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第五章
一方 王宮内、会場の外では
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聖女様の盛大なパレードが王宮に到着すると、ガーデンでドリンクを片手に見物していた晩餐会の参加者たちは、宮殿の中へと移動していった。
それを横目に見ながら、僕も移動するべく、最初の配置場所の四阿に置かれた椅子から、立ち上がった。
毎年、この『聖女様を招いての晩餐会』に招かれることが無かったから、これほど大きなイベントとは知らなかった。
招待された貴族も、錚々たる顔ぶれだ。
王族と血の繋がりがある上位ニ階級の公爵侯爵家から、事実上の侯爵と呼び名される辺境伯まで、この国の広い範囲を治める領主と、その子女らが、軒並み顔を揃えている。
ここに、三大公爵家に名を連ねるバーニア公爵家がいないというのは、やっぱり異常に思えた。
「お仕事大変だねぇ。それじゃ、僕たちの護衛、しっかり頼むよ? 新米王宮魔導士君?」
わざわざ近寄ってきて、肩に手をかけながら、嫌味な口調で言ってきたのは、父違いの兄である、フランチェスコだ。
普段は、お互いにあまり近寄らない。
理由は簡単。
仲が良くないからだ。
訳あって、同じ社交の場に出席することが多いけど、会場内で口をきくことは、殆ど無い。
もしそれが有るとすれば、兄が社交慣れしていない御令嬢を、会場から連れ出した後くらいだ。
最近では、すっかり悪い噂が広がっていて、彼の周囲に群がっているのは、男女とも性に奔放な者ばかり。
そういうのまで、いちいち止める義理も無いから、成人した今年からは、参加する社交の場も、ある程度変えてしまおうかと検討中だ。
先日、それを母にやんわりと話したら、もの凄く不安そうな顔をされてしまったけど。
さて。
それで、今回、彼は招待客であり、僕は王宮仕えの仕事。
物凄く不本意だけど、これが生まれた順番の差だから、僕にはどうすることも出来ない。
僕が成人して、兄との階級の差がハッキリしたところで、ご丁寧にマウントを取りに来たわけだ。
ホント、イイ性格だよ。
「ええ。ですから、兄さんは余計なことをなさらずに、どうぞお行儀良くなさって下さいね?」
「仕える者の分際で、生意気な奴だな」
「僕が仕えているのは、王族ですよ?ご存じなかったんですか?」
「ちっ。でかい口を叩けるのも、今のうちだ。せいぜい吠え面かくがいいさ」
「やれやれ。品のないことですね?」
舌打ちをしながら吐き捨てる兄に、冷めた目で微笑んで見せると、彼は近くの椅子を蹴り飛ばし、踵を返す。
「覚えてろよ!」
捨て台詞が、完全に三流悪役のそれなんだけど?
半眼で見送りつつ、僕も次の配置場所へ移動を始めた。
それにしても、あの様子。
絶対何か、良からぬことを企んでいる。
あの人、努力は嫌いだけど、そこそこ頭は回るから厄介なんだよな。
『ただの阿呆』である点で、まだダミアン様の方が、可愛げがある気がする。
不安が首をもたげて来て、小さくため息をついた。
その時丁度、聖女様の馬車が正門を通過した。
ゆっくりと、歩くほどの速度で、宮殿の入り口へ向かう馬車。
そこでは、国王陛下夫妻が出迎えている。
先日、お目にかかったけど、やはり『聖女』という存在は、凄まじい。
聖女様は、宰相であり国王の弟であるミュラーソン公爵のエスコートで、国王陛下と正妃様の前に立つと、お互いに挨拶を交わしている。
その後方に、静々と、聖女候補たちが並ぶのが見えた。
一際目を引く、赤い髪。
今日は、随分と大人っぽい印象に見える。
背筋を伸ばして凛と立つ姿に、視線が釘付けになった。
あぁ。
綺麗だな。
これ以上、近付くことも出来ないなんて、何の嫌がらせなのか。
純白のドレスに身を包み、王宮の入り口へと進んでいく彼女を見て、胸が苦しくなる。
その空間に満ちているのは、息苦しいほどの神聖な気配で、何故か僕は、そこから排除されたように感じた。
遠いな……。
小さく息を落として、僕は周囲の警戒に意識を戻す。
今、僕に出来ることは、この場を守ることだけだけど、それがローズちゃんを守ることに繋がるのならば、手は抜けない。
中のことは、ひたすらに心配だけど、本人にも話してあるし、エミリオ殿下やオレガノ様も、目を光らせてくれるはずだ。
そもそも、護衛の聖騎士だって、ついているんだから。
そう思って、もう一度視線を送り、ローズちゃんの後ろに一定間隔でついている聖騎士を見た。
…………あれ?
後ろ姿だから、ハッキリとは言えないけど、彼、以前どこかで見たかな?
何となく引っかかりを感じて、再度見直すけど、思い出せない。
聖堂?
模擬戦の時だろうか?
いや、違う。
あの時会場にいた聖騎士の顔は、あらかた覚えている。
すると、貴族かな?
王宮に出入りできる聖騎士なのだから、貴族出身者かもしれない。
でも、一度でも話したことが有れば覚えているから、見たことがある程度なのだろう。
見るからに、何ともしまりのない歩き方だ。
もっと他に、適任者はいなかったのか?
そこまで考えて、妙に腑に落ちた。
あぁ。
あれが、所謂、聖騎士のイメージを下げる、貴族出身組か。
王国騎士たちが、聖騎士を馬鹿にする要因の一つだ。
『高位の貴族出身で、聖騎士団にコネ入団した者の中には、プライドばかりやたら高くて、自分を売り込む機会以外は、仕事も放ったらかしの者もいる』というのは、巷でよく聞く話だ。
もちろん、それはあくまで一部で、まともに研鑽に励む貴族出身者が多いことも、前回の模擬戦で理解したつもりだけど。
例えば、オースティン子爵令息などは、頑張っている部類だろう。
しかし、実際にそれを目の当たりにすると、何とまぁ、酷いことか。
王宮に出入りするのに、あんなのが混じっていれば、確かに蔑みたくもなる。
王国騎士にも色々いるけど、王宮に仕えているような人たちは、家柄も良く、才能溢れる人間が多いから。
参ったな。
不安要素が増えてしまった。
こういう時こそ、レンさんあたりがついていてくれると、安心感が半端ないんだけどなぁ。
ライバルになったら手強い相手だけど、彼なら確実に守ってくれると信用できる。
そういえば、聖女様付きなら、彼も王宮に来ているんじゃないかな?
僕は、ぐるりと周囲を見回す。
宮殿の外に残る聖騎士の集団の中にいて、一人だけ制服が違うから、彼を見つけるのは、とても簡単だった。
でも……その、何というか、髪は漆黒だし、牽いている馬まで真っ黒だから、聖騎士とは別の存在に見えなくもない。
馬くらい白い物にしてやれば、多少はそれらしく見えるだろうに、あれも嫌がらせなのだろうか……。
何にせよ、それであだ名が黒騎士な訳だ。
妙に納得がいった。
彼は、書類を片手に、王宮の厩務担当官と話をしていたが、しばらくして御者の元へ行き、何かしら確認している。
やがて、馬車が車庫に向かって動き出し、馬が厩務員に連れていかれるのを、担当官の横で何か書きつつ見ていたけど、それが終わると、今度は待機組の騎士たちを控え室へ誘導していったようだ。
そういうのって、もっと年長者がやるものじゃないのか?などと、ぼんやり眺めていたら、今度は、聖女様付き聖騎士に呼ばれたらしく、王宮入り口の向かって、かなりの速さで駆け戻っていく。
あの人、何故いつも雑用で走り回っているんだろうか?
『不遇』の二文字が頭に浮かんで、髪を掻く。
まぁ、僕の知ったことでは無いんだけど。
彼もどうやら、王宮の中には入らないようだな。
今回に限っては、王宮内警護で役に立ってくれれば良かったのにと、配置の微妙さを呪う。
一人、外に出て来たレンさんを視界にとらえつつ、僕は休憩のため、王宮魔導士棟へと足を向けた。
◆
(side レン)
聖堂関係者が、宮殿入り口へと進んだのを確認してから、私は手元の書類に目を落とした。
そうでなくとも大勢の人間が動いているから、普段よりも手配することが多くなる。
特に、馬の置き場は重要。
事前に手配は終わっているが、手違いがあると、重大な問題になりかねない。
帰還時は、黄昏時になる。
神経質な生き物だから、乗り手が違うといったミスは、出来るだけ避けたい。
王宮の厩務担当官は顔馴染みだが、今日動いている係の者は、知らない顔も多いから、念のため、後で厩舎まで確認に行った方が良いだろう。
馬車も、今日は三台動いている。
聖堂職員用の馬車は置き場所が違うから、間違えないよう御者にも確認した方がいい。
顔をあげると、丁度厩務担当官が、こちらにやって来たところだった。
互いに行き違いが無いよう最終確認をして、待機組の聖騎士たちには、各自合札を付けるよう依頼、また、馬車馬と聖女様付き聖騎士の馬には、私が札を付け、係の者に預ける。
それが済めば、待機組を待合まで誘導した。
これでひと段落。
息を落としたところに、トリスタンさんが駆け込んできた。
「クルス君。ちょっと来てくれ。聖女様が、おむずがりだ」
「……?分かりました」
ここに来て、何事だろうか?
走りながら状況を聞くと、どうやら、私が宮殿に入らないことが、気に入らないらしい。
何を今更、仰っているのか。
名簿に載る聖騎士は、一昨日の事前会議で、既に確定となっていたはず。
「別にどうしてもってわけじゃないんだろうが、今日お前さんの顔を見てないから、不安なんだろ。折角制服も間に合ったことだし、顔くらい見せてやれ」
「いつものメンバーがついていて、何を不安に思うことがありましょうか? 王宮内で、魔物が出るわけでも無いでしょうに」
意味がわからず聞き返すと、トリスタンさんは呆れた顔で肩をすくめた。
「まぁいいから。面倒ごとは、さっさと終わらせよう」
それも道理だ。
頷いて、速度を上げた。
「えっ?待っっ……まっ、はや……」
トリスタンさんが、後方で何か言っているようだが、私が行かないことで、晩餐会の時間を遅らせるわけにはいかない。
到着してから言い分を聞くと、私にエスコートをさせて下さると主張しているようだ。
何を無茶なことを。
この会は、そうでなくとも高位貴族の集まりのようなもの。
私などにエスコートされては、聖女様の評判が傷つくのは必至。
ご本人も、分かっているはずではないか。
恐らく、何か気に入らないことがあってむずがっているだけなのだろうが……。
周囲を見回して、理解した。
なるほど。
本日エスコート役を担う、聖女様付き聖騎士エンリケ様は、五十代。
一番若いトリスタンさんに代わったとしても、三十代後半だ。
若い婚約者にエスコートされているマデリーン様を見て、羨んだのかもしれない。
それでも、王宮の管理は厳格。
執事たちは、キッパリと首を横に振っている。
「聖女様。今回のところは……」
苦笑いのエンリケ様を残念そうに見つめた後、聖女様は、こちらに視線を向けた。
「でも……待合には、給仕の侍女らもいるのでしょう?」
「聖女様。心配せずとも、見目の良いのは、宮殿の中ですぜ?」
「わ、わたくしは、別に心配など」
「そうでしょうとも。それより、お忘れですか?この会は、騎士も対象になるのです。連れて入る方が……」
「ぁ……そう。そうね。わかりました。ではレン。王宮にご迷惑をかけないよう、大人しく、私の帰りを待ちなさい。間違っても、侍女の方に、手など出さぬよう」
…………。
???
何の心配だろうか?
私の様な者を相手にする様な、趣味の悪い人間は、王宮にはいまい。
そもそも、色恋云々は、私には必要ないことだ。
どうせ一定の年齢になれば、互いの意思に関係なく、相手は決まる。
「……はい。お帰りをお待ちしております」
色々思うことはあったが、全てを飲み込み返事を返して、膝をついて礼をすると、聖女様は頷いて、宮殿の中に入っていった。
息を切らして追いついて来たトリスタンさんは、汗を拭いながらこちらにやって来て、私の背中を平手で力任せに数回叩き、その集団に合流していった。
何か、機嫌を損ねてしまっただろうか?
分からないことも多いが、進行の妨げにならずに済んだ事に、ひとまず安堵し、待合へ足を向けようとして、思い直した。
折角外に出たのだから、早いうちに厩舎へ行って、確認作業を終えてしまおう。
それに、先程確認した時に、飛び石だろうか? エンリケ様の馬の右前脚が傷ついていたから、それの治療も必要だ。
ついでに、カザハヤは青毛だから、この炎天下では、さぞ暑かっただろう。
洗う余裕は流石に無いが、僅かばかり風をあててやろう。
様々な理由を並べて、厩舎へ向かう。
正直なところは、あまり戻りたく無いというのが正解だ。
待合には、私の居場所は無いから。
待合で待機している聖騎士たちにとっても、私がいない方が居心地がいいだろう。
今日王宮に来ている聖騎士は、私以外は全員、貴族階級出身者だから。
厩舎に着くと、作業を終えた担当官が、大まかな配置を教えてくれた。
全ての馬は、厩舎の中に入れられて、水が与えられている。
係の者は、休憩に入っている様なので、のんびりと一頭一頭を確認しながら、エンリケ様の馬、シルバー二世号を探す。
教えて頂いた通りの場所で、その姿を発見して、作業の正確性に感服した。
右前足を見ると、どうやら止血はして下さったようだ。
この程度の傷ならば、放っておいても問題なさそうだが、気休め程度でも癒しをかけておこう。
傷口に触らぬ様に、そっと手を翳そうとして、背後に近寄って来た複数の気配に眉を寄せる。
振り向くと、そこには六名ほどの王国騎士。
腕章をしていないので、王族付きでは無い。すると門兵か、周辺警護の騎士か?
「やっぱり、こいつでいいんじゃないですか? 髪も黒いし、聖女様付きの制服着てますよ」
「その様だな。おい。お前が模擬戦に出たっていう聖騎士か?」
無遠慮に声をかけられ、どう返答すべきか考えていると、中央にいた背の高い騎士が、私の胸ぐらに、掴みかかって来た。
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