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第五章
あれ?誰がヒロインだったっけ?
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(side ローズ)
エミリオ様に先導して頂き、わたしはヴェロニカ様に手を引かれて、ホール脇にある休憩スペースまで移動した。
後ろからリリアさんがやってきて、ヴェロニカ様と反対側から、わたしの腕を取る。
「マリーさん。大丈夫?」
「……えぇ。なんとか?」
もう!
さっきは、しれっと避難したくせに、エミリオ様が一緒となると、ちゃっかり付いてくるんだから!
執事のハロルドさんが、侍従に席を整えさせている間、ヴェロニカ様が苦笑いで口を開いた。
「驚かせてごめんなさいね? 名前が出たから、気が付いたかしら? アレはフランチェスコ=ドウェイン。私の従弟で、ジェフの兄よ」
「はい。途中まで分からなかったのですが、ジェフ様と似た薔薇の香りがしたので、もしかして 、と」
「まぁ。流石ね。薔薇の精油はドウェイン領特産でしょう?だから、家族全員が必ず取り入れているのよ」
「そうでしたか」
「全員があの容姿だから、良い宣伝になるのよね」
「分かります」
確かに、あのルックスで、上品な薔薇の香りがしていたら、その香水に興味を持つ人もいるよね。
薔薇の香りなら、性別関係なく使えるし、憧れの方と同じ香りを纏えるなら、男女問わず買い求めたくなるのも頷ける。
もっとも、フランチェスコ様のせいで、個人的に、イランイランの香りのイメージが悪化したけど。
これは、完全にとばっちりね。
かなり甘い香りだったから、彼が付けていたのは、もしかしたら女性ものかな?
思い出して身震いしたら、それに気づいたヴェロニカ様は、困ったように眉を寄せる。
「フランチェスコは、可愛い娘をみつけると、いつもあんな調子なのよ。あの子も、ジェフくらい理性があれば、立場が全く変わっていたと思うのだけど」
「あんなのは無茶苦茶だ!許可も無くマリーに触れるなんて」
「まぁ。本当に品性が身についてきたようで、ヴェロニカは嬉しゅうございます」
整えられたソファーに腰をおろしながら、吐き捨てるエミリオ様を、ヴェロニカ様は、笑顔でちくりと刺す。
言われてみれば、エミリオ様も つい最近まで、あちこちの御令嬢にいたずらして歩いてましたっけね。
そのことを考えれば、彼は本当に短い期間で成長をとげた。
「もう絶対しないから、そろそろ許してくれ」
「信じておりますわ」
恥ずかしそうに視線を逸らすエミリオ様に、ヴェロニカ様は優しい笑みをおくる。
作中では、噛み合わない感じで描かれていたけど、所詮、ヒロイン目線だったってことかな?
わたしから見ると、この二人。
しっかりとした信頼関係で結ばれているのが分かる。
今はまだ、恋愛では無いのかもしれない。
でも、年月をかけて深い愛情を育んでいくに違いない。
少しだけ胸が痛む気がして、わたしは二人から、僅かに視線を逸らした。
ヴェロニカ様は、自然な動作でエミリオ様の横にかけ、わたしとリリアさんに、対面に座るよう促す。
「あっ!ずるい!」
衝撃発言の主は、勿論リリアさん。
いやいや。
そこに座って許されるのは、この国ではヴェロニカ様だけだからね?
苦笑いを浮かべて、リリアさんの手に触れ制止したけど、よく考えたら止まるような性格じゃなかったわ。
「私もお隣に座りたいです!」
「リリアさん!」
ダメよ!と言う前に、パッとわたしの手を振り払い、エミリオ様の横 目掛けて進もうとするリリアさん。
まってーーーっ‼︎
視界に入っていたヴェロニカ様の笑顔が、氷のように冷たくなってるから!
慌てて止めようとした時、側方から早足に歩み寄ってきた女性が、彼女の前に割って入った。
「それ以上は、ご遠慮ください」
「げっ!ジュリーさん」
流石のリリアさんも、後ずさった。
王子殿下付き騎士副官のジュリーさんだわ。
今までいらっしゃらなかったけど、晩餐会の間エミリオ様の真後ろにいらっしゃったから、舞踏会の前半は休憩だったのかもしれない。
とりあえず、良かった。
わたしは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ジュリー、もう交代か?早いな」
「いえ。私は別件で先に」
「そうか」
「はい。ですが、もうしばらくでオレガノ君も来ますよ」
そう言いながら、わたしに向けてウィンク。
ジュリーさんて、美人でカッコよくて機転が効いて、オマケにチャーミング。
憧れる!
「さて。では、こちらにおかけ下さい」
席を指定して勧められては、リリアさんもそこに座らざるを得ないみたい。
わたしもリリアさんの横にかけると、彼女は唇を噛み締めていた。
凄い。
『ぐぬぬ』って言葉が見える気がする。
「まぁ、何だ。とりあえず、マリー。アレには近寄っちゃダメだぞ?フランは危険人物だから」
「は、はい!気をつけます!」
エミリオ様に言われて、背筋が伸びた。
ジェフ様にも言われているから、気をつけないと!
「でも、丁度よかったですわね?エミリオ様。お陰で、ダンスに誘う口実が出来ましたわ」
「うっ。それは、だが、お前は……」
ヴェロニカ様の揶揄うような発言に、エミリオ様は やや焦りながら、最後は言葉を濁した。
ヴェロニカ様は、こちらにも笑みを向けて来る。
わたしは、笑みを返したあと、視線を下げた。
前回のサロンの時もそうだったけど、これ、完全に許可頂けている状態と言うことよね?
原作では、悪役令嬢であるはずのヴェロニカ様なのに、わたしへの待遇が破格すぎて、申し訳ない気すらして来るんですが?
少しくらい、イヤミを言って来ても良さそうなものなのに。
それとも、何か他に意図が?
などと、深読みをしていたら、突然会場の外から、複数の女性の悲鳴が聞こえた。
「何ごとだ?」
エミリオ様がジュリーさんを見ると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「あー。……ええ。その、下の階のロビーで、ですね? その、会に参加していた女性たちが、みつけてしまったのかと」
「何を?」
「はぁ。まぁ」
「はっきりしないな。何が有るんだ?」
眉を寄せるエミリオ様に、ジュリーさんはチラリとこちらを見た後、諦めたように口を開く。
「私が来た時、丁度配置場所に移動なさってましたので。その、ジェファーソン様が……」
「ぇ?」
わたしは思わず、小さく声を上げてしまった。
あれ?
参加しないと仰っていたけど。
「あいつは……会に出席しなくても、この騒ぎか」
「本日は、魔導士のローブをお召しになり、精悍な面持ちで警戒に当たっていらっしゃいました。周囲に、御令嬢の壁もありませんから、普段は自身の身分を気にされて近寄れない御令嬢方も、お顔を見られる機会となったのでしょう」
なるほど!
ジェフ様は、もしや今日お仕事で?
……でも、まだ学生さんよね?
「まぁ。それでは、壁が出来るのも、時間の問題かしら? 警護要員の警護が必要なんて、笑い話ね」
楽しそうにヴェロニカ様は笑う。
困惑を顔に浮かべて、リリアさんが、わたしに向かって尋ねてくる。
「あれ?ジェファーソン様って、今日来ないって」
「そうね。学生さんなのに、お仕事かしら?」
「あら、ご存じなかった?あの子、王宮魔導士の仮登録を済ませたのですって」
「そうなんですか!凄い!」
まだ、学生になって数ヶ月なのに、そんなこともあるのね。
流石は、魔力チート。
「それなら、後で挨拶に行かなきゃね?マリーさん!」
リリアさんが、意味ありげに笑いながら言ってくるので、苦笑を浮かべる。
それは……出来たら後で、ご挨拶に行きたいとは思うけど、この場でその振りは、ちょっといぢわるだわ。
「……そうね」
「別に!仕事なんだから、そんな必要は無いぞ!」
「まぁまぁ。そんなことより、ダンスの話を致しましょう?」
慌てて止めに入るエミリオ様を遮って、ヴェロニカ様が、ちょっと強引に話を戻した。
「それでしたらぁ、リリアが踊らせて頂きたいです。ねぇ?エミリオさまぁ」
俯き加減に上目遣いで、甘えた声をあげるリリアさん。
うぅわっ。あざとっ!
なんてヒロイン属性高いのかしら。
一方のエミリオ様は、狼狽えている。
「う。だが……」
「ダメですわ」
隣で微笑みを浮かべたまま、呼吸をするように拒否するヴェロニカ様。
「どうしてダメなんですかぁ? 私、悪いこと何もしてないです」
「あのみっともないダンスで?よく仰るわ。基本のステップを覚えてから、出直して下さいな」
「ひどい!私、一生懸命練習したのに!」
「私、『一生懸命やったならば、出来なくても仕方がない』という考え方が、好きになれませんの」
「そんなっ!頑張ったって出来ない人がいること、分かりもしないくせに!」
「分かりたくも無いですわね。期限迄に出来なかったのならば、大人しく壁の花でもしていれば良いのですわ」
……これこれ!
これこそ、ヒロインと悪役令嬢の会話っぽい!
って、あれれ~?
わたしの立場は?
なんだか、完全にポジション奪われてる気がするんですが?
「でも、マリーさんは、あんな事があって、精神的にかなり参っていると思うし、ダンスどころじゃないでしょう?」
「え?っぁ。それは……」
突然話を振られて、『そんなことは』と言おうとしたんだけど、睨みつけるようなリリアさんの勢いに押されて、最後は言葉を濁した。
「そうなのか?」
心配そうに覗き込んでくるエミリオ様。
困った。
返事が『はい』でも『いいえ』でも、必ず、ヴェロニカ様かリリアさん、どちらかの機嫌を損ねる。
かと言って、ただ言葉を濁せば、自分の意見を言えない残念な娘になってしまう。
返事に詰まりつつ、仕方なく口を開こうとした時、先ほどの悲鳴とは明らかに種類の異なる複数の悲鳴が、会場の外で響き渡った。
返答に困っていた わたしとしては、渡りに船だったけど、いったい何事かしら?
さっきのが、黄色い歓声の『きゃー』ならば、今回のは、明らかに濁点が入り混じった感じだったけど?
流石のジュリーさんも、眉根を寄せた。
「確認して来てくれ」
「了解」
部下の騎士が、駆け足で会場を後にする。
周囲もざわざわと騒ぎ始め、外に様子を見にいく人も多数。
こちらがメインの会場であるはずなのに、じわじわ人が減っていく。
会場入り口に視線を向けていると、ヴェロニカ様が咳払いをして、話を引き取った。
「そうね。確かに、ローズ様の体調は心配ですから、客人の気が逸れている今なら、一曲だけ踊ってらしても良いですわ」
「わかった」
答えるエミリオ様。
おそらく二人は、わたしを気遣って、代案を出して下さったんだわ。
リリアさんは、ぱぁっと顔を輝かせる。
エミリオ様は、頬を掻きながら立ち上がり、リリアさんに手を差し出した。
「一曲だけですわよ」
釘を刺す、ヴェロニカ様。
エミリオ様は、真剣な表情で頷いている。
これは、既に、完全にお尻に敷かれてますね。
苦笑いで二人を見送っていると、先程出ていったばかりの騎士さんが、もう戻って来たみたい。
はやっ!
いくら有能にしても、早すぎない?
と、思っていたら、後ろからお兄様が一緒にやって来た。
「随分早いな」
「オレガノ君が、一部始終を見ていたようで。階段のところで、人混みから抜けて来たところを拾いました」
「お疲れ様です」
ジュリーさんに向かって、ピシっとお辞儀をするお兄様。
正装できっちりしてらっしゃると、中々の美青年に見える。
お兄様は、挨拶の後、わたしが席に居ることに気づき、一瞬ゲンナリとした顔をした。
気苦労かけて、ごめんなさい。
でも、不可抗力なんです!
わたしは、小さく頭を下げた。
「それで? どうなっている」
「悲鳴の件ですね?」
ジュリーさんの声に、お兄様は視線を戻す。
「最初は、御令嬢方がジェファーソン様を遠巻きに眺めて、ざわめいている程度だったのですが、そこにスティーブン様がやって来たので、悲鳴が上がりました」
「それが一度目か?」
「はい」
「それで?」
「ええ。その、見目麗しい集団が会話を始めましたので、遠巻きに見るだけでは飽き足らなくなった御令嬢の一団が、スティーブン様に同行していた騎士の一人に、声をかけました。一番控えめな印象だったので、話しかけやすかったのでしょう」
「ふむ」
「ところが、それが運悪くスティーブン様の所有だったようで、手出し無用を宣言なさった後、その場で、その……口づけを」
「それが、二度目の悲鳴か」
お兄様は、引き攣った笑みで状況を告げ、ジュリーさんは、額を抑えた。
「ステファニー様は、いったい何を遊んでいらっしゃるのかしら。それでは、ロビーの方が、会場より賑やかになってしまうわね?」
ヴェロニカ様は、クスクスと笑っている。
え?待って?
所有って?
所有って、そういうこと⁈
ふわ~ぉ。
しかも大勢の前でなんて、スティーブン様、大胆!
「相手の子も可哀想に。青ざめてなかった?」
「恥ずかしそうに、俯いていましたが」
「あらあら。罪作りなステファニー様」
全く動じていない様子のヴェロニカ様。
同格の公爵家だし、親しくされているのかもしれない。
会場内は、ちょっとした騒ぎになっていて、落ち着かない様子。
情報収集に余念のない貴族の皆様は、其々の従者を物見にいかせ、噂好きの御令嬢方は、自ら野次馬しているようで、会場の中には半数程度しか人がいなくなっている。
そこで、エミリオ様とリリアさんが、辿々しい感じのダンスをしているから、どうにもシュールな光景だ。
でも、外の騒動に注意が向いているから、王子殿下が誰かと踊っていても、一曲だけなら周囲の興味をひかずに終われそう。
流石はヴェロニカ様。
感心のため息を落としていると、わたしの後方にターナーさんが戻って来た。
ジャンカルロさんは、ダンスホールの横。
やっぱり交代は却下されたみたい。
◆
「ラッキー! 今日はステファニーもついてないし、この隙に……。ずっと微笑みを湛えて座ってるだけなんて、退屈すぎて普通に死ねるわよねー!」
抜き足差し足……などと小さく呟きながら、少女がこっそり会場から抜け出したことに、その時、誰も気付いていなかった。
エミリオ様に先導して頂き、わたしはヴェロニカ様に手を引かれて、ホール脇にある休憩スペースまで移動した。
後ろからリリアさんがやってきて、ヴェロニカ様と反対側から、わたしの腕を取る。
「マリーさん。大丈夫?」
「……えぇ。なんとか?」
もう!
さっきは、しれっと避難したくせに、エミリオ様が一緒となると、ちゃっかり付いてくるんだから!
執事のハロルドさんが、侍従に席を整えさせている間、ヴェロニカ様が苦笑いで口を開いた。
「驚かせてごめんなさいね? 名前が出たから、気が付いたかしら? アレはフランチェスコ=ドウェイン。私の従弟で、ジェフの兄よ」
「はい。途中まで分からなかったのですが、ジェフ様と似た薔薇の香りがしたので、もしかして 、と」
「まぁ。流石ね。薔薇の精油はドウェイン領特産でしょう?だから、家族全員が必ず取り入れているのよ」
「そうでしたか」
「全員があの容姿だから、良い宣伝になるのよね」
「分かります」
確かに、あのルックスで、上品な薔薇の香りがしていたら、その香水に興味を持つ人もいるよね。
薔薇の香りなら、性別関係なく使えるし、憧れの方と同じ香りを纏えるなら、男女問わず買い求めたくなるのも頷ける。
もっとも、フランチェスコ様のせいで、個人的に、イランイランの香りのイメージが悪化したけど。
これは、完全にとばっちりね。
かなり甘い香りだったから、彼が付けていたのは、もしかしたら女性ものかな?
思い出して身震いしたら、それに気づいたヴェロニカ様は、困ったように眉を寄せる。
「フランチェスコは、可愛い娘をみつけると、いつもあんな調子なのよ。あの子も、ジェフくらい理性があれば、立場が全く変わっていたと思うのだけど」
「あんなのは無茶苦茶だ!許可も無くマリーに触れるなんて」
「まぁ。本当に品性が身についてきたようで、ヴェロニカは嬉しゅうございます」
整えられたソファーに腰をおろしながら、吐き捨てるエミリオ様を、ヴェロニカ様は、笑顔でちくりと刺す。
言われてみれば、エミリオ様も つい最近まで、あちこちの御令嬢にいたずらして歩いてましたっけね。
そのことを考えれば、彼は本当に短い期間で成長をとげた。
「もう絶対しないから、そろそろ許してくれ」
「信じておりますわ」
恥ずかしそうに視線を逸らすエミリオ様に、ヴェロニカ様は優しい笑みをおくる。
作中では、噛み合わない感じで描かれていたけど、所詮、ヒロイン目線だったってことかな?
わたしから見ると、この二人。
しっかりとした信頼関係で結ばれているのが分かる。
今はまだ、恋愛では無いのかもしれない。
でも、年月をかけて深い愛情を育んでいくに違いない。
少しだけ胸が痛む気がして、わたしは二人から、僅かに視線を逸らした。
ヴェロニカ様は、自然な動作でエミリオ様の横にかけ、わたしとリリアさんに、対面に座るよう促す。
「あっ!ずるい!」
衝撃発言の主は、勿論リリアさん。
いやいや。
そこに座って許されるのは、この国ではヴェロニカ様だけだからね?
苦笑いを浮かべて、リリアさんの手に触れ制止したけど、よく考えたら止まるような性格じゃなかったわ。
「私もお隣に座りたいです!」
「リリアさん!」
ダメよ!と言う前に、パッとわたしの手を振り払い、エミリオ様の横 目掛けて進もうとするリリアさん。
まってーーーっ‼︎
視界に入っていたヴェロニカ様の笑顔が、氷のように冷たくなってるから!
慌てて止めようとした時、側方から早足に歩み寄ってきた女性が、彼女の前に割って入った。
「それ以上は、ご遠慮ください」
「げっ!ジュリーさん」
流石のリリアさんも、後ずさった。
王子殿下付き騎士副官のジュリーさんだわ。
今までいらっしゃらなかったけど、晩餐会の間エミリオ様の真後ろにいらっしゃったから、舞踏会の前半は休憩だったのかもしれない。
とりあえず、良かった。
わたしは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ジュリー、もう交代か?早いな」
「いえ。私は別件で先に」
「そうか」
「はい。ですが、もうしばらくでオレガノ君も来ますよ」
そう言いながら、わたしに向けてウィンク。
ジュリーさんて、美人でカッコよくて機転が効いて、オマケにチャーミング。
憧れる!
「さて。では、こちらにおかけ下さい」
席を指定して勧められては、リリアさんもそこに座らざるを得ないみたい。
わたしもリリアさんの横にかけると、彼女は唇を噛み締めていた。
凄い。
『ぐぬぬ』って言葉が見える気がする。
「まぁ、何だ。とりあえず、マリー。アレには近寄っちゃダメだぞ?フランは危険人物だから」
「は、はい!気をつけます!」
エミリオ様に言われて、背筋が伸びた。
ジェフ様にも言われているから、気をつけないと!
「でも、丁度よかったですわね?エミリオ様。お陰で、ダンスに誘う口実が出来ましたわ」
「うっ。それは、だが、お前は……」
ヴェロニカ様の揶揄うような発言に、エミリオ様は やや焦りながら、最後は言葉を濁した。
ヴェロニカ様は、こちらにも笑みを向けて来る。
わたしは、笑みを返したあと、視線を下げた。
前回のサロンの時もそうだったけど、これ、完全に許可頂けている状態と言うことよね?
原作では、悪役令嬢であるはずのヴェロニカ様なのに、わたしへの待遇が破格すぎて、申し訳ない気すらして来るんですが?
少しくらい、イヤミを言って来ても良さそうなものなのに。
それとも、何か他に意図が?
などと、深読みをしていたら、突然会場の外から、複数の女性の悲鳴が聞こえた。
「何ごとだ?」
エミリオ様がジュリーさんを見ると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「あー。……ええ。その、下の階のロビーで、ですね? その、会に参加していた女性たちが、みつけてしまったのかと」
「何を?」
「はぁ。まぁ」
「はっきりしないな。何が有るんだ?」
眉を寄せるエミリオ様に、ジュリーさんはチラリとこちらを見た後、諦めたように口を開く。
「私が来た時、丁度配置場所に移動なさってましたので。その、ジェファーソン様が……」
「ぇ?」
わたしは思わず、小さく声を上げてしまった。
あれ?
参加しないと仰っていたけど。
「あいつは……会に出席しなくても、この騒ぎか」
「本日は、魔導士のローブをお召しになり、精悍な面持ちで警戒に当たっていらっしゃいました。周囲に、御令嬢の壁もありませんから、普段は自身の身分を気にされて近寄れない御令嬢方も、お顔を見られる機会となったのでしょう」
なるほど!
ジェフ様は、もしや今日お仕事で?
……でも、まだ学生さんよね?
「まぁ。それでは、壁が出来るのも、時間の問題かしら? 警護要員の警護が必要なんて、笑い話ね」
楽しそうにヴェロニカ様は笑う。
困惑を顔に浮かべて、リリアさんが、わたしに向かって尋ねてくる。
「あれ?ジェファーソン様って、今日来ないって」
「そうね。学生さんなのに、お仕事かしら?」
「あら、ご存じなかった?あの子、王宮魔導士の仮登録を済ませたのですって」
「そうなんですか!凄い!」
まだ、学生になって数ヶ月なのに、そんなこともあるのね。
流石は、魔力チート。
「それなら、後で挨拶に行かなきゃね?マリーさん!」
リリアさんが、意味ありげに笑いながら言ってくるので、苦笑を浮かべる。
それは……出来たら後で、ご挨拶に行きたいとは思うけど、この場でその振りは、ちょっといぢわるだわ。
「……そうね」
「別に!仕事なんだから、そんな必要は無いぞ!」
「まぁまぁ。そんなことより、ダンスの話を致しましょう?」
慌てて止めに入るエミリオ様を遮って、ヴェロニカ様が、ちょっと強引に話を戻した。
「それでしたらぁ、リリアが踊らせて頂きたいです。ねぇ?エミリオさまぁ」
俯き加減に上目遣いで、甘えた声をあげるリリアさん。
うぅわっ。あざとっ!
なんてヒロイン属性高いのかしら。
一方のエミリオ様は、狼狽えている。
「う。だが……」
「ダメですわ」
隣で微笑みを浮かべたまま、呼吸をするように拒否するヴェロニカ様。
「どうしてダメなんですかぁ? 私、悪いこと何もしてないです」
「あのみっともないダンスで?よく仰るわ。基本のステップを覚えてから、出直して下さいな」
「ひどい!私、一生懸命練習したのに!」
「私、『一生懸命やったならば、出来なくても仕方がない』という考え方が、好きになれませんの」
「そんなっ!頑張ったって出来ない人がいること、分かりもしないくせに!」
「分かりたくも無いですわね。期限迄に出来なかったのならば、大人しく壁の花でもしていれば良いのですわ」
……これこれ!
これこそ、ヒロインと悪役令嬢の会話っぽい!
って、あれれ~?
わたしの立場は?
なんだか、完全にポジション奪われてる気がするんですが?
「でも、マリーさんは、あんな事があって、精神的にかなり参っていると思うし、ダンスどころじゃないでしょう?」
「え?っぁ。それは……」
突然話を振られて、『そんなことは』と言おうとしたんだけど、睨みつけるようなリリアさんの勢いに押されて、最後は言葉を濁した。
「そうなのか?」
心配そうに覗き込んでくるエミリオ様。
困った。
返事が『はい』でも『いいえ』でも、必ず、ヴェロニカ様かリリアさん、どちらかの機嫌を損ねる。
かと言って、ただ言葉を濁せば、自分の意見を言えない残念な娘になってしまう。
返事に詰まりつつ、仕方なく口を開こうとした時、先ほどの悲鳴とは明らかに種類の異なる複数の悲鳴が、会場の外で響き渡った。
返答に困っていた わたしとしては、渡りに船だったけど、いったい何事かしら?
さっきのが、黄色い歓声の『きゃー』ならば、今回のは、明らかに濁点が入り混じった感じだったけど?
流石のジュリーさんも、眉根を寄せた。
「確認して来てくれ」
「了解」
部下の騎士が、駆け足で会場を後にする。
周囲もざわざわと騒ぎ始め、外に様子を見にいく人も多数。
こちらがメインの会場であるはずなのに、じわじわ人が減っていく。
会場入り口に視線を向けていると、ヴェロニカ様が咳払いをして、話を引き取った。
「そうね。確かに、ローズ様の体調は心配ですから、客人の気が逸れている今なら、一曲だけ踊ってらしても良いですわ」
「わかった」
答えるエミリオ様。
おそらく二人は、わたしを気遣って、代案を出して下さったんだわ。
リリアさんは、ぱぁっと顔を輝かせる。
エミリオ様は、頬を掻きながら立ち上がり、リリアさんに手を差し出した。
「一曲だけですわよ」
釘を刺す、ヴェロニカ様。
エミリオ様は、真剣な表情で頷いている。
これは、既に、完全にお尻に敷かれてますね。
苦笑いで二人を見送っていると、先程出ていったばかりの騎士さんが、もう戻って来たみたい。
はやっ!
いくら有能にしても、早すぎない?
と、思っていたら、後ろからお兄様が一緒にやって来た。
「随分早いな」
「オレガノ君が、一部始終を見ていたようで。階段のところで、人混みから抜けて来たところを拾いました」
「お疲れ様です」
ジュリーさんに向かって、ピシっとお辞儀をするお兄様。
正装できっちりしてらっしゃると、中々の美青年に見える。
お兄様は、挨拶の後、わたしが席に居ることに気づき、一瞬ゲンナリとした顔をした。
気苦労かけて、ごめんなさい。
でも、不可抗力なんです!
わたしは、小さく頭を下げた。
「それで? どうなっている」
「悲鳴の件ですね?」
ジュリーさんの声に、お兄様は視線を戻す。
「最初は、御令嬢方がジェファーソン様を遠巻きに眺めて、ざわめいている程度だったのですが、そこにスティーブン様がやって来たので、悲鳴が上がりました」
「それが一度目か?」
「はい」
「それで?」
「ええ。その、見目麗しい集団が会話を始めましたので、遠巻きに見るだけでは飽き足らなくなった御令嬢の一団が、スティーブン様に同行していた騎士の一人に、声をかけました。一番控えめな印象だったので、話しかけやすかったのでしょう」
「ふむ」
「ところが、それが運悪くスティーブン様の所有だったようで、手出し無用を宣言なさった後、その場で、その……口づけを」
「それが、二度目の悲鳴か」
お兄様は、引き攣った笑みで状況を告げ、ジュリーさんは、額を抑えた。
「ステファニー様は、いったい何を遊んでいらっしゃるのかしら。それでは、ロビーの方が、会場より賑やかになってしまうわね?」
ヴェロニカ様は、クスクスと笑っている。
え?待って?
所有って?
所有って、そういうこと⁈
ふわ~ぉ。
しかも大勢の前でなんて、スティーブン様、大胆!
「相手の子も可哀想に。青ざめてなかった?」
「恥ずかしそうに、俯いていましたが」
「あらあら。罪作りなステファニー様」
全く動じていない様子のヴェロニカ様。
同格の公爵家だし、親しくされているのかもしれない。
会場内は、ちょっとした騒ぎになっていて、落ち着かない様子。
情報収集に余念のない貴族の皆様は、其々の従者を物見にいかせ、噂好きの御令嬢方は、自ら野次馬しているようで、会場の中には半数程度しか人がいなくなっている。
そこで、エミリオ様とリリアさんが、辿々しい感じのダンスをしているから、どうにもシュールな光景だ。
でも、外の騒動に注意が向いているから、王子殿下が誰かと踊っていても、一曲だけなら周囲の興味をひかずに終われそう。
流石はヴェロニカ様。
感心のため息を落としていると、わたしの後方にターナーさんが戻って来た。
ジャンカルロさんは、ダンスホールの横。
やっぱり交代は却下されたみたい。
◆
「ラッキー! 今日はステファニーもついてないし、この隙に……。ずっと微笑みを湛えて座ってるだけなんて、退屈すぎて普通に死ねるわよねー!」
抜き足差し足……などと小さく呟きながら、少女がこっそり会場から抜け出したことに、その時、誰も気付いていなかった。
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「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
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◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
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