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第五章
厄介なのは、嫉妬という感情⑴ ガールズトーク①
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(side ローズ)
「おはよ~。昨日のサロンは、どうだった?素敵男子はいた?」
指定された部屋に入ろうとすると、後ろからリリアさんに声をかけられた。
「えぇと……実は、昨日の事件で気も動転していたし、サロンは初めてで緊張もしていたから、ヴェロニカ様にご挨拶するだけで精一杯で、周りを見回している余裕は、あまり無くて……?」
……嘘は言ってない。
それは……『エミリオ様と二人でお話しさせて頂いた』とか、『ジェフ様に聖堂まで送り届けて頂いた』とか、ラッキーハプニングはあったけれど、わざわざひけらかすことでもないしね。
あれらは多分、ヴェロニカ様の気遣いや、いわゆるヒロイン補正による偶然の産物であって、わたしが行動を起こしたわけでもないし……。
少しだけ、後ろめたさはあるけれど。
わたしのそんな感情の変化など気にも留めず、リリアさんは笑いながら、顔の前でパタパタ手を振った。
「わかる~。デビュー戦が、いきなり公爵家のサロンとか、きついわぁ。しかも、ヴェロニカ様のとことか、無いわ~。よく行ったね~?」
「いえ。ヴェロニカ様は、とても賢くて、優しい方よ。サロンは大盛況で、会場も本当に綺麗で……。ただ、わたしの様な田舎者には、敷居が高かったけど」
「マリーさんは、ヴェロニカ様のこと、平気なんだ。それともおべっか?……え?もう派閥入り?貴族こわ~い」
「わたしなんかを派閥に加えても、彼女に何の得もないわよ。ヴェロニカ様は、母のファッションを気に入って下さっているみたいで。だから、わたしにも目をかけてくれているのかな?」
女の子同士、話を合わせるのも大切だけど、ヴェロニカ様の悪口は言いたくない。
だって、本当に素敵な方だから。
仲良しだからといって、好き嫌いは人それぞれ。
リリアさんは、そういうの、ちゃんと理解してくれると思うのだけど……?
リリアさんに視線を向けると、案の定。
彼女は、しかめていた顔を、いつも通りの笑顔に戻した。
「あぁ。ドレス?そうなんだぁ。ま、確かにマリーさんのドレスって、いつも控えめだけど、センスいいもんね」
「ありがとう」
「でも、たまにはもっと、派手な格好もすれば良いと思うよ? 今度、ジェファーソン様に、ねだってみたら良いよ。私も、週末の晩餐会の時、エミリオ様にねだってみようかな?」
「それはちょっと……」
ドレスを強請るなんてことは、品位を重んじる貴族の間では、ちょっとしたタブーよ?
アプローチされている最中は、贈り物として、装飾品を頂くことならあるかもだけど、ドレスとなると、話は別だ。
何といっても、金額が大きいじゃない?
しかも、完全にオーダーメイド。
既製品のドレスも無いことはないけど、貴族は着ない。
どんな層が着るかはお察しの通り。
男性からドレスが贈られる場合としては、縁談がまとまった段階で、相手の方から申し入れがあった時、作って頂くことはあるかな。
つまり、それってもう、婚約のお披露目で使うのが前提な訳よね。
今回のように、ヴェロニカ様がお母様に投資するような形で、ドレスを作って頂けてしまうなんていうのは、かなり異例なパターンだ。
苦笑ぎみに、やんわり否定の返事をしたところ、既に部屋の中で着席していたプリシラさんが、不快そうに眉を寄せながら、口を挟んで来た。
「まぁ! 強請るだなんて、はしたないこと。聖女候補としての矜持が無いのかしら。これだから……」
「これだから平民は!とか、仰りたいのでしょう? ごめんあそばせ。だって、私、平民だから、伯爵家のプリシラさんのような財力無いんですもの! ねぇ? マリーさん」
「えぇと……」
何ていう、反応に困る振りをするのよ⁈
嫌な汗をかいてしまい、わたしは、慌ててハンカチで額を拭った。
プリシラさんが、現在、財政難に喘いでいるオルセー伯爵家出身であることは、本人の口からは聞いていないけど、聖堂関係者は誰もが知っていること。
つまり、リリアさんは皮肉を込めて、先ほどの発言をしたわけで。
あぁー!
でも、どっちもどっちというか?
しっかりとした教育を受けているプリシラさんからしたら、リリアさんの発言は不快だったと思う。
でも、リリアさんは、純粋にそう言ったルールを知らないわけだから、見下すような言い方は、やっぱり良くないし。
リリアさんはリリアさんで、ムッとしたのは分かるけど、繊細なところを抉るのは、やめた方が。
「マリーさんが、ちょっとおねだりするだけで、なんか凄いドレス届きそうだよね。ジェファーソン様って、ほら、結構執着強そうじゃん」
「リリアさん!それよりも、もうすぐ作業を始める時間だし、説明をお願いできる?」
これ以上の事態の悪化を避けたくて、わたしは、努めて明るい声で提案した。
プリシラ様の前で、ジェフ様と仲良しアピールをするのは避けたい。
だって、彼女、絶対ジェフ様のことがお好きだもの。
仲がいいという噂だけで、嫉妬心から嫌がらせをされるのは、ごめんだわ。
「大丈夫だよ?話しながらで。ほら、こうやってお花を作っていくだけだもん。昨日も雑談しながらやったんだよ。あの箱に入る分だけ作り終わったら、次は紙吹雪だって」
そう言いながら、リリアさんは、淡い赤紫色のお花を、手際よく作ってみせた。
紙で作られたお花は、小ぶりで可愛らしい。
それならばと、テーブルの上に折られた状態で山になっている中から、一つを手にとり、開き始める。
「作業しながら恋バナとか楽しいよね。知ってた?マデリーンさんて、婚約者いるんだって!」
「そうなの?」
「去年の王宮の晩餐会で、伯爵家の嫡男から申し込まれたんですって!シンデレラストーリーだよねぇ。憧れちゃう!」
「そういうこともあるのね」
「あれ?知らないの?今週末の晩餐会って、聖女様や聖女候補と、高位貴族を引き合わせる為の企画らしいよ?」
「えぇ?初耳よ?」
そんな、お見合い的な企画だったの?
聖堂にいる間は、色恋沙汰とは無縁なものだとばかり思っていたのに。
だって、聖女や聖女候補には『男女の交わりを避ける』という、鉄の掟がある。
これ、結構厳しいらしく、キスもダメらしい。
例え、女性側に非が無く、強要されたのだとしても、行為があったとみなされると、聖女様はそこで任期満了になるし、聖女候補は候補から外されてしまうんですって。
そんなわけで、聖騎士さんたちの警備体制は厳重だ。
聖堂内ですら、過保護なまでに警戒してくれるのは、そういったわけがあったりする。
因みに、聖騎士が、在職中の聖女並びに聖女候補に手を出すと、死罪。
それだけ罰則が厳しいわけだから、出来心で、なんて人間は、まずいないよね。
だから、聖騎士には、安心して護衛を任せられるということらしい。
また、個人的にサロン等の企画に参加する場合は、家族が護衛を雇うなどして、聖女候補を守る。
わたしの場合は、雇った護衛はいないけど、お父様やお兄様が付いてくれるから、とりあえずは安心。
……でもね?
あれれ?
物語のヒロインって、領地にいた時から結構奔放なイメージだし、エミリオ様とは、キスどころか、それ以上があった風な描写があったよね?
王子様だけは例外って、それなんてヒーロー補正?
バレなきゃオッケー的な何か?
その辺、小説でも、ふわっと描かれているから、曖昧な部分だわ。
ただ、現実的に、聖女並びに聖女候補と、高位貴族を引き合わせるイベントが存在しているとなると、何か裏がありそうな感じね。
「今日マデリーンさんが外泊なのは、晩餐会のエスコートの打ち合わせらしいよ。良いよね~。わたしもエミリオ様に……」
「ヴェロニカ様も参加されるから、流石にそれは難しいのでは?」
「ずるいよね~。おばさんが、十も下のエミリオ様となんて、もはや犯罪」
いや。
ヴェロニカ様、まだ二十歳だし……。
王国の至宝と呼ばれている方をおばさん呼ばわりって……。
「ええと。でも、昨日お二人で連れ添っていらしたけど、素敵だったわよ?」
婚約者というよりは、綺麗なお姉様と美形な弟って感じだったけど、あと五年もすれば、きっと見た目も釣り合うようになる。
……想像してみたら、ちょっとだけ息苦しい気がして、わたしは、花を作る手に意識を移した。
その時、リリアさんが素っ頓狂な声をあげる。
「んっ?」
「え?」
「昨日、エミリオ様も来てたの⁈ 」
しまった。藪蛇だった。
「マリーさん!ぬけがけよ!ずるい!」
「えぇと。ごめんなさい。どなたが参加されるかまでは、わたしも知らなかったから?」
いや。
普通に考えて、主催者のお嬢様の婚約者なんだから、参加するよね。
嘘言いました。
ごめんなさい。
心の中で、もう一度詫びる。
でもほら。
だからといって、主催者に招待されていない人を、勝手に連れていくわけにいかないし、わたし、そんな力持ってないからね?
「まぁ、今週会えるからいいけど。お詫びとして、晩餐会では、出来るだけ譲ってね?」
わたしは、頷いて笑顔を返した。
リリアさんは、嫉妬していることを、その場ではっきり伝えてくれるので、気分的に大分楽だ。
プリシラさんは、先ほどから断続的に、こちらの厳しめの視線を投げて来ていて、正直怖かったりする。
「ま、でも、マリーさんは、ジェファーソン様が放っておかないかぁ。昨日も送って来ていたんでしょう?」
「何ですって?」
ぎゃぁぁぁっ!
リリアさん!
何故それを知っているの⁈⁈
ってか、プリシラさんが、般若の形相でこっちを見ているし。
「どうして?」
「え? マリーさんと仲の良い、神官見習いのドジっ娘が言ってたよ?」
ヨハンナー‼︎‼︎
見てしまったとしても、内緒にして欲しかった。
「あ、あれはね? そう! 丁度帰る時間が重なったから、偶然! 運が良くて……」
「運が良かったってことは、嬉しかったんだ?」
「嬉しぃ……というか、それはもう、光栄というか。わたしの兄とお話しをしていたらしいのだけど、その兄が酔ってしまって、送って下さったの。わたしはついでよ?」
「えー?どっちが、ついでかな?」
にやにやと、含みのある笑みを浮かべるリリアさんに、何も言い返せず、わたしは項垂れた。
もうこれ以上、突っつかないでほしい。
昨日の馬車での会話とか、ジェフ様の優しげな笑顔とか、思い出してしまうと顔が熱くなってくる。
「それに、ジェフ様は、晩餐会に出席なさらないらしいから……」
「ジェフ……様?ローズマリーさんは、ジェファーソン様を愛称で呼んでいますの?」
驚きの混じった、何処か硬質なプリシラさんの声音に、思わず硬直する。
「っえ?ぇええと…………ハイ」
しまったぁ。
……あぁ。
今日は、いちいち脇が甘いわ。
心中で頭を抱えていると、プリシラさんは、綺麗な所作で立ち上がった。
顔色が幾分青ざめて見えるのは、多分、気のせいじゃ無い。
「私、気分が悪いので、少し休憩して参りますわ」
「はーい。ごゆっくり~」
呑気に答えたのはリリアさん。
プリシラさんは一瞬、キッと彼女を睨んだけど、リリアさんはケロッとしている。
この二人、いつの間に、こんな仲悪くなったの⁈
戦々恐々とした心持ちで、わたしは、苦笑を浮かべる。
プリシラさんが部屋から出ていくと、リリアさんは、大きく伸びをした。
「あー窮屈だった。解放感ヤバい!プリシラさんって、上から目線で嫌味言って来るから、苦手なんだよね~」
「リリアーナさんの、その物怖じしないところ……少しで良いから分けて欲しい」
それまでオドオドしながら、プリシラさんの横でお花を作っていたタチアナさんが、ぽつりと呟く。
分かる!
自分の我を通して、それで許されてしまうキャラって、ある意味羨ましいよね。
真似をしたいわけではないけど。
「わぁ! タチアナさん、すごい! いつもながら、本当に仕事が早いですね!」
タチアナさんの前には、既に大量のお花が山になっている。
「こういうことしか、出来無いから」
「そんなことないですよ?仕事が出来るタチアナさんは、とっても素敵です!」
自嘲的に息を吐き出すタチアナさんだけど、手先が器用で、仕事が早いって、立派な才能だと思う。
「ローズマリーさんは、優しいわ。人気があるの、分かるなぁ」
「いえ。そんなことは……」
その返しは、返事に窮するわ。
わたしのは、ただのヒロイン補正な気がする。
「タチアナさんは、気になる人とか、いるんですか?」
リリアさんの唐突な問いに、タチアナさんは、困ったように眉を寄せた。
「あたしは、ジャンカルロさんが素敵だと思っていたの」
「へぇ。……誰?」
「模擬戦の第一試合を戦った、聖騎士さんよ?リリアさん」
リリアさんて、本当に聖騎士さんに興味ないんだなぁ、と思いつつ、補足を入れる。
「えー? ちょっと記憶が曖昧」
「聖堂の女性職員からも、人気がありますよね」
「ええ。自信があって、かっこいいなぁって」
確かに、彼、いつも凄く自信有りそうよね。
そこが鼻につく感じで、わたしは少し苦手だったんだけど、模擬戦の後は、すっかり改心して、真面目に鍛錬に励んでいる。
結果、元から人気のある人だったけど、最近益々モテているみたい。
なるほど。
タチアナさん、ライバルが一杯ね。
なんて思っていたら、彼女は俯き加減で頬を染めた。
「でもね。今は違うの。こんなこと、ローズマリーさんに言うのは、恥ずかしいんだけど」
あら?
風向きが変わった?
「今はオレガノ様が素敵だなぁって。控えめな雰囲気なのに、とても強くて。ローズマリーさんのお兄様なら、性格も優しそう」
顔を真っ赤にして、そう言うタチアナさんは、とても可愛い。
って、待って?お兄様⁈
「マリーさんのお兄様?良いじゃん!紹介して貰ったら?」
「そんな図々しいこと出来ないけど……」
「そんなことないですよ?晩餐会の時に余裕があったら、紹介しますね」
降って湧いた、お兄様の春の予感。
わくわくしてきたー!
「おはよ~。昨日のサロンは、どうだった?素敵男子はいた?」
指定された部屋に入ろうとすると、後ろからリリアさんに声をかけられた。
「えぇと……実は、昨日の事件で気も動転していたし、サロンは初めてで緊張もしていたから、ヴェロニカ様にご挨拶するだけで精一杯で、周りを見回している余裕は、あまり無くて……?」
……嘘は言ってない。
それは……『エミリオ様と二人でお話しさせて頂いた』とか、『ジェフ様に聖堂まで送り届けて頂いた』とか、ラッキーハプニングはあったけれど、わざわざひけらかすことでもないしね。
あれらは多分、ヴェロニカ様の気遣いや、いわゆるヒロイン補正による偶然の産物であって、わたしが行動を起こしたわけでもないし……。
少しだけ、後ろめたさはあるけれど。
わたしのそんな感情の変化など気にも留めず、リリアさんは笑いながら、顔の前でパタパタ手を振った。
「わかる~。デビュー戦が、いきなり公爵家のサロンとか、きついわぁ。しかも、ヴェロニカ様のとことか、無いわ~。よく行ったね~?」
「いえ。ヴェロニカ様は、とても賢くて、優しい方よ。サロンは大盛況で、会場も本当に綺麗で……。ただ、わたしの様な田舎者には、敷居が高かったけど」
「マリーさんは、ヴェロニカ様のこと、平気なんだ。それともおべっか?……え?もう派閥入り?貴族こわ~い」
「わたしなんかを派閥に加えても、彼女に何の得もないわよ。ヴェロニカ様は、母のファッションを気に入って下さっているみたいで。だから、わたしにも目をかけてくれているのかな?」
女の子同士、話を合わせるのも大切だけど、ヴェロニカ様の悪口は言いたくない。
だって、本当に素敵な方だから。
仲良しだからといって、好き嫌いは人それぞれ。
リリアさんは、そういうの、ちゃんと理解してくれると思うのだけど……?
リリアさんに視線を向けると、案の定。
彼女は、しかめていた顔を、いつも通りの笑顔に戻した。
「あぁ。ドレス?そうなんだぁ。ま、確かにマリーさんのドレスって、いつも控えめだけど、センスいいもんね」
「ありがとう」
「でも、たまにはもっと、派手な格好もすれば良いと思うよ? 今度、ジェファーソン様に、ねだってみたら良いよ。私も、週末の晩餐会の時、エミリオ様にねだってみようかな?」
「それはちょっと……」
ドレスを強請るなんてことは、品位を重んじる貴族の間では、ちょっとしたタブーよ?
アプローチされている最中は、贈り物として、装飾品を頂くことならあるかもだけど、ドレスとなると、話は別だ。
何といっても、金額が大きいじゃない?
しかも、完全にオーダーメイド。
既製品のドレスも無いことはないけど、貴族は着ない。
どんな層が着るかはお察しの通り。
男性からドレスが贈られる場合としては、縁談がまとまった段階で、相手の方から申し入れがあった時、作って頂くことはあるかな。
つまり、それってもう、婚約のお披露目で使うのが前提な訳よね。
今回のように、ヴェロニカ様がお母様に投資するような形で、ドレスを作って頂けてしまうなんていうのは、かなり異例なパターンだ。
苦笑ぎみに、やんわり否定の返事をしたところ、既に部屋の中で着席していたプリシラさんが、不快そうに眉を寄せながら、口を挟んで来た。
「まぁ! 強請るだなんて、はしたないこと。聖女候補としての矜持が無いのかしら。これだから……」
「これだから平民は!とか、仰りたいのでしょう? ごめんあそばせ。だって、私、平民だから、伯爵家のプリシラさんのような財力無いんですもの! ねぇ? マリーさん」
「えぇと……」
何ていう、反応に困る振りをするのよ⁈
嫌な汗をかいてしまい、わたしは、慌ててハンカチで額を拭った。
プリシラさんが、現在、財政難に喘いでいるオルセー伯爵家出身であることは、本人の口からは聞いていないけど、聖堂関係者は誰もが知っていること。
つまり、リリアさんは皮肉を込めて、先ほどの発言をしたわけで。
あぁー!
でも、どっちもどっちというか?
しっかりとした教育を受けているプリシラさんからしたら、リリアさんの発言は不快だったと思う。
でも、リリアさんは、純粋にそう言ったルールを知らないわけだから、見下すような言い方は、やっぱり良くないし。
リリアさんはリリアさんで、ムッとしたのは分かるけど、繊細なところを抉るのは、やめた方が。
「マリーさんが、ちょっとおねだりするだけで、なんか凄いドレス届きそうだよね。ジェファーソン様って、ほら、結構執着強そうじゃん」
「リリアさん!それよりも、もうすぐ作業を始める時間だし、説明をお願いできる?」
これ以上の事態の悪化を避けたくて、わたしは、努めて明るい声で提案した。
プリシラ様の前で、ジェフ様と仲良しアピールをするのは避けたい。
だって、彼女、絶対ジェフ様のことがお好きだもの。
仲がいいという噂だけで、嫉妬心から嫌がらせをされるのは、ごめんだわ。
「大丈夫だよ?話しながらで。ほら、こうやってお花を作っていくだけだもん。昨日も雑談しながらやったんだよ。あの箱に入る分だけ作り終わったら、次は紙吹雪だって」
そう言いながら、リリアさんは、淡い赤紫色のお花を、手際よく作ってみせた。
紙で作られたお花は、小ぶりで可愛らしい。
それならばと、テーブルの上に折られた状態で山になっている中から、一つを手にとり、開き始める。
「作業しながら恋バナとか楽しいよね。知ってた?マデリーンさんて、婚約者いるんだって!」
「そうなの?」
「去年の王宮の晩餐会で、伯爵家の嫡男から申し込まれたんですって!シンデレラストーリーだよねぇ。憧れちゃう!」
「そういうこともあるのね」
「あれ?知らないの?今週末の晩餐会って、聖女様や聖女候補と、高位貴族を引き合わせる為の企画らしいよ?」
「えぇ?初耳よ?」
そんな、お見合い的な企画だったの?
聖堂にいる間は、色恋沙汰とは無縁なものだとばかり思っていたのに。
だって、聖女や聖女候補には『男女の交わりを避ける』という、鉄の掟がある。
これ、結構厳しいらしく、キスもダメらしい。
例え、女性側に非が無く、強要されたのだとしても、行為があったとみなされると、聖女様はそこで任期満了になるし、聖女候補は候補から外されてしまうんですって。
そんなわけで、聖騎士さんたちの警備体制は厳重だ。
聖堂内ですら、過保護なまでに警戒してくれるのは、そういったわけがあったりする。
因みに、聖騎士が、在職中の聖女並びに聖女候補に手を出すと、死罪。
それだけ罰則が厳しいわけだから、出来心で、なんて人間は、まずいないよね。
だから、聖騎士には、安心して護衛を任せられるということらしい。
また、個人的にサロン等の企画に参加する場合は、家族が護衛を雇うなどして、聖女候補を守る。
わたしの場合は、雇った護衛はいないけど、お父様やお兄様が付いてくれるから、とりあえずは安心。
……でもね?
あれれ?
物語のヒロインって、領地にいた時から結構奔放なイメージだし、エミリオ様とは、キスどころか、それ以上があった風な描写があったよね?
王子様だけは例外って、それなんてヒーロー補正?
バレなきゃオッケー的な何か?
その辺、小説でも、ふわっと描かれているから、曖昧な部分だわ。
ただ、現実的に、聖女並びに聖女候補と、高位貴族を引き合わせるイベントが存在しているとなると、何か裏がありそうな感じね。
「今日マデリーンさんが外泊なのは、晩餐会のエスコートの打ち合わせらしいよ。良いよね~。わたしもエミリオ様に……」
「ヴェロニカ様も参加されるから、流石にそれは難しいのでは?」
「ずるいよね~。おばさんが、十も下のエミリオ様となんて、もはや犯罪」
いや。
ヴェロニカ様、まだ二十歳だし……。
王国の至宝と呼ばれている方をおばさん呼ばわりって……。
「ええと。でも、昨日お二人で連れ添っていらしたけど、素敵だったわよ?」
婚約者というよりは、綺麗なお姉様と美形な弟って感じだったけど、あと五年もすれば、きっと見た目も釣り合うようになる。
……想像してみたら、ちょっとだけ息苦しい気がして、わたしは、花を作る手に意識を移した。
その時、リリアさんが素っ頓狂な声をあげる。
「んっ?」
「え?」
「昨日、エミリオ様も来てたの⁈ 」
しまった。藪蛇だった。
「マリーさん!ぬけがけよ!ずるい!」
「えぇと。ごめんなさい。どなたが参加されるかまでは、わたしも知らなかったから?」
いや。
普通に考えて、主催者のお嬢様の婚約者なんだから、参加するよね。
嘘言いました。
ごめんなさい。
心の中で、もう一度詫びる。
でもほら。
だからといって、主催者に招待されていない人を、勝手に連れていくわけにいかないし、わたし、そんな力持ってないからね?
「まぁ、今週会えるからいいけど。お詫びとして、晩餐会では、出来るだけ譲ってね?」
わたしは、頷いて笑顔を返した。
リリアさんは、嫉妬していることを、その場ではっきり伝えてくれるので、気分的に大分楽だ。
プリシラさんは、先ほどから断続的に、こちらの厳しめの視線を投げて来ていて、正直怖かったりする。
「ま、でも、マリーさんは、ジェファーソン様が放っておかないかぁ。昨日も送って来ていたんでしょう?」
「何ですって?」
ぎゃぁぁぁっ!
リリアさん!
何故それを知っているの⁈⁈
ってか、プリシラさんが、般若の形相でこっちを見ているし。
「どうして?」
「え? マリーさんと仲の良い、神官見習いのドジっ娘が言ってたよ?」
ヨハンナー‼︎‼︎
見てしまったとしても、内緒にして欲しかった。
「あ、あれはね? そう! 丁度帰る時間が重なったから、偶然! 運が良くて……」
「運が良かったってことは、嬉しかったんだ?」
「嬉しぃ……というか、それはもう、光栄というか。わたしの兄とお話しをしていたらしいのだけど、その兄が酔ってしまって、送って下さったの。わたしはついでよ?」
「えー?どっちが、ついでかな?」
にやにやと、含みのある笑みを浮かべるリリアさんに、何も言い返せず、わたしは項垂れた。
もうこれ以上、突っつかないでほしい。
昨日の馬車での会話とか、ジェフ様の優しげな笑顔とか、思い出してしまうと顔が熱くなってくる。
「それに、ジェフ様は、晩餐会に出席なさらないらしいから……」
「ジェフ……様?ローズマリーさんは、ジェファーソン様を愛称で呼んでいますの?」
驚きの混じった、何処か硬質なプリシラさんの声音に、思わず硬直する。
「っえ?ぇええと…………ハイ」
しまったぁ。
……あぁ。
今日は、いちいち脇が甘いわ。
心中で頭を抱えていると、プリシラさんは、綺麗な所作で立ち上がった。
顔色が幾分青ざめて見えるのは、多分、気のせいじゃ無い。
「私、気分が悪いので、少し休憩して参りますわ」
「はーい。ごゆっくり~」
呑気に答えたのはリリアさん。
プリシラさんは一瞬、キッと彼女を睨んだけど、リリアさんはケロッとしている。
この二人、いつの間に、こんな仲悪くなったの⁈
戦々恐々とした心持ちで、わたしは、苦笑を浮かべる。
プリシラさんが部屋から出ていくと、リリアさんは、大きく伸びをした。
「あー窮屈だった。解放感ヤバい!プリシラさんって、上から目線で嫌味言って来るから、苦手なんだよね~」
「リリアーナさんの、その物怖じしないところ……少しで良いから分けて欲しい」
それまでオドオドしながら、プリシラさんの横でお花を作っていたタチアナさんが、ぽつりと呟く。
分かる!
自分の我を通して、それで許されてしまうキャラって、ある意味羨ましいよね。
真似をしたいわけではないけど。
「わぁ! タチアナさん、すごい! いつもながら、本当に仕事が早いですね!」
タチアナさんの前には、既に大量のお花が山になっている。
「こういうことしか、出来無いから」
「そんなことないですよ?仕事が出来るタチアナさんは、とっても素敵です!」
自嘲的に息を吐き出すタチアナさんだけど、手先が器用で、仕事が早いって、立派な才能だと思う。
「ローズマリーさんは、優しいわ。人気があるの、分かるなぁ」
「いえ。そんなことは……」
その返しは、返事に窮するわ。
わたしのは、ただのヒロイン補正な気がする。
「タチアナさんは、気になる人とか、いるんですか?」
リリアさんの唐突な問いに、タチアナさんは、困ったように眉を寄せた。
「あたしは、ジャンカルロさんが素敵だと思っていたの」
「へぇ。……誰?」
「模擬戦の第一試合を戦った、聖騎士さんよ?リリアさん」
リリアさんて、本当に聖騎士さんに興味ないんだなぁ、と思いつつ、補足を入れる。
「えー? ちょっと記憶が曖昧」
「聖堂の女性職員からも、人気がありますよね」
「ええ。自信があって、かっこいいなぁって」
確かに、彼、いつも凄く自信有りそうよね。
そこが鼻につく感じで、わたしは少し苦手だったんだけど、模擬戦の後は、すっかり改心して、真面目に鍛錬に励んでいる。
結果、元から人気のある人だったけど、最近益々モテているみたい。
なるほど。
タチアナさん、ライバルが一杯ね。
なんて思っていたら、彼女は俯き加減で頬を染めた。
「でもね。今は違うの。こんなこと、ローズマリーさんに言うのは、恥ずかしいんだけど」
あら?
風向きが変わった?
「今はオレガノ様が素敵だなぁって。控えめな雰囲気なのに、とても強くて。ローズマリーさんのお兄様なら、性格も優しそう」
顔を真っ赤にして、そう言うタチアナさんは、とても可愛い。
って、待って?お兄様⁈
「マリーさんのお兄様?良いじゃん!紹介して貰ったら?」
「そんな図々しいこと出来ないけど……」
「そんなことないですよ?晩餐会の時に余裕があったら、紹介しますね」
降って湧いた、お兄様の春の予感。
わくわくしてきたー!
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〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
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「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
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元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
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