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第五章

その頃 舞踏会会場では 様々な思いが交錯していた

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(side ローズ)


 両親への挨拶が済むと、聖女候補たちは、聖女様の元へ戻ることになっている。

 王宮側のダンスが終わると、その後は聖堂側が披露する番だから。

 わたしが戻ると、既にタチアナさんが戻って来ていたので、隣に並んで微笑むと、彼女も笑みを返してくれた。
 相変わらず緊張しているようで、その笑顔は少しぎこちなかったけど、そこが彼女らしくて可愛い。


「ご両親はお元気でしたか?」

「ええ。でも、うちは平民だから、とにかく居心地が悪いみたいで。ほら、あそこの隅っこ。王宮側が気を遣ってくれて、目立たない場所を確保してくれているの」


 言われて視線を向けると、会場の奥まった場所、プランターで隠れるよう配置されたソファーに、小さくなって座っているご夫婦の姿が見えた。

 ガチガチに緊張した姿を見るにつけて、平民から突然聖女候補が出た場合、ご両親は本当に大変そうだと、しみじみ感じた。

 他にも平民出身者はいるのだけど、彼女たちは豪商の娘だから、そのご両親たちは、ある種そこいらの貴族よりも、よっぽど華やかだったりする。
 ……なんというか、成金オーラが凄い。

 だからと言ったら失礼だけど、タチアナさんのご両親を見ると、ほっとするというか。
 わたしも、どちらかと言うと、こういう煌びやかな場所は、経験が浅いから。


「優しそうなご両親ですね」

「ありがとう」

「あ、お兄様なんですが、今は休憩のようで、後半に来るようなので、その時に」

「本当に良いの?あたし、あ!私なんかじゃ……」

「こちらこそですよ? お互いに合いそうなら良いですけど、ダメな時は、わたしに遠慮せず、断って良いですからね?」

「やだ。ローズさん。いくらお兄様だからって、そんな言い方したら可哀想」


 わたしの辛口発言が面白かったのか、タチアナさんは、僅か緊張が緩んだように笑った。
 やっぱり、普段通りの方がチャーミングだわ。

 お兄様がどう思うか分からないけど、二人とも物静かだから、案外お似合いな気もするのよね。


 他の聖女候補が戻って来るのを待つ間、二人で談笑しながら、会場の中心で踊る、国王陛下と王女殿下を見ていた。
 
 それにしても、あれがクリスティアラ王女殿下かぁ。
 初めて拝見したけど、すっごい美少女だわ!

 天使?
 羽生えてないよね?

 全ての美しいものを称賛する言葉は、彼女の為に有ると言っても、言い過ぎじゃ無いレベル。
 緩くウェーブした長いブロンドに、鮮やかな深緑色の大きな瞳。
 ふっくらとしたマシュマロの頬は、ダンスのためか蒸気して、うっすらぴんくがかっている。

 前情報よりも、幾分あどけない雰囲気である所が、また、純真無垢な印象に拍車をかけていた。

 エミリオ様も、もちろん美少年でいらっしゃるから、二人で並んでいたりしたら!

 ~~~!!!

 想像するだけで天使すぎる!

 更に、ヴェロニカ様とトリプルになった日には……最早、尊みの極み。
 眼福すぎて、その場で昇天するんじゃ無いかな?
 流石は……


「それでは、聖堂の皆様」


 司会進行のアナウンスで、わたしの思考は、打ち切られた。

 聖女様が、エンリケ様のエスコートで会場中央へ向かったので、わたしも隣にやって来たターナーさんの手を取る。

 そう。
 婚約者がいない場合は、お付きの聖騎士さんと踊るのだ。

 聖女様を中心に、四方に展開して社交ダンスをする訳なんだけど、ターナーさんと組むのは今日が初めてなので、うまく踊れるか少し不安。
 でも、そんなことも言ってられないのが社交界。
 舞踏会では、くるくる踊る相手が変わるわけだから、男性のリードに従って、失礼の無いように!


 なーんて、最初は純粋に考えていたんだけど、配置場所に付きダンスを始めた わたしは、早々に逃げ出したくなっていた。

 こんなこと言ったら駄目なんだけど。
 いけないのは分かっているのだけど、何か……なんか、目つきがイヤらしいんですが?

 え?
 お酒入ってます?
 それとも、普段からこういう人なのかな?

 普通、ダンスをする時って、男性の視線は、女性の顔か進行方向に向けられると思っていたんだけど、ターナーさん、さっきから胸元しか見てないんですけど?
 顔には、全然興味無いですか?そうですか。

 しかも、なんか目?充血しているし、手は汗でじっとりしているし、その上、鼻息が!
 っていうか、何でそんなに前のめりなんです⁈

 こわい。
 怖すぎる!

 早くっ!早く終わって!

 最後のターンでお辞儀をして、曲が終わって安堵したところ、スッと腰に手が回ってきて、全身に鳥肌が立った。

 何、この無駄に手慣れてる感……‼︎

 動きは緩慢でだらしない感じなのに、エスコートだけは完璧ですか?
 流石は貴族出身、とか言うべきなのかな?

 でもね?
 その触り方が、またイヤらしい。
 その、さすり上げるような触り方、本当にやめてくれないかしら。

 所定の位置に戻ったところで、大きく一歩前進。
 ターナーさんの手から逃れ、回れ右をして、小さくお辞儀。
 もう、腰には触らせないんだから!

 ターナーさんは、ニヤニヤしながら、困ったように後頭部を掻いている。

 そこに、リリアさんとジャンカルロさんのペアが、丁度戻ってきた。


「何ですか、あのダンスは!カリキュラムに組まれていた筈なのに、全く練習をなさらなかったので?」

「はぁぁ? アナタのエスコートがヘタなんでしょ?」

「何を無礼な。これでも、領地では三本の指に……」

「はいはい。田舎貴族の爵位継承権もない聖騎士じゃ、私の相手なんて無理ってことよ」

「そういうことは、基本のステップくらいキチンと覚えてから言ってください」

「うるさいなぁ。マリーさん。護衛代わってよ。コイツ、ちょーうざっ」


 こっちはこっちで、大変そうだわ。
 二人とも、完全に目がつり上がっている。
 とりあえず、この場は落ち着けないと。
 わたしは、引き攣り笑いで、返事を返す。


「リリアさん。そんな言い方良くないわ。ジャンカルロさんは、年上だし」

「関係ないよ。私、こういう、優しさのカケラもない顔だけ男、大っ嫌い!早くエミリオ様と踊りたい!」


 聖堂の女性職員に絶大な人気を誇る、ジャンカルロさんに対して、この暴言。
 リリアさんは、本当に大物だわ。
 
 一方のジャンカルロさんは、いよいよ額に青筋を立てている。


「またそんなことを言って……!王子殿下のお誘いもなく、ダンスすることは叶いませんと、先ほどから……」

「いいの~!可愛くお願いすれば、エミリオ様は踊ってくれるもん!」

「ですから」

「うるさ~い!あーあーあー!何にも聞こえないんだからぁっ!」


 耳を塞いでそっぽを向く、リリアさん。
 ジャンカルロさんは、眉間を抑える。
 
 うわぁ。
 これは流石に、ジャンカルロさんが気の毒かしら。


「僕の方こそ、代わってほしいくらいだ」


 横を向き、小さく吐き捨てるのを聞いて、わたしも『出来たらそうして欲しい』と、心中で同意する。
 既に決まっていることだから、そう簡単には覆らないと思うけど。


「初めて気が合ったじゃん。代えてもらうように、あの偉い人に頼んできてよ。私たち、ここで大人しく待ってるから」


 ジャンカルロさんが、ターナーさんに視線を向けると、彼は わたしとリリアさんのお胸を交互に確認した後に、首を傾げて苦笑した。


「ま、僕は構わないけどねぇ。多分駄目って言うと思うけど、一応聞いてみる?」


 ちょっと。
 どうでも良いけど、人を胸で認識するの、やめてくれます?


「それじゃ、確認してきます」


 ジャンカルロさんとターナーさんは、二人で連れ立って、ライアンさんの元へ向かうみたい。


「あー。も、ホント最悪だった。今日は、そんなにガッチリ護衛しないんでしょ?ほっとけってーの!」


 放っておくと、エミリオ様に突進しそうな雰囲気だから、心配しているんだと思う……。 

 苦笑いを浮かべて、話を変えた。


「うーん。でも、ここだけの話、ターナーさんも微妙よ? 多分彼、人を胸で認識しているもの」

「げっ!なにそれ」

「今まで一度も目が合わないの」

「早く言ってよ!もーっ!聖騎士、碌な奴がいないなぁ」

「ジャンカルロさんは、まともだと思うけど」

「嫌よ。ちくちくねちねち、小姑かぁ!って感じ」

「心配してくれているのよ」

「余計なお世話ぁ!」


 あらら。
 ご機嫌ななめね。
 下手なことを言うと、余計煽ってしまいそうだから、どう言って諭そうかしら。

 微苦笑で考えていると、


「やっと見つけたよ。ぼくのハートに火をつけた、真っ赤な薔薇。君だ、レディ」


 唐突に、目の前に真紅の薔薇が一輪現れた。

 わたしとリリアさんは、顔を見合わせて、ほぼ同時に後ずさる。

 片膝をついて、薔薇を差し出していたのは、さきほどプリシラさんにちょっかいをかけていた、あの銀髪美顔の青年だった。

 彼は、スッと立ち上がると、わたしの前に一歩前進。
 固まっているわたしの頬に、そっと触れた。

 ぎぁぁっっ‼︎‼︎

 ちょっ何?
 何して下さってるの?

 人間て、恐怖を感じた時、急に叫べないって本当だわ。
 喉がひくついて、うまく声が出せないでいると、横で呆然としていたリリアさんは、そそくさと距離をとって、近くにあったチェアに座ってしまった。

 待ってー(泣)!

 若干涙目になって、ライアンさんの元にいるターナーさんを見たら、目が合ったのに視線を逸らされた。

 ねぇ……護衛する気ないの?


「さっきは、ごめんね? 折角声をかけてくれたのに、プリシラ嬢が離してくれなくて」


 はぁ?
 この人、何を言ってるのかしら。
 どう聞いていても、プリシラさんは嫌がっていたし、離さなかったのは、この人の方でしょ?

 イラッとしたら、何となく落ち着いてきた。


「この手を、退けて下さい」

「何故?」

「今日初めてお会いした方に、突然このようなことをされては、困ります」

「困った顔も美しいね。レディ」

、手を離して下さい」

「そんな可愛い顔で言われても、誘っているようにしか見えないよ」


 こんのぉっ!
 顔が良くて爵位が高ければ、何をしても許されると思わないでよね!
 
 鋭く睨みつけると、彼は苦笑いで手を引いた。
 ほっとして息を落とすと、今度はするりと腰に手が回って来る。


 ぎゃぁぁぁっっ‼︎


 わたしは心中で絶叫した。
 その場で声を上げなかった、自分を褒めたいわ。

 背筋を指でなぞるように、いやらしい手つきでさすりあげられて、全身の毛が逆立った。

 このっ!
 今日はこんなのばっかりだわ!

 
「ねぇ。君は侯爵夫人に興味はない?」


 耳元で甘えるように囁く声に、鳥肌が増す。


「無いです」

「おや? 言い方が遠回しすぎたかな? それなら単刀直入に言うけど、僕の家にお嫁に来てよ」

「嫌です」

「どうして?気持ち良いこと、いっぱいしてあげるよ?」

「離して」


 イライラと、小声でかえし、腕から逃れようとすると、ガッチリ押さえ込まれてしまった。
 何なの?この人!
 いくら何でも、やりすぎじゃない?

 その時、キツい香水の香りに、何処か既視感を覚えた。
 
 あれ?
 この香り……。

 晩餐会からつけていたとしても、ミドルノートよね?
 匂いが強すぎて、鼻がおかしくなりそうだけど、イランイランかしら?それと一緒に、微かに薔薇が香って……。

 似ている……。
 ジェフ様の香りに!

 もっともジェフ様は、微かに香る程度の付け方だし、調香も多少違うと思う。
 そこに体臭も混じるから、人によって香りは変わるけど、それでもかなり近い感じだわ。
 すると、この人はまさか!

 顔を見上げて確信した。

 なるほど。
 髪や目の色が違うから気づかなかったけど、いつもジェフ様がする作り笑いに似た微笑。
 まぁ、そこに隠しきれないイヤラシさみたいなのが、プラスされてるけど。

 最悪だ。

 ジェフ様から気をつけるように言われたのに、プリシラさんを助ける為とは言え、自分から声をかけてしまうなんて……。

 逃れようと体をよじると、笑いながら、今度は別のことを囁いてくる。


「それでは、こういうのはどうかな。聖女に選ばれるのは、どういう人間なのか、知りたくない?」

「は?」

「君は聖女になりたいんでしょ?」


 なりたいって言って、なれるものじゃないでしょう?
 それとも、何かはっきりとした定義が?

 って!
 一瞬固まっていたら、しっかり抱き込まれてしまった。
 
 わたしのバカ!
 詐欺師の甘言に、引っかかっているんじゃ無いわよ!


「離して下さいっ!」


 胸を押して逃れようとしていたところに、別方向から伸びて来た手が、わたしの肩を抱いて引き寄せた。

 はわわ?
 今度は何?


「おい。嫌がっているだろう? その手を離せ」


 耳元で響く少年の声に、心臓が早鐘を打つ。

 この香り、覚えている。
 ホワイトムスクにサンダルウッド、そして遠くに柑橘系。


「マリー、何をしている。俺と最初に踊る約束だっただろう?」


 視線を向けると、傍若無人な明るい笑顔。
 安心しすぎて、力が抜けたと同時に、涙腺が緩んでしまった。


「あ、おい。大丈夫か?あのなぁ、フラン。全員がお前のこと良いと思うわけじゃ無いんだぞ?あっち行け!」


 わたしを、ジェフ様のお兄様ことフランチェスコ様から引き離し、うしろに隠した後、エミリオ様は、しっしっと手を振る。


「これは王子殿下。お久しゅうございます」

「ああ。相変わらずのようだが、程々にしろ」

「おや。随分ご立派になられて」

「うるさい」


 幾つか言葉を交わすと、フランチェスコ様は、卑屈な笑みを浮かべて退散していった。


「大丈夫? 怖かったでしょう?出来るだけ急いで来たのだけど」


 横に並んで背中を撫で、優しい声をかけて下さったのは、ヴェロニカ様だった。


「いえ。有難うございました!」


 震える声で頭を下げる私に、二人は優しく微笑んで下さった。


「先に少し、お話を致しましょう?」


 ヴェロニカ様の提案で移動しようとしたら、見ていたリリアさんがついて来た。

 もう!
 ちゃっかりしているんだから!





 立ち去るわたしたちを、見送る影一つ。


「ま、今は見逃してあげるよ。今だけはね?」


 ぼそりと呟いたフランチェスコ様が、あの人とアイコンタクトを取ったことに、わたしは気付かなかった。
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