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第五章
そして、ロビーには何故か人集りが出来ていた ⑴
しおりを挟む聖女候補プリシラは、急ぎ足で歩いていた。
数ヶ月ぶりの両親との再会も上の空で、席を外す為に考え出した言い訳は、耳飾りの紛失だった。
王宮から用意された、高額なイヤリング故、ライアンに話すと、目論見通り探すことを提案された。
そこで、ホールの中の捜索を頼み、自らは、急ぎ控室に戻った。
無くしたと偽ったイヤリングは、現在ポーチの中に収められている。
(控室にも無ければ、一階のロビーまで見に行くのは、それほどおかしなことではないですわね)
冷静に考えつつも、通路の先に階段が見えると、自然と笑みが浮かんだ。
(もうすぐ、ジェファーソン様にお会いできるわ)
早る心を抑えきれず、駆け足になりそうになったところを、会場からやって来た御令嬢の一団に呼び止められた。
「あーら。良いところでお会いしましたわねぇ~え?プリシラ様」
数人の取り巻きを従えて、プリシラの前に立ち塞がった御令嬢たちは、文字通り広い王宮の廊下を完全に塞いでいる。
「これは、ビアンカ様。お久しぶりでございます」
(面倒な方と、お会いしてしまいましたわ)
プリシラは、胸中で唇を噛みつつも、何とか微笑みを浮かべて、丁寧に挨拶をかえした。
ビアンカは、南東の国境付近に広い領地を持つ、オークウッド辺境伯の娘。
辺境伯は、準侯爵の扱いになるため、伯爵家出身のプリシラより階級が上になる。
ビアンカは、その真っ白で肉厚な手で扇を開き、プリシラの前に進み出た。
「お急ぎのようだけど、どうなさったの? もしかして、何か……いえ、誰かをお探し?」
「ええ、その……」
「そう言えば、先ほどフランチェスコ様とお話しされていましたわね~ぇ?まさか、これから密会ですの?羨ましぃわぁ!私も一夜で良いから、ご一緒したいですわぁ」
「いえ、違います!私はイヤリングを無くして」
「ですって!聞きました?皆様」
「はい。ですが、それは口実」
「そうですわ。先程ホールの影でコソコソと」
「そうそう。そのポーチの中に」
「もっと、周囲にも気を配られては? 控室にいた時間は、探し物をするには随分短かったそうですわね?」
取り巻きの集団は、ニヤニヤと笑いながら、次々に痛いところをついてくる。
(全て見られていたというの?)
プリシラは焦る。
「私、本当に、フランチェスコ様とは何も!」
その時、階下から女性の歓声のような声が響いた。
「あらあら。どうやら、貴方のお目当ての殿方は、もうどなたかに、みつけられてしまったようね?」
「……あ」
「折角ですから、ご一緒致しましょう? 貴女の探し人が誰か見たいですわ」
踵を返して階段を降りていくビアンカに、プリシラは付き従うことしかできなかった。
ロビーでは、既に人集りが出来ていた。
話題の中心は、魔導士姿で談笑しているジェファーソンと、王女付き騎士スティーブン。
(こんなに人が。これでは、話しかけるのは、もう無理だわ)
プリシラが嘆いていると、ふくよかな体でぐいぐいと人混みに割って入りながら、ビアンカが言った。
「ね~ぇ? プリシラ様。貴女の無くした耳飾りを、私によこしなさい」
プリシラは困惑した。
「貴女の狙い、ジェファーソン様ね。身の程知らずですこと。でも、それを渡せば、話すきっかけを作ってあげますわ」
「何を仰って……」
「ジェファーソン様は難攻不落。スティーブン様は高嶺の花。でも、他ならば? 権力で押せば、今晩持ち帰れるやも。特に眼鏡の方は気弱そうだし、腰つきも好みですわ」
舌なめずりをするビアンカに、底知れぬ恐れを抱きつつも、プリシラは自分の欲望のためにイヤリングを差し出した。
◆
(side ジェフ)
休憩時間が終わったので、僕は、次の配置場所である宮殿内一階ロビーへと移動した。
既に舞踏会は始まっているようで、軽快なワルツが上階から漏れ聞こえてくる。
深呼吸して気持ちを落ち着けてから中に入り、ロビー入り口に立つ騎士に会釈すると、相手の騎士は、一瞬硬直した後、丁寧に礼を返した。
王子殿下の友人扱いで、王宮に出入りすることの多い僕だから、顔を知っている騎士も多い。
そんな僕が、突然魔導士のローブを着て、警護任務に着くのだから、騎士が驚くのも無理はない。
王宮魔導士としては、過去最年少らしいから、珍しくもあるのだろう。
……ああ、勿論気付いている。
その視線に、わずかばかり憐憫の情が入り混じっていることは。
それまで、警護される側の人間が、王宮に仕える側の職に着くということは、家の爵位を継がないことが、ほぼ確定であることを意味しているから。
ま、僕は次男だし、剣術ではなく棒術を習わされた時点で、外に出されることは理解していたから、今更落ち込んだりとかしないけど。
そもそも、僕なんかは高給取りな職業に就くだけの力が有った分、ラッキーな部類だしなぁ。
魔力が無ければ、きっと、何処かの貴族に、婿養子に出されていただろう。
それこそ、こちらの意思に関係なく。
同じ年頃で娶せて貰えれば まだマシで、階級上の未亡人に見染められると、親より上の女性との婚姻も普通に有り得た。
王宮魔導士をはじめ、騎士など、王宮に関わる仕事をしている場合、望まない縁談は、完全にとは言わないけど、比較的断りやすい。
特に、王宮魔導士は、一代限りだけど爵位を取れるから。
騎士たちの憐れみの視線をスルーして、何食わぬ顔で配置場所である、ロビー中央のガラス扉の前に立つ。
僕より後にロビーにやってきた、三名の先輩の魔導士も、それぞれの配置場所に付いた。
王宮魔導士は、同じ属性同士で組を作るので、今日のロビー警護は全員水属性。
周囲には、群青に輝く精霊が飛び回り、真夏の暑さも、かなり緩和されている気がする。
……なるほど。
それも狙いなのかもしれない。
攻撃力なら、火属性の方が需要が有りそうだけど、王宮の中に危険分子がいないことが確定しているならば、外部攻撃からの防御と言う点では、他属性が勝るかもしれない。
そして、水精霊が集まると、実際に涼しい。
室内との気温差が有れば、開け放たれた窓から風も吹き込むから、余計に涼しく感じられる。
逆に、火属性の組をロビーに配置した日には、夏は暑苦しくてかなわないだろうな。
王宮側も『魔術で氷を作ろう!』なんて事までは思いつかなくとも、多少は考えているようだ。
内心こっそり笑いつつ、周囲を見渡すと、今日舞踏会に出席している貴族の使用人と覚しき、複数の人と目が合った。
男性たちは、小さく息を呑んだ後 階段を駆け上がり、女性たちは、しばらくじっとりとこちらを眺めていたが、やがて慌ただしく動き出した。
参ったな。
嫌な予感しかしないんだけど?
今日は仕事で来ているから、いつもみたいに愛想を振り撒く必要は無いし、話しかけられても、職務中だからとスルーすることも出来る。
でも、今日の参加者は、ざっと確認した範囲で伯爵家以上。
そうなると、当然あらかた顔見知りだから、あまり蔑ろにも出来ない。
階段を上がっていった使用人たちが、更に人を呼んで戻って来て、階段下に じわじわと人だかりが出来ていく。
声をかけてくるわけでも無いから、気にしなければ良いんだけど、視線は、やはり僕に集中しているから、どうにも居心地が悪い。
「……ぅわっ」
その時、意識を向けていた方向の逆側、入り口方向から小さな声が聞こえて、視線を向けると、オレガノ様が立っていた。
王子殿下警護の交代時間かな?
笑みを作って頭を下げると、彼は姿勢を正してこちらに礼を返してくれた。
やっぱり、騎士の制服の方がお似合いだな。
こちらに来るかと思ったら、入り口の騎士に捕まったようで、言葉を交わしているようだ。
視線がたまにこちらを向くから、僕の事を聞かれているのかもしれないけど。
やれやれ。
無駄に顔が知られているのも、考えものだ。
兄がアレでなければ、僕は早い段階で社交界にデビューする必要もなく、成人後、程々に顔を出す程度で済んだのに。
嘆いてみても、どうにもならないんだけど……。
小さく息を落とした時、ざわりと肌が泡立った。
魔導士の先輩方を見ると、しっかりと視線が合う。
やはり感じとっていたらしい、他属性の精霊の気配。
こう言う時にも、同属性が集まっていると分かりやすい。
瞬時に、魔導のイメージを組み立てつつ、入り口に視線を向けると、三人の騎士が入ってきた。
先頭にいた人物を見て、気が抜けたのは言うまでもない。
「あらっ!オレガノ君?ご機嫌ようっ!」
ウィンクしながら挨拶され、オレガノ様は、タジタジと後退りながら頭を下げた。
彼、ステファニー様は、機嫌を損ねた様子もなく、オレガノ様にヒラヒラと手を振ると、今度はこちらに向かって一直線に歩み寄ってきた。
「やーんっ!想像以上に凛々しい事になってるじゃないの!ジェフっ!」
最後は駆け足になって、僕にガバッと抱きついたものだから、先程からこちらを眺めていた女性陣から、悲鳴が上がった。
「お疲れ様です。ステファニー様。ちょっと、暑いので……?」
「あら。ごめんなさい?とてもステキな仕上がりだから、思わず抱きしめちゃったわ」
悪びれずに腕を離し、にっこり微笑むステファニー様。
周りの魔導士たちも、杖を下ろして、安堵のため息をついたみたいだ。
うん。
まぁ、内訳までは知られていなくても、彼が二属性持ちだってことは、王宮の中では結構有名な話だし、王女殿下付きが悪事を働く訳がないから、ほっとしたのは分かる。
でも、僕だけは、現状の異常さに気づいていた。
だって、ステファニー様は、水と土の二属性持ちで、ロビーにいるのは全員が水属性。
それなのに、現在、四属性全てがロビーに集まってしまっているのは、明らかにおかしい。
しかも、連れている騎士のうち一人は、模擬戦で協力したユーリーさんで、彼は、ほぼ魔力を持たないはず。
すると、順当に考えて、この人が火と風の二属性持ちって事になるんだけど……?
視線の先、ステファニー様の左後方で気配を消している、顔にかかる長さの銀に近いアッシュグレーの髪と黒縁眼鏡の、やけに洗練された印象の騎士。
国家規模で見ても珍しい二属性持ちが、そう何人も騎士に配属されていては、王宮魔導士の立つ背がない。
つまり、あり得ない。
今年になって知り合った、同じ二属性持ちの人物を思い浮かべながら、まじまじと見つめると、彼は、居た堪れない様子で顔を俯けた。
うん。
黒に限りなく近い、グレーみのある深い焦茶色の瞳は特徴的だから、間違い無いだろう。
「あの。何をやってるんですか?……レンさん」
周囲にバレたら大事だろうから、一応小声で尋ねる。
でも、半眼になってしまったのは仕方がないと思う。明らかな規則違反だから。
状況からして、彼のせいで無いことくらいは、想像できるけど。
……うん。
どっちかっていうと、被害者側だろうなぁ。
彼の性格上、こういった悪ふざけを率先してやるとは考えにくいし、ウィッグや眼鏡は置いといたとしても、制服はどこから調達したんだって話だし。
「あ゛ー。負けた。本当に分かるもんなんですね」
「んふふ。ジェフは有能だもの。楽勝だったわねぇ。さぁて、何をして貰おうかしら。楽しみだわ」
ステファニー様とユーリーさんが不謹慎な会話を始め、レンさんは、小さく頭を下げた。
「騙すような真似をして、申し訳ありません」
「いや。僕は良いですが……二人に遊ばれたんですか?」
「……諸事情がございまして」
「お気の毒に」
それにしても、ユーリーさんとは最初から知り合いっぽかったけど、ステファニー様とは、どういった経緯で、こんなに親しくなったんだろうか。
レンさんて、無表情のくせに、いつの間にか人間関係を築いているから侮れない。
まぁ、普通に有能だから、それに気付いた人が寄ってくるんだろうけど。
しっかし……王国騎士の制服やアッシュブロンドもだけど、眼鏡がやたらと似合いすぎていて、笑える。
この際、ずっとかけていたらどうかな。
失礼な事をあれこれ考えていたら、ユーリーさんがこちらに声をかけてきた。
「失礼。ジェファーソン様。後学のために、教えて頂けますか?彼にも手伝ってもらって、かなり親しい人間でも分からないようにしたつもりなのですが、何処で気づきましたか?」
「いえ。僕は、人の顔は結構覚えている方ですが、見た目では、瞬時には分からなかったです。ただ、火と風の二属性持ちとなると、珍しいですから」
「へ?そういうのって、見て分かるんですか?……ん? すると、ステファニー様、ズルじゃ無いですか!」
「あら。バレちゃった」
「レン君も!先に言ってくれたら、こんなカケしなかったのに」
「すみません。お話ししようとする度、魔力で圧をかけられましたので」
「うぅわっ。ズルい」
「騙される方が悪いのよ?」
どうやら、ステファニー様は、レンさんで遊びつつ、ユーリーさんも罠に嵌めていたみたいだ。
楽しそうで結構な事だな。
凄くどうでも良い。
二つのことを同時進行で考えつつ、苦笑い。
そこで、ふと、ロビーの中に、かなりの人間が集まってしまった事に気づいた。
しかも、使用人だけではなく御令嬢まで、ちらほら見受けられる。
一様に、うっとりとした目つきで こちらを眺めているけど、見せ物じゃ無いんだけどなぁ。
まぁ、王宮に仕えている人間は、比較的整った見てくれの人が多いけど、その中でも生え抜きみたいなのが、たまたまここに集まっているから、仕方ないのかもしれないけど。
僕だけのせいじゃ無いから、ま、いいか。
何かあったら、ステファニー様に説明して貰えばいい。
彼ほど、味方につくと心強い人はいないから。
それに、こんな状況で話に入って来れるような強者は……。
などと油断していたら、何を思ったか、ご令嬢の一団が人混みから離れ、キョロキョロしながら、でも鼻息荒く、こちらに向かってくるのが目に入った。
応援ありがとうございます!
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