもさ。
 仕事面を評価して頂いたのは嬉しいけど、いきなり鈍感呼ばわりは、酷くないです?ジュリーさん。

 ショックを受けてジュリーさんを見ると、彼女はウィンクして悪戯っぽく微笑む。

 は?
 いや。普段そんな顔しないから、滅茶苦茶可愛くて、心臓痛くなりますけど?

 全く!
 いつもキリッとしているくせに、稀にそういうチャーミングな表情を小出しにしてくるから、多くの騎士たちが勘違いしちゃうんでしょーがっ!
 
 思わず半眼になると、ジュリーさんはころころと笑って、ローズとタチアナさんに視線を向けた。

 
「と、このように、ある程度以上に表現してみても、さっぱり意図に気付いて貰えなくて、王宮の女性職員たちが、よくハンカチを噛んでいるのを見かけます」

「そういうところ、あるんですよね」

「あの……やはり……人気があるんですね」


 ローズは、何故かうんうんと頷いて納得しており、タチアナさんは、耳を澄ましていないと聞き取れないような声で、そういった。


 人気?誰の?
 ジュリーさんのことかな?
 

「一応、親衛隊もあるくらいには、人気がありますね」

「誰の話をしているんです?」

「ほら、この鈍感さでして」

「ぇえ?」


 何か、さっきから、ジュリーさんとローズが、残念な子を見る目でこっちを見てるんだけど?


「本当に分からないのか? 君が、どういった女性が好みなのかって話をしているんだが?」

「は? 今、そんな話してなかったですよね?」


 何処か揶揄うような口調で、ジュリーさんが行ってくるから、ツッコミを入れる。

 というか、どう聞いていたら、自分の好みの女性の話に聞こえるんだ?

 それに……そんなことを、妹の前で、しかも、好みの女性本人を目の前にして、言えるわけが無いだろう?

 それなのに、ジュリーさんとローズばかりか、付近の同僚達まで、生暖かい視線を送ってくる。
 
 何故だ⁈


「オレガノ君。君のその純真さが、時折とても好ましいよ」


 小さくため息をつきながら、ジュリーさんは、自分の肩に『ぽんっ』と手を置き、くすっと笑った。

 …………。

 好まっっっ⁈⁈

 今、『好ましい』って言った?
 ジュリーさんが?
 自分を?

 いや待て!
 前回の教訓を思い出せ!
 どうせ、部下としてとか、人間として可愛げを感じる程度の意味合いに違いない。

 くそぅ。
 自分で言ってて、ちょっと傷ついちゃったじゃないか!
 

 視線を上げると、ジュリーさんが悪い顔で笑っていた。

 ほら見ろ。やっぱりだ!
 もう騙されないぞ!
 このっ小悪魔!

 あぁ、顔が熱い。

 上官と妹から、何故こんな辱めを受けなければならないんだ。

 誰か助けて?
 なんて、少しだけ泣きそうになっていたら、ダンスフロアから王子殿下が戻ってくるのが見えた。

 助かった‼︎
 




(side ローズ)


 王族席の方で、何らかのトラブルがあったらしく、ヴェロニカ様が席を外された。

 ロビーの件と言い、彼方此方でイレギュラーが起きているみたいで、少しだけ落ち着かない気分になる。


 それでも、近くにお兄様がいてくれるというだけで、かなり安心感があるんだけどね。


 エミリオ様がお戻りになったら、わたしもダンスをさせて頂けることになるのかな?
 緊張するけれど、とても光栄なことだし、それを嬉しく感じている自分がいる。

 先程助けて頂いた時は、正直きゅんきゅんしちゃったよね。

 物語の設定に振り回されていると分かっていても、ピンチの時に駆けつけてくれる王子様って、やっぱり素敵だわ!


 うわついた気持ちを落ち着けたくて、お兄様に話しかけ、そこでタチアナさんとの約束を思い出した。


 早速紹介してみたけれど、お兄様がイマイチこちらの意図を理解していない?

 いえ。
 これは、保護者の気分になってそうな感じだわ。


 タチアナさんはタチアナさんで、緊張しすぎて声も出せない様子。

 うわぁ。
 奥手同士って、こんなにも意思の疎通が難しいのね?
 会話が成立しないじゃないの……。

 お兄様に、何か気の利いたことを話してほしくて、瞬きで目配せをしてみたんだけど、不思議そうにこちらを見るだけ。

 ……全然わかってない。

 見かねたジュリーさんが会話を引き取って、話を広げようとしてくれたけど、それも効果なし。

 私、つい数ヶ月前に、お兄様から『鈍感だ』と叱られた気がするんだけど、やっぱり、人のこと言えなくないです?
 
 思わず半眼になりながら、ジュリーさんとお兄様を眺めていて、ある瞬間、ふと気付いた。

 何だかこの二人、上官と部下の割には距離が近い?

 いえ。
 エンリケ様とレンさんの触れ合いを思い出せば、あちらの方が濃かったけど、ああいった親子みたいなのとは、何となく印象が違う。

 ジュリーさんがお兄様に向ける表情は、普段のカッコいい彼女と比べて、お茶目な感じだし……あ、ほら。
 今、ジュリーさんの言葉に反応して、お兄様の頬が蒸気するのが、はっきりと分かった。


 え?えっ?
 まさか、お兄様、そうなの?

 雰囲気としては、お兄様の片思い。

 だけど、気持ちはジュリーさんに筒抜けていそうだから、彼女としても多少可愛いとか思って下さっているのかも?

 うわぁ。まずい。
 先に、お兄様に確認しておくべきだったわ。
 まぁ、素直に言ったかどうか怪しいけど。

 タチアナさんには、悪いことをしてしまった。

 心配になって彼女を見ると、頬を染めてお兄様を眺めているみたい。
 憧れって言っていたから、近くで眺めるだけで十分なのかな?

 それでも、後で謝ろう。

 反省していると、エミリオ様たちが戻ってくるのが見えた。



 
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