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第五章
厄介なのは、嫉妬という感情⑵ ガールズトーク②
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(side ローズ)
「マリーさんのお兄様?良いじゃん!紹介して貰ったら?」
「そんな図々しいこと出来ないけど……」
「そんなことないですよ?晩餐会の時に余裕があったら、紹介しますね」
タチアナさんの発言で、室内は色めき立った。
身内のことだけど、恋バナ楽しぃ!
お兄様って、見る分には、高身長且つお父様似の整った顔立ちだし、職業的にも、騎士職な上、出世頭。
性格的には、生真面目で脳筋で、ちょっと危なっかしいところはあるけれど、結婚相手としては、結構良い線行っていると思うのよね。
成人してから、騎士一筋五年。
その間、それなりにサロンやパーティーなどにも参加しているはずなのに、浮いた噂は皆無。
……でも、全く人気がないと言うわけでも、無さそうなのよね。
実際、模擬戦の時は、バックに女性のファンクラブを引き連れていたし。
ただ、彼女たちの想いに気付いていたかと問われると、かなり疑問だ。
何というか……差し入れを渡される度に、気まずそうに、ぺこぺこお礼言っていた感じだったから。
恋に奥手を通り越して、ハッキリと鈍感なのよね。
そう言えば、領地に住んでいた時も、わたしのお友だちからの猛烈なアプローチを、完スルーするという、ある種、偉業を成し遂げていたっけ。
うちの場合、両親もまた、のんびりしてるしなぁ。
貴族の男性の、平均的な婚約年齢が、十六歳から二十歳の間に収まっている中、両親は、一度も縁談を持ってきたことがない。
もちろん、わたしにも。
許嫁がいるわけでも無いし、このまま二人とも行き遅れたら、男爵家存亡の危機だと思うんだけど、両親が恋愛結婚だから、自由にさせてくれているのかな?
さて、一方のタチアナさんだけど、慎ましやかで大人しくて、貴族社会には、まずいない、数歩下がって男性を支えてくれそうな女性だ。
平民の出身だけど、我が家は、平民から成り上がりの男爵家だから、誰も気にする人はいないと思う。
そもそも、聖女候補ならば不問よね。
お兄様の好みがどういったタイプか知らないけれど、奥手同士、どうしてなかなか、お似合いな気がする!
「良いですねぇ。恋。素敵」
思わずポツリと呟いて、リリアさんに失笑された。
「渦中の人が、この鈍感さ」
「え?」
「恋って、そんな綺麗な感情だけじゃ無いよ?そりゃぁ、一緒に過ごした瞬間は、世界がキラキラ輝いて見えるよね。好きな人を思う時のふわふわした感じは、すっごく幸せ」
力説するリリアさんは、恋する乙女の顔をしている。
そうなのね。
世界がキラキラ見えるの?
確かに、エミリオ様やジェフ様は、常にキラッキラしていらっしゃるけど、髪が金色だから物理的な物のような気も……。
「髪が金髪だからとか、とぼけたこと考えて無いでしょうね?」
「えっ⁈ まさか……はは」
ええ⁈⁈
心の声ダダ漏れてました?
リリアさんは、ジト目でこちらを見ながら、しばらくして、ため息をつく。
「まぁ、いいけど。そういう綺麗な気持ちと、どす黒い感情が、行ったり来たりするのが、恋だと思うの」
「どす黒い?」
ごくりと唾を飲み込んで、わたしは訪ねる。
「つまりは嫉妬よね。エミリオ様が、マリーさんを気にかけるたびに、私はすっごくもやもやするわけ」
「え、ぁ、ごめんなさい?」
元々オープンなリリアさんだけど、ここまではっきり言われると、いっそ清々しいわ。
「謝らなくていいよ。マリーさんのせいじゃないもん。でもね、マリーさんは悪くないのに、嫌いになりそうになるの。そういう自分が嫌だから、嫉妬してる時は、その場で言うことにしてる。だって、マリーさんが良い子だってことは知ってるから、嫌いになりたくないし」
「わたし、リリアさんのそういうところ、本当に大好き!」
「えぇ?そぉ?ありがとう」
思っていたことを、そのまま口にすると、リリアさんは、照れたように視線を逸らした。
リリアさん、かっこいいなぁ。
そういう意図がちゃんとあって、はっきり言ってくれていたんだ。
「それが恋なら、あたしのは、憧れってところね」
「憧れ……」
タチアナさんの呟きに、わたしは、ため息混じりに相槌を打つ。
憧れって素敵な響き。
「ええ。だって、嫉妬したり、もやもやするって感覚は無いもの。『素敵だなぁ』とか、『少しでいいから近くに行ってみたいなぁ』とか、そんな感じの……」
「「ん゛んっっ‼︎ タチアナさん……可愛い‼︎」」
わたしとリリアさんは、ほぼ同時に、タチアナさん可愛いらしさにやられた。
それにしても、恋とは、キラキラでふわふわで、もやもやなのね……。
キラキラはさておき、ふわふわは、少し理解できる感情だわ。
エミリオ様のヤンチャで少年らしい笑顔にも、ジェフ様の他の人には向けない、裏のない素直な微笑みにも、ふわふわした感じがする。
もやもやに関しては、昨日、エミリオ様とヴェロニカ様の香水が合わせられていることに気づいた瞬間、感じた。
ジェフ様には、あまりもやもやしたものを感じたことがない。
というか、そもそも、特定の女性と親密にしているところを見たことがないから、嫉妬する必要が無かったとも言える。
もやもやと言えば、昨日、ずっともやもやしていたわけなんだけど、あれ、何だったのかな?
寝る前に甘いものを頂いたからか、すっかり解消してしまったんだけど。
花を作る手は動かしながら、ふと、そんなことを考えた時、ノックとともに、部屋の扉が開いた。
「お疲れ様です。お茶をご用意しました」
キラキラ笑顔を振り撒いて、入ってきたのは、使用人の少年。
いつ見ても、何て、アイドル然とした……。
可愛い~。
ずっと見ていられる。
彼方此方に巻かれた包帯は痛々しいけど、それすらアクセサリーに見えてしまう。
って言うか、あれ?
部署替えかな?
お茶菓子と紅茶を持ってきたセドリックさんは、一旦それらをサイドテーブルに置き、傍らに置かれたテーブルにクロスをかけて、黙々と準備を始めた。
何か、動きが洗練されてますよね。
雰囲気的には、執事に近い。
ちょっと、マーティンを思い出しちゃった。
休憩の気配に、リリアさんは大きく伸びをしながら、セドリックさんに尋ねる。
「あれ~? セドリックさん、部署替えなの?」
「セディーで、良いですよ。皆さんも、どうぞ、そう呼んで下さいね? 昨日の件で、ダミアンさんのお付きを外されてしまいまして、このまま職を失う覚悟をしていたんですが、聖女様に拾って頂けたんです」
なるほど!それで!
わたしたちが、何故、部署替えに気付いたかと言うと、この部屋が、聖女様の居所にあたる建物の中にあるからだったりする。
聖女様の周囲のお世話をしている使用人さんは、殆どが女性だけど、建物の管理や、植木の剪定など、一割程度は男性がいる。
セドリックさん、改め、セディーさんは、そちらに配属されたと言うことらしい。
んーー。
物語の強制力、キタコレ。
セディーさんって、作中でも、聖女アンジェリカ様に気に入られて、周囲に配属されるのよね。
もっとも、作中では、神官見習いとしてなんだけど。
神官になるには、様々なルートがあるのだけど、平民出身者がそれを目指すならば、ものすごくハイレベルな試験をパスする必要があるらしい。
彼は、それをパスして聖堂に入ってくるのよね。
因みに、ヨハンナ達は特殊なルート。
つまり、聖堂の孤児院出身者だったりする。
何故入れるかって?
それは、実は、大貴族の隠し子だったりとかするからなのだ。
権力とお金コワイ。
セディーさんは、挨拶の時に『目標は神官になること』と言っていたから、使用人として働きながら、勉強しているのかもしれない。
採用されるには、試験をパスすることは絶対条件だけど、聖堂に何らかの貢献をした人物となれば、配属の際、有利に働くのが人情だよね。
すると、秋口に試験を受けて、神官見習いとして配属されるのが、丁度冬頃。
物語と完全に一致する。
「この後、短い時間ですが、聖女様が激励のため、こちらに顔を出されます。『一緒にお茶を』ということでしたので、こちらにセッティングさせて頂きました」
「そうなんですか?」
聖女様と一緒に、お茶を⁈⁈
なんて光栄な。
「え~。まじで?」
リリアさん。
何故、そこ不服そうなの?
それは、こんな近くでお姿を拝見できるなんて、初めての経験だから、滅茶苦茶緊張しちゃうけど。
失礼がないように、その場で身繕いをするわたしとタチアナさんを横目に見て、小さくため息をつきつつ、リリアさんも身嗜みを整えている。
「もうすぐいらっしゃいますから、こちらのお席へどうぞ」
セディーさんが、恭しく椅子を引いてくれたので、ご厚意に甘えて席に着く。
それぞれが、どの席に座れば良いか分かるように、角砂糖のパッケージの色を変えてあるところが、凄くお洒落だわ。
そのことに気づいたのは、タチアナさんが席についた時。
紙の色は琥珀色。
残る色は黄緑、紺、青、紫。
あぁ。
瞳の色なのね。
「プリシラ様は、席を外されているんですか?」
「ええ。先程まで、一緒に作業をしていたのですけど、少し体調がお悪いようで。昨日まで、出張でしたし」
ごめんなさい。
その体調不良、実は、わたしたちが原因かもしれないんですけど。
心の中でお詫びをしつつ、彼女の立場が悪くならない程度に誤魔化してみる。
「あら。私が顔を出したのに、付き従っていただけのプリシラが体調不良だなんて、弛んでいるんじゃないかしら」
戸口から声が聞こえて、室内は静まり返った。
待って?
今の棘のある発言、だれ?
恐る恐る振り返り、そこに立つ女性を見て、わたしたちは一斉に立ち上がった。
聖女様!
聖女様だ‼︎
慌てて頭を下げると、彼女はカツカツと踵を鳴らして自分の席までやってきて、すとんと腰を下ろした。
あれれ?
何だか、想像していたイメージと、若干の相違が?
「雑用ご苦労だったわね。掛けていいわよ」
お許しが出たので、全員おずおずと椅子に座る。
「貴女たちが、今年入った聖女候補ね?」
「「はい」」
「そう。よく務めなさい。一年間無事に勤め上げたら、名前くらい覚えてあげましょう」
「「はい」」
ええと。
まだ名乗るなってことですね。
分かりました。
どんな表情すれば良いか分からなくて、向かいに座るリリアさんをチラリと見ると、目が合った。
わたしたちは、何となく同時に笑みを浮かべて、聖女様に視線を戻す。
ぎこちない笑顔になっているのは、仕方ないよね。
聖女様は、そんなこと気にも止めず、今度はタチアナさんに視線を向ける。
「タチアナ。相変わらず手先だけは器用なようね。でも、それでは、雑用係の使用人と変わらなくてよ?もっと、存在感のある立ち居振る舞いを学びなさい」
「はい。聖女様」
小さくなって、俯き加減に返事をするタチアナさん。
聖女様は、そこで一つ息を落とすと、不愉快そうに目を細める。
「マデリーンは、婚約者と打ち合わせだそうね。それなら、さっさと候補から降りて、早いうちに結婚した方が、月並みに幸せよ」
なるほど。
聖女様の仰ることは、実際その通りで、説得力もある。
でもね。
ちょっとまって?
わたしの中の、清廉として慈悲深く、お優しい聖女様のイメージが、音を立てて崩れ落ちていくんですけど?
いや。
きっと、昨日ひどい目にあったから、心がささくれ立っているのかも!
「ちょっと、セディー!さっさとお茶を注ぎなさい」
んー……違うか。
すぐさま、お茶を注ぐセディーさんを見ながら、わたしは苦笑いを浮かべた。
まぁ、『聖女』なんていう、全方位に気を遣うお仕事をされているわけだから、発散する場所の一つや二つは無いと、やっていられないのかもしれないよね。
五年間もの長い期間、自由に市井へ外出することすら出来ない、籠の鳥だもの。
「このお菓子は何?昨日の差し入れの方が、よっぽどマシね」
「申し訳ありません」
「お茶も、ぬるくて薄いわ」
「はい!以後、お好みに添えるよう、善処いたします」
おっと。
わたしが、ぼーっと考えている間も、セディーさんいじめは、まだ継続中でしたか。
でも、セディーさんは、その間ずーっとキラキラした微笑みを浮かべながら、メモをとっていて、心は折れていない。
案外、ハートが強そうで安心すると同時に、こういう熱心なところが気に入られたんだろうなと、何処か納得した。
ところで、このお茶会、どのくらいの時間、催されるのかしら?
あまり長時間だと、胃がやられそうなんですけど。
まだ始まったばかりなのに、既にゲンナリしていると、部屋の外から、微かに聞き覚えのある声がした。
「そうでしたか。聖女様が……。オレガノ様、お時間は如何でしょうか?」
「自分は休みだから、待つ分には構わないが、そろそろ君を解放してやらないと。昨日から、殆ど寝てないだろう?」
「いえ。多少は横になりましたので、お気遣いなく」
「いや。床板に、じかに横になって、いったい疲れはとれるのか……?」
タイミング悪い……。
どうやら、お兄様が帰る旨、伝えに来たみたい。
お願いします!
今、声をかけられるのは、非常に気まずいので、お疲れのレンさんには申し訳ないのですが、出直して欲しいです!
そんなことを祈りつつ、思わず心の中で手を合わせた時、想像だにしなかった事態が起こった。
突然、聖女様が立ち上がって、戸口へと歩き、扉を開いたのだ。
外にいた聖女様付き聖騎士を含めた、お兄様、レンさん、ラルフさんの四人は、瞬時に戸口で膝をついた。
現役騎士の対応力、凄い。
聖女様は、レンさんの前まで進むと、ピタリと歩みを止める。
「何て格好?見苦しい。休みなのでしょうけど、少しは、聖女付きの自覚を持った服装を心がけなさい」
「お目汚しを。失礼しました」
あぁ。
そんな酷い服装でもないのに、開口一番、叱られてる。
兄もラルフさんも、似たような服装なので、何気に肩身が狭そうだ。
ところで、これ、どう収拾するのが正解かな?
「マリーさんのお兄様?良いじゃん!紹介して貰ったら?」
「そんな図々しいこと出来ないけど……」
「そんなことないですよ?晩餐会の時に余裕があったら、紹介しますね」
タチアナさんの発言で、室内は色めき立った。
身内のことだけど、恋バナ楽しぃ!
お兄様って、見る分には、高身長且つお父様似の整った顔立ちだし、職業的にも、騎士職な上、出世頭。
性格的には、生真面目で脳筋で、ちょっと危なっかしいところはあるけれど、結婚相手としては、結構良い線行っていると思うのよね。
成人してから、騎士一筋五年。
その間、それなりにサロンやパーティーなどにも参加しているはずなのに、浮いた噂は皆無。
……でも、全く人気がないと言うわけでも、無さそうなのよね。
実際、模擬戦の時は、バックに女性のファンクラブを引き連れていたし。
ただ、彼女たちの想いに気付いていたかと問われると、かなり疑問だ。
何というか……差し入れを渡される度に、気まずそうに、ぺこぺこお礼言っていた感じだったから。
恋に奥手を通り越して、ハッキリと鈍感なのよね。
そう言えば、領地に住んでいた時も、わたしのお友だちからの猛烈なアプローチを、完スルーするという、ある種、偉業を成し遂げていたっけ。
うちの場合、両親もまた、のんびりしてるしなぁ。
貴族の男性の、平均的な婚約年齢が、十六歳から二十歳の間に収まっている中、両親は、一度も縁談を持ってきたことがない。
もちろん、わたしにも。
許嫁がいるわけでも無いし、このまま二人とも行き遅れたら、男爵家存亡の危機だと思うんだけど、両親が恋愛結婚だから、自由にさせてくれているのかな?
さて、一方のタチアナさんだけど、慎ましやかで大人しくて、貴族社会には、まずいない、数歩下がって男性を支えてくれそうな女性だ。
平民の出身だけど、我が家は、平民から成り上がりの男爵家だから、誰も気にする人はいないと思う。
そもそも、聖女候補ならば不問よね。
お兄様の好みがどういったタイプか知らないけれど、奥手同士、どうしてなかなか、お似合いな気がする!
「良いですねぇ。恋。素敵」
思わずポツリと呟いて、リリアさんに失笑された。
「渦中の人が、この鈍感さ」
「え?」
「恋って、そんな綺麗な感情だけじゃ無いよ?そりゃぁ、一緒に過ごした瞬間は、世界がキラキラ輝いて見えるよね。好きな人を思う時のふわふわした感じは、すっごく幸せ」
力説するリリアさんは、恋する乙女の顔をしている。
そうなのね。
世界がキラキラ見えるの?
確かに、エミリオ様やジェフ様は、常にキラッキラしていらっしゃるけど、髪が金色だから物理的な物のような気も……。
「髪が金髪だからとか、とぼけたこと考えて無いでしょうね?」
「えっ⁈ まさか……はは」
ええ⁈⁈
心の声ダダ漏れてました?
リリアさんは、ジト目でこちらを見ながら、しばらくして、ため息をつく。
「まぁ、いいけど。そういう綺麗な気持ちと、どす黒い感情が、行ったり来たりするのが、恋だと思うの」
「どす黒い?」
ごくりと唾を飲み込んで、わたしは訪ねる。
「つまりは嫉妬よね。エミリオ様が、マリーさんを気にかけるたびに、私はすっごくもやもやするわけ」
「え、ぁ、ごめんなさい?」
元々オープンなリリアさんだけど、ここまではっきり言われると、いっそ清々しいわ。
「謝らなくていいよ。マリーさんのせいじゃないもん。でもね、マリーさんは悪くないのに、嫌いになりそうになるの。そういう自分が嫌だから、嫉妬してる時は、その場で言うことにしてる。だって、マリーさんが良い子だってことは知ってるから、嫌いになりたくないし」
「わたし、リリアさんのそういうところ、本当に大好き!」
「えぇ?そぉ?ありがとう」
思っていたことを、そのまま口にすると、リリアさんは、照れたように視線を逸らした。
リリアさん、かっこいいなぁ。
そういう意図がちゃんとあって、はっきり言ってくれていたんだ。
「それが恋なら、あたしのは、憧れってところね」
「憧れ……」
タチアナさんの呟きに、わたしは、ため息混じりに相槌を打つ。
憧れって素敵な響き。
「ええ。だって、嫉妬したり、もやもやするって感覚は無いもの。『素敵だなぁ』とか、『少しでいいから近くに行ってみたいなぁ』とか、そんな感じの……」
「「ん゛んっっ‼︎ タチアナさん……可愛い‼︎」」
わたしとリリアさんは、ほぼ同時に、タチアナさん可愛いらしさにやられた。
それにしても、恋とは、キラキラでふわふわで、もやもやなのね……。
キラキラはさておき、ふわふわは、少し理解できる感情だわ。
エミリオ様のヤンチャで少年らしい笑顔にも、ジェフ様の他の人には向けない、裏のない素直な微笑みにも、ふわふわした感じがする。
もやもやに関しては、昨日、エミリオ様とヴェロニカ様の香水が合わせられていることに気づいた瞬間、感じた。
ジェフ様には、あまりもやもやしたものを感じたことがない。
というか、そもそも、特定の女性と親密にしているところを見たことがないから、嫉妬する必要が無かったとも言える。
もやもやと言えば、昨日、ずっともやもやしていたわけなんだけど、あれ、何だったのかな?
寝る前に甘いものを頂いたからか、すっかり解消してしまったんだけど。
花を作る手は動かしながら、ふと、そんなことを考えた時、ノックとともに、部屋の扉が開いた。
「お疲れ様です。お茶をご用意しました」
キラキラ笑顔を振り撒いて、入ってきたのは、使用人の少年。
いつ見ても、何て、アイドル然とした……。
可愛い~。
ずっと見ていられる。
彼方此方に巻かれた包帯は痛々しいけど、それすらアクセサリーに見えてしまう。
って言うか、あれ?
部署替えかな?
お茶菓子と紅茶を持ってきたセドリックさんは、一旦それらをサイドテーブルに置き、傍らに置かれたテーブルにクロスをかけて、黙々と準備を始めた。
何か、動きが洗練されてますよね。
雰囲気的には、執事に近い。
ちょっと、マーティンを思い出しちゃった。
休憩の気配に、リリアさんは大きく伸びをしながら、セドリックさんに尋ねる。
「あれ~? セドリックさん、部署替えなの?」
「セディーで、良いですよ。皆さんも、どうぞ、そう呼んで下さいね? 昨日の件で、ダミアンさんのお付きを外されてしまいまして、このまま職を失う覚悟をしていたんですが、聖女様に拾って頂けたんです」
なるほど!それで!
わたしたちが、何故、部署替えに気付いたかと言うと、この部屋が、聖女様の居所にあたる建物の中にあるからだったりする。
聖女様の周囲のお世話をしている使用人さんは、殆どが女性だけど、建物の管理や、植木の剪定など、一割程度は男性がいる。
セドリックさん、改め、セディーさんは、そちらに配属されたと言うことらしい。
んーー。
物語の強制力、キタコレ。
セディーさんって、作中でも、聖女アンジェリカ様に気に入られて、周囲に配属されるのよね。
もっとも、作中では、神官見習いとしてなんだけど。
神官になるには、様々なルートがあるのだけど、平民出身者がそれを目指すならば、ものすごくハイレベルな試験をパスする必要があるらしい。
彼は、それをパスして聖堂に入ってくるのよね。
因みに、ヨハンナ達は特殊なルート。
つまり、聖堂の孤児院出身者だったりする。
何故入れるかって?
それは、実は、大貴族の隠し子だったりとかするからなのだ。
権力とお金コワイ。
セディーさんは、挨拶の時に『目標は神官になること』と言っていたから、使用人として働きながら、勉強しているのかもしれない。
採用されるには、試験をパスすることは絶対条件だけど、聖堂に何らかの貢献をした人物となれば、配属の際、有利に働くのが人情だよね。
すると、秋口に試験を受けて、神官見習いとして配属されるのが、丁度冬頃。
物語と完全に一致する。
「この後、短い時間ですが、聖女様が激励のため、こちらに顔を出されます。『一緒にお茶を』ということでしたので、こちらにセッティングさせて頂きました」
「そうなんですか?」
聖女様と一緒に、お茶を⁈⁈
なんて光栄な。
「え~。まじで?」
リリアさん。
何故、そこ不服そうなの?
それは、こんな近くでお姿を拝見できるなんて、初めての経験だから、滅茶苦茶緊張しちゃうけど。
失礼がないように、その場で身繕いをするわたしとタチアナさんを横目に見て、小さくため息をつきつつ、リリアさんも身嗜みを整えている。
「もうすぐいらっしゃいますから、こちらのお席へどうぞ」
セディーさんが、恭しく椅子を引いてくれたので、ご厚意に甘えて席に着く。
それぞれが、どの席に座れば良いか分かるように、角砂糖のパッケージの色を変えてあるところが、凄くお洒落だわ。
そのことに気づいたのは、タチアナさんが席についた時。
紙の色は琥珀色。
残る色は黄緑、紺、青、紫。
あぁ。
瞳の色なのね。
「プリシラ様は、席を外されているんですか?」
「ええ。先程まで、一緒に作業をしていたのですけど、少し体調がお悪いようで。昨日まで、出張でしたし」
ごめんなさい。
その体調不良、実は、わたしたちが原因かもしれないんですけど。
心の中でお詫びをしつつ、彼女の立場が悪くならない程度に誤魔化してみる。
「あら。私が顔を出したのに、付き従っていただけのプリシラが体調不良だなんて、弛んでいるんじゃないかしら」
戸口から声が聞こえて、室内は静まり返った。
待って?
今の棘のある発言、だれ?
恐る恐る振り返り、そこに立つ女性を見て、わたしたちは一斉に立ち上がった。
聖女様!
聖女様だ‼︎
慌てて頭を下げると、彼女はカツカツと踵を鳴らして自分の席までやってきて、すとんと腰を下ろした。
あれれ?
何だか、想像していたイメージと、若干の相違が?
「雑用ご苦労だったわね。掛けていいわよ」
お許しが出たので、全員おずおずと椅子に座る。
「貴女たちが、今年入った聖女候補ね?」
「「はい」」
「そう。よく務めなさい。一年間無事に勤め上げたら、名前くらい覚えてあげましょう」
「「はい」」
ええと。
まだ名乗るなってことですね。
分かりました。
どんな表情すれば良いか分からなくて、向かいに座るリリアさんをチラリと見ると、目が合った。
わたしたちは、何となく同時に笑みを浮かべて、聖女様に視線を戻す。
ぎこちない笑顔になっているのは、仕方ないよね。
聖女様は、そんなこと気にも止めず、今度はタチアナさんに視線を向ける。
「タチアナ。相変わらず手先だけは器用なようね。でも、それでは、雑用係の使用人と変わらなくてよ?もっと、存在感のある立ち居振る舞いを学びなさい」
「はい。聖女様」
小さくなって、俯き加減に返事をするタチアナさん。
聖女様は、そこで一つ息を落とすと、不愉快そうに目を細める。
「マデリーンは、婚約者と打ち合わせだそうね。それなら、さっさと候補から降りて、早いうちに結婚した方が、月並みに幸せよ」
なるほど。
聖女様の仰ることは、実際その通りで、説得力もある。
でもね。
ちょっとまって?
わたしの中の、清廉として慈悲深く、お優しい聖女様のイメージが、音を立てて崩れ落ちていくんですけど?
いや。
きっと、昨日ひどい目にあったから、心がささくれ立っているのかも!
「ちょっと、セディー!さっさとお茶を注ぎなさい」
んー……違うか。
すぐさま、お茶を注ぐセディーさんを見ながら、わたしは苦笑いを浮かべた。
まぁ、『聖女』なんていう、全方位に気を遣うお仕事をされているわけだから、発散する場所の一つや二つは無いと、やっていられないのかもしれないよね。
五年間もの長い期間、自由に市井へ外出することすら出来ない、籠の鳥だもの。
「このお菓子は何?昨日の差し入れの方が、よっぽどマシね」
「申し訳ありません」
「お茶も、ぬるくて薄いわ」
「はい!以後、お好みに添えるよう、善処いたします」
おっと。
わたしが、ぼーっと考えている間も、セディーさんいじめは、まだ継続中でしたか。
でも、セディーさんは、その間ずーっとキラキラした微笑みを浮かべながら、メモをとっていて、心は折れていない。
案外、ハートが強そうで安心すると同時に、こういう熱心なところが気に入られたんだろうなと、何処か納得した。
ところで、このお茶会、どのくらいの時間、催されるのかしら?
あまり長時間だと、胃がやられそうなんですけど。
まだ始まったばかりなのに、既にゲンナリしていると、部屋の外から、微かに聞き覚えのある声がした。
「そうでしたか。聖女様が……。オレガノ様、お時間は如何でしょうか?」
「自分は休みだから、待つ分には構わないが、そろそろ君を解放してやらないと。昨日から、殆ど寝てないだろう?」
「いえ。多少は横になりましたので、お気遣いなく」
「いや。床板に、じかに横になって、いったい疲れはとれるのか……?」
タイミング悪い……。
どうやら、お兄様が帰る旨、伝えに来たみたい。
お願いします!
今、声をかけられるのは、非常に気まずいので、お疲れのレンさんには申し訳ないのですが、出直して欲しいです!
そんなことを祈りつつ、思わず心の中で手を合わせた時、想像だにしなかった事態が起こった。
突然、聖女様が立ち上がって、戸口へと歩き、扉を開いたのだ。
外にいた聖女様付き聖騎士を含めた、お兄様、レンさん、ラルフさんの四人は、瞬時に戸口で膝をついた。
現役騎士の対応力、凄い。
聖女様は、レンさんの前まで進むと、ピタリと歩みを止める。
「何て格好?見苦しい。休みなのでしょうけど、少しは、聖女付きの自覚を持った服装を心がけなさい」
「お目汚しを。失礼しました」
あぁ。
そんな酷い服装でもないのに、開口一番、叱られてる。
兄もラルフさんも、似たような服装なので、何気に肩身が狭そうだ。
ところで、これ、どう収拾するのが正解かな?
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※完結しました。
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