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第五章

レン コスプレをする

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(sideレン)


 ギリギリと、胸元を締めあげて来る王国騎士。

 上半身が、かなり鍛えられていたから、自分より大きいと錯覚したが、実際近くで見ると、思ったほどの身長差は無いようだ。
 体重も、さほど変わらないのか、体が浮いてしまうことも無かった。

 彼は、私を鋭い目つきで睨みつけると、口を開く。


「伯爵家のバザード様が、直々にお伺いになってんだ。さっさと答えろ! それともハイとイイエの二択すら、選択できないほど阿呆なのか?」


 なるほど。

 どうやら彼らは、貴族階級出身の騎士のようだが、何か恨みを買うような事をしただろうか?
 顔に見覚えがないから、面識は無いはず。彼らの発言からしても、それは間違いないだろう。


「どうなんだ?怖くて口も聞けないか?」

「腰でも抜かしたか?」
 
「まぁまぁ。僕の調べた情報によると、聖女様付き、黒い髪、痩せた体。庶民出身だから、今日は王宮に入れないし、普段は雑用係で、聖女様付き聖騎士の馬に何かあれば、恐らく手当てにやって来る。ドンピシャでしょう?」

「守備よくいったな」


 嘲るようにニヤニヤ笑う騎士たち。
 うち一人の手には、私に見せつける為にわざわざ取り出したらしい、小ぶりのスリングショットが握られている。

 では、私をおびき出すために、故意に馬に傷を負わせたのか?


「厩務担当官を脅して、ここに馬を配置させた、私めの功績もお忘れなく。狭い場所では、面白く無いですからね」

「うむ」


 ふんぞりかえって、横柄に頷く騎士。
 では、あれが、バザード様とやらか。

 それで、担当官も含め、全ての厩務員が休憩になっていたのか。
 担当官の人柄を考えれば、簡単に人をおとしいれるような人では無い。
 相当酷い方法で、言うことを聞かせられたに違いない。

 ざわりと……憤怒から、全身がそそけ立ったが、腹に力を入れて堪えた。

 理由は不明だが、彼らの目的は、集団で私に暴行を加えることで、間違いないだろう。


「馬鹿な貴様には、状況が理解できないかな? よろしい。僕が、親切にも説明してやろう」

「さすがはバザード様!お優しい」

「うむ。つまりは、貴様は模擬戦で、忌々しい新参男爵家のオレガノに勝った。よって、僕らが君に勝てば、僕はオレガノより強いと、こうなる。まぁ、学のない庶民の悪い頭じゃ、理解できんだろうが」


 あまりの暴論に唖然とした。

 まさか、三段論法のつもりなのか?
 まず、規則に則った模擬戦での一対一の試合と、多勢に無勢かつ、こちらは反撃を許されない状況での暴行を、同列にする思考回路が理解できない。

 そう。
 この場合、こちらからは反撃できない。
 やり返そうものなら、全員で口裏を合わせて、こちらから手を出した事にされるだろう。

 この場に、無実を証明してくれる人が存在しない自分の人望の無さと、聖堂以外の場で勝手に動いた、自分の浅はかさに落胆する。


「そういうことだから、大人しくやられたまえ。ああ、お前たち。見える部分には怪我をさせるなよ?」

「りょーかいっ!」


 返事と共に、胸ぐらを掴んでいた騎士の拳が腹部めがけて繰り出された。
 
 こうなっては、私に出来ることは限られる。
 攻撃の軌道や速度から、衝撃の位置を想定して受身をとり、かつ、効いているように見える演技をする他ない。
 内臓の損傷や、骨折を可能な限り避けなければ、帰りに馬に乗ることも難しくなる。
 あとは、彼らが早々に飽きて、この場を立ち去ってくれるよう祈るばかりだ。

 自ら背中をまるめて、襲い来る腹部への衝撃を軽減し、地面に膝を着き屈み込むと、髪を掴んで顔を上げられた。

 その時、僅かに感じた、息を殺して隠れたらしい人の気配。
 誰かが、奥手にある厩舎の影から、こちらの様子を伺っている。

 一瞬だけ視線を向けると、ライアンさんの組のパトリックさんと、ユーリーさんのようだ。

 不自然な組み合わせに首を傾げるが、何故その組み合わせになったのかは、直ぐに理解が追いついた。

 恐らく、ユーリーさんが、私に会いに、聖騎士の待合へ訪ねてくれたのだろう。

 今日、王宮の待合で待機している聖騎士は、殆ど貴族出身の特別枠であり、その中で、私の行動パターンに見当がつきそうなのは、唯一正職員のパトリックさんくらいだ。
 彼は今日、王宮内の警護に付く予定だったのだが、数日前に突如やる気をみせた、伯爵家のターナーさんに、その席を譲っていた。


 二人は、私が気付いたことを察したようで、こちらに来ようと、足を踏み出した。


「来るな!」


 短く言葉を発すると、二人は再び厩舎の影に身を隠す。

 探しだしてくれた。
 助けようとしてくれた。
 それだけで、胸がじんわりと温かくなる。

 だからこそ、二人を巻き込むわけにはいかない。

 相手は、伯爵家の子息と、そのお仲間だ。
 階級下が何人出てきたところで、私の二の舞になるだけだろう。
 それどころか、暴行を受けるだけでは済まず、最悪何らかの方法で、周囲を巻き込み、脅しをかけられるかもしれない。
 
 幸い、まだ二人は顔を見られていない。
 この場は、私などに構わず逃げるのが最善だ。
 二人の気配が、その場から消えた事に安堵していると、靴先で顎を持ち上げられた

 
「誰かいたか?」

「さて? 誰かが来たと見せかけて、僕たちが退散するのを狙ったのでは?」

「何だ。とんだ小物ではないか。これに負けたというのだから、オレガノ殿も、存外大したこと無いのだろうな」

「さてねぇ。相手が汚い手を使ったのだと言っていた者もいましたけど?」


 そのままの体制で胸を蹴られて、一瞬呼吸が止まった。


 そこからは、四方から襲い来る暴力に、ひたすら耐えるだけだった。

 助かったのは、頭部への攻撃が一切無いこと。お陰で脳震盪のうしんとうを起こさず済む。
 相手の動きは見切れているから、ダメージは最小限で済んでいた。

 そして数十分後、唐突に攻撃が止んだ。

 地面に倒れた姿勢で片目を薄く開き、様子を伺うと、全員が肩で息をしている。

 お疲れのようなので、このまま気絶した振りでもしていようか、などと考えていたら、上から水を浴びせられた。


「何をしているんです? 折角見えるところは外していたのに、それじゃぁバレバレだ」

「わりぃ。呑気に気絶なんざしてやがるから、イラついた」


 冷静な取り巻きが、最初から沸点の低い仲間を罵っているのを聞き、全くその通りだと心中で同意する。
 どう言い訳しても、この快晴の中、全身ずぶ濡れは異常事態だ。


「済んでしまったことは仕方ない。我々のせいで無いことにすれば良いのだから……」

「そうか。いっそ裸に剥いて、その辺に転がしておけばどうだ? 丁度知り合いに、盛りのついた、雑食が何人かいる」

「なるほど。後でそれらに、この場所をこっそり耳打ちすれば良い」

「こんなのに食指が動くのか?」

「穴があれば、問題ないそうだ」

「何とも下衆だ」


 愉快そうに笑う声に、頭がすっと冷えていく。


 そこまでするのか……。

 嘆かわしい。
 貴族階級とは名ばかりの、何とも下碑タ集団だ。
 こんなモノが、この国の貴族階級……?


 もう、コロして良いんじゃナいか?
 こんなモノたち、生きていても、害悪にしかなラない。


 懐かしい……ずっと殺してきた感情が、じわじわと体の中心を占めていくのを感じた。

 目の前が、真っ赤に染まった錯覚に陥る。


 後始末は、どうスる?

 野晒しで構わない。
 一度手を染めて仕舞えば、もう、元には戻れないだろうから、どうでも良い。
 

 騎士ニ見つかる。

 行方を眩ませばいい。
 海を渡り、運良く辿り着ければ、公爵の末子、白銀の彼の方に助力する。

 十年前ノ計画通りニ動けばいい。
 それで死んだら死んだ時。


 笑いを浮かべたままの騎士の手が、私の制服の詰襟に伸びる。
 
 ……サて、どうやって息の根を止めてヤろうカ?


「あーら。楽しそうね? もしかして、服を脱がせるつもりなの?」


 そこに割り込んで来た、気の抜けた声に、一気に現実に引き戻される。

 心臓が大きく脈打った。
 どうやら呼吸が止まってようだ。
 突然再開した呼吸にむせ、息苦しさに胸を押さえて喘いでいると、声の人物、スティーブン様は、私の前に膝をつく。
 逆に、私の服に手をかけていた騎士は、のけぞって飛び退すさった。

 スティーブン様は、目を細めながら私の詰襟を開くと、片手で器用に裏ボタンを取り外し、別のものに付け替えた。
 そこには、梟をモチーフにした紋章。
 ……バーニア家の紋章だ。


「危なかったわねぇ?貴方達。肌を見ていたら、お尻の穴の毛までむしり取っていたところよ?この子、私の所有物だから」


 そう言いながら、私の襟元を開いて、今付け替えたばかりの紋章を、集団に見せつける。
 

「まさか……いや、そう言えば、ここのところ聖堂に出入りしていると……。そうでしたか。知らぬこととは言え、御無礼を」

「良いのよ?お陰で、きっと、もっと燃えあがっちゃうわ。彼も私に惚れ直しただろうし。ねぇ?この前の晩の、熱いキスの続きをしましょう」


 冗談めかしてウィンクしてくるスティーブン様に、返事を返すことは出来なかった。
 上手く呼吸が出来ず、その場でうずくまると、彼の固い手が、ゆっくりと背中を撫でてくれる。


 危なかった。
 あと一歩遅ければ、完全に飲み込まれていたところだった。

 ……不甲斐ない。
 あの程度の事で、簡単に我を忘れるなど、あってはならない事だ。

 全ての貴族がああでは無いと、分かっているはずなのに、衝動がまさってしまった。
 今まで支えてくれた人、信用してくれた人たちを、全て裏切るところだった。

 英雄のご子息オレガノ様との模擬戦のあたりから、何故か精神状態が不安定だ。
 自制心リミッターが弛んでいる。
 もっと気を引き締めなければ、簡単に選択を誤ってしまうかもしれない。
 これに関しては、何らか対策を考えるべきだろう。

 
 それにしても、まさかスティーブン様に、二重の意味で救われることになろうとは……。
 仰ぎみると、彼は優美に微笑んでいる。


「ところで、バザードって貴方でしょ? うちの従兄弟と知り合いなのかしら?さっきフランが探していたけど、何か約束だった?」

「ええ。遊び仲間です。今日は舞踏会後半から、個人的に護衛を依頼されましてね。予定より随分早いようですが」

「そう。ま、約束なら行ってあげて頂戴」

「かしこまりました。おい。行くぞ」


 一礼の元、騎士たちは小走りで立ち去っていく。
 その姿が見えなくなった頃、厩舎の影からユーリーさんとパトリックさんが、こちらに駆けて来た。
 

「大丈夫か?すまなかった」
 

 いつも眠そうにしているパトリックさんが、珍しく鎮痛な面持ちで、背中をさすってくれる。


「貴方が気にする事じゃ無いわ。ユーリーと一緒に私を見つけて、助けを求めた。この子にとっては、それだけで十分助かった筈よ。それに寧ろ、命拾いしたのは彼方さんじゃ無いかしら?」


 こちらに向けられた視線から、私は目を逸らす。
 彼ならば、あの時私の気配が変わったことくらい、お見通しだろう。


「さて。見たところ、大した怪我は無さそうだけど、服はそのままってわけにはいかないわねぇ。帰るまでには、乾かさないと。ま、その辺は、私の従者にやらせるとして……ねぇ、ユーリー?彼のサイズの制服は、用意できる?」

「おまかせを……王国騎士の制服でよろしいのですか?」

「ええ。だって、こんな日に城壁内を私服でふらふらしてたら、完全に不審者だし?聖騎士の制服は、こちらでは用意出来ない。うちの騎士の不手際で申し訳ないけど、聖女様付き聖騎士を現役の騎士がボコったなんて、大問題になるから、公にはできない。待合には帰せないわ」

「なるほど」

「だったら、こっちの制服を着てもらって、制服が乾くまで、私の近くに置いておくのが一番良いと思うの。そちらの聖騎士さんには、上手く口裏を合わせてもらわないとだけど」

「勿論です。待合にいても、どうせ聖騎士狙いの侍女たちとの、爛れたお茶会が開催されているだけですから。寧ろ彼は、出ていた方が良い」

 
 パトリックさんの言葉に、ユーリーさんは合点がいったように頷いた。


「あぁそれで、貴方は外で昼寝を?」

「ええまぁ。私には、永遠を誓った相手がいますのでね」

「そうでしたか」

「オーケー。それじゃ、そちらは貴方にお任せして、この子は一度私の部屋に連れ帰るわね。……いやだ、そんな嫌そうな顔しないでよ。シラフなんだから、何もしやしないわよ」


 呼吸が落ち着いて来たので、眉間に寄っていたらしい皺に指で触れつつ、立ち上がろうとすると、ヒョイと小脇に抱えられてしまった。
 

「歩けます」

「良いから良いから。怪我人は良い子に担がれてなさい」


 子どものような扱いに、顔が熱くなったが、彼は下ろすつもりは無いようだ。

 しかし、決して軽い部類ではない成人男性を、片腕で軽々抱えるとは、パワフルな方だ。
 その上、恐らく抑えた状態の二属性魔力持ちで、あの闘気。
 王国最強は、過言では無いだろう。


 そのまま、騎士寮の一角にある、明らかに他の寮と異なる、高級な建物まで運ばれると、風呂場に放り込まれた。


 曰く、『風邪をひかせるわけには、いかない』とのこと。

 有り難くお湯を借り、脱衣場に出た頃には、王国騎士の制服が一式用意されていた。

 着慣れないが、動きやすそうなそれを身につけ、脱衣所を出る。


「あら、意外と似合う~!」

「そうですね」


 ご満悦のスティーブン様に、ユーリーさんは苦笑いだ。


「でも、やっぱり黒髪はねぇ?」

「そうですね」


 二人で何やら相談しながら、頭にカツラをのせられた。


「目は隠せませんが、眼鏡をかければ?」

「あら、良いじゃない」


 焦茶の目など何処にでも有るだろうに……完全に遊ばれている。


「さて、それじゃ行きましょうか?」


 首を傾げると、スティーブン様は柔らかく笑った。


「馬の怪我を治すんだったのでしょう?」


 どうやら二人は、私の仕事に付き合ってくれるつもりのようだ。
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